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第4話 妻の背徳……?
しおりを挟む僕は高等学院を卒業すると同時に、ラフィーニャと結婚した。
それから早2年目を迎えたある日、兄上が数か月振りに訪ねて来た。
「お久しぶりです、兄上」
「おう、元気だった…あれ? ラフィーニャはどうした?」
「すみません、朝から体調を崩しておりまして…」
そう…微熱があり、朝食も摂れずにいた。
医者を呼び診察してもらったところ、疲れから来たのだろうと。
昨日、週に2度尋ねている孤児院の慰問に行ったからだ。
無理をさせてしまったか。
そう思っていると…
「お義兄様、ご無沙汰しております」
「ラフィーニャ! 寝ていなくて大丈夫なのか?」
休んでいるはずの彼女が階段を下りて来た。
僕はあわてて駆け寄る。
「大丈夫です。それにせっかくお義兄様がいらして下さったのに、お迎えしないわけには参りません」
ラフィーニャは僕の腕に掴まり、ゆっくりと歩を進めた。
「具合は平気なのか?」
兄上がラフィーニャに声をかける。
「お気遣い下さり、ありがとうございます。大丈夫ですわ。さあどうぞ、積もる話もございましょう」
そして僕たちはエントランスから応接室へと移動した。
そこで兄から大きな発表があった。
「え、義姉上が妊娠!?」
「ああ、今3か月目になるんだ」
「おめでとう、兄上」
「おめでとうございます、お義兄様」
僕とラフィーニャはお祝いの言葉を伝えた。
「ありがとう。で、妻がどうしてもクレリットを食べたいっていうもんでな…」
「クレリットを?」
クレリットはオレンジに似た柑橘類の果物。
甘すぎず、程よい酸味があって後味が爽やかだ。
国の特産物であり、我が領地でも栽培している。
「分けてもらえないかと思ってさ。街で手に入れられるけど、ここで採れるのにわざわざ買うのもな? 2ダースほどもらえるか?」
「もちろんです。ちょうど倉庫に昨日収穫した分がありますから」
僕は呼び鈴を鳴らした。
「助かるよ」
「でも、わざわざいらっしゃらなくても、連絡を下さればお送りしましたよ」
「俺が取りに来た方が早い」
コンコンコン
「お呼びでしょうか」
呼び鈴を聞いた侍女がやって来た。
「兄上に差し上げるからクレリットを2ダース用意してもらえるか? あと兄上に召し上がっていただくから持ってきてくれ」
「かしこまりました」
僕の指示を受けると侍女はお辞儀をして出て行った。
「今日は泊まられますよね? 兄上。久しぶりにいろいろ話したい事もありますし…」
「そうしたいのはやまやまだが妻が心配だし、早くクレリットを食べさせてやりたいんだ」
「そうですか…。あ、そういえば、前に兄上が忘れて行かれたシガーケース…」
「そうそう、それも取りに来たんだ。妻がプレゼントしてくれた物なのに置き忘れて怒られたよ、大事にしろって」
「僕の部屋にありますから、今持ってきます」
部屋を出る時少し扉を開け、自分の部屋へ向かった。
別に深い意味はない。
既婚者同士とは言え、男女が二人きりの場合、扉を少し開けるのはこの国のマナーだから。
シガーケースを取り、応接室へ戻ると、ラフィーニャと兄上が二人並んで窓際に立っている。
『――― 兄上がラフィーニャを裏切らなければ、ここにいたのは兄上だったかもしれない…』
そんな考えが頭の中をかすめ、扉を開けるタイミングを逃す。
そして、思わずその様子を窺ってしまった。
すると、ラフィーニャが俯き、兄上の胸に顔を埋めた。
「!!!」
どうして…っ
どうして!
僕は扉を背にして、今来た道を歩き出す。
「だ、旦那様?! いかがされましたか!?」
「あ、い、いや…なんでもない…」
タイミング悪く、侍女と鉢合わせてしまった。
「あの、先程仰せつかったクレリットですが、ご用意できました。それと、ファビオ様にもお切りした物をお持ち致しました」
「あ、ああ…ありがとう…」
私は侍女を従えて、ラフィーニャと兄上がいる部屋へとまた戻った。
その時の二人は、何事もなかったかのように窓際に立って外を眺めていた。
(やはりラフィーニャはまだ兄上の事を…っ)
結婚して二年目。
今すぐに愛してくれなくてもいい。
これからともにいる時間の中で、少しずつ…少しずつ君の心の中に僕という存在が大きくなってくれればいい…結婚当初はそう願っていた。
けれど、そう思っていたのは僕の独りよがりだった。
彼女の心の中には、未だに兄上がいる。
それに…結婚してから彼女は時折、何かを考え込んでいるようだった。最近では、思いつめた表情をよく浮かべるようになった。
そんな姿を見ると、胸が締め付けられた。
兄上への気持ちを胸に秘め、伯爵夫人として、僕の妻として振舞う彼女の苦しさを思うとなす術がなかった。
「クレリット、ありがとうな」
並んで会話をしながらエントランスへと向かう兄上と僕。
ラフィーニャは僕の隣を歩いている。
「…いえ。お気をつけてお帰り下さい」
「ああ」
「お義姉様に、どうぞご自愛くださいと…お伝え下さい」
ラフィーニャが兄上に声を掛ける。
「ありがとう。お前たちも落ち着いたら遊びに来てくれ」
「…はい」
ラフィーニャは兄上の言葉に、少し顔を赤らめたように見えたが…気のせいか?
それに彼女の一瞬の間が気になった。
落ち着いたら…?
どういう意味だ?
義姉上の体調が落ち着いたら…ということか?
……わからない。
兄上の言葉に違和感を抱きながら、馬車を見送った。
けれど僕の心の中には言い知れぬ不安だけが残った。
そしてその日の夜、夕食で初めてラフィーニャがあの言葉を口にした。
「あの…お話がございます」
「……話…?」
その瞬間、僕の頭の中にはラフィーニャと兄上が抱き合っていた光景が過った。
兄上と会って、改めて自分の気持ちを再認識した?
やはり兄上を愛していると…忘れられないと…!
『離縁』
二つの文字が浮かぶ。
けど、兄上は結婚されいる。
子供もできた。
実る想いではない。
だが、愛してもいない男との夫婦生活がつらくなった!?
「実は…私…っ」
ガタン!
「セネック様…?」
突然立ち上がった僕を見上げ、当惑するラフィーニャ。
「す、すまない、まだ仕事が残っているんだ。先に失礼する」
「…左様でございますか。失礼いたしました…」
悲し気に俯く彼女の表情に胸を痛めながら、僕は部屋を出た。
足早に執務室へ行き、扉を閉めるとその場に崩れ落ちる。
「…どうしよう…どうすればいいんだ…っ」
この日から、僕は彼女を避けるようになった。
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