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第27話 勇者、横槍を入れる
〜8〜
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ニーアが養成校に戻った後も、俺は釈然としない気分を抱えていた。誰かに愚痴を聞いて欲しい気分だったのに、ペルラもチコリも仕事で忙しそうだし、リリーナも養成校に戻っている。
事務所に戻って、クラウィスと夕飯を食べていたコルダにシュウランが何事もなく国に帰った事を伝えると、コルダは全てわかっていたらしく驚いた様子も無かった。
「そうだと思ってたのだ。最初からニーアも本気にしてなかったのだ」
「それは、そうだろうけど……」
クラウィスは俺が不機嫌なことに気付いて強めの酒をそっとテーブルに置いた。どこまでも気が利く子だ。
もし、シュウランが見るからに下半身で物事を考えるような軽い馬鹿な男だったら、俺は国境を越えてでも一発殴りに行くつもりだった。
しかし、実際はそうではない。シュウランは、この数日間は本気でニーアが好きで、結婚をしたいと言った言葉にも嘘はなかったはずだ。絶対に叶うことは無いとわかっていても。
世間をわかっていない無邪気な子供の約束と同じ。本人に嘘を吐いている自覚もないし、相手を騙すつもりもない。だから、俺は泣きながら帰って行くシュウランに何も言えなかった。
多分、俺が納得できないのは、それをニーアが当たり前に受け流しているからだ。
告白されたことも結婚の約束も、一瞬街を賑わせただけで誰の記憶にも残らずに消えて行き、当事者のニーアだって残されたことに怒りもしないし、きっとすぐに忘れてしまうだろう。
ニーアに嘘を吐かれたことを怒ってほしいとか、失恋したから傷付いてほしいなんて望んでいないけれど。
「でも、俺は、この先ニーアが誰かに好きだって言われた時に、多分嘘なんだろうなってちょっとでも思ってほしくないんだ」
俺が酔いに任せて言うと、コルダが俺のグラスを取り上げて中の酒を美味しそうに舐めた。
「勇者様は純情なのだ」
「……悪かったな」
「悪くないのだ。純情でも、そうじゃなくても。でも、人を無理矢理どっちかにするのは悪いことだと思うのだ」
コルダは、これでいて正論しか言わない。
俺はこれ以上情けない事を言わないように、酔いを覚ますと言って事務所を出た。
日が落ちた街では、祭りの後片付けも終わりかけている。
今日がコルムナの日だが、当日は皆家族と過ごすから人影は少ない。明日になったら、元のように静かな街に戻ってしまう。
飾りも外されて以前の様子に戻っただけなのに寂しく見える街を歩いていると、カラカラと手押し車の音が近付いて来た。
「お兄ちゃーん!たいへーん!」
カーブをドリフトで攻めながら駆けて来たミミ-の手押し車には、コルムナの花が一抱えくらい乗っていた。事務所を占領していた在庫は無くなっているから、大量に作ったのに売れ残ったのは僅かこれだけらしい。
「ずいぶん売れたんだな」
「でも不良在庫は商人の恥だよぅ!売り切りたかったのに……ねーぇ、お兄ちゃん……」
ミミ-に潤んだ目で見上げられて、俺は仕方なくマントの下から財布を出した。
「わかった。買う」
「やった!ありがとう!いくつ?全部?」
調子に乗ったミミ-が図々しい事を言ってくる。この花は1本でも俺の小遣いで買うにはいい値段だ。
しかし、本気の気持ちを伝えるには少なくともこれくらいの量が必要なんじゃなかと考えて、全部、と頷いた。
「うわわ!お兄ちゃん大好きー!!」
手押し車に乗っていた花をまとめて渡されて、俺は夜の明かりでカラフルに光っている花束を両手で抱えた。
ミミ-は空になった手押し車を満足そうに押して帰って行こうとしたが、俺はふと気付いてその背中に尋ねる。
「これ、ウラガノにあげたか?」
「え?あげてないけど、何で?」
俺は抱えた花束から1本抜いて、ミミ-に渡した。
世間の行事なんて馬鹿らしいと思うかもしれないが、小さなイベントの積み重ねが恋愛を上手く続けて行くコツだと思う。月曜9時のドラマがそんなことを言っていた。
ちゃんとウラガノに渡すようにミミ-に言い残して、俺は花を抱えたまま養成校に向かった。
+++++
養成校はいつもどこかで騒ぎや乱闘が発生しているが、生徒が住んでいる寮の辺りは夜になると流石に静かになる。
ニーアの部屋をノックすると、寝る準備をしてパジャマを来たニーアが顔を出した。
俺が抱える大量の花を見て目を丸くしたが、何か言われる前に花束を押し付けた。
「いつも世話になってるから」
「え……あ、ありがとうございます」
それじゃあ、と言い残して事務所に戻ろうとしたが、このままだとあまりにカッコつけ過ぎる気がして足を止めた。
「本気だけど、深い意味はない」
「わかってますよ」
「いつも世話になってるから、その御礼」
「さっき聞きました……あ、じゃあニーアも」
ニーアは花束から1本抜いて、俺に差し出した。貰った物ですけど、と恥ずかしそうに言ったが、俺が受け取ると笑顔になる。
ニーアの笑顔はいつも変わらないから仕事用の顔と区別が付かないが、服装がパジャマだから気を張らない素の表情に見えた。
「それじゃあ、お休みなさい」
ニーアがぱたんとドアを閉める。
俺の周囲にはまだ花束の甘い匂いが漂っていたが、いつまでも部屋の前に立っていると怪しまれるから、1本だけ返された花を握り締めて事務所に戻った。
事務所に戻って、クラウィスと夕飯を食べていたコルダにシュウランが何事もなく国に帰った事を伝えると、コルダは全てわかっていたらしく驚いた様子も無かった。
「そうだと思ってたのだ。最初からニーアも本気にしてなかったのだ」
「それは、そうだろうけど……」
クラウィスは俺が不機嫌なことに気付いて強めの酒をそっとテーブルに置いた。どこまでも気が利く子だ。
もし、シュウランが見るからに下半身で物事を考えるような軽い馬鹿な男だったら、俺は国境を越えてでも一発殴りに行くつもりだった。
しかし、実際はそうではない。シュウランは、この数日間は本気でニーアが好きで、結婚をしたいと言った言葉にも嘘はなかったはずだ。絶対に叶うことは無いとわかっていても。
世間をわかっていない無邪気な子供の約束と同じ。本人に嘘を吐いている自覚もないし、相手を騙すつもりもない。だから、俺は泣きながら帰って行くシュウランに何も言えなかった。
多分、俺が納得できないのは、それをニーアが当たり前に受け流しているからだ。
告白されたことも結婚の約束も、一瞬街を賑わせただけで誰の記憶にも残らずに消えて行き、当事者のニーアだって残されたことに怒りもしないし、きっとすぐに忘れてしまうだろう。
ニーアに嘘を吐かれたことを怒ってほしいとか、失恋したから傷付いてほしいなんて望んでいないけれど。
「でも、俺は、この先ニーアが誰かに好きだって言われた時に、多分嘘なんだろうなってちょっとでも思ってほしくないんだ」
俺が酔いに任せて言うと、コルダが俺のグラスを取り上げて中の酒を美味しそうに舐めた。
「勇者様は純情なのだ」
「……悪かったな」
「悪くないのだ。純情でも、そうじゃなくても。でも、人を無理矢理どっちかにするのは悪いことだと思うのだ」
コルダは、これでいて正論しか言わない。
俺はこれ以上情けない事を言わないように、酔いを覚ますと言って事務所を出た。
日が落ちた街では、祭りの後片付けも終わりかけている。
今日がコルムナの日だが、当日は皆家族と過ごすから人影は少ない。明日になったら、元のように静かな街に戻ってしまう。
飾りも外されて以前の様子に戻っただけなのに寂しく見える街を歩いていると、カラカラと手押し車の音が近付いて来た。
「お兄ちゃーん!たいへーん!」
カーブをドリフトで攻めながら駆けて来たミミ-の手押し車には、コルムナの花が一抱えくらい乗っていた。事務所を占領していた在庫は無くなっているから、大量に作ったのに売れ残ったのは僅かこれだけらしい。
「ずいぶん売れたんだな」
「でも不良在庫は商人の恥だよぅ!売り切りたかったのに……ねーぇ、お兄ちゃん……」
ミミ-に潤んだ目で見上げられて、俺は仕方なくマントの下から財布を出した。
「わかった。買う」
「やった!ありがとう!いくつ?全部?」
調子に乗ったミミ-が図々しい事を言ってくる。この花は1本でも俺の小遣いで買うにはいい値段だ。
しかし、本気の気持ちを伝えるには少なくともこれくらいの量が必要なんじゃなかと考えて、全部、と頷いた。
「うわわ!お兄ちゃん大好きー!!」
手押し車に乗っていた花をまとめて渡されて、俺は夜の明かりでカラフルに光っている花束を両手で抱えた。
ミミ-は空になった手押し車を満足そうに押して帰って行こうとしたが、俺はふと気付いてその背中に尋ねる。
「これ、ウラガノにあげたか?」
「え?あげてないけど、何で?」
俺は抱えた花束から1本抜いて、ミミ-に渡した。
世間の行事なんて馬鹿らしいと思うかもしれないが、小さなイベントの積み重ねが恋愛を上手く続けて行くコツだと思う。月曜9時のドラマがそんなことを言っていた。
ちゃんとウラガノに渡すようにミミ-に言い残して、俺は花を抱えたまま養成校に向かった。
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養成校はいつもどこかで騒ぎや乱闘が発生しているが、生徒が住んでいる寮の辺りは夜になると流石に静かになる。
ニーアの部屋をノックすると、寝る準備をしてパジャマを来たニーアが顔を出した。
俺が抱える大量の花を見て目を丸くしたが、何か言われる前に花束を押し付けた。
「いつも世話になってるから」
「え……あ、ありがとうございます」
それじゃあ、と言い残して事務所に戻ろうとしたが、このままだとあまりにカッコつけ過ぎる気がして足を止めた。
「本気だけど、深い意味はない」
「わかってますよ」
「いつも世話になってるから、その御礼」
「さっき聞きました……あ、じゃあニーアも」
ニーアは花束から1本抜いて、俺に差し出した。貰った物ですけど、と恥ずかしそうに言ったが、俺が受け取ると笑顔になる。
ニーアの笑顔はいつも変わらないから仕事用の顔と区別が付かないが、服装がパジャマだから気を張らない素の表情に見えた。
「それじゃあ、お休みなさい」
ニーアがぱたんとドアを閉める。
俺の周囲にはまだ花束の甘い匂いが漂っていたが、いつまでも部屋の前に立っていると怪しまれるから、1本だけ返された花を握り締めて事務所に戻った。
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