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王都ルミエラ編

15話 なにがいいんでしょうか

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 バイトです! 勤労です! こちらに来てから初めての生産的な活動です! おはようございます!

 昨日のうちに、仕事服も調達しました! 買い物にも着いてきたアベルが全力で止めてきたのでパンツスタイルは諦めました。はい。男性物しかなかったですしね。

 交通局は万年人手不足だそうです。道路の拡張とか補修とか、いろいろやらなきゃいけないのに追いついていないそうで。とにかく最近の若い人は堪え性がなくてすぐに仕事を辞めるし、辛いだるい給料安いしか言わない。いつ来ても外国人でも問題なく仕事割り振れるからいつでも来て大歓迎ー! てゆーのを面接してくれたお孫さんが六歳のおじさんから聞きました。おじさんありがとう。
 だからなんですね、募集が『王都ルミエラ各所』じゃなくて『アウスリゼ国内各所』だったの。国中で道路の補修追いついていないと。だめじゃん。ちょうだめじゃん。

 とまあ、思わぬところでアウスリゼの弱点を見つけてしまいましたが、わたしは元気です。お仕事します。稼ぎます。お給料が週払いと月払いを選べたので、週払いにしました。月払いよりちょっと金額が謎に少なくなるんですけど。そのシステムまことに謎ですけど。まことにまことに謎ですけど。でもはやくお金がほしかったんで。自分で稼いだお金!
 
 それとですね、わたし靴を買おうと思ったんですよ。仕事用の靴。それであらためて考えたところ、わたしこっちの世界に来てからめっちゃ歩いてたんですよ。たぶん万歩計着けてたら毎日三万歩とか行ってたくらいの勢いなんですよ。履いていたの群馬から連れてきたセール品の四センチヒールなんですよ。就活生かよ。なのにですね、まっっっっっっっったく、まっっっっっっっったく、疲れなかったんですよ。脚のむくみもなくてむしろ前よりスッキリしてるんですよ。やった。

 それで、もうだめだろうなあ、と思いつつひっくり返して靴底を見てみたんですね。そしたらね。

 ――なにも、減っていなかったんです。靴底。

 わかりますか、この恐怖。
 なにこれグレⅡいつからホラーノベルゲームになったの。ごめんわたしそれは想定していなかった。いつまでもついて行くと思っていたし、グレⅢは今でもなんとなく待ってはいるけどこれは想定していなかった。ごめんなさい、わたしそれはちょっと。ホラーやオカルトはちょっと。
 と考えつつ、ツイッターでみたクラークの三法則をふと思い出しました。

『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』!

 そうです、きっとそういうことです! 魔法ってオカルトじゃないですか! ホラーってオカルトの中にもあるじゃないですか! ということは科学的に製造されたに違いないこの四センチヒールは、全体的にちょっと不思議ヒールなんですよ! なんで毎日毎日歩きまくっても疲れないし靴底も減らないんですよ! Q.E.D.
 ということでいかがですか。わたしは元気です。

 とりあえずなんかおっかないし、ぺたんこ靴も買いました。底にちょっと厚みがあるバレエシューズ。オフホワイトの。かわいい。いっしょに同じ色のつば広ハットと、日傘(晴雨兼用)も買いました。トートバッグも。ちょっとバイトにしては気合い入れすぎですけどいいんです。稼ぎます!

 アベルがやっぱり着いてきました。わたしの姿を見てとても残念そうな顔をしていました。なぜ。
 全身お仕事コーデです。上からハット、首に汗拭きタオル、キャンバス生地っぽい厚手のネイビーのエプロン、白のシャツに深緑のマキシ丈スカート。それにバレエシューズ! いいですね!

 現地集合です。十五分前行動しました。新人ですし。はじめてする仕事ですし。
 この前のおじさんではありませんが、違うひょろっとしたおじさんが交通局の腕章をして立っていました。声をかけたらめっちゃにこにこしてくれました。「おお、仕事する気まんまんだねえ!」と言ってめっちゃ親切に仕事内容説明してくれて、人数カウントするカチカチ渡してくれて、飴玉もくれました。ちょっと溶けて凝固した形跡がありました。ありがとうございます。
 カチカチ! カチカチ! カウントするカチカチが、グレⅡ世界にもありました‼(大興奮)
 群馬のカチカチと同じ形態かはわかりませんが、右が女性、左が男性だそうです。どっちかわからない人は勘でいいそうです。とっさの判断が求められそうですね。がんばります。

「とりあえず今日は午前中だけねー。午後は違う人来るから、その人にカウンター渡してー」

 カウントするからカウンター……! カチカチという名前ではなかった……! なんてこと……!

 シフトの時間もざっくりみたいです。いいんだか悪いんだか。路の端っこで椅子に座って仕事始めてから、ちょっとの間おじさんが残って世間話してくれました。やっぱりこの仕事、長く続ける人あんまりいないみたいです。でも大切なお仕事だから、がんばってね、と言って去って行かれました。がんばります。

 ら、アベルがぬっと姿を見せました。今までどこにいたんでしょうか。ちょっとムスッっとした顔で、手を出してきました。お手をしました。無言でそれをしばらく眺めた後、「さっきもらったもの、出せ」と言ってきました。あめちゃん欲しかったのか。最初からそう言いたまえよ。

 スカートのポケットから出して渡すと、ぽーいとあらぬ方向に投げ捨ててしまいました。なにを! なにをするんだ君は!

「もったいないおばけがくるぞ‼」
「……おまえの言うことまじでときどき意味わかんねえ」

 アベルが素で言いました。すみません、これ群馬の方言でしたかね。わたしなまってるつもりなかったんですが。

「あのなあ、他人からもらった食い物とか、ぜったい口にすんなよ! おまえ、食う気だっただろ! もし薬物だったらどうするんだよ!」
「えええええええ⁉ アウスリゼ王国交通局におクスリの魔の手が⁉」
「知るか! とにかく、知らない人間からもらったもんは食うな! 基本どころか常識だろこんなの!」

 すごくアベルがぷんぷんしています。あ、女の人があちら通りました、右カチッ。

「知らないってどの程度ですか」
「自分で考えろそのくらい」
「じゃあわたしアベルさんのことも知りませんので、なにかいただいても食べませんね」

 アベルの表情が一瞬抜け落ちました。男の人左カチッ。そしてめっちゃうれしそうに、すごく優しい声で言いました。

「――そうだ。それでいい」
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