Maybe Love

茗荷わさび

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吾妻という男

第十二話

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 幸せな気持ちで部屋に戻る伊都。


 吾妻はすやすやとキングサイズのベッドで眠っている。伊都はゆっくりとベッドにあがると吾妻の傍まできた。

 吾妻が帰ってきて二ヶ月。

 十年まったく連絡を取らなかったのに、それを感じさせない吾妻。

 お互い大人になり変わったところは沢山ある。

 同じ背丈だったのに伊都が見上げなくちゃならないところ。

 吾妻の片方の眉を上げて得意げな表情をするところ。

 その後でその眉が下がって目が細くなるところ。

 そして、とってもその目が優しく伊都を見つめるところ。


 伊都はその目に見つめられると最近目を逸らしたくなる。そのたびに吾妻が少し寂しそうにするのもわかってきた。伊都が逸らしてしまうのは、特別な想いが芽生えはじめているから。


「ありがと、吾妻」

 吾妻の跳ねた前髪を直していると吾妻の目がゆっくりと開いた。しばらく目が合う。

 吾妻は無言で頭を少し起こすと、起こしてごめんと自分の布団に戻ろうとする伊都の首に手をかけ引き寄せる。完全に不意をつかれた伊都は簡単に吾妻の顔の傍まで引き寄せられてしまった。

「あ……ず……っ」

 次の瞬間、伊都の唇に吾妻の唇が触れた。

 目を丸くして驚く伊都。

 しかしすぐに伊都の首を掴んでいた手はだらりとベッドに落ちる。吾妻は何もなかったかのように寝ていた。

 伊都は自分の唇に手をやって放心状態。

 今起こったことはなに? 夢?




 翌朝ダイニングルームにやってきた伊都を「昨日眠れなかった?」と母親が心配する。

「あ……ずまの寝相が悪くて」
「朝ごはん、あとにする?」
「うん、またちょっと寝てくる」

 まるでゾンビのように重い体を引きずって寝室へ向かった。




 吾妻と母親のふたりで朝食を取ることになった。

「そろそろあなたのお母さんの命日ね……。今年はあなたも一緒に行かない?」
「え?」

 吾妻は「あなた」という言葉に引っかかった。

「毎年私と伊都はお寺に行っているのよ」
「毎年?」
「そうよ、あなたのお父様には法要のときだけで構わないと言われているんだけど……、伊都はあなたの名代だからとお父様にちゃんと断りを入れて毎年参加させてもらっているの」

 伊都が吾妻の名代……

 吾妻の母親は離婚後パートナーと共に事故死した。離婚して出戻った時には両親は亡くしていたしそのほかの身寄りもいない母親の遺骨を吾妻の父親は引き取り墓を立ててやったのだ。吾妻はイギリスでその訃報を知ることとなったが一切帰国はしなかった。

「あなたがずっとお母さんのことで苦しんでいるのは私なりにだけど理解しているつもり、伊都も伊都なりに受け止めていると思う。 私が言えるのは彼女はあなたをとても愛していたってこと。私はあなたの両親が結婚する前から知っているのよ。あなたを妊娠して、そしてあなたが生まれたときの彼女の幸せそうな顔を私は忘れてない」

 膝の上にある吾妻の拳が震えている。

「それもまた彼女の真実よ、吾妻くん」

 伊都の母親は、俯いたままの吾妻の頭を引き寄せてその胸に抱きしめた。





 伊都の母親に買い物を頼まれ二人でスーパーへ。
 その車内、ぎこちない伊都。

 完全に吾妻を意識してる。

「この買い物絶対緊急じゃない気がする」

 ぶつぶつ言いながらショッピングカートに入れる伊都。
 伊都の少し後ろをポケットに手を突っ込んだまま着いて歩く吾妻。

 買い物を終えて吾妻が後ろのハッチを開けると、伊都が荷物を載せる。それをハッチに片手をかけて吾妻は眺めていた。
 伊都が荷物を載せ終え振り返ると吾妻の胸が目の前にあって慌てる伊都。

 ニヤリとしてもう片方の手で伊都を抱きとめた。

「な、なに、やめてよ」

 解放されずジタバタする伊都。

「俺を避けるなよ」
「さ……けるよ、あんなことされて」
「あんなこと?」
「は? え?」
「どんなことを俺がしたの?」

 吾妻は覚えていないのか?
 幻だったのか?

「伊都に嫌われるようなことをしたのか?」

 嫌う……わけは、ないんだが……

「教えてくれよ、酔って迷惑かけたとか?」

 手を緩めて伊都の顔を覗き込む。
 伊都は耳まで真っ赤に違いない。

「違う、別になにもなかったよ」
「あんなこと、したのに?」
「…………!」

 吾妻はいまだ困惑した表情をしているが、なんか揶揄われているような気がしてならない。

「ほんと! なにもないよ、気にしないで」
「ほんとだな?」
「あぁ、あんなくらいで動揺しない」
「あんなこと?」
「初めてじゃあるまいし」

 固まる吾妻。

「ちょっと待て、俺」
「……なんだよ」
「もしかして伊都にキスした?」

 唇に手をやり驚いている吾妻。

「もしかしてって……覚えてないってこと?」
「というより、夢だと思ってた」
「……なら、夢ってことにしろ」

 伊都は助手席に乗り込んだ。急いで吾妻も回り込み運転席に乗り込む。

「今までどうりで居てほしい」

 吾妻は真顔で伊都に訴えている。

「伊都と友達じゃなくなるのは嫌だ」
「……キスくらいで絶交するかよ、ガキ」


 今までどうり……

 友達じゃなくなるのは、僕だって嫌だよ。






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