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第172話 たとえ影でも、アリスはアリス

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 迷うこと無く出来るだけ足音を立てないよう頑張っているが、それでもアリスの耳は騙せない。

「まだ一杯いたもんな……よし! そろそろ行こっと」

 アリスは滑り止めがついた手袋をはめ直して剣を抜くと、一気に覆面との間合いを詰めて正面に回り込んだ。

「よっ!」
「ひっ!?」
「あの時の戦争で居なくなったと思ってたけど、まだいたんだね!」
「く、くそっ! お前のせいで俺たちは……これでも喰らえ!」

 覆面はあの戦争を思い出して怒りに震えると、カールに渡された武器、テーザー銃をアリスに向けて発射した。二本の針は勢いよくアリスに向かって飛んでいくが、それはあっさりとアリスに掴まれてしまう。

 けれどテーザー銃の良い所は相手に触れれば効果を発揮する所だ。

「はははははは! 見たこともないだろう!? 我がメイリングにはこの他にもお前たちが思いつきもしないであろう武器が山程あるんだ! あの戦争の時には制限があって持ち出せなかったが――ん?」

 覆面はもう一度引き金を引いた。それなのに目の前のアリスは一向に倒れない。何故だ!

「テーザー銃じゃん。ふーん、こんなの作ってたんだ。しかも他のもあんの?」
「な、な、な!?」

 何故アリスがテーザー銃の事を知っているのか。それよりも何故アリスは倒れないのか。

 ガチャガチャと引き金を引いても一向に倒れないアリスを見て覆面男が青ざめると、そんな覆面を無視してアリスは針の先をじっと見て言った。

「それはダメな奴だよぉ。いくら知ってるからって作っていい物と作っちゃダメな物があるでしょ! このバカちん! それ!」

 アリスはそう言って覆面に近寄り銃の先から飛び出した針を覆面の手の甲に突き刺した。その途端にバチッと物凄い音がして覆面はその場に倒れ込む。

「え、めっちゃ電流ながしてんじゃん! やっば! 生きてるよね!?」

 思いの外強い電流が流れていた事を知ったアリスは急いで覆面を剥いで脈を確かめて安堵の息をつく。

「良かった……あっぶないでしょ! こんな物使ったら! めっだよ! これは没収!」

 そう言ってアリスは覆面の手からテーザー銃をもぎ取ってポシェットに仕舞うと、覆面を担いで次の獲物を探しに向かった。

 途中でオリバーに会ったので覆面をオリバーに預けてまた覆面探しをしていると、キリが数人の覆面に囲まれているのを見つけてアリスはすぐさま駆けつける。

「キリどの! 助太刀いたす!」

 いつも通りの名乗りを上げてキリの前に飛び出したアリスは、背負っていた剣を引き抜いて大きく振り払った。その風圧でそこらへんに生えている雑草が大きく揺れる。

「……どうも」

 突然のアリスの参戦に呆れたキリとは違い、覆面達はアリスを見てゴクリと息を呑んで揃ってテーザー銃を構えた。

「キリ、あれの先っちょから飛び出してくる針を触っちゃダメだよ。物凄い電流流れるんだから!」
「どうしてそんな事を知っているんです?」
「さっき撃たれたからだよ!」
「……そうですか。では撃たれる前に動けばいいだけの事です」

 物凄い電流が流れているのを撃たれたのに何故アリスはピンピンしているのか。それは謎だが、キリの言葉にアリスも頷いて二人同時に地面を蹴って走り出す。狙えなければテーザー銃などあってないような物である。

「ちょこまかと動くな――うっ!」
「くそっ! 狙えない、ぐふっ!」
「う、うわぁぁぁ! ひっ……」

 いくら狙いをつけても動き回る敵の前では銃などあまり役には立たない。おまけにテーザー銃は普通の銃とは違って一度撃つと次のカートリッジを装着しなければならないので、そういう意味では動かない敵には有効だが、こういう場ではあまり使えない武器だ。

