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もう一度会えたなら 3
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「――――やってしまいました」
うなだれながら、侍女に着替えさせてもらい、ベッドに腰掛けたティアーナは、長い長いため息をついた。
敗戦国の姫であるティアーナに、大きすぎるほどの恩情。
もちろん、王弟であるライハルト・ディールス公爵と、ロンド王家唯一の直系であるティアーナを婚約させることで、早期の混乱収束をという考えはわかる。
あの後、ライハルトはティアーナに、肉親を奪ったことを何度もわびて、憎んでくれて構わないと言った。
けれど、ティアーナは、末の姫と言っても国王が一人の侍女に生ませた庶子だ。
未来視の力を持っていることが判明したたため、辺境に送られることもなく王城で育てられたが、母は王城からは追い出され、ティアーナに目を向ける肉親は一人もおらず、未来視の力だけのために生かされてきた。
未来視を告げるときくらいしか会ったことがない父、国王陛下。
もちろん、肉親がすべていなくなってしまったことは悲しくもある。
でも、すでに国民にとってどう動くのが一番いいのか考え始めているティアーナは、薄情なのだろうか。
だが、いっそ公爵家令嬢だったときの両親のほうが、記憶を取り戻した今、本当の両親に思えるくらいだ。
「ライハルト様…………」
記憶の中とは、変わってしまった姿。眉間に刻まれた皺。
最後に見た姿は、まだあんなに肩の厚みがなくて、少し頼りなくて、戦場に送り出すには幼すぎて、胸が痛むくらいだったのに……。
「私のことを置いて、大人になってしまって、悔しいような」
学友として、いつだって負けたくないから頑張ってきた。
隣に並び立ちたいから、教養も、学業も努力して。
――――出立の日、帰ってきたら伝えたいことがある、って言っていたのに。
ライハルトが戦地に行っているあいだ、王都を襲った流行病は、ミリティアの命を奪ってしまった。
だから、その言葉は、永遠に伝えられることがないはずだった。
「――――どうして、結婚も、婚約もしなかったの」
ライハルトの立場は、とても微妙だった。
ミリティアの生家、ベルク公爵家の庇護がなければ、生き延びることが難しいほど。
王位継承権があっても、後ろ盾のない王子、それが第三王子ライハルトだった。
だから、ミリティアがいなくなった後、すぐに後ろ盾となる婚約者と縁を結ぶべきだったのだ。
たとえば、ミリティアの妹フィリーネ……。彼女はライハルトのことを密かに好いていた。
そして、当時まだ婚約者はいなかった。
家同士のつながりを重要視する貴族、ましてや王族との婚約。
兄妹がいなくなった場合、ほかの兄妹が婚約者になる。よく聞く話ではないか。
その時、光が再びティアーナの視界を金色に染める。
それは、突然やってくる。見たい見たくないという選択をティアーナに、与えてくれることなどなく。
***
気がつけば、薔薇の香りがあふれる庭園に立っていた。
「どうして」
「ライハルト様……」
「どうして……。その言葉を、あなたが言う」
冷たい色の双眸から流れ落ちた雫は、ポタリと乾いた地面を濡らした。
ライハルトの涙を見たのは、幼い頃たった一度きりだった。
騎士団長として毅然とした姿と、少し幼く見えるその泣き顔は、整合性がない。
けれど、ティアーナだけは、いやミリティアだけは知っていたはずだ。
ライハルトが抱える悲しみも、弱さも、苦しみも、すべて。
***
「…………」
金色の光が収まったとき、ティアーナは、先ほどと同じようにベッドの上に一人座っていた。
いったい何を言ったら、騎士団長にまで上り詰めた、ティアーナよりずっと大人になったライハルトを泣かせてしまう結果になるのだろうか。
そんな困惑だけが胸を占める。
未来視は、都合のいい未来なんて告げない。
時に変わることもあるその未来は、とても断片的で、大切な部分は教えてくれないことが多い、不確かなものなのだから。
そして、未来視はきっといたずら好きな女神が与えた力に違いない。
その日から、ティアーナは、頻繁に未来視を発現することになる。
その内容は、他愛のないものから、赤面してしまう内容まで、多岐にわたるのだから。
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