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待ち合わせ

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「沙希! こっちこっち!」

 カフェの扉を開けると、すぐ近くの席から声が聞こえた。長い髪を揺らした春奈だった。ふわりとしたパステルカラーのワンピースが、彼女の美しさを際立てていた。

 私は彼女に笑顔を返しながら席に向かう。

 約束通り連絡をくれた春奈と、近くのカフェで待ち合わせお茶をすることになっていた。数年ぶりに向き合って座る。春奈はメニューを私に差し出した。

「はい、何のむ?」

「ありがとう。紅茶にしようかな」

「相変わらず好きだね!」

 白い歯を出して笑う目の前の美少女を見て、ああ遥か昔も春奈はこうやって笑ってたのかなあなんて想像してしまう。ソウスケの話を聞いてから、どうしても二人のことが頭から離れなかった。

 自分の存在をかけてまで好きな人を救ったソウスケと、救われたさや。結ばれることのなかった二人の話はどこかの御伽噺のようだった。

 店員に注文をすると、春奈は嬉しそうに目を細めて微笑む。

「本当久しぶり!」

「誘ってもらえて嬉しかったよ」

「こっちが嬉しかったよ! ちゃんと来てくれてありがとう」

「多分こうやってお茶してるくらいなら危険は来ないはずだから……」

「あは、大丈夫大丈夫! なんかまだ若かったから色々気にしちゃったけど、結局は偶然だよねえ」

 だいぶ時間が経ってからの再会だったが、そんなことを感じさせないくらいに話は弾む。お互いの仕事や生活の近況報告が続いた。春奈は近くの会社の受付嬢をしているらしい。美人な彼女によく合っている。

 運ばれてきた紅茶二つを受け取り飲みながら、どうでもいい芸能人の話に発展していく。そうしてると、まるで昔に戻れたようだった。心の中でだけ時代が青春色に巻き戻っていく。お腹が捩れるほど笑ってしまう。

「え、じゃあ春奈あそこのビルで働いてるんだ? ひえ、大きなところだよねえ」

「結構ブラックだよー勤め先間違えたかも。残業ばっかりだよほんと!」

「いやーうちもなかなかひどいもんだよ」

「あは、うちらが仕事について語るとか大人になったね?」

 二人で笑う。

「確かにー! 春奈とは馬鹿な事ばっかしてたね、美少女なのに結構アホでね」

「でもいつもアイデア出して誘うの沙希じゃん!」

「そうだっけ」

「都合いい脳みそだなあ!」

 笑いの絶えない会話を続けているうちに、春奈が紅茶をゆっくりすすった直後、急に背筋を伸ばして私を見た。真剣な眼差しで私を見てくる。

「あの、もう一度ちゃんと謝らせてほしい。ずっと沙希を避けてたから……なのにまたこうして話してくれてありがとう」

 栗毛色をテーブルに乗せながら、彼女は深く頭を下げた。私は慌てて止める。

「いやいや、そんな謝ることじゃないよ! そもそも春奈は命の恩人と言っても過言ではないし! 私が溺れてるのいち早く気づいてくれたんだから。それに、私のツイてなさは引いても当然だよ、私でもそうしてた。むしろ今こうして普通にしててくれてありがとう!」

 春奈はゆっくり顔をあげる。どこかその目は潤んでいるように見えた。その顔を見てぎゅっと心が苦しくなる。

 溺れた後病院から退院した直後、車に轢かれる。学校の階段から落ちる。歩いていると上から物が落ちて来る。自転車通学では三回ほどブレーキが効かなくて坂道を転がって制服が破れた。

 今すぐに思い出せるだけでもこれだけの不幸がある。初めは心配するだけだったクラスメイトも次第にフォローの言葉を無くしていった。

 ただ、別にいじめられたり無視されてたわけじゃない。だから、私は特に恨んではいないのだ。

 春奈は一つ大きく息を吐いて笑う。

「ありがとう。ほんとに」

「こっちの台詞だってほんと」

 笑って顔を見合わせる。二人同時に喉を潤すために紅茶を飲んだ。春奈は気が軽くなったのか、追加でケーキを注文した。私もつられて同じものを頼む。

「この辺のご飯やさん結構詳しいんだ。今度来ようよ」

 春奈が嬉しそうにいう。私も同意した。

「うん、ぜひ行こうよ! あの頃と違ってお金はそこそこあるから、食べたいもの食べれるね!」

「確かにね、マックばかりだったもんねえ。
 あ、今度沙希の家に泊まりにいかせてよー」

「うん、狭いけど……」

 言いかけて止まる。そういえば、狭いうちの家にはもうすでに一人泊まっているやつがいた。

 春奈は不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの?」

「あ、えーと、今ルームシェア? してて……」

「え! そうなの? 流行りのね。相手どんな子なの?」

「えーーーーと」

 非常に説明しづらい。私はどう答えようか困り頬をかいた。そんな私の様子に何かを察したのか、春奈が思い出したように言った。

「あ! もしかしてこの前一緒にいた男の人?」

 うまい嘘をすぐに思いつかなかったのは私が悪かった。う、と言葉につまり、仕方がないのでとりあえず頷く。


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