「ふははは! 泣けわめけぇ~!」
「に、逃げろっ!!!」

 奇声を上げながら追いかけてきて脇腹に蹴りを入れられたり剣の柄で殴られたりしているうちに、覆面達はどんどん怖くなって来た。そこに、

「お嬢様、面倒なので嬲って楽しむのは止めてもらえますか。一発で仕留めてください」
「はぁい」
「……」

 こんなセリフが聞こえてきたものだからもう覆面達の恐怖は最高潮だ。リーダーの判断は正しかった。さっさと逃げておけば良かった。そう思うのに、何故か恐怖で足が動かない。

「はい、いっちょ上がりっと! ついでにおまけだ!」

 アリスはそう言って動けなくなった覆面の頭上から剣を勢いよく振り下ろし、頭のてっぺんで寸止めする。そんなアリスの行動を見てとうとう覆面達は気を失ってしまった。

「またあなたという人は! 魔法を使いましたね!?」
「面倒だったんだもん! よし! 次いこ!」
「……ええ」

 アリスとキリは覆面達の服を全部引っ剥がしてテーザー銃とカートリッジを回収すると、とりあえずロープで木に縛り付けてその場を後にした。



 レックスの案内で沼に辿りついたノエル達は今、足元を見誤って沼にはまって身動きが取れなくなっていた。

「レックス! ダメだ、動けば動くほど沈んじゃう!」
「ノエル! 手を伸ばしてあそこの木の枝に掴まって!」

 言いながらどうにかレックスもノエルの所まで辿り着こうとするが、ノエルの言う通り進もうとすればするほど沼にズブズブと沈んでいく。ましてやレックスは鉱石で出来ているので、その沈みかたはとてつもなく早い。

「ダメだよ、レックス! 君は動かないで! どうにか僕が岸に辿り着いて枝を渡すから!」

 ふと見るとレックスの身体はもう腰のあたりまで沈んでしまっている。そういうノエルもすでに太ももの辺りまで沈んでいるので、あまり良い状態ではない。

 ゆっくり静かに沈んでいくのは怖かったが、ここで諦めたらもう二度と家族には会えないのだと自分に言い聞かせてどうにか垂れ下がった枝を掴もうと手を伸ばしていると、ふと目の前に細長い影が落ちた。思わず見上げて影の正体の確認するとそこにいたのは――。

「影母さま!?」
「影アリス?」

 突然現れた影アリスに二人は驚いて目を丸くした。影アリスは無言のままノエルの手を引っ張って沼から引きずり上げてコクリと頷く。

「あ、ありがとう、影母さま。レックスも助けて! 早くしないと沈んじゃう!」

 コクリ。影アリスは頷いて何の躊躇いもなく沼にズブズブと入っていく。それを見てノエルは思わず悲鳴を飲み込んだが、影アリスは全く沈まない。

「え……なんで?」

 ポツリと呟いたノエルとは違い、レックスは一瞬目を見開いてポンと手を打つ。

「影だから体重がないのか」

 コクリ。影アリスはやっぱり頷いてレックスの元まで辿り着くと、レックスを沼から引き抜いて自分の肩に担ぎ上げた。

 足先でしばらく何かを探していた影アリスは、ようやく何かを見つけたかのようにニカッと笑って突然沼の中に胸の辺りまで沈み込み、次の瞬間レックスを抱えたまま沼から勢いよく飛び出してきたではないか。

「えぇぇぇ!? ど、どうやったの? 今のなに??」

 普段あまり驚かないノエルだが、流石の影アリスの行動には驚きすぎて思わず声を出してしまう。レックスも一体何が起こったのか分からないまま影アリスの肩でキョトンとしていたのだが、影アリスはレックスを下ろして沼の側に生えている木を指差した。

「え? 木?」

 影アリスはそのまま指先を徐々に下ろして根本を指差し、続いて沼を指差す。

「もしかして……あの木の根っこを踏み台にしたの?」

 コクリ。ドロだらけで胸を張った影アリスを見てノエルもレックスも唖然とする。影だからそんな事が出来るのか、それともアリスの影だから出来るのかは分からないが、とりあえず助かった二人は揃って影アリスにお礼を言う。
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