上 下
1 / 4

エセ乙女ゲームのヒロイン役だけど、ヒーローじゃない人に一目惚れ

しおりを挟む
色々あって入ることになった王都の魔導学園へ編入するその日。
学園の門を入ったところで、とんでもない情報が頭に流れ込んできた。

スサンナが物心ついたころから持っていたぼんやりとした前世の記憶と、流れ込んできたとんでも情報を照らし合わせて分かったことがある。

この世界は、乙女ゲームの悪役令嬢役がヒロインで、乙女ゲームのヒロイン役が悪役というよくあるライトノベルのような世界だろう、ということ。
そして、スサンナはそのなんちゃって乙女ゲーム設定のヒロイン、ライトノベルの悪役である。

ややこしすぎて悪役がゲシュタルト崩壊しそうだ。




スサンナの母はただの平民であった。ヒルヴィサーリ子爵家の領地でそれなりに裕福な農家に産まれ育ち、余裕があったおかげでそれなりの教養やマナーを身に付け、18歳で子爵家のメイドになった。
そこで当時20歳だった子爵家長男の父と出会い、恋仲になった。ちょうど父には政略結婚の話が出ており、母は身を引こうとしたが、お腹にスサンナがいることが分かり、父は祖父に直訴した。
しかし当然貴族として祖父と祖母は拒否。
そこで、父は母を説得して、学園時代の友人を頼り駆け落ちした。この友人はヒルヴィサーリ子爵領から見て王国の反対側の領地を治める伯爵家の四男で、彼も平民と結婚していたが円満に領地で平民に下っており、父の友人関係を把握していなかった祖父にはバレずに済んだ。
また、祖父も本気では探していなかった。
当時5才になる次男がいたし、その時点ですでに次男が非常に優秀だと家庭教師が太鼓判を押していたので、なんとかなるだろうと考えて黙認した。
貴族としては、平民と結婚するというので勘当した、というていを取ったわけだ。




しかし、事情が変わってしまった。
成長したスサンナの叔父は、なんと格上の侯爵家の一人娘と恋仲になり、人柄も良く優秀だからと望まれて婿に出てしまったのだ。
親戚から養子を取るという手もあったが、そこはやはり人の子、自分の子どもに継いでもらいたいと考えて、祖父母は父を探し出した。

家を出た17年の間に、父はそこそこ腕の立つ商人となっており、商売が面白いうえに小金もあるのでお金にはつられず、なんなら国外に逃げるだけの胆力もあったのですげなく断った。しかし何度も何度も祖父と祖母が訪れ、母のこともスサンナとその弟のアルヴィのことも、きちんとヒルヴィサーリ家に迎えるからと書類まで作ってきて頼み込むもので、先に母が折れた。

そして母が父を納得させたので、一家そろって子爵家に戻ることになった。

祖父母は、母が父を説得してくれたことに感謝し、貴族として最低限通じるだけのマナー教育を母から施されていたスサンナに会ってさらに感激し、母を喜んで迎え入れた。
またスサンナのことも、父に似た綺麗な顔立ちを見て喜び、母に似た8歳の素直で可愛らしいアルヴィにはメロメロになった。


揃ってヒルヴィサーリ子爵家に戸籍を移してしばらくしてから、母も含めて3人で魔力測定を受けた。父は、貴族にとって当然のこととして子どもの頃に受けたそうだ。そして、魔力量は人生を通じて変わることがない。遺伝なども関係するようだが、とにかく先天的なものらしい。
平民なら魔力の調査は任意なのでスサンナたちは測定していなかったが、貴族は必須だという。
そして、スサンナとアルヴィに少なくない魔力があるということが分かった。スサンナに関しては、特に貴族の中でも魔力量が多かったらしく、測定した魔法使いが驚いていた。


結果を受けて、祖父が家族を集めた。
「スサンナにはそれなりに教養はあるが、魔法については学んでいなかっただろう。貴族のほとんどは、王都の魔導学園に入って制御を学ぶのだ。アルベルト(父の名前だ)もそこで学んだから知っているだろうが、貴族にとっては義務に近い。年齢的に編入になるが、とにかく入学してほしい」

聞けば、よっぽど身体が弱いなどの理由がない限りは、16歳~18歳の貴族の子どもたちが王都の魔導学園に集まって学ぶそうだ。スサンナの魔力量が少なければ、「病弱で…」という理由で行かない手も取れたらしいが、いかんせん多すぎた。スサンナ自身も、面白そうなので喜んで同意した。

