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テレビで再現VTR作られるやつ
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鞄を受け取った銀行員は、慌てた様子で何か動いている。
目の前の小刻みに震える包丁を無言で眺めていると、男が小さな声で言った。
「お前には恨みはないが運が悪かったな、このまま俺の人質として一緒に来てもらうからな」
「……は!?」
ここまで来て初めて自分の口から声が漏れる。男はうるさいとばかりにさらに私を拘束する力を強めた。磨かれた刃に怯えた自分の顔が歪んで映り込む。
人質であることも無論問題ではあったが、逃亡に付き合わされるとなればさらに大問題。楽観的な自分としては、お金を手に入れたら人質をさっさと放って車で逃走でもするのかと思っていたのだ。
このまま連れ去られるだなんて、それはまずい、ごめんだ!
「れれ、冷静になってください、こんなのすぐ捕ま」
「黙らないと刺す!」
男の目は血走っていた。もはや正気は残されていないのだと痛感させられ口を閉じる。
ガッチリ首元に手を回され動きの取れない私は初めて焦りが生じた。このままずっと人質として逃亡に付き合わされるなんて、すぐ捕まるとは思っていてももし上手く逃げてしまったら? 犯人と長時間過ごすことになる。流石に血の気がひく。
私は混乱する頭でぐるぐる考えた。この状況をなんとかして打破できないのだろうか。テレビドラマみたいにこの腕を思い切り噛んでみようか。でもその拍子にこの目の前の包丁がこっちに向かってきたら? 一瞬の隙でどうなるか分からない、傷一つだって負いたくない。
ようやく実感が沸いてガタガタと震え出す。頭は真っ白でやけに寒い。全身に力が入らず立っているだけで精一杯だ。
とにかく目の前にある包丁から目が離せない。普段キッチンに当然のように存在するこれが、こんなにも恐怖に感じるなんて。
ああ、神様助けてください!
「金を入れたらこっちに放り投げろ! 急げ!」
男の怒号が鳴り響き、反射的に身を縮こまらせる。このままどうなるんだろう、噛み付くなら今だろうか。でも今、全身が恐怖に震えてしまっている自分にそんな強い力が出てくるとも思えなかった。逆上させるだけかもしれない。
混乱してただされるがまま立ち尽くしている時だった。
ふわりと目の前に何かが見える。小さな何かが私の近くにやってきた。
「……?」
黄と黒の色を持ったそれは、ゆらりと飛んできてまるで狙いを定めていたように包丁を持つ男の右腕に止まったのだ。
蜂だった。
真っ黒な瞳と目が合っている気がする。普段なら近くに飛んできただけで走って逃げるような相手だ。
こんな室内に、蜂? こんな状況で、蜂??
私がポカンとしていると、突如オッサンの叫び声が飛び出した。
「いってええ!」
その瞬間蜂は腕から飛び立った。もう出番は終わりですね、と言っているようだった。そして男は腕を大きく振り、包丁を手から滑らせた。
そんな絶好のチャンスを逃すわけもなく、私は慌てて駆け出して男から逃れる。ソウスケが私に手を伸ばしていたのが見える。そこに必死に駆け込んだ。
私と入れ替わりに、警備員と見られる男性が強盗に飛びかかったのが見える。それを見て他の男性も続いた。
一瞬の出来事。一気に形勢逆転。
ソウスケの伸ばした腕に慌ててしがみつくと、その途端彼は小さな声で笑った。こんな時なのに、笑うだなんて。私は驚いてその顔を見上げる。彼は感心したように言った。
「凄いな、あんたの陽の力」
「え、ええ、これ陽の気のおかげ?」
「無論。じゃなきゃこんなタイミングよく蜂なんか現れるか。まあそもそも陽の気のせいで人質にあったのだけれど」
聞いて脱力する。
なんだそれ、でもそうだ。最高に不運だけど最高に幸運。だって、強盗の腕に蜂が刺して助かったなんて聞いたことある? テレビで紹介できちゃうよ。
あんなに緊張感が高まっていたのに、救世主が蜂だなんて締まりがない。
目の前の小刻みに震える包丁を無言で眺めていると、男が小さな声で言った。
「お前には恨みはないが運が悪かったな、このまま俺の人質として一緒に来てもらうからな」
「……は!?」
ここまで来て初めて自分の口から声が漏れる。男はうるさいとばかりにさらに私を拘束する力を強めた。磨かれた刃に怯えた自分の顔が歪んで映り込む。
人質であることも無論問題ではあったが、逃亡に付き合わされるとなればさらに大問題。楽観的な自分としては、お金を手に入れたら人質をさっさと放って車で逃走でもするのかと思っていたのだ。
このまま連れ去られるだなんて、それはまずい、ごめんだ!
