鋼鉄の処女マリアの冒険

守 秀斗

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第2話:ヒーラーのアレックスを採用

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 翌朝。

 あたしは、薄いパン一枚を食べながら、早朝の湖畔を歩く。
 ベスタ湖を眺めながら、やはりきれいな湖だなあと何度見てもそう思う。

 空気も澄んでいて、気持ちがいいわ。
 なんとなく爽やかな気分になった。

 ど田舎だもんなあ。
 のんびりした風景が周辺を囲んでいる。

 そのまま、湖畔を歩いていると、大きい倉庫がいくつかあり、その隣にボート小屋がある。
 そしてボートが何隻かつないであるのを見つけた。

 その中の一隻の側面にあたしたちが宿泊している宿屋のマークが描かれていた。
 あの宿屋が所有しているみたい。

 そして、先端に燃え残ったロウソクがあった。
 昨夜、ケンとカイが使ったボートだろうな。

 パンを食べながら、そのロウソクの燃えカスを見て、やはり、いい気なもんだなあとあたしは思った。
 少しは、パーティーのこと、そして、自分たちの将来を心配せい、ケンとカイは。
 
 パーティーの資金が苦しくなってきたわ。
 食費も節約せねばならないのよ、わかってんのかなあ、二人とも。

 さて、あたしはベスタ村の冒険者ギルドに行って、ヒーラーの応募者のアレックスを待つことにした。
 なかなか来ないなあと、ぼんやりと窓際の椅子に座って外を見る。

 この村は田舎なんで、ギルドも訪れる人が少ない。
 窓からのどかな風景を見ながら、この約四年間を思い出す。

 私が冒険者になったのは十五才の時。
 そして、その最初の冒険でドラゴンを倒してしまった。

 冒険と言うか、ドラゴンの方が勝手に攻めて来たんだけど。

 一躍、有名になってしまったあたし。
 ドラゴンキラーの勲章を与えられた、当時、若干十五才のあたし。

 みんなから誉めそやされたあたし。
 有頂天になったあたし。

 倒したのは、突然、町に飛来してきた黄金色の鱗をしたドラゴン。
 なぜか首のあたりに輝く石が付いていた。魔石らしい。

 そのドラゴンは人間の五十倍くらいの巨大さ。でかい。
 ただ、もっとでかいドラゴンもいるらしいけど。

 我がアルファポリス王国の隣にはサルバンテス王国という国があった。
 しかし、約十年前くらいのある日、巨大なドラゴンを操って、王国を乗っ取ろうとした連中が現れた。

 首謀者はアーチボルトという人物。
 あっという間にサルバンテス王国の王族は全滅してしまった。

 しかし、たった一人だけ生き残った十三才のお姫様が軍隊と共に対抗、隣国の危機を見てアルファポリス王国も援軍を出して、なんとかアーチボルト一味を倒したみたい。しかし、そのお姫様は体力を使い果たしてしまったのか、病気になって亡くなってしまった。かわいそう。

 結局、サルバンテス王国は、我がアルファポリス王国の王族から養子を取って存続したけど、王族の系統は、一旦、断絶したことになるわね。

 そして、困ったことに、そのアーチボルト一味の中で、一番強い巨大なドラゴンが行方不明となってしまった。そして、約十年経って、突如、我が国に出現した。

 操っていた連中がいなくなったので、暴走状態になってどこかを飛び回っていたみたいね。

 そいつが我が国に現れて、そこら中で暴れ始めた。
 ただ、頭がおかしくなったのか、消えては現れ、現れては消えてを繰り返して、なかなか倒せない。

 それで、どうやって、あたしがドラゴンを倒したのかと言うと、そのドラゴンがあたしが住んでいた町の近くにやってきたのだった。

 結婚十周年記念で旅行中の金持ち夫婦が乗っていた馬車をなぜか追いかけていた。
 やはり、頭がおかしくなっていたんだろう、そのドラゴンは。

 町中を全速力でドラゴンから逃げる馬車。

 大騒ぎの中、町の自警団や冒険者たちが応戦。
 あたしも何も考えずに適当にドラゴン目がけて矢を飛ばしたら、偶然、ドラゴンの首に付いていた魔石に当たったらしくて、それが急所だったみたいってことだわ。

