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第二部
立ちはだかる試練 3
しおりを挟むお風呂を出て、ベッドで既に横たわっていた創介さんの隣にそろりと身体を入り込ませる。するとすぐに、創介さんの腕が私を捕らえた。
「――雪野」
ベッド脇のランプの灯りだけの部屋に、私の名前を呼ぶ声が揺れる。
「雪野……」
「創介、さ――」
私を見下ろす創介さんの目に熱が灯り、そのまま唇が落ちて来る。骨ばった大きな手のひらが私の頬を包み込み、長いキスの後、創介さんが私の首筋に顔を埋めた。
「……創介さん、私――」
「ん? どうした?」
創介さんの唇が囁きながら首筋を滑る。一緒に暮らし始めてから、ほぼ毎夜求められていた。それは嬉しいけれど、今日は私の中の何かが違う。どうしても切なくて。
「創介さん……っ」
私の鎖骨へと唇を寄せていた創介さんの肩を、思わず強く掴んでしまった。
「雪野……? 今日は疲れてるか? それなら――」
顔を上げ、優しく私を見つめる。
「ううん、違います。ただ……」
「ただ?」
言葉より感情が先走り、創介さんの首にしがみつく。そして、自分でも思いもしない言葉を発してしまっていた。
「創介さんは、どんな女の人がタイプなのかな……って! 好きな芸能人とか、そういうこと、これまで聞いたことなかったし、急に気になって。気になったら、自分の身体を見せるのが恥ずかしくなって――」
――?
なに、それ。
「……な、に?」
自分自身に放った疑問と同じものが創介さんから漏れる。その声に困惑が滲んでいた。自分の放った言葉に、自分で驚いている。自分ですら理解できていない。言おうと思って出たものではない。勝手に、この口が動いていた。
今さら、何を言っているのだろう――。
勢いに任せて放った言葉が、虚しく宙ぶらりんになって漂っていた。時間を巻き戻すことも、引っ込めることもできない。
呆れてるよね――?
恥ずかしすぎて創介さんの顔を見られない。半ば自棄のように創介さんの首に強くしがみついた。
「あの、特に、意味は、ないですから――」
弁解になっているのか、恥ずかしさが帳消しになるのかは怪しいけれど、何かを言って誤魔化さなければと焦りばかりがつのる。そんな私の背中に手のひらが添えられて、創介さんの肩が少し震えているのに気付く。
どうしたのかと不安になって、首に巻き付けていた腕の力を緩めると、見たこともないほどに創介さんが顔を緩めて笑っていた。
「あ、あの――」
「何を言い出すのかと思ったら……。それは、俺を止めてるつもりなのか? それとも煽ってるのか?」
私を抱きかかえて身体を起こしても、まだ口元を押さえながら笑っている。
「煽るつもりなんてなくて……」
それだけは絶対に違う。すぐさま反論したけれど、何故だか創介さんは笑うのをやめてくれない。
「そんなに笑わないで」
目の前の創介さんがあまりに笑うから、この場から逃げ出したくなる。
「ごめん。雪野が、あまりに突拍子もないことを言うから、驚いて」
創介さんが私の腰を抱き寄せて、顔を上に向かせた。その先に、悪戯っぽく笑う視線とぶつかる。その目は、とても嫌な予感がする。
「それにしたって、今更だろ? おまえの身体、何年見て来たと思ってるんだ」
「分かってます。自分でも、どうしてそんなこと言ったのか、驚いてるくらいなんですから」
顎から頬のラインにかけて創介さんの手のひらで固定されていて、顔を背けようにも背けられない。仕方なく視線だけでもその目から逃れようと思うのに、どんどん創介さんの顔が近付いて来る。
「そんなことを口にしたってことは、おまえの潜在意識の中にあることなんじゃないのか?」
「そ、んなことは――」
ち、近い――。
心だけが忙しく逃げ惑っていても、完全に創介さんの手のひらの中に囚われている。どこにも逃げられるわけがない。創介さんの唇が、触れるか触れないかの距離で囁く。
「妻を不安にさせるのは本意じゃないからな。しっかり、分からせてやろう」
「え――」
零した声は、すぐに創介さんの唇に掬われてしまった。遠慮ない唇に、すぐさま息が上がった。いつもより、少し強引なキス。そのせいで、私の身体は途端に熱くなって吐息を漏らしてしまう。
「どんな女が俺の好みかって……?」
「あ……んっ、待って――」
やっと唇を解放されたかと思ったら、耳たぶに熱い舌が這う。そんなことされながら囁かれたりなんかしたら、身体が勝手に震えてしまう。そんな私にお構いなしに、創介さんの手は私のパジャマのボタンを次々外していく。
「キスして、耳を舐めただけで、こんなに身体を熱くしていやらしい声を出す。雪野をこんな風に女の身体にしたのは、誰だ?」
手も、唇も、動きを止めることなく、私に囁き続ける。
「この胸だって、初めて抱いた時より大きくなった」
「やっ……!」
いつの間にかパジャマも下着も剥ぎ取られていて、抱き上げられて創介さんの脚にまたがるように座らされていた。
そして、片方の胸を鷲掴みし、もう片方を突然口に含むから、悲鳴のような声を上げてしまう。
「少し舌で転がせば、すぐに固くする。そんな風にしたのは、誰だ?」
「だめ……っ」
舌で激しく弄りながら喋り続けるから、それだけでもう快感でうち震える。
「まだ触れてもいない場所を、もうこんなにも濡らして」
「言わないで――」
恥ずかしくて死にそうなのに、身体は勝手に快感を求めるように揺れてしまう。
「何も知らなかった雪野を、こんな風に淫らにしたのは、俺だろ?」
私を見上げる創介さんの目は熱く滾って、その目を見るだけでもう私は理性のすべてを投げ出してしまいたくなるのだ。
「雪野の身体は、俺にとって、唯一無二のものなんだよ」
身体中を食べ尽されそうなほどに、唇が私の肌に吸いついて。愛撫する手のひらが熱くて激しい。そんな風に触れられたら、もうたまらなくなる。
「俺しか知らなくていい。他の誰にも触らせたくないし、見せたくもない」
「あぁ……っ!」
身体の真ん中に創介さんの長い指が入り込んで来る。掻き回すように擦るように、何度も何度も刺激する。
「好みの女なんて、そんなもんねーよ。おまえにしか興味はないし欲情しない。俺が雪野を女にしたように、俺をこんな風にさせるのも、おまえしか、いない――」
指を勢いよく抜かれたと思ったら、酷く硬くなったものが秘部に触れた。それを私に分からせるように擦りつけて来るから、はしたなく声が零れて行く。
「いつだって、抱きたいって思ってる。雪野が、欲しくてたまらない」
「創介、さん……っ!」
私の腰はもう創介さんを受け入れたくて自ら動き、この手は創介さんに触れていたくてきつくその身体にしがみつく。
「俺を、おまえにしか欲情しない身体にしたのは、雪野だろ?」
平凡な私にそんな力があるはずないのに。創介さんにそう言ってもらえれば、死ぬほど嬉しいと思ってしまう。
「可愛くて。愛おしくて。俺を、狂わせる」
掠れた声が、肌を滑り。熱いくて荒い吐息が乳房にかかる。
もう、これ以上、耐えられない――。
はしたなくても淫らでも構わない。もう、欲しいと、言ってしまいたい。
「創介さ――」
「もう、おまえの中に入りたい……、いいか?」
私が頷くと、小さな呻き声とともに貫くように入って行く。それだけで、私は激しく震えてしまった。
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