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第18話 勇者、世界を渡る
〜3〜
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仕事帰りにいつも寄っているコンビニも、等しく時が止まっていた。
いつも死にそうな顔でコンビニ弁当とエナジードリンクを買っていた俺に「過労死」と、ど直球のあだ名がつけられていたのは知っていた。
いつもの店員もレジを見つめたまま静止していて少し溜飲が下がる。
店員の脇を抜けて、ホットスナックのケースからコロッケを取って紙袋に入れる。
せっかくだしあるだけもらって行くことにしようと、4個紙の袋に入れて、お金を払う必要があるのだろうかとふと迷う。
この止まった世界で放置されているコロッケはどうせ廃棄されるんだから貰ったっていいだろう。
暫しの葛藤後、俺は渋々財布を取り出した。
この世界に戻って来て、わざわざそんなこそ泥じみた事をすることはない。
俺は一応、この世界に生きているときに盗みだの殺しだの、明らかに犯罪になるような事はしなかった。
分別しないでゴミを捨てたり、電車の席を譲るのが嫌で寝たふりをしたり、そういうみみっちい悪事はしたから、誇れるほど真っ当な人間というわけではない。
校舎の窓ガラスを割って歩いたり、盗んだバイクで走り出したり、そういう大胆な犯罪をしていれば、俺も少しは自分を誇れたかもしれない。
財布を見ると、千円札しか入っていないかった。
いつもの缶チューハイを2本掴んでコロッケと一緒にビニール袋に突っ込んで、レジに札を置いて外に出た。
全てが止まっているのかと思ったが、海は同じように波が立っていた。
潮臭い風はいつもよりも穏やかな気がする。ゴミで汚れた砂浜もいつもより白く見える。
海沿いの通りに腰掛けてコロッケを食べ始めたが、2口で後悔した。
そう言えば、俺は脂っこい物が駄目だった。
もう既に胃が痛い。唐揚げを山盛り食べるとか、巨大なパフェを食べるとか、そういうのが悪夢になっている年齢だ。
胃を休めるためにチューハイを開けると、甘いのか辛いのかわからない二酸化炭素の味がする。
『勇者様、呑んでて大丈夫ですか?』
俺が飲み始めた気配を察してニーアが言った。心配しなくとも、この世界の俺はそれなりに酒は嗜んでいる。
向こうの世界ではまだ若かったからホーリアで2回ほど潰されたこともあった。
しかし、リコリスの時は酒ではなくハーブだ。もう一回は酒豪のゴーシュにニーアの結婚相談をツマミに飲んだ時だ。
『え?何ですかそれ。初耳なんですけど』
本人のいないところで盛り上がってしまったのが悪くてニーアには言っていなかったが、仲間の将来のことだし、俺の精神年齢は下手したらニーアよりゴーシュとの方が近いくらいだから親身になって聞いていた。
それなのに、強い酒のせいで殆ど覚えていない。
確か、リストだけはやめてくれみたいな事を頼まれた気がする。
あの顔がいい性癖が歪んでいるだけの好青年を酷く嫌っているようだが、きっと男親なりに娘を心配していることもあるのだろう。
「……え?」
ふと違和感に気付いて思考が止まった。
今、ニーアと話が続いたような気がする。
『あ、やっぱり……』
膝に置いた聖剣から、ニーアの申し訳なさそうな声が聞こえていた。
『あの……勇者様、今日はいっぱい喋りますね』
ニーアに言われて、アルコールを投入して浮かれていた頭が急激に冷める。
血の気が引いて、そのまま地面に血液が出て行って床を濡らすような感覚。
俺は、家を出てから一言も喋っていない。ニーアに声が違うのを指摘されたから。
『ごめんなさい……おかしいなぁとは思ってたんですけど!』
いや。
全部嘘だから。
俺は想像力豊かだから。あと虚言癖とかあるし。
『それは……無理があるんじゃないでしょうか……』
-----
この世界に来てから、俺が考えていた事は全てニーアに筒抜けだった。
それに気付いて、俺のやる気が完全に無くなる。
この世界に来てこの体に戻った時点でやる気も根気も使命感も綺麗さっぱり失っていたのに。
『ゆ、勇者様!大丈夫です!聞かなかったことにしますから!』
いや、無理。
『元の世界に戻ったら、ニーアの記憶を消しちゃえばいいじゃないですか。禁術でもニーアが気付かなければ大丈夫ですよ!』
ああ、その手があったか。
『それに、このニーアが本物かどうかなんてわからないじゃないですか!元の世界に戻ったら死んでるかもしれませんし!』
「……そんな悲しいこと言うなよ」
俺は半分寝返りをうってうつ伏せになった。剣と同じ目線になると、魔石の青い光が目に痛い。まるで良心を抉るようで胸まで痛む。
「ニーア、ごめん……」
『な、何がですか?』
「勇者なのに、かっこ悪くて。ニーアが憧れるような人間じゃなくて……ごめん」
『そんなことないですよ!裏口入学とかカンニングとかしてたら刺してましたけど、勇者様はちゃんと養成校に入学して勇者になったんですよね』
「……」
『生まれる前に何があったって、関係無いです。勇者様は生まれ変わって勇者になったんだから、それでいいじゃないですか』
「そうだよな……」
『そうですよ!だから、前世の勇者様が無能でもおじさんで死んじゃってても、ニーアは全然気にしません』
「……」
たとえニーアが気にしなくても、俺は気にする。
パッとしない前世なんて無い方がマシだ。そうでなくても、ニーアには絶対に知られたくなかった。
生まれてから死ぬまで。死んでから生まれるまで。
全部かっこよくて偉いのが一番良いに決まっている。