ちなみに、平民のためには王立魔法学校があり、貴族と平民が同じ場所で学ぶことはない。貴族の子どもたちは在学中に社交界デビューするのが通例で、スサンナはギリギリ間に合う年齢だ。
平民の場合は義務ではなく、魔力が一定以上であれば魔法学校から奨学金が出るという。スサンナも魔力測定していればそこて学べたかもしれないが、一応祖父母に見つからないよう測定しなかったそうだ。あまりに魔力が多いとさすがに目立つことになる。

貴族と平民はきっちり分けて学ぶので、よくあるような平民のシンデレラストーリーは起こりようがない。
その穴を突いたのが、両親が駆け落ちしていたけど貴族の家に戻ってきた乙女ゲーム設定のヒロイン役というわけだ。

両親も、魔法については正しく学ぶ方がいいという結論に達し、来春の編入に向けて家庭教師に様々なことを教わった。



一応元々学んでいたことと、前世の知識もあって一般教養はなんとか形になり、魔法も理論だけだが及第点まで持っていけた。
魔法の実技は危険なので学園で習う方がいいそうだ。ものの3ヶ月で仕上げたスピードに家庭教師は驚いていたが、前世の記憶があるおかげで不思議な魔法というものに対して興味が爆発し、ガツガツ学んだおかげだと思う。

その間に、父は忘れていた領地経営について学びなおして祖父を手伝い、商店でちゃきちゃき働いていた母は要領よく祖母から学んで家を切り盛りしていった。アルヴィは、家庭教師に学ぶほかは領地の子どもたちと遊びまわり、生来の人たらしを発揮してあちこちに人脈を作っていった。




そして春、問題なく編入の手続きを終え、王都のこぢんまりしたタウンハウスに腰を落ち着けた。元々タウンハウスを取り仕切っていた執事とメイドのほかに、子爵家に来てからスサンナにずっとついている親切なメイドのイェッテがいてくれるので、家族と離れることにはなったが快適だ。

完全アウェーだと覚悟を決めた入園当日の朝、シンプルなドレスのような形の制服を着て門に立ったところで、怒涛の知識が流れ込んできたわけだ。



流れ込んできた記憶のような何かは

・ここは若干お色気イベント多めの乙女ゲームの世界
・その乙女ゲームは、一世を風靡してゲームだけでなくグッズも豊富で舞台化・アニメ化もされた
・自分はヒロイン♪(勘弁してほしい)
・攻略対象者は学園内は第二王子、魔法省トップの実力者である侯爵家の長男、騎士団長の伯爵家の三男。学園外は大商人の長男(現時点で顔見知りだ)、宿屋の次男(息抜きに買い物をする雑貨店の隣の宿の子)。隠しルートは逆ハールート後に出てくる隣国の第三王子だが、実は普通に学園に留学に来ている。
・金髪ドリル装備の悪役令嬢がいて、第二王子の婚約者でありいじめから文句から誘拐未遂に殺害未遂までと何かと邪魔をする
・悪役令嬢は卒業パーティで断罪されて、いじめまでなら領地に軟禁か修道院、誘拐未遂までで国外追放、殺人未遂までしていると打ち首(罰が重すぎる)
・ヒロイン役の前世では隣国の第三王子が推しだから逆ハーしたいゾ☆(鳥肌が立った)
・最悪、いじめがなくても悪役令嬢をうまくハメればきっとうまくいく(無理フラグでしかない)
・それぞれのイベントを覚えている(という設定で知識も入ってきた)

といったものだった。
完全に、悪役令嬢物のライトノベルの悪役になるための知識である。

しかし、スサンナ自身が以前から持っていた前世の記憶によると、婚約者から略奪するような乙女ゲームはほとんど存在しない。そんなストレス展開を求めるたぐいのゲームではないのだ。
乙女ゲームとは、ターゲットを楽しく攻略してラブラブして楽しむものである。もちろん、イロモノもあるが主としては相手と相思相愛になって幸せを感じるためのものだ。
略奪やら敵キャラを徹底的に断罪やらといった後味の悪いイベントはほとんどない。ライバルや当て馬くらいならあるかもしれないが、メインヒーローに婚約者がいるなんて王道でも何でもない。そもそも、略奪を忌避する人に避けられてしまう。そんなゲームが一世風靡するわけがない。
広く人気が出た乙女ゲームは、もっと攻略対象が多くてターゲット層が厚いものだ。隠しキャラも入れて6人は少なすぎる。

