「あの…お話がございます」妻にそう言われる度に、僕は逃げ続ける

Kouei

文字の大きさ
3 / 6

第3話 婚約破棄と再婚約

しおりを挟む
 
 ラフィーニャと兄上の婚約が破棄された。
 兄上が侯爵家の一人娘と結婚し、婿入りする事になったからだ。

 侯爵令嬢はもともと二人と同じ高等学院アカデミーに在籍しており、その彼女と兄上が恋仲になったという。


 なんだそれ!! 


「兄上!」

「セネック…?」

 兄上の部屋へ向かい、ノックもせずに飛び込んだ。

「本当ですかっ 侯爵令嬢と恋仲になったという話は! ラフィーニャ様と婚約破棄し、その侯爵家へ婿入りするという話は!!」

 僕は部屋に入るなりまくし立て、兄上を問い詰めた。
 
「本当だ。だか…っ!」

 ガン!!!

 兄上が何か言おうとしたが、僕は構わずその頬をこぶしで殴った。

「なぜ婚約者であるラフィーニャ様を裏切ったんですか! 婚約破棄された彼女がどうなるか考えもしなかったんですか!! 彼女の気持ちは!? 兄上はそんな…そんな無責任な男だったのか!!!」

 僕は肩で息をしながら、床に倒れた兄上を見下ろしていた。

「…考えたさ、だからこうなったんだよ」

「は? どういう意味ですか!?」

 ふらりと立ち上がった兄上が口にした言葉に、疑問符が飛ぶ。
 次の瞬間…

 パ―――ン!!

「いっった!!」

 右頬を兄上に平手打ちされた。

「な、何すんだ!」

「ふん、こぶしじゃなかった事に感謝しろっ」

「はあ?!」

、あとは任せたぞ。後継者!」

 そう言うと僕の肩をポンと叩き、兄上は部屋を出て行った。

「ま、待って下さいっ 兄上っ 兄上!」


『だから、あとは任せたぞ』


 だからって、どういう意味だ?
 あとはって、何が??
 後継者!?!?

 何を言っているんだ?!

 っていうか、どうして僕が殴られなきゃならないんだよ!
 兄上の言動の意味が分からず、おまけに殴られ、よけいに腹が立った。

 けど気がついた時には、既に兄上の姿は消えていた。
 その日の内に兄上は、侯爵家へと向かってしまわれたのだ。
 
 もうっ 何なんだ! あの人は!!

 兄上が屋敷を出て行った後、僕は父上に呼ばれ、そこで思いもよらない話を聞かされた。

「おまえはファビオの代わりに、ラフィーニャ嬢と婚約する事が決まった。そしておまえを後継者とする」

「はあああ???」

 わっっっけ分からんっ この家の人間は!
 僕は兄上の行動も、父上の言葉も、全く理解できなかった。

「な、何をおっしゃっているのですか!? 兄上の有責で破棄になった婚約ですよ!? ケレス家はなんと…っ ラフィーニャ様は…っ! こ、後継者??」

 わたわたする僕に構わず、父上は話を続けた。

「ケレス伯爵はオルノアス家と姻戚になれるのなら、弟のおまえでも構わないとおっしゃった。そして、本来ならばファビオの有責で慰謝料を払わなければならないが、向こうの持参金と相殺する事となった。まあそれに…ファビオが結婚すれば侯爵家とも姻戚になれるしな」

「な……っ!」

 た、確かに、貴族内で婚約者のえなど珍しくもない。
 そもそも、貴族同士の婚姻は個人で行われるのではなく、家門同士の繋がりを強める為に行われる。そこに当人の感情など関係ない。

 分かっている! 分かっているけれど……
 ラフィーニャは兄上の事を想っていたのに、こんな…っ

 当人の気持ちなど考慮せず、すでに話が進んでいた事にいきどおりを覚えた。
 けれど、僕はその事をくつがえす気持ちにもなれなかった。
 ラフィーニャと婚約できるからだ…

 浅ましい。
 結局、僕も自分の気持ちを優先している。

 兄上を責める資格など、僕にはない。

 だが、もう他の男に奪われるのは絶対に嫌だった。



 後日オルノアス家で、改めてラフィーニャとの婚約が取り交わされた。
 今回は形式を簡略し、内々で済ませる事となった。

 僕はラフィーニャがプレゼントしてくれたクラヴァットを身に付けてきたが、 彼女は気づいてくれるだろうか。

 両家了承のもと、成り立った再婚約ではある。
 だか、兄上の分別のない行動の結果、婚姻破棄となった。

 その事でラフィーニャのご両親はやはり複雑な思いをかかえているだろうと思っていたが…予想に反して穏やかな雰囲気の中、会食は進んだ。

 ああ…伯爵家に嫁ぐことは変わらないから安堵されたのだろう。父上もそのような事を話していたな。

 子爵夫妻はそれでいいだろうが、彼女は違うだろう。

 兄上の事を想っておられた。
 どれだけ傷ついているか。

 ずっと視線を向けられずにいたラフィーニャをチラリと見ると、目が合った。

 薄紅色の唇がやわらかく動き、満面の笑みを浮かべるラフィーニャ。

「そのクラヴァットを身に付けて下さったんですね」

 嬉しそうに僕の胸元に視線を移す。
 僕は思わず、うつむいてしまった。
 耳が赤くなるのを感じる。
 彼女と初めて会った時となんら成長していないな…カッコ悪すぎるっ

 僕は膝の上で両手を握り締めた。

 彼女は耐えているんだ。
 兄上に裏切られ、その弟の僕と婚約をいられ…

 辛いはずだ。
 悲しくないわけがない!
 悔しくないはずがない!!

 その屈辱を心の奥に閉じ込めて、今僕に必死に微笑みかけてくれている。

 ガタン!!

「「セネック?」」
「「セネック君?」」
「セネック様?」

 僕が突然立ち上がり、両親が子爵夫妻が彼女が…皆が驚きの声を挙げる。

 僕はラフィーニャの席に向かい、片膝をつき、右手を差し出した

「どうか僕と結婚して下さい! 絶対に幸せにします! 決して兄のように裏切る事は致しません! 生涯あなただけとここに誓います!!」

 もう婚約契約書は取り交わされた。
 今更、僕が言う事ではない。
 けれど、きちんと言葉にして僕の気持ちを彼女に伝えたかった。

 室内は真夜中の湖畔のように静まり返っている。
 その静寂の中、凛とした声でラフィーニャが言った。

「はい」

 そして、僕の手を取ってくれた。
 この瞬間、僕はこの世の幸福を独り占めした気持ちになった。


 けれどその想いは、僕だけだった……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

3333(トリささみ)
恋愛
「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」 男爵令嬢だが何不自由なく平和に暮らしていたアリサの日常は、その告白により崩れ去った。 初恋の相手であるレオナルドは、彼女の告白を陰湿になじるだけでなく、通っていた貴族学園に言いふらした。 その結果、全校生徒の笑い者にされたアリサは悲嘆し、絶望の底に突き落とされた。 しかしそれからすぐ『本物のつまはじき』を知ることになる。 社会的な孤立をメインに書いているので読む人によっては抵抗があるかもしれません。 一人称視点と三人称視点が交じっていて読みにくいところがあります。

【完結】救ってくれたのはあなたでした

ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。 アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。 ようやくこの家から解放されるのね。 良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。 そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...