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第18話 勇者、世界を渡る
〜5〜
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気付くと、目の前にニーアの顔があった。
赤い髪と2つの緑の瞳があって、ちゃんと人間の形をしている。戻って来たんだと安心して、そのまま起き上がってしまった。
俺とニーアの額がぶつかって、鈍い音が響く。
「いっ……っ!!」
衝撃で目の前が点滅して、ニーアも額を抑えて床に倒れた。
俺も危うく気絶するところだったが、冷たい手が伸びて来て額を抑えると痛みが一瞬で引く。
この治癒魔法はリリーナかと思ったが、離れた手の先を確かめると緑の髪と眼鏡をかけたポテコだった。
「どうして、ここにいるんだ?」
「別に」
「もしかして、オグオンから何か聞いた?」
「そうだけど、何?」
死線を越えた先輩に対して酷い態度だが、これは知らない人に囲まれて不安だった時に顔見知りの俺が登場して安心して泣きそうになっているのを堪えているだけだ。ポテコのこういう態度に慣れているから今更怒る気にもならない。
恐らくオグオンは、元教え子が任期1年目で死んだらマズいと考えて策を講じてくれたのだろう。
養成校の生徒が集まっているところで、「ホーリア市の外で何やら揉めているみたいだな」とか一言呟けば、点数稼ぎに必死な生徒達は忖度してすぐに来てくれるだろう。
「あ、あの、支配人がゼロ番街にかかっていた魔法を解いてくれて、ポテコさんがすぐに治癒魔法を使ってくれたんです。やっぱりあの魔法は、エイリアス様がかけていたんですね……」
ニーアも俺とぶつけた額をポテコに治してもらっていたが、目には涙が浮かんでいた、
リコリスは、部下の魔術師を使ってゼロ番街にかけられた魔術の構造を解読していた。普通はそんな簡単に解読して解けるものでないと思うけれど、リコリスとゼロ番街の魔術師たちには簡単な事だろう。
「ニーアの怪我も治してくれて。でも、勇者様は全然目を覚まさないので、事務所に避難して来たんです。息はしてるのに起きないから心配したんですよ」
「でも、ニーアは……」
「……はい?」
さっきまであっちの世界に一緒にいただろう。俺はそう言おうとしたが、ニーアは俺を見て不思議そうに首を傾げた。
ニーアが覚えていないのか、あるいはあのニーアは偽物だったのか。追究するのが怖い。
「何でもない」と誤魔化して、俺はニーアから目を逸らした。
事務所を見回すと、リビングの隅でリリーナが帽子を深く被って固まっていた。
リリーナはリリーナで突然現れた見知らぬポテコに人見知りを発動している。ポテコの方も知らない場所に来ていつも以上に不機嫌な顔をしている。
こういう時に空気を良くしてくれるであろうクラウィスとコルダの姿はない。
「クラウィスさんは、念の為地下に隠れてもらっています。事務所にトルプヴァールの一軍が来ちゃったので」
思っていた通り、勇者の事務所を標的にしてきたのか。ホーリア市内には被害を出さないと約束していても、国の勇者は別だとかゼロ番街の味方だと勘違いしたから、とか適当な理由をつけて邪魔な勇者を消しにきたのだろう。
しかし、一軍が来ちゃったのでと言いながら事務所の中はいつも通り落ち着いている。
「まさか、コルダが1人で戦ってるのか?」
「だってさ……怖くてさ……」
リリーナに尋ねると、リリーナは帽子の下から小さな声でもごもごと答えた。
コルダは獣人だから魔法は使えないし、獣人の常識外れの力があるといってもまだ子供だ。1人でやらせるなんてどういうことだ。
と、事務所を飛び出すと、俺のすぐ横の壁に体格の良い男性が吹っ飛んで来た。男は事務所の壁に激突して、完全にダウンして地面に倒れる。
事務所の周辺には、トルプヴァールの軍の装備を整えた人間が何人も倒れていた。最後に立っていた男が拳銃を懐から出してコルダに向けたが、コルダは引き金が引かれる前に男の顔面に膝を叩き込んだ。
それで、全員片付いて静かになる。