それは、前世で流行ったライトノベルの中にだけよく存在する、完全に架空のゲーム設定である。
つまり、ここはそのライトノベル系の世界だと推測できた。
もっとも、前世の記憶を探しても、スザンナが登場するライトノベルが存在するのかは分からなかった。

個人的にハーレムは好きになれない。普通に一人の人を大切にするべきたと思う。もちろん、エンタメならそれなりに楽しめるだろうが、ちやほやされるためのヘイト管理がめんどくさそうだ。
ハーレムに入る側も、自分を一番にしてくれない人を一番に想うなんて辛すぎやしないだろうか。

今世の知識でもって常識的に考えれば、貴族間の契約をないがしろにする略奪なんて印象が悪すぎる。そんなことをした後で、名誉や体面を大事にする貴族社会で他の貴族たちと良好な関係を続けられるとは思えない。
何より、スサンナはせっかく生まれ変わった今世、誰かの不幸を踏み台にしようとしてざまぁされるなんて嫌だ。

―― 絶対、ありえない。

強制的に動かされでもしない限り、イベントは全部避けてフラグなんてぶっ潰す、と考えたところで流れ込んできたエセ記憶の中から唐突に浮かんできたものがあった。

編入当日の朝、門のところでイベントが一つ。
緊張からくる貧血でフラフラしながら歩いているところで第二王子にぶつかる。そして、一緒に歩いていた悪役令嬢から嫌味をもらい、第二王子に庇われて第二王子ルートが始まる。

普通に考えて、子爵程度の娘(しかも元平民)が前をよく見ずに歩いて第二王子にぶつかるなんて不敬でしかないだろう。嫌味で済ませる悪役令嬢がむしろ救いである。

―― このままじゃまずい。逃げないと。

しかし、大量のエセ記憶のせいか、頭痛が治まらなくて動けない。何なら吐き気もある。むしろ、動かずに王子たちが通り過ぎるのを待ち、その後ゆっくり移動した方がいい。
門を入ってすぐのところで邪魔になりそうだが、今いるのは徒歩で入る門の前で、馬車で入る門は違うからそこまで問題もないだろう。
そう考えているときに、頭上から声が落ちてきた。

「大丈夫ですか?」
低めの澄んだ声だ。
顔も見ないのは失礼かもしれない、とスサンナは頭痛に眉を顰めながらもなんとか顔を上げた。
そこに立っていたのは、エセ乙女ゲームの記憶にはない顔だった。ネクタイがブルーなので同じ3学年らしい。男子生徒はネクタイ、女子生徒はリボンが指定で、学年ごとに色が決まっている。
ウェーブがかった美しいブロンドが肩に少しかかり、キリリと吊り上がった空色の目は涼やかで、貴族らしいピンとした空気をまとう、それなりに鍛えた体を持つ背の高い男子生徒だった。

はっきり言おう。好みど真ん中である。
心臓がきゅっとなった。

―― なんてこった。

黙っていると、彼はさらに声をかけてくれた。
「どうかされましたか?」
「あっはい、一目惚れしました」
「は?」
「えっ、あ、違っ……うわけではないのですが、いえ、あの、大丈夫です。今日編入するんですが、緊張しすぎて気分が悪くなっただけで、多分ちょっと貧血ですけど、少し休めば問題ないのでお気になさらないでください。まだ時間ありますし、休んでから移動しますので――」
そこまで言ったところで、彼は有無を言わさずスサンナに手を伸ばした。
「よく分からないのでもういいです。救護室へ運びます」
「ふぇぁっ?!」
これは、姫抱きというやつだ。身体が密着して、一気に頬が熱くなったのが分かった。
見た目よりも筋力があるのか、しっかり支えられているので安心して身を任せていられる。

「どうした?」
声をかけてきた別の声の方へと顔を向けて、スサンナは驚きで息を飲んだ。
さらっとしたストレートの金髪にエメラルドの瞳、二次元の王子様系イケメンというイメージを三次元にするとこうなる、という顔だった。間違いない。

―― 第二王子!じゃあ、この人は誰?

