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第38話 勇者、真実に向き合う

〜7〜

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『勇者様』

 久し振りに聞く声に振り返ると、戦争が始まってからプリスタスに避難していたクラウィスが立っていた。
 出掛けて行った時と同じ、リリーナ作の中では地味な方と言えなくも無いワンピースだった。
 記憶にあるよりも小柄で痩せたように見える。孤児院にも十分に食料が行っていたはずだが、戦時中の慌ただしい薄っすらとした不安な情勢の中では田舎の小さな孤児院の、退魔の子には行き届かなかったのかもしれない。

「クラウィス、戻ってたのか……」

 初めて知ったように応えたが、自分で分かるくらい嘘くさい言い方になる。本当はクラウィスに掴み掛って肩を揺さぶって問い詰めたい事があった。

『勇者様に、見せたいものがあるんでス』

 クラウィスはそう言って裾を翻して俺に背を向ける。そして、俺が付いて来ているかどうかなど大した問題では無いといった様子で歩き出した。
 行きたくないと言って逃げたい所だったが、クラウィスを一人にする訳にもいかなくて仕方なく後ろから付いて行った。
 しばらく歩いて着いたのは、クラウィスの元職場、8thストリートにある古い高級ホテル、ヴェスト・トロンベだった。
 ホテルの前で足を止めたクラウィスが、一度振り返って俺が付いて来ていることを確認する。大丈夫だというつもりで頷いたが、沈みかけた夕日の逆光になってクラウィスの表情は見えなかった。
 石造りの立派なホテルの正門を過ぎて、生垣の隙間にある通用口から中庭に入る。
 そして、外壁の影に隠れるようにしてある狭い階段を下りて、軋む木の扉から建物の地下に入った。
 高級ホテルのコンセプトに合わない削れた石の通路で、窓も灯りも無い。俺は魔術でライトを作って、クラウィスは傍に落ちていた蝋燭を点けて、足元を照らしながら奥に進んだ。
 このホテルは元は古い洋館だったらしく、営業に使う建物の方は綺麗にしていても使わない地下通路や出入り口は当時のままにしている。
 俺はホテルの地下には思い出したくない嫌な記憶がある。引き返そうと言いたかったが、クラウィスがここに俺を連れて来たということはもう隠す気もないのだろう。

「クラウィスがプリスタスの孤児院に入ったの、俺が養成校に入ったすぐ後だったんだな」

 俺が少しでも気を晴らそうと明るく言うと、前を歩くクラウィスは返事をしないままこくりと一度頷いた。
 もしかして、俺のファンだったりする?とか。
 適当なことを言って話を終わらせられたらいいのに、と思っていた。クラウィスが実はそうなんですと言えば、俺はまだそれを信じるつもりだった。
 勇者と繋がりを作るためにあの孤児院に入ったとしたら。俺のようななんの後ろ盾もない将来性皆無の生徒まで狙いを付けているのなら、これには予想よりも多くの人間が関わっているらしい。

「クラウィスが持っていた黒い首飾り、あれが何なのかわかったよ」

 そうでスか、とクラウィスが平坦な声で返事をした気がした。
 このホテルでは退魔の子の人身売買が行われていた。魔術師が商品を輸入して来て、クラウィスがそれを受け取って売り払う。その目印があの首飾りだった。
 しかし、クラウィスがホテルの従業員を辞めてしまったから、流通が滞って売られて行くはずだった商品が死んだ。
 俺はそれを怒る気にはなれなかった。知らない退魔の子の死よりも、目の前のクラウィスをどうしたら守れるのか、そればかり意識が行っている。
 無言のまま歩いていると、突然ずしん、と体が重くなるような感覚に襲われる。
 俺が持っていたライトが突然消えて、灯りがクラウィスの持つ蝋燭だけになった。
 突然魔法が使えなくなって驚いたが、どうやら洞窟を進んで行くうちにトルプヴァールの魔術無効化の範囲内に入ってしまったようだ。
 頼りなく揺れる灯りだけが頼りになって怯んだが、クラウィスは気にせず洞窟の奥に進んで行っている。

『……勇者様』

 クラウィスが足を止めて、洞窟の壁を示した。
 クラウィスの細い腕が何とか通るくらいの小さな穴が空いていて、クラウィスが穴の向こうを照らしている。
 その蝋燭の灯りを頼りに、俺は穴から壁の向こうを覗いた。
 ぽかりと大きな空間が広がっていて、最初、そこが何かで照らされて明るく光っているのかと思った。
 それくらい白く滑らかな毛皮をしていて、静かな川の水面が流れるように動いる。それでようやく真っ白な巨大な獣が目の前にいるのだと気付いた。
 黒い魔獣が人間を食べると少しずつ体が変質していく。壁の向こうにいる魔獣は洞窟の天井をするくらい巨大な魔獣は全身が完全に白く変わっている。
 大量の人間を喰わせて喰わせ続けてレアルダーを作ったのだとわかった。

「退魔の子で、作ったのか……」

 否定してくれることを望んで言ったが、クラウィスは黙ったままだった。
 俺としても、大災厄と言われるレアルダーが目の前にいることに衝撃を受けてはいるものの、退魔の子が食われていることにはそれほどショックを受けていなかった。
 死ぬことが怖くなくて、それでもこの世界にどうにか傷痕を残してやろうと考える。無力な退魔の子が最期に行き着くところだ。

「勇者だ」

 洞窟に広く反響して子どもの声が聞こえてきた。洞窟の奥から十数人の人が姿を現す。
 誰もが頬に鍵の刺青を入れているか、首に黒い首飾りを付けていた。全て退魔の子で、だから人数の割に幼い子だらけで20歳を超えたような大人がいないんだと気付く。

「勇者だ」

 誰かがもう一度そう言った。
 国民からの称賛と尊敬の籠った言葉ではなく、ホーリアの人間のような見慣れた俺に対する呆れと面倒臭さが混ざった言い方でもなく、行き場の無い憎しみと怨みが込められている。
 ここでは魔術が使えないことを思い出して、すぐに勇者の剣を構えた。
 しかし、退魔の子の一人がクラウィスの腕を掴んで引き寄せる。そして、小さなクラウィスの頭にどこかで見た事がある銃の先を突きつけた。

「こ、こいつがどうなってもいいのか……ッ?!」

 退魔の子は命の取引に合わない甲高い子供の声で叫んだ。クラウィスは銃を突きつけられて、黙って俺を見つめている。
 多分、この退魔の子は銃の使い方なんて知らないだろう。それにそんな玩具のような小さな銃で頭を撃った所で、致命傷を与えられる可能性はかなり低い。
 しかし、だからと言って見捨てることは出来なくて、俺は剣を投げ捨てた。
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