28 / 123
第一部 第二章 初めてのお出かけ
閑話 墓石の前で
しおりを挟むヴィンセントは早朝に花束を持って出掛けた。
明日はスーヴィエラと延期していた出掛ける日であるのだが、ヴィンセントはこの決断が正しいのかわからなかった。
スーヴィエラが貼り付ける嘘に嫌気はあったが、初めて不意打ちに笑みを向けられた時から、彼女はあの件に関わっていないのではないか、いや、関わって欲しくないという気持ちが湧き上がっていた。
どうしてそう思ったのか、まだわからなかった。
でも、ルクファード家の名前が憎くてたまらないが故に、彼女は敬遠して然りだったはずなのだ。
「ディアナ、久しぶりだな。ここのところ忙しくて来られなかった…」
ヴィンセントは墓石を撫でた。
「彼女にやっぱり、離婚すると伝えるよ。俺はまだ…」
瞼を伏せた時、後ろからクスクスと笑い声が聞こえ、ハッと振り返ると銀髪に薄氷色の瞳をした一人の男が佇んでいた。
「憐れだな」
「え?」
「憐れな小鳥は傷だらけの翼を広げ、降り立った小枝は折れて止まり木を失う、か」
「誰だ?」
ヴィンセントが眉間に皺を寄せ、身構えると、その男が薄氷色のその瞳に銀の光彩を浮かべた。
その鋭い眼光に背筋が凍るような痛みを感じ、動きを止めた。
本能的に感じる恐怖にも近い何かに心拍数が跳ね上がる。
(この男はやばい。…うかつに動けない)
そう呟いた時、その男がフワリと笑った。
「お前が大切にしているのは本当にその墓石の彼女か? それとも、罪悪感で押し潰されそうな自分への縋る当てか?」
ヴィンセントが目を見開いた時、リアラの声が掛けられた。
「ヴィンセント」
振り返った時、呪縛が緩んだように背筋が軽くなった。
張り詰めた緊張感も緩む。
「リアラ、何度も言うが、ここでは…」
「残念だけど、敬う価値がないから。同じ血を引いていても、ね」
「まあ、いい。ところで…リアラ、教えてくれ。お前は…ディアナの死に際を知っているのか?」
リアラは背を向けた。
「知らないわ。でも、ルクファード家で何かあったことは聞いている。…それだけ」
「そうか」
そう言って視線を巡らせ、先ほどの男がいなくなっていたことに気がついた。
「あれ…?」
遠くで口笛の音が聞こえた。
リアラが小首を傾げた。
「青の歌?」
青の歌とは、エメル王国で歌われている子守唄だ。リアラもヴィンセントも昔からよく知っている歌で、親が子に教える初めての歌であることも多い。
リアラがこちらを振り返った。
「ヴィンセント。そういえば、人を使わせてスー様を調べているのね?」
「ディアナの件を調べるついでに、な」
「離婚するなら、ディアナのことはともかく、スー様のことは知らなくてもいいじゃない」
「例の件に関わっていないか、それだけだ」
「余計なこと、しないでよね」
リアラが冷ややかにそう言うと、ヴィンセントは怪訝な顔をしたが、不意に先ほどの男の言葉を呟いた。
「傷だらけの翼の小鳥は止まり木を失う」
リアラの視線が揺れた。
「え?」
「リアラが来る前に話していた男がそう言っていた。何か知っているみたいなんだが…聞くことが出来なかった」
「…その人はどっちに?」
「たぶん、向こうに。目を離したらいなくなっていた」
ヴィンセントがそう言うとリアラが顔を歪めた。
「たぶんって…」
そう言いながらもそちらへ駆け出す。
ヴィンセントが息を吐き出したとき、すぐそばに先ほどの男の声が聞こえいつの間にか男が佇んでいることに気がついた。
「え?」
「忠告だ。…あまり深入りしない方がいい。貴族の闇に囚われてしまうよ」
ヴィンセントがその男の手を掴もうとしたが、その前に消えてしまった。
「転移魔法か…」
ヴィンセントは掻き消えた男の残した魔法の残滓にそう呟くと、ギュッと胸元を握りしめた。
「ディアナへの想いが嘘だって言うのかよ…」
誰もそれには答えない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,209
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる