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番外編 春都と咲良①
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中学三年生の恒例行事、高校見学。貸し切りバスで向かうのは、うちの中学で受ける人が多い私立高校の一つだ。三年生全体が三つの班に分けられ、それぞろえ違う学校に見学に行くという。
見学そのものは楽しみなんだけど、その後、レポートをまとめて意見交換をするとかいうのがめんどくさい。
あ、そうだ。レポート用紙は手元にあることだし、今のうちに書いておこうか。
「えーっと……」
愛用しているシャーペンを取り出す。分かる人には分かる、アニメのグッズだ。ぱっと見は何でもない文房具だが、俺からしてみれば、眺めるだけでもテンションが上がるというものだ。
「あ、春都。もう書くの?」
と、隣に座る観月がいたずらっぽく囁いてくる。
「いけないんだー」
「別にいいだろ」
「ちゃんと見た後にしようよ、一応」
「いつ書いたって一緒だよ……」
とはいうものの、実は、ちょっと迷っていたから手が止まる。書いていたら楽だけど、なにも見ないで描くのもなんだか失礼な気もするし、ずるしてる気分だ。
でも、学校のパンフレットはしっかり読んだし、体験学習の内容は想像がつく。試しに入試問題を解いてみるとか、美術系の学部もある学校だからなんか作るとか、あとは学校紹介の映像見て、学食行って、教室の見学して……
「てか、過去問は学校で解いたし……」
「そりゃそうだけどさー」
観月は生徒会に所属していることだし、いろいろと大変そうだ。代表挨拶とかもしないといけないらしい。
「それこそ、観月も書いとけば。楽だぞ」
「んー、帰りに書くよ」
……そうだな、俺もやめておこう。もやもやしながらやったことはあまりいい結果にならない。レポート用紙をしまって、シャーペンは絶対になくさないように……
「到着だー。降りるぞー」
えっ、もう? 悠長に荷物を片付けている暇はなさそうだ。とりあえずポケットに入れておこう。
駐車場、広いなあ。お、向こうは駐輪場か。二階建てだ。立体駐車場みてぇ。
「ほれ、上靴出せ~。ちゃっちゃと動くぞ」
玄関も広いし明るい。学校じゃないみたいだ。
通うことになるかもしれないし、ならないかもしれない学校……来年の今頃はもしかしたら、ここにいるかも、なんて。
まあ、大方、公立高校に行くことになるだろうけど。
私立高校の雰囲気ってなかなか味わえないし、しっかり楽しんでおこう。
「今日は他の学校が後から来るから、きびきび動けよ」
へえ、別の学校ねえ。どこだろう。というか、一日のうちに二校来ることあるんだ。大変そうだなあ。
大ホールに移動して、席に着く。これから学校紹介の映像が流れるらしい。
あ、そうだ。今のうちにシャーペンを片付けておこう。
「……あれ?」
反対のポケットかな。いや、ない。確かに入れたはず……バスの中で落としたかな。いや、でも、確かに入れははず……
どうしよう、どこにもない。
結局、学校見学は半分ほど上の空だった。
こんなことになるなら、しっかり片付けておけばよかった。見つからなかったらどうしよう。なくても別に、命にかかわるものでもないけど……落ち着かないし、ないと、いやだ。
「帰るぞー」
一縷の望みをかけて、帰り道をしっかり探す。あ、別の学校って、もしかして前から来てるやつらかな。あの制服……ああ、あの学校か。結構近くにあるんだよな。
って、それどころじゃない。俺はシャーペンを探さないと……
「ん? どうしたの、なんか探し物?」
「えっ」
すれ違いざまに、向こうの学校のやつに声をかけられた。ふわふわで色素の薄い髪、そして俺より少し背が高いやつだ。
「なんかきょろきょろしてたから」
「あー……シャーペンを失くして……」
「どんなの?」
「黒字に白で文字が書いてあって、赤色とか……」
俺は何を言っているんだ。でも、それで見つかればいいし、あー、でも、言ったってどうにもならないだろ。
「あー、もしかして、これ?」
と、そいつは何かを差し出してきた。あ、これ。
「これだ」
「よかったー、駐車場に落ちてたんだ。もしかしたらだれか探してるかもって思って拾ってさ。はい、よかったな」
そいつはのんきそうにニパッと笑った。
「ほらー、井上。早く~」
「あ、はーい。じゃ、またな!」
「あ、ああ。ありがとう」
「おうっ!」
そいつは先を行く集団に向かって歩き出そうとしたが、ふいに振り返って言った。
「そのアニメ、俺も好きなんだ。じゃーな!」
あ、気づいたんだ。という驚きと同時に、「またな」って、なんだよ、と笑ってしまう。
結局、バスの中でレポートは書けなかった。なんとなく、ふわふわ気分がしていた。
その日は、きっと疲れているだろう、ということで、母さんがからあげを揚げてくれていた。
「いただきます」
バランスよく盛られた定食とは違う、山盛りキャベツに山盛りからあげ。うちのスタイルだ。これが心をワクワクさせる。
揚げたてのからあげっておいしいなあ。カリッと香ばしく、歯ごたえがありつつも、噛みづらくはない程よい歯ざわり。皮は熱々でジューシーだから、やけどしないようにしないといけない。ん~、染み出す脂と醤油の味、たまらん!
マヨネーズはもちろん付けないとな。どうして、からあげとマヨネーズってこんなに合うんだろう。こってりとしてるのに、パクパク食べられる。
柚子胡椒も好き。風味がいいよな。
「今日はどうだった? 楽しかった?」
向かいに座る母さんが、からあげをつまみながら聞く。キャベツのみずみずしさを飲み込んで、答える。
「うん、親切なやつに会ったよ」
「どういうこと?」
事の顛末を話すと、母さんは楽しそうに笑った。
「そう、それはよかったね」
「またな、って。何だろうな」
「案外、同じクラスになっちゃうかも」
「まさか」
でも、学区は隣だし、あり得ない話ではない。
もし本当にそうなったら、面白いな。
「ごちそうさまでした」
見学そのものは楽しみなんだけど、その後、レポートをまとめて意見交換をするとかいうのがめんどくさい。
あ、そうだ。レポート用紙は手元にあることだし、今のうちに書いておこうか。
「えーっと……」
愛用しているシャーペンを取り出す。分かる人には分かる、アニメのグッズだ。ぱっと見は何でもない文房具だが、俺からしてみれば、眺めるだけでもテンションが上がるというものだ。
「あ、春都。もう書くの?」
と、隣に座る観月がいたずらっぽく囁いてくる。
「いけないんだー」
「別にいいだろ」
「ちゃんと見た後にしようよ、一応」
「いつ書いたって一緒だよ……」
とはいうものの、実は、ちょっと迷っていたから手が止まる。書いていたら楽だけど、なにも見ないで描くのもなんだか失礼な気もするし、ずるしてる気分だ。
でも、学校のパンフレットはしっかり読んだし、体験学習の内容は想像がつく。試しに入試問題を解いてみるとか、美術系の学部もある学校だからなんか作るとか、あとは学校紹介の映像見て、学食行って、教室の見学して……
「てか、過去問は学校で解いたし……」
「そりゃそうだけどさー」
観月は生徒会に所属していることだし、いろいろと大変そうだ。代表挨拶とかもしないといけないらしい。
「それこそ、観月も書いとけば。楽だぞ」
「んー、帰りに書くよ」
……そうだな、俺もやめておこう。もやもやしながらやったことはあまりいい結果にならない。レポート用紙をしまって、シャーペンは絶対になくさないように……
「到着だー。降りるぞー」
えっ、もう? 悠長に荷物を片付けている暇はなさそうだ。とりあえずポケットに入れておこう。
駐車場、広いなあ。お、向こうは駐輪場か。二階建てだ。立体駐車場みてぇ。
「ほれ、上靴出せ~。ちゃっちゃと動くぞ」