コルダはいつも床に転がっているから大抵埃まみれになっている毛並を逆立てていて、常時眠そうに半開きになっている瞳が今はギラリと光っていた。
御取込み中失礼しましたと事務所に引き換えそうとした時、コルダが俺に気付いて駆け寄ってきた。
腕を掴まれてそのまま引き千切られるんじゃないかと出て来たことを後悔したけれど、コルダはいつもの調子で俺の腕に抱き着いた。
「勇者様!コルダ、もーすっごく頑張ったのだ」
「……殺してないよな?」
「そんなヘマはしないのだ。くぅちゃんに何かあったら大変だから、コルダが守ってたのだ!」
「そうか、ありがとう」
「礼には及ばないのだ。ところで、感謝の気持ちは賃金に換算するとどれくらいになるのだ?」
ちょっと今忙しいから、という顔をしてコルダから離れようとしたが、コルダは俺の腕を掴んで離そうとしない。
後でボーナスを出すと答えても、コルダはいつものお菓子をねだる時の笑顔で、それでもうっ血しそうなほど強い力で俺の腕を掴んでいる。
「一時金じゃ足りないと思うのだー基本給を上げてほしいのだー」
「……」
その時、丁度いいタイミングでゼロ番街の方から爆発が起った。
何か大変なことになってるしこの話は後にしようと、コルダの手から逃れて街の隙間から透視魔法でゼロ番街を窺った。
魔力制限の魔術が解かれた今、ネイピアスの軍隊とゼロ番街の魔術師が戦っているはずだ。
そこにネイピアスの後ろ盾のアムジュネマニスの魔術師と、オグオンに唆された勇者養成校の生徒が混じっていて、収集が付かない事態になっている。
「勇者が国外の紛争に勝手に加勢して大丈夫なのか……?」
「さぁ?別に、遊びに来た観光地で自分の身を守るために戦うのは自由なんじゃないの」
俺が呟くと、事務所から逃げてきたポテコがそう言った。
ポテコはニーアとは一度会った事があるが、以前会った時に自分の態度が悪かった事を気にして上手く話せないらしい。
勇者養成校に通っていても、生徒はまだ勇者ではない。暇な一般市民が偶然ケンカに参加しているだけ、ということか。
その言い分は、果たして通るのだろうか。
赤い髪と2つの緑の瞳があって、ちゃんと人間の形をしている。戻って来たんだと安心して、そのまま起き上がってしまった。
俺とニーアの額がぶつかって、鈍い音が響く。
「いっ……っ!!」
衝撃で目の前が点滅して、ニーアも額を抑えて床に倒れた。
俺も危うく気絶するところだったが、冷たい手が伸びて来て額を抑えると痛みが一瞬で引く。
この治癒魔法はリリーナかと思ったが、離れた手の先を確かめると緑の髪と眼鏡をかけたポテコだった。
「どうして、ここにいるんだ?」
「別に」
「もしかして、オグオンから何か聞いた?」
「そうだけど、何?」
死線を越えた先輩に対して酷い態度だが、これは知らない人に囲まれて不安だった時に顔見知りの俺が登場して安心して泣きそうになっているのを堪えているだけだ。ポテコのこういう態度に慣れているから今更怒る気にもならない。
恐らくオグオンは、元教え子が任期1年目で死んだらマズいと考えて策を講じてくれたのだろう。
養成校の生徒が集まっているところで、「ホーリア市の外で何やら揉めているみたいだな」とか一言呟けば、点数稼ぎに必死な生徒達は忖度してすぐに来てくれるだろう。
「あ、あの、支配人がゼロ番街にかかっていた魔法を解いてくれて、ポテコさんがすぐに治癒魔法を使ってくれたんです。やっぱりあの魔法は、エイリアス様がかけていたんですね……」
ニーアも俺とぶつけた額をポテコに治してもらっていたが、目には涙が浮かんでいた、
リコリスは、部下の魔術師を使ってゼロ番街にかけられた魔術の構造を解読していた。普通はそんな簡単に解読して解けるものでないと思うけれど、リコリスとゼロ番街の魔術師たちには簡単な事だろう。
「ニーアの怪我も治してくれて。でも、勇者様は全然目を覚まさないので、事務所に避難して来たんです。息はしてるのに起きないから心配したんですよ」
「でも、ニーアは……」
「……はい?」
さっきまであっちの世界に一緒にいただろう。俺はそう言おうとしたが、ニーアは俺を見て不思議そうに首を傾げた。
ニーアが覚えていないのか、あるいはあのニーアは偽物だったのか。追究するのが怖い。
「何でもない」と誤魔化して、俺はニーアから目を逸らした。
事務所を見回すと、リビングの隅でリリーナが帽子を深く被って固まっていた。
リリーナはリリーナで突然現れた見知らぬポテコに人見知りを発動している。ポテコの方も知らない場所に来ていつも以上に不機嫌な顔をしている。
こういう時に空気を良くしてくれるであろうクラウィスとコルダの姿はない。
「クラウィスさんは、念の為地下に隠れてもらっています。事務所にトルプヴァールの一軍が来ちゃったので」
思っていた通り、勇者の事務所を標的にしてきたのか。ホーリア市内には被害を出さないと約束していても、国の勇者は別だとかゼロ番街の味方だと勘違いしたから、とか適当な理由をつけて邪魔な勇者を消しにきたのだろう。
しかし、一軍が来ちゃったのでと言いながら事務所の中はいつも通り落ち着いている。
「まさか、コルダが1人で戦ってるのか?」
「だってさ……怖くてさ……」
リリーナに尋ねると、リリーナは帽子の下から小さな声でもごもごと答えた。
コルダは獣人だから魔法は使えないし、獣人の常識外れの力があるといってもまだ子供だ。1人でやらせるなんてどういうことだ。
と、事務所を飛び出すと、俺のすぐ横の壁に体格の良い男性が吹っ飛んで来た。男は事務所の壁に激突して、完全にダウンして地面に倒れる。
事務所の周辺には、トルプヴァールの軍の装備を整えた人間が何人も倒れていた。最後に立っていた男が拳銃を懐から出してコルダに向けたが、コルダは引き金が引かれる前に男の顔面に膝を叩き込んだ。
それで、全員片付いて静かになる。
コルダはいつも床に転がっているから大抵埃まみれになっている毛並を逆立てていて、常時眠そうに半開きになっている瞳が今はギラリと光っていた。
御取込み中失礼しましたと事務所に引き換えそうとした時、コルダが俺に気付いて駆け寄ってきた。
腕を掴まれてそのまま引き千切られるんじゃないかと出て来たことを後悔したけれど、コルダはいつもの調子で俺の腕に抱き着いた。
「勇者様!コルダ、もーすっごく頑張ったのだ」
「……殺してないよな?」
「そんなヘマはしないのだ。くぅちゃんに何かあったら大変だから、コルダが守ってたのだ!」
「そうか、ありがとう」
「礼には及ばないのだ。ところで、感謝の気持ちは賃金に換算するとどれくらいになるのだ?」
ちょっと今忙しいから、という顔をしてコルダから離れようとしたが、コルダは俺の腕を掴んで離そうとしない。
後でボーナスを出すと答えても、コルダはいつものお菓子をねだる時の笑顔で、それでもうっ血しそうなほど強い力で俺の腕を掴んでいる。
「一時金じゃ足りないと思うのだー基本給を上げてほしいのだー」
「……」
その時、丁度いいタイミングでゼロ番街の方から爆発が起った。
何か大変なことになってるしこの話は後にしようと、コルダの手から逃れて街の隙間から透視魔法でゼロ番街を窺った。
魔力制限の魔術が解かれた今、ネイピアスの軍隊とゼロ番街の魔術師が戦っているはずだ。
そこにネイピアスの後ろ盾のアムジュネマニスの魔術師と、オグオンに唆された勇者養成校の生徒が混じっていて、収集が付かない事態になっている。
「勇者が国外の紛争に勝手に加勢して大丈夫なのか……?」
「さぁ?別に、遊びに来た観光地で自分の身を守るために戦うのは自由なんじゃないの」
俺が呟くと、事務所から逃げてきたポテコがそう言った。
ポテコはニーアとは一度会った事があるが、以前会った時に自分の態度が悪かった事を気にして上手く話せないらしい。
勇者養成校に通っていても、生徒はまだ勇者ではない。暇な一般市民が偶然ケンカに参加しているだけ、ということか。
その言い分は、果たして通るのだろうか。
応援ありがとうございます!
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