なんで一回死んで転生したのに、わざわざ過去の黒歴史を暴露しないといけないんだ。
いつも死にそうな顔でコンビニ弁当とエナジードリンクを買っていた俺に「過労死」と、ど直球のあだ名がつけられていたのは知っていた。
いつもの店員もレジを見つめたまま静止していて少し溜飲が下がる。
店員の脇を抜けて、ホットスナックのケースからコロッケを取って紙袋に入れる。
せっかくだしあるだけもらって行くことにしようと、4個紙の袋に入れて、お金を払う必要があるのだろうかとふと迷う。
この止まった世界で放置されているコロッケはどうせ廃棄されるんだから貰ったっていいだろう。
暫しの葛藤後、俺は渋々財布を取り出した。
この世界に戻って来て、わざわざそんなこそ泥じみた事をすることはない。
俺は一応、この世界に生きているときに盗みだの殺しだの、明らかに犯罪になるような事はしなかった。
分別しないでゴミを捨てたり、電車の席を譲るのが嫌で寝たふりをしたり、そういうみみっちい悪事はしたから、誇れるほど真っ当な人間というわけではない。
校舎の窓ガラスを割って歩いたり、盗んだバイクで走り出したり、そういう大胆な犯罪をしていれば、俺も少しは自分を誇れたかもしれない。
財布を見ると、千円札しか入っていないかった。
いつもの缶チューハイを2本掴んでコロッケと一緒にビニール袋に突っ込んで、レジに札を置いて外に出た。
全てが止まっているのかと思ったが、海は同じように波が立っていた。
潮臭い風はいつもよりも穏やかな気がする。ゴミで汚れた砂浜もいつもより白く見える。
海沿いの通りに腰掛けてコロッケを食べ始めたが、2口で後悔した。
そう言えば、俺は脂っこい物が駄目だった。
もう既に胃が痛い。唐揚げを山盛り食べるとか、巨大なパフェを食べるとか、そういうのが悪夢になっている年齢だ。
胃を休めるためにチューハイを開けると、甘いのか辛いのかわからない二酸化炭素の味がする。
『勇者様、呑んでて大丈夫ですか?』
俺が飲み始めた気配を察してニーアが言った。心配しなくとも、この世界の俺はそれなりに酒は嗜んでいる。
向こうの世界ではまだ若かったからホーリアで2回ほど潰されたこともあった。
しかし、リコリスの時は酒ではなくハーブだ。もう一回は酒豪のゴーシュにニーアの結婚相談をツマミに飲んだ時だ。
『え?何ですかそれ。初耳なんですけど』
本人のいないところで盛り上がってしまったのが悪くてニーアには言っていなかったが、仲間の将来のことだし、俺の精神年齢は下手したらニーアよりゴーシュとの方が近いくらいだから親身になって聞いていた。
それなのに、強い酒のせいで殆ど覚えていない。
確か、リストだけはやめてくれみたいな事を頼まれた気がする。
あの顔がいい性癖が歪んでいるだけの好青年を酷く嫌っているようだが、きっと男親なりに娘を心配していることもあるのだろう。
「……え?」
ふと違和感に気付いて思考が止まった。
今、ニーアと話が続いたような気がする。
『あ、やっぱり……』
膝に置いた聖剣から、ニーアの申し訳なさそうな声が聞こえていた。
『あの……勇者様、今日はいっぱい喋りますね』
ニーアに言われて、アルコールを投入して浮かれていた頭が急激に冷める。
血の気が引いて、そのまま地面に血液が出て行って床を濡らすような感覚。
俺は、家を出てから一言も喋っていない。ニーアに声が違うのを指摘されたから。
『ごめんなさい……おかしいなぁとは思ってたんですけど!』
いや。
全部嘘だから。
俺は想像力豊かだから。あと虚言癖とかあるし。
『それは……無理があるんじゃないでしょうか……』
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この世界に来てから、俺が考えていた事は全てニーアに筒抜けだった。
それに気付いて、俺のやる気が完全に無くなる。
この世界に来てこの体に戻った時点でやる気も根気も使命感も綺麗さっぱり失っていたのに。
『ゆ、勇者様!大丈夫です!聞かなかったことにしますから!』
いや、無理。
『元の世界に戻ったら、ニーアの記憶を消しちゃえばいいじゃないですか。禁術でもニーアが気付かなければ大丈夫ですよ!』
ああ、その手があったか。
『それに、このニーアが本物かどうかなんてわからないじゃないですか!元の世界に戻ったら死んでるかもしれませんし!』
「……そんな悲しいこと言うなよ」
俺は半分寝返りをうってうつ伏せになった。剣と同じ目線になると、魔石の青い光が目に痛い。まるで良心を抉るようで胸まで痛む。
「ニーア、ごめん……」
『な、何がですか?』
「勇者なのに、かっこ悪くて。ニーアが憧れるような人間じゃなくて……ごめん」
『そんなことないですよ!裏口入学とかカンニングとかしてたら刺してましたけど、勇者様はちゃんと養成校に入学して勇者になったんですよね』
「……」
『生まれる前に何があったって、関係無いです。勇者様は生まれ変わって勇者になったんだから、それでいいじゃないですか』
「そうだよな……」
『そうですよ!だから、前世の勇者様が無能でもおじさんで死んじゃってても、ニーアは全然気にしません』
「……」
たとえニーアが気にしなくても、俺は気にする。
パッとしない前世なんて無い方がマシだ。そうでなくても、ニーアには絶対に知られたくなかった。
生まれてから死ぬまで。死んでから生まれるまで。
全部かっこよくて偉いのが一番良いに決まっている。
なんで一回死んで転生したのに、わざわざ過去の黒歴史を暴露しないといけないんだ。
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