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主従契約
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神様相手とわかると流石にちょっと姿勢を正した。私は頭を下げる。
「あの、もしかしてさっきトラックに轢かれかかったのは」
「ああ、私の力で避けてきました。まあ手を貸さずともあなたは無傷でしたでしょうが」
「そ、そうでしたか。助けていただいてありがとうございました」
深々ともう一度頭を下げる。それを上げた途端、微笑んでいる彼の顔が目に入った。色素の薄い瞳がじっと私を品定めするようにみていて居心地が悪い。私は少し困って視線を泳がせた。
「あのう、それで私に何か用でも」
「藍川沙希」
「え」
彼は透き通った声で私の名を呼ぶ。そして囁くような声で言ったのだ。
「私と主従契約を結びませんか」
突然現れた人に突然そんなことを言われ、私の全身は機能停止した。意味もわからず、ただ呆然と目の前の人を見上げる。
長い睫毛を揺らして彼は笑っていた。どれくらい沈黙が流れたのかわからない、結構長い時間黙っていた私は、しばらくしてからようやく声を出した。
「はは、はい? 主従契約、とははて?」
「おや、神と人の主従契約を聞いていませんか」
「え」
彼はゆっくりとした口調で説明をしてくれる。
「まあ、無理もありませんね。彼はあまり力のない神のようですから。
いいですか、神は気に入った人間と契約を結ぶことが許されている。ただこれはごく稀なことです。なぜなら条件が厳しいので」
「条件?」
「まず一つ、神の中でも上位クラスの者しか使えない制度です。ソウスケ、とやらは全く届かない地位です」
なるほど、と納得する。ソウスケは以前、神様の中での自分の地位をアルバイトって言ってたっけ。彼は落ちこぼれの神様なのだ。
「あと一つ。人間にも神にも互いに利益がないと成立いたしません。どちらか一方だけではいけない。
さてわかりますね? あなたにこの話を持ちかけた理由を」
「……私の陽の気ですか?」
声に出してみると、彼は正解ですと言わんばかりに微笑んで見せた。
「あなたの主は私になる。あなたが纏う陽の気は私のものとなる」
「それって、私の陽の気が普通になるってことですか!?」
「残念ながらそうではありません。陽の気とはその者が生きている限り簡単に移すことはできないんです」
「……じゃあ、私のメリットって何ですか?」
首を傾げて尋ねる。お互いにメリットがないと契約は成立しない、って言ってたけど、今の話では私にいいことは特にないではないか。
すると白い人はずいっと私に顔を寄せた。目が眩むほどの純白に一瞬戸惑う。
薄い唇から彼は囁く。
「わかりませんか。今後、不幸が起こり続けるあなたを救える者は他にいませんよ」
「え?」
「あなたは無傷でも、友人や家族が巻き込まれないとは限らない。すでに身をもって体験しているのでは?
そんな時、私なら周りの人間を助けることができる」
ハッとする。あやめの顔が目に浮かんだ。
そうだ、私の近くにいる人はどうしても事故に巻き込んでしまう。あやめがそうだった。あの時はソウスケが助けてくれたけど、彼がいなくなった今またあんな出来事が起きた時大変なことになる。
春奈や両親、職場の人。いろんな人の顔が頭に浮かんだ。
私の様子を見て白い人は微笑む。
「メリットでしょう?」
それは間違いなかった。私はごくんと唾を飲む。
この体質上友達も減ってしまった今、残された大事な友人たちの命は守りたい。ソウスケがいなくなってしまったから、その力は本当にありがたいものだ。
しかし少し戸惑うのも事実。私は眉を下げながら尋ねた。
「それで、主従関係って具体的にどうなるんですか? 出家するとか?」
こちらは真剣に聞いていると言うのに、彼は面白そうに笑った。高い笑い声が周りに響く。
「いいえ、そんなことはしなくて結構ですよ。あなたの生活は何も変わりない。強いて言えば、他の神からの恩恵は受けられなくなる。それぐらいですか」
「そ、それだけ?」
「まあ大昔はあなたが言ったように出家した者に生涯仕えさせたようですが、時代遅れですね。それにあなたの陽の気は本当に凄いので、契約を交わしてさえもらえれば私にとってかなり大きな力になりますから。契約は絶対なので、あなたの危機も必ず私が助けると約束します。周りの人間も無論」
頭の中で必死に整理してみる。この人と主従契約を結べばこれからの危険から私の友達を守ってくれる。別に私自身は生活は変わりなし。変わるといえば、他の神からの恩恵が受けられなくなる……。
って、それってもしかして。私は頭の中で思い浮かんだ疑問をぶつけた。
「例えば、もうソウスケが私にために何かすることは出来なくなるってことですか?」
「その通りです」
そう聞いた途端、なぜか自分の心の中に翳りができた。盛り上がってきた気持ちがびっくりするくらい冷めてくる。