エセゲームには、王子の側近のような存在はいなかった。親しい友人もいなかったように思う。今も王子の後ろにいる護衛騎士は、ちょっと画面に映っていたというエセ記憶がある。
イケメンは漏れなく攻略対象だったと思うのだが、スサンナを抱き上げている彼はエセ乙女ゲームをやりこんだ設定のヒロインの知識にはいないのだ。ぼんやり見上げているのをしゃべることもできない状態だと判断したのか、彼はスサンナを抱き上げたまま第二王子に答えた。
「病人のようです。救護室へ連れて行ってから戻ります」
「分かった」
第二王子は、護衛らしい騎士を連れて去って行った。
空色の目の彼は、どうやらスサンナを救護室へ連れて行ってくれるらしい。

正直なところ、どこかで休みたかったので申し訳ないがそのまま運んでもらうことにした。
いい匂いもしたし、見られて恥ずかしい以外は至上の幸福だったと記しておく。



救護室で休ませてもらい、何とか持ち直して時間ギリギリに教室に入ると、案の定さっきの第二王子や侯爵家の長男、騎士団長の三男などが見えた。そして、第二王子の側には助けてくれた彼もいた。
スサンナはすぐに視線を外して、空いている後ろの席のうち、女子生徒が多い方へと座った。
近くの席の女子に聞いたところ、一目惚れした彼はアードルフ・ラウティオラといい、公爵家の次男で第二王子の側近候補なんだそうだ。
聞いたことのあるようなないような名前だが、やはりエセ乙女ゲームに出てこなかったことだけは確かだ。
エセ乙女ゲームのエセ記憶では、攻略を進めるために、教室に入ってすぐに助けてくれた第二王子に駆け寄り
『ありがとうございました!キャッ☆王子様に挨拶できちゃった(はぁと』
という背筋の凍りそうなセリフを言うことになっていたらしいが、もちろん却下だ。
他の選択肢は、第二王子に会釈して笑顔を見せる/第二王子の近くの席に黙って座る、だった。スサンナは、そのどれも選ばなかったのだ。
今のところ、ありがたいことにエセ記憶が攻略のための言動を教えるものの、強制的に動かされることはない。ただそのむずがゆさに鳥肌が立つだけだ。





次の日から、本格的に授業が始まった。
クラス分けは魔力量によるので、学年が上がっても変わることはない。とはいえ、最終学年だけ通うスサンナには特に関係のないことだ。
そしてエセ乙女ゲームの情報通り、スサンナはかなり魔力量が多いらしく、Aクラスに所属することになった。
選択授業以外はクラスで授業を受けるので、攻略対象との接触を図る環境が整っている。もちろん無視だが。

学園が始まる時点での環境はエセ乙女ゲームの設定とほぼ同じ。
しかし、クラスメイト達は自分の意志を持ってきちんと生きている。今までに出会った人だってそうだった。そしてスサンナも自分自身で話せて動ける。
余計なエセ知識だけは謎の仕様だが、それ以外は強制力のようなものはないし、似ているだけの別世界だと考えた方が良さそうだ。

何より、クラスの中にいるはずの悪役令嬢がいない。
話すようになった女子生徒に聞いたが、現在ある3つの公爵家には、同じ年の女性はいないそうだ。数年前後しても女性はおらず、この年代にいるのは男性だけ。そういう意味で、玉の輿を狙う女生徒も少なくないらしい。

しかし、ライトノベルの主役であるはずの悪役令嬢がいないとはどういうことなのだろうか。
学園に来ていないということではなく、そもそも存在しないらしい。
一瞬、もしかして公爵家で第二王子に近いアードルフが悪役令嬢なのかと思ったが、あの喉仏や骨格はどう見ても男性で、男装ではないようだ。剣術の授業は集団で着替えるし、そこでバレないとは思えない。
ということは、主役不在のライトノベル世界ということだ。
これならヒロイン役を遂行してもざまぁされることはなさそうだが、すでにスサンナの心にはアードルフがいる。ほかの攻略対象はお呼びではない。

だからやはり、エセ乙女ゲームのフラグを全部潰してスルーする、という方針は変えないことにした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毛玉スライム飼ったらこうなる

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:86

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:6,069

詩・苦手

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

欲求不満こじらせて友達と一線超えちゃった話

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:166

お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,618pt お気に入り:124

双姦関係協奏曲

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:62

殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,136pt お気に入り:5,287

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,964pt お気に入り:3,852

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:2,519

処理中です...