「れれ、冷静になってください、こんなのすぐ捕ま」
「黙らないと刺す!」
男の目は血走っていた。もはや正気は残されていないのだと痛感させられ口を閉じる。
ガッチリ首元に手を回され動きの取れない私は初めて焦りが生じた。このままずっと人質として逃亡に付き合わされるなんて、すぐ捕まるとは思っていてももし上手く逃げてしまったら? 犯人と長時間過ごすことになる。流石に血の気がひく。
私は混乱する頭でぐるぐる考えた。この状況をなんとかして打破できないのだろうか。テレビドラマみたいにこの腕を思い切り噛んでみようか。でもその拍子にこの目の前の包丁がこっちに向かってきたら? 一瞬の隙でどうなるか分からない、傷一つだって負いたくない。
ようやく実感が沸いてガタガタと震え出す。頭は真っ白でやけに寒い。全身に力が入らず立っているだけで精一杯だ。
とにかく目の前にある包丁から目が離せない。普段キッチンに当然のように存在するこれが、こんなにも恐怖に感じるなんて。
ああ、神様助けてください!
「金を入れたらこっちに放り投げろ! 急げ!」
男の怒号が鳴り響き、反射的に身を縮こまらせる。このままどうなるんだろう、噛み付くなら今だろうか。でも今、全身が恐怖に震えてしまっている自分にそんな強い力が出てくるとも思えなかった。逆上させるだけかもしれない。
混乱してただされるがまま立ち尽くしている時だった。
ふわりと目の前に何かが見える。小さな何かが私の近くにやってきた。
「……?」
黄と黒の色を持ったそれは、ゆらりと飛んできてまるで狙いを定めていたように包丁を持つ男の右腕に止まったのだ。
蜂だった。
真っ黒な瞳と目が合っている気がする。普段なら近くに飛んできただけで走って逃げるような相手だ。
こんな室内に、蜂? こんな状況で、蜂??
私がポカンとしていると、突如オッサンの叫び声が飛び出した。
「いってええ!」
その瞬間蜂は腕から飛び立った。もう出番は終わりですね、と言っているようだった。そして男は腕を大きく振り、包丁を手から滑らせた。
そんな絶好のチャンスを逃すわけもなく、私は慌てて駆け出して男から逃れる。ソウスケが私に手を伸ばしていたのが見える。そこに必死に駆け込んだ。
私と入れ替わりに、警備員と見られる男性が強盗に飛びかかったのが見える。それを見て他の男性も続いた。
一瞬の出来事。一気に形勢逆転。
ソウスケの伸ばした腕に慌ててしがみつくと、その途端彼は小さな声で笑った。こんな時なのに、笑うだなんて。私は驚いてその顔を見上げる。彼は感心したように言った。
「凄いな、あんたの陽の力」
「え、ええ、これ陽の気のおかげ?」
「無論。じゃなきゃこんなタイミングよく蜂なんか現れるか。まあそもそも陽の気のせいで人質にあったのだけれど」
聞いて脱力する。
なんだそれ、でもそうだ。最高に不運だけど最高に幸運。だって、強盗の腕に蜂が刺して助かったなんて聞いたことある? テレビで紹介できちゃうよ。
あんなに緊張感が高まっていたのに、救世主が蜂だなんて締まりがない。
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