今まで不幸つづきの私をフォローしてくれたのはソウスケだった。強盗の時女の子を助けてくれたのも、事故の時あやめを救ってくれたのも、彼だったのだ。
「あの、もしかしてさっきトラックに轢かれかかったのは」
「ああ、私の力で避けてきました。まあ手を貸さずともあなたは無傷でしたでしょうが」
「そ、そうでしたか。助けていただいてありがとうございました」
深々ともう一度頭を下げる。それを上げた途端、微笑んでいる彼の顔が目に入った。色素の薄い瞳がじっと私を品定めするようにみていて居心地が悪い。私は少し困って視線を泳がせた。
「あのう、それで私に何か用でも」
「藍川沙希」
「え」
彼は透き通った声で私の名を呼ぶ。そして囁くような声で言ったのだ。
「私と主従契約を結びませんか」
突然現れた人に突然そんなことを言われ、私の全身は機能停止した。意味もわからず、ただ呆然と目の前の人を見上げる。
長い睫毛を揺らして彼は笑っていた。どれくらい沈黙が流れたのかわからない、結構長い時間黙っていた私は、しばらくしてからようやく声を出した。
「はは、はい? 主従契約、とははて?」
「おや、神と人の主従契約を聞いていませんか」
「え」
彼はゆっくりとした口調で説明をしてくれる。
「まあ、無理もありませんね。彼はあまり力のない神のようですから。
いいですか、神は気に入った人間と契約を結ぶことが許されている。ただこれはごく稀なことです。なぜなら条件が厳しいので」
「条件?」
「まず一つ、神の中でも上位クラスの者しか使えない制度です。ソウスケ、とやらは全く届かない地位です」
なるほど、と納得する。ソウスケは以前、神様の中での自分の地位をアルバイトって言ってたっけ。彼は落ちこぼれの神様なのだ。
「あと一つ。人間にも神にも互いに利益がないと成立いたしません。どちらか一方だけではいけない。
さてわかりますね? あなたにこの話を持ちかけた理由を」
「……私の陽の気ですか?」
声に出してみると、彼は正解ですと言わんばかりに微笑んで見せた。
「あなたの主は私になる。あなたが纏う陽の気は私のものとなる」
「それって、私の陽の気が普通になるってことですか!?」
「残念ながらそうではありません。陽の気とはその者が生きている限り簡単に移すことはできないんです」
「……じゃあ、私のメリットって何ですか?」
首を傾げて尋ねる。お互いにメリットがないと契約は成立しない、って言ってたけど、今の話では私にいいことは特にないではないか。
すると白い人はずいっと私に顔を寄せた。目が眩むほどの純白に一瞬戸惑う。
薄い唇から彼は囁く。
「わかりませんか。今後、不幸が起こり続けるあなたを救える者は他にいませんよ」
「え?」
「あなたは無傷でも、友人や家族が巻き込まれないとは限らない。すでに身をもって体験しているのでは?
そんな時、私なら周りの人間を助けることができる」
ハッとする。あやめの顔が目に浮かんだ。
そうだ、私の近くにいる人はどうしても事故に巻き込んでしまう。あやめがそうだった。あの時はソウスケが助けてくれたけど、彼がいなくなった今またあんな出来事が起きた時大変なことになる。
春奈や両親、職場の人。いろんな人の顔が頭に浮かんだ。
私の様子を見て白い人は微笑む。
「メリットでしょう?」
それは間違いなかった。私はごくんと唾を飲む。
この体質上友達も減ってしまった今、残された大事な友人たちの命は守りたい。ソウスケがいなくなってしまったから、その力は本当にありがたいものだ。
しかし少し戸惑うのも事実。私は眉を下げながら尋ねた。
「それで、主従関係って具体的にどうなるんですか? 出家するとか?」
こちらは真剣に聞いていると言うのに、彼は面白そうに笑った。高い笑い声が周りに響く。
「いいえ、そんなことはしなくて結構ですよ。あなたの生活は何も変わりない。強いて言えば、他の神からの恩恵は受けられなくなる。それぐらいですか」
「そ、それだけ?」
「まあ大昔はあなたが言ったように出家した者に生涯仕えさせたようですが、時代遅れですね。それにあなたの陽の気は本当に凄いので、契約を交わしてさえもらえれば私にとってかなり大きな力になりますから。契約は絶対なので、あなたの危機も必ず私が助けると約束します。周りの人間も無論」
頭の中で必死に整理してみる。この人と主従契約を結べばこれからの危険から私の友達を守ってくれる。別に私自身は生活は変わりなし。変わるといえば、他の神からの恩恵が受けられなくなる……。
って、それってもしかして。私は頭の中で思い浮かんだ疑問をぶつけた。
「例えば、もうソウスケが私にために何かすることは出来なくなるってことですか?」
「その通りです」
そう聞いた途端、なぜか自分の心の中に翳りができた。盛り上がってきた気持ちがびっくりするくらい冷めてくる。
今まで不幸つづきの私をフォローしてくれたのはソウスケだった。強盗の時女の子を助けてくれたのも、事故の時あやめを救ってくれたのも、彼だったのだ。
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