玄関も広いし明るい。学校じゃないみたいだ。
通うことになるかもしれないし、ならないかもしれない学校……来年の今頃はもしかしたら、ここにいるかも、なんて。
まあ、大方、公立高校に行くことになるだろうけど。
私立高校の雰囲気ってなかなか味わえないし、しっかり楽しんでおこう。
「今日は他の学校が後から来るから、きびきび動けよ」
へえ、別の学校ねえ。どこだろう。というか、一日のうちに二校来ることあるんだ。大変そうだなあ。
大ホールに移動して、席に着く。これから学校紹介の映像が流れるらしい。
あ、そうだ。今のうちにシャーペンを片付けておこう。
「……あれ?」
反対のポケットかな。いや、ない。確かに入れたはず……バスの中で落としたかな。いや、でも、確かに入れははず……
どうしよう、どこにもない。
結局、学校見学は半分ほど上の空だった。
こんなことになるなら、しっかり片付けておけばよかった。見つからなかったらどうしよう。なくても別に、命にかかわるものでもないけど……落ち着かないし、ないと、いやだ。
「帰るぞー」
一縷の望みをかけて、帰り道をしっかり探す。あ、別の学校って、もしかして前から来てるやつらかな。あの制服……ああ、あの学校か。結構近くにあるんだよな。
って、それどころじゃない。俺はシャーペンを探さないと……
「ん? どうしたの、なんか探し物?」
「えっ」
すれ違いざまに、向こうの学校のやつに声をかけられた。ふわふわで色素の薄い髪、そして俺より少し背が高いやつだ。
「なんかきょろきょろしてたから」
「あー……シャーペンを失くして……」
「どんなの?」
「黒字に白で文字が書いてあって、赤色とか……」
俺は何を言っているんだ。でも、それで見つかればいいし、あー、でも、言ったってどうにもならないだろ。
「あー、もしかして、これ?」
と、そいつは何かを差し出してきた。あ、これ。
「これだ」
「よかったー、駐車場に落ちてたんだ。もしかしたらだれか探してるかもって思って拾ってさ。はい、よかったな」
そいつはのんきそうにニパッと笑った。
「ほらー、井上。早く~」
「あ、はーい。じゃ、またな!」
「あ、ああ。ありがとう」
「おうっ!」
そいつは先を行く集団に向かって歩き出そうとしたが、ふいに振り返って言った。
「そのアニメ、俺も好きなんだ。じゃーな!」
あ、気づいたんだ。という驚きと同時に、「またな」って、なんだよ、と笑ってしまう。
結局、バスの中でレポートは書けなかった。なんとなく、ふわふわ気分がしていた。
その日は、きっと疲れているだろう、ということで、母さんがからあげを揚げてくれていた。
「いただきます」
バランスよく盛られた定食とは違う、山盛りキャベツに山盛りからあげ。うちのスタイルだ。これが心をワクワクさせる。
揚げたてのからあげっておいしいなあ。カリッと香ばしく、歯ごたえがありつつも、噛みづらくはない程よい歯ざわり。皮は熱々でジューシーだから、やけどしないようにしないといけない。ん~、染み出す脂と醤油の味、たまらん!
マヨネーズはもちろん付けないとな。どうして、からあげとマヨネーズってこんなに合うんだろう。こってりとしてるのに、パクパク食べられる。
柚子胡椒も好き。風味がいいよな。
「今日はどうだった? 楽しかった?」
向かいに座る母さんが、からあげをつまみながら聞く。キャベツのみずみずしさを飲み込んで、答える。
「うん、親切なやつに会ったよ」
「どういうこと?」
事の顛末を話すと、母さんは楽しそうに笑った。
「そう、それはよかったね」
「またな、って。何だろうな」
「案外、同じクラスになっちゃうかも」
「まさか」
でも、学区は隣だし、あり得ない話ではない。
もし本当にそうなったら、面白いな。
「ごちそうさまでした」
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