『海民』―マージナル・ウーマン―
三つの名前を持つ少女がいる。
マリア,梅,美玲。
ポルトガル人の父と,日本人の母の間に生まれ,寧波で育ち,今は平戸の商家に身を寄せている。十八歳。どの国にも,どの旗にも,属さない。
言語は武器だ。日本語,中国語,ポルトガル語を操り,港で通訳として生きている。しかし言葉を運ぶ者は,荷を持てない。どの言葉も完全に自分のものではなく,どの岸にも根を張れない。孤独と自負が,同じ形をして,胸の内に住んでいる。
ある夜,かつて父の仲間だった海商の配下が接触してくる。石見銀のマカオへの輸送,その橋になれ,という申し出。断る理由は,ない。受ける理由も,まだ,ない。
三日,考えた。
海を見た。波が来て,砕けて,返るのを,見た。
受けた。
その選択が,六年間消息を絶っていた父との再会へ,そして自分がこの海に存在することの意味へと,マリアを引っ張っていく。
父は,生きていた。南の海の,どこかに。
父が残したアストロラーベには,途中で終わった目盛りがある。続きを,お前が刻けばいい,と父は言った。
橋は,二点を繋ぐ。しかし結び目は,複数を繋ぎ続ける。
どこにも属さないことは,欠損ではない。どこへでも行けることだ,とマリアは,この航海で,少しだけ,信じ始める。
16世紀の東アジア海域。銀が動き,言語が混ざり,国家の枠組みが意味をなさない「海民のネットワーク」の中で,一人の少女が,自分の地図を刻き始める物語。
マリア,梅,美玲。
ポルトガル人の父と,日本人の母の間に生まれ,寧波で育ち,今は平戸の商家に身を寄せている。十八歳。どの国にも,どの旗にも,属さない。
言語は武器だ。日本語,中国語,ポルトガル語を操り,港で通訳として生きている。しかし言葉を運ぶ者は,荷を持てない。どの言葉も完全に自分のものではなく,どの岸にも根を張れない。孤独と自負が,同じ形をして,胸の内に住んでいる。
ある夜,かつて父の仲間だった海商の配下が接触してくる。石見銀のマカオへの輸送,その橋になれ,という申し出。断る理由は,ない。受ける理由も,まだ,ない。
三日,考えた。
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受けた。
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