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12.天然な眠り姫

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「なんでおまえらが男部屋にいるんだよ」

 コンビニに酒とつまみを買いに出ていた隆一が戻ると、浴衣姿でソファを陣取り、ノートパソコンをいじりながらきゃわきゃわとやっている鎌田と伊藤がいた。
 一瞬部屋を間違えたかと思い、手の中のドアキーを確認したが、自分たちに宛がわれた部屋で間違いない。
 
「だって、一課の女子と一緒の部屋なんだもん。甘ったるい匂いで頭痛がするし」
 鎌田の台詞に、あああれか、と隆一は先ほどの出来事を思い出す。
 確かにあれはきつかった。
 悪い匂いではないのだが、何もこれから食事と言う時にあれほどふりまかなくても、というぐらい強烈に、数人の女子が甘い香水の匂いを振りまいていた。
 お姫様抱っこやハグで接触した隆一のスウェットにも、まだかすかに匂いが残っている。

「どうせ夜通し飲むでしょ?私たちもビール買ってきたわよ。もう朝までここにいるけどお気遣いなく」
 ほほほ、と鎌田が笑い、伊藤がうんうん、とかわいらしく頷いて笑顔を振りまいている。
 その辺の男なら二つ返事でオッケーする笑顔だろうが、残念ながら、この部屋のメンバーはそれでは騙されない。

「おまえらがここにいることがバレると、俺らが他の男連中にやっかまれるんだよ!」
 大人しく自分の部屋で寝ろよー!と、山口が嫌そうに顔をしかめる。
 鎌田と伊藤は本社ビルの中でも特に人気が高い評判の美人で、一緒に仕事をしている隆一や山口は他の部の男連中からやっかまれることが多い。
 隆一たちにしてみれば、鎌田と伊藤とはもはや身内のような関係なので、やっかむのは筋違いだと思っているのだが、その仲の良さが、かえって男連中には気に食わないらしい。
 だいたい、鎌田と伊藤にしても、隆一たちの部屋にきていたとわかれば何かとやっかまれるだろうに。
 山口は、口は悪いが見た目は高身長のかなりのイケメンだし、小川も、あのヤル気のない態度さえなければそこそこ見られる外見をしている。
 さらに今年はそこに瀬川まで加わっている最強の布陣だ。
 
「なあ、毎年飲み明かすの?」
 いじられ倒されて疲れたのか布団にころんと寝そべりながら、瀬川がキラキラした目でこちらを見上げてくる。
 これは、何かを期待している顔だ。
「そうですよぅ。毎年男部屋は酒場と化すんですぅ!私と鎌田さんは同室の女子と気が合わなくて、去年も山口さんと藤堂さんの部屋に避難したんですぅ」
 堂々と胸を張って昨年の出来事を語る伊藤に、山口が頭を抱えて唸り出す。
 去年の旅行の後、隆一と鎌田が付き合っているだの、山口と伊藤が結婚するだのと、根も葉もない噂が飛び交ったことを思い出したのだろう。
「飲みながらみんなでウノしてたんですけど、途中で全員落ちしたらしくてぇ。目が覚めたら藤堂さんの布団に入っちゃってて、びっくりしましたぁ!」
 絶対他の女子には言えないです!とケラケラ笑う伊藤に、そういえばそうだった、と隆一は去年の部内旅行を思い出す。

 目覚めたら一つの布団に伊藤と仲良くくるまっていた。
 神に誓ってなにもなかったが、伊藤は隆一にとっては小さすぎるからか、あるいは疲れてぐっすり眠り込んでしまったせいかなのか、布団に入られていることに、うかつにも朝まで気づかなかった。
「男の部屋で朝まで、なんて、おまえたちに危機感はないのか?」
 去年の自らの失態も含め、もう一緒の布団で眠ったりすることのないように二人を牽制するが、「あら、信じてるわよ、山口さんも藤堂くんも、襲ったりしないって」と鎌田にあっさり返されてしまう。

「でもさ、朝まで山口や藤堂と一緒だったことがわかると、他の女の子たちに何か言われない?」
 隆一と山口がそれなりに人気があることを知っているらしい瀬川がそう言うと、鎌田が「そんなの、同じグループっていうだけで、すでにアウトです」と苦笑する。
「総務の子にも散々イヤミ言われますもんねぇ」
「いくら山口さんも藤堂くんも好みのタイプじゃないから!って言っても、聞いてもらえないし」と、鎌田がブチブチとこぼす。
「俺たちだって、おまえら好みじゃねーし!」
 山口が悪態をつき、鎌田にジロリと睨まれて口をつぐんだ。
「今さら同じ部屋に泊まったぐらいで、何も変わらないですよぅ。いっそ部屋割りで一緒にしてもらえばよかったと思うぐらい」
 さすがにそれはマズイだろ、と隆一は思ったが、賢明にも口には出さなかった。
 女の世界には色々と確執があるらしく、そこをつっつくといらぬ攻撃されるのは目に見えてわかっているからだ。
「女の子の世界も色々あって大変なんだね」と、瀬川が眉を寄せて気の毒そうな顔を見せる。
 今日一番大変だったのはあなたでしょうが!と全員が心でツッコミをいれたが、本人はすでに忘れているのかあまり気にしていないようだ。そんな素直なところもかわいい。

「さ、さ、飲んで食べて、ウノしましょ?」
 鎌田と伊藤が、いそいそと冷蔵庫からビールとつまみ類を出してきた。
「小沢ぁ、カード切りなさい。下っ端なんだから」
「え。僕、ウノはしません」
 疲れたからもう寝たいです、と嫌そうに唇をめくりあげて抵抗の意を示す小沢を、鎌田が睨みつける。
「あんたバカなの?先輩の命令は絶対なのよ?今から女子部屋に突っ込まれたいわけ?」
 鎌田、それはパワハラだ、と隆一は思ったが、とりあえず黙っておく。
 先程の宴会で女性という生き物の恐ろしさを嫌と言う程思い知ったらしい小沢は、鎌田の一声でカードをさっと手に取った。
「最初からそうやって素直に言う事きけばいいんだよ」と山口がニヤニヤ笑い、瀬川はその様子に「頑張れ、小川!」とほんわかした声援を送っていた。
 
「藤堂さん早くぅ!去年みたいに一人勝ちは許しませんよぅ!」
 伊藤が和室の掛布団をめくりあげ、敷布団を座布団代わりに座り込む。
 さらに隣をポンポン叩いて、瀬川をそこへ誘導した。
 仕方がないので、隆一もしぶしぶ布団の上へと移動する。

「眠くなったら俺は寝るからな!」
 鎌田にそう宣言すると、「どうぞご自由に」と返される。
「寝顔、写メ取ってフロアの女子共に売ってやるから」と脅されてぐっとつまると、「わぁ、それは高額で取引されそうですぅ。セットで瀬川主任を隣に寝かせてとりましょうよぅ!」と伊藤が恐ろしい提案をする。
「いいわね!それは売れるわ!間違いない!」
 鼻息荒く商売っ気を見せる二人に、山口が「まてまて」とストップをかける。
「……おまえさんたち、肖像権という言葉を知っておるかね?」
 山口が呆れた様子で二人の暴走を止めようとするのだが、「顔のいい男にそんなものが存在するわけないじゃないですか」と、しれっと人権を無視した発言で返された。

「なあなあ、もういいからさ、ウノやろ?ウノ!俺こういうの、高校の修学旅行以来だよ!」
 布団にちょこんとあぐらをかいた瀬川がニコニコと笑うのに全員毒気を抜かれ、黙って輪になり小沢のきったカードを手に取る。
 おそるべし、瀬川。鶴の一声でグループを統率するその手腕。
 それが天然なのか計算なのか、誰も真実を知らない。
「で、何回戦?勝者にはなにか景品があるの?」
 キラキラした目で問われ、「うっ」と全員が思わず胸元を強く握りしめる。
 かわいい。かわいすぎる。

 誰か、このかわいい生き物をなんとかしてくれ!と、その場にいた全員が心の中で叫んでいた。
 

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