 本当かどうか、よくわからないけど。

 魔石が半分に割れて落ちて、矢が首に刺さり、そのまま巨大ドラゴンは墜落して死んだ。
 自分でもびっくりした。

 あたしなんかが、ドラゴンを倒していいのかしらと思ったもん。
 なんであたしが射った矢が、その魔石を壊せたのかわからない。

 多分、それまでも攻撃されまくって、その魔石が壊れかけていたのではって話だったけど。
 例のたった一人だけ生き残って、今はお亡くなりになってしまった、サルバンテス王国の十三才のお姫様も、その魔石に矢を当てたらしい。

 半分に割れた魔石。
 それをブローチにして、冒険服の左胸につけている。

 ドラゴンを倒した記念品ね。
 魔石と言っても、今はただの石ころだけどさあ。
 
 もう半分は、ドラゴンに襲われた金持ち夫妻が、なぜか記念に買い取っていった。
 かなり高額のお金を出したらしい。

 結婚十周年記念に貰ったそうだ。
 ドラゴンに襲われて死ぬところだったのになあ。

 まあ、強烈な印象に残ったからかしらね。
 歳を取っても、その時を思い出して盛り上がろうってことかしら。

 あれ、あたし、ちょっといやらしい考え方をしたかしら。

 まあ、そんなわけで、偶然だろうが何だろうが、ドラゴンを倒してしまったのは事実。
 あたしは、かなりの報酬を貰い、そして有名パーティーに招かれた。

 しかし、その後の三年近くは鳴かず飛ばず。
 だいたい、矢を射っても、最弱スライムさえ外しちゃう時もあるんだからお話にならない。

 結局、戦力外通告でクビ。

 今、思えば、ドラゴンを倒した十五才の春、あれがあたしの人生のピークだったのかしら。
 あたしは、それで一生分の運を使い果たしてしまったのだろうか。

 もう、スライム退治で人生が終わるのだろうか。

 ああ、もう一度、ドラゴンを倒したい。
 なぜ、そう思うのかと言うと、なんであたしなんかがドラゴンを倒せたのだろうという疑問がまだ残っているからだ。

 なんで素人同然だった、あたしに倒せたのか。
 やっぱり、謎ね。

 その後もいくつかのパーティーに、ドラゴンキラーの称号だけで加入したが、どこでもうまくいかないで、こんな田舎まで流れ着いた。
 おまけにこの一年間、右ひじの故障に悩んでいる。

 弓使いにとっては致命傷ね。
 最近ではドラゴンを倒したことは周りには隠している。

 スライムも外しちゃうんだから、かえって、恥ずかしいわ。
 今のパーティーの仲間はあたしがドラゴンキラーだってことは知っているけどね。

 そんなこんなで、最初にドラゴンを倒して貰った報酬も尽きかけた時に誘われたのが、ボリスがリーダーのパーティー。
 そして、連れて来られたのが、このど田舎のベスタ村ってわけ。

 もう、弓使いはカイがいるのになんで誘われたのかと言うと、このパーティーのリーダーのボリスさん、かなり自分の実力に自信があり、前衛はほとんど自分一人で充分と思っていたらしく、後衛を強化したいと思ったようだ。

 と言うか、カイの実力がいまいちだと思ったらしい。
 もう一人のケンの方は剣士なのだが、ボリスが取りこぼしたモンスターを倒すのが役目で後衛にいる。

 前衛はボリスだけ。

 この半年ほどは、ボリスを中心にそれなりに仕事をこなしていた。
 ゴブリン退治やオーク退治。
 大物モンスターはいないけど、地道に活動をしていた。

 後、このボリスって人、結構人情家で、つい最近も浮浪児同然だった十三才の女の子、ケイティも仲間に入れたりした。

 あたしは、初めて、ケンとカイを見た時は、そのイケメンぶりにちょっと胸がときめいたけど、二人が同性愛者で恋人同士だとすぐにわかってがっかりした。
 やたら、仲が良い二人を見て羨ましくなったり。

 ああ、あたしも恋人がほしいなあ。
 恋愛の神様はどこにいるのかしら。

 なんとかしてよ!

 そんなことを考えていたら、すらりとしたローブ姿の長い銀髪の女性が入ってきた。
 あら、すごい美人さんね。

 あたしの百万倍は美人じゃないの。
 こんな美人は滅多にいないわね。

 ああ、あたしもこんな美人に生まれたかったなあなんぞと思っていたら、その美人さんが近づいてくる。無表情であたしに声をかけてきた。

「マリアさんですか」
「はい、そうですが」
「約束していたアレックスです」
 
 なんだあ、アレックスって女性か。
 って、あたしは何を期待していたんだ。
 ちゃんと仕事をしますかね、リーダーなんだから。

 そう言えば、アレックスって女性にも使う名前だったっけかな。
 まあ、ヒーラーって女性がすることが多いから普通かな。

 ただ、一応、アレックスの実力を見極めたい。

「あの、アレックスさんはおいくつですか」
「十八才です」

 あたしより、一才年下か。
 それにしては大人っぽいなあ。
 あたしが子供っぽいのか。

「あの、アレックスさん、うちのパーティーに参加するにあたって、ちょっとテストしたいんですけど」
「かまいませんよ。それから、アレックスでいいです」

 そして、あたしは故障している右ひじをアレックスに診てもらうことした。
 アレックスがあたしの右ひじに手を当てる。淡い光が出た。

 頑固な痛みがスッと消えた。
 おお、この一年も続いていた頑固な痛みを一瞬で治すとは、これはなかなかの実力者ね。

 もう、即採用!

 しかし、アレックスの様子がおかしい、額に手を当てている。

「どうしたの、アレックス」
「いえ、私、魔力をあまり身体にためられないんです。治癒魔法を使うとすぐ疲労がたまってしまって、一日に何度も魔法は使えないんです。と言うか、治癒魔法しか出来ないんですけど」

「あれ、そうすると仕事の時にはまずいんじゃない」
「いえ、軽い治癒程度なら何度でも出来ますけど、今のマリアさんのひじの箇所にはけっこう魔力を使ってしまいました」

「あ、すみません」
「いえ、別に。ただ、さっき言った通り、あまり身体は強い方ではありません」

 どうしようかとあたしは悩む。
 身体が弱いから、能力があっても他のパーティーに入れなかったのかなあ。

 ただし、今のところ、あたしらのパーティーは大した仕事は来ないだろう、ボリスが帰って来るまでは。
 まあ、あたしらのパーティーに来る依頼はスライム退治くらいだろう。
 だったら、アレックスでも大丈夫かな。

「じゃあ、よろしくお願いしますね、アレックス」
「はい、パーティーに加入させていただいて、ありがとうございます、マリアさん」
「マリアでいいですよ、年齢は一つしか違わないし」

 こうして、あたしはアレックスを連れて、ベスタ湖近くの宿屋まで戻ることにした。
 道すがら、あたしのパーティーの状況を説明した。

 本来ならリーダーであるボリスが不在であること。
 残念ながら、最近の仕事はスライム退治ばっかりであること。

「それから、剣士のケンと弓使いのカイってイケメン二人組がいるけど、この二人、男性だけど恋人同士だからね。まあ、あなたは相当の美人だけど、ちょっかいはかけてこないでしょう」
「……あの、私は男ですけど」

 えー! 思わずまじまじとアレックスの顔を見るあたし。
 何でこんな美人が男なのよ。 

 くそー、何であたしにもこの美人顔の少しでも分けてくれないのよ、神様は! 
 不公平だ!

 と心の中でわめくあたし。

 それはともかく、こういう男性っていろんな呼び方があるわよね。
 なんて呼ぼうかしら。

 あまり、失礼な言い方はまずいわよね。
 なんとなく思いついたのが「男の娘」。

「えーと、つまり、あなたはいわゆる男の娘って存在なの」
「まあ、そういう言い方でもいいですけど……」

 あれ、ちょっと不快な顔をするアレックス。
 男の娘って、失礼な言い方なのか。

 失礼なことを言ってしまったのかしら。
 気になってしまうあたし。

 じゃあ、女装男子って呼べばいいのかしら。
 よく、わからん。

 うーん、最近、男性と女性の区別がなんだかあやふやになってきたなあ。
 それに恋愛も。
 うちのケンとカイは男同士で恋人関係だし。

 しかし、とにかく回復魔法ができるアレックスを加入させることが出来たので、それでいいかとあたしは思った。
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