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十七年前のあの日 オズワルドside
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リデルと話をした後、オズワルドは一人自分の執務室にいた。
『お父様だって、シルフィーラお義母様に会いたくないからそんなことを言ったわけではないのでしょう?』
オズワルドは椅子に座りながら先ほどのリデルの言葉を思い出していた。
「……まさか、自分の娘にあんなことを言われるとはな」
そこでオズワルドはシルフィーラとの関係が壊れてしまったその日のことを思い出した。
今でも忘れることなど到底出来ない記憶だった。
時は十七年前に遡る。
ベルクォーツ公爵邸では結婚して三年目のラブラブな夫婦が暮らしていた。
「シルフィーラ、仕事に行ってくるよ」
「はい、旦那様。家のことはお任せください」
「ああ、頼んだぞ」
オズワルドはシルフィーラの額に軽くキスをして邸を出て行った。
そんな彼は公爵家の当主であり、かなり多忙な身だった。
毎日朝早くに家を出て、夜に帰ってくるという日々を繰り返していた。
しかし、彼にとっては仕事よりも愛する妻であるシルフィーラの方が大事だったため毎日夕食の時間には無理矢理帰宅していた。
だがしかし、この日ばかりはそうもいかなかった。
「遅くなったな……」
国王を含めた国の重鎮たちで行う会議が長引いてしまったのである。
もちろん途中退室などは認められないため、オズワルドは家に帰るのが遅くなってしまったのだ。
(あのジジイいっつも話長いんだよ……)
一日シルフィーラに会っていないというだけでもオズワルドの心はかなり荒れていた。
早く彼女に会って抱き締めたい。
そう思いながらオズワルドは急いで公爵邸へと帰宅した。
「シルフィーラ!」
公爵邸へ入ったオズワルドは、入ってすぐいつもと違う中の様子に違和感を覚えた。
エントランスで出迎えてくれるはずのシルフィーラの姿が無かったのだ。
それに何故だか屋敷の中が慌ただしい。
「おい、一体何があった?」
オズワルドは一人の執事を捕まえて尋ねた。
すると執事は、青褪めた顔で事情を説明した。
「そ、それが旦那様の愛人を名乗る方が子供を連れて公爵邸に現れたのです!」
「……………何?」
それを聞いたオズワルドは我が耳を疑った。
無理もない。彼には愛人など一人もいなかったから。
そもそもシルフィーラ以外の女性と親しくした覚えすらなかった。
「おい、その女はどこにいる?」
「きゃ、客間でお待ちいただいております……」
それからのオズワルドの行動は早かった。
客間へ行くなり女を問い詰めた。
最初はなかなか口を割らなかった女だったが、剣を喉元に突き付けると余程命が惜しかったのかペラペラと真実を喋り始めた。
「ハッ……」
「も、申し訳ありませんでした!!!」
嘘が全てバレてしまった女は慌てて頭を下げて命乞いをした。
しかし、この女の命など今のオズワルドにとってはどうだって良かった。
「おい、この女を見張ってろ」
「はい、旦那様」
傍に控えていた騎士に短く命令すると、彼は駆け足でシルフィーラの部屋へと向かった。
「シルフィーラ!俺だ!」
そして、扉の前で大声で叫んだ。
「頼む!話を聞いてくれ!」
扉を手で叩きながら必死で呼びかけるも彼女からの反応は無い。
(シルフィーラ……嘘だろう……?)
オズワルドはシルフィーラが自分よりもポッと出の女を信じたということにショックを受けたが、それでも彼は諦めなかった。
それから彼は一週間もの間、シルフィーラの部屋の扉を叩き続けた。
しかし、シルフィーラが扉を開けることは無かった。
(……俺に愛想尽かしたのか)
そのときのオズワルドは酷く焦燥していた。
そんな彼に、屋敷にいた執事が声を掛けた。
「あ、あの旦那様……」
「何だ」
目の下にクマが出来、酷い顔をしているオズワルドを見た執事がビクリとなった。
「お、大奥様がいらっしゃっています……」
「何?」
オズワルドの眉がピクリと上がった。
今は誰かに会うことが出来る状態では無かったが、その相手が母親であるのなら断れなかった。
オズワルドは仕方なくエリザベータの待つ部屋へと向かった。
「――オズワルド、ビビアン嬢が連れて来た子供をベルクォーツ公爵家の養子にしなさい」
「なッ……!?母上、正気ですか……!」
会って早々、エリザベータの放った言葉にオズワルドは衝撃を隠せなかった。
兄のオースウェルは今や大罪人だったからだ。
そしてこのことが王家に知られれば子供はもちろん、関わった人間たちでさえ無事ではいられないだろう。
「我が公爵家が王家の忠臣だったことで何とか極刑は免れましたが……本来ならば、一族郎党処刑されてもおかしくはなかったのですよ……!」
本気でそんなことを言っているのかと、険しい表情で問い詰めたオズワルドにエリザベータは淡々と答えた。
「だって、あの女は子供を産めないじゃない」
「母上、私の妻をあの女と呼ぶのはやめてください」
「どちらにせよ子供が産めないのは事実だわ」
「……そんなことはありません。今はまだですが、きっといつかはシルフィーラにも――」
「きっといつかでは遅いのよ!!!」
エリザベータはオズワルドを怒鳴り付けた。
「王侯貴族において跡継ぎの誕生がどれほど大事なことか分かる?現にヴォルシュタイン王国の王は正妃の他に五人もの側妃を迎えて七人の子供を儲けているわ」
「……」
「公爵家の当主である貴方が、それを知らないはずがないでしょう?」
オズワルドは何も言えなくなった。
エリザベータの言っていることが的を得ていたからだ。
貴族たちからすれば、間違っているのは彼女ではなく自分の方だろう。
しかし、オズワルドにも譲れないものはある。
「……ですが、私は――」
「愛する妻を裏切れない、とでも言うんでしょう?貴方の考えは分かりきっているわ」
エリザベータは彼のその先の言葉を予想しているかのようにそう言った。
「なら選びなさい。ビビアン嬢が連れて来た子供を養子として迎えるか、今すぐ愛人を囲って子供を作るか」
「……!」
オズワルドはハッと息を呑んだ。
「母上……もしこのことが誰かに知られたら……」
「知られることは無いわ」
「……何ですって?」
当たり前のように言ったエリザベータにオズワルドが怪訝な顔をした。
「――貴方が黙っていればいい話だもの」
「え……?」
「私が外部に漏らすわけがないし、ビビアン嬢も命が惜しいはずだから秘密は守るでしょうね」
「……つまり、私に黙っていろと?」
「その通りよ、そうすればビビアン嬢も子供も無事でいられるんだから」
「……」
オースウェルと関係を持った女のことなどオズワルドにとってはどうだって良かったが、何の罪も無い幼い子供が辛い思いをするというのは胸が痛んだ。
このとき既に、色々あって疲弊していたオズワルドの中にはある考えが浮かび始めていた。
(俺はシルフィーラを裏切りたくない……だけど、愛人を囲うよりかは……)
結局、折れたのはオズワルドの方だった。
「分かりました……あの子を……ベルクォーツ公爵家の養子にします……」
「そうね、正しい判断だわ」
それからオズワルドは言葉通りビビアンが連れて来た子供をベルクォーツ公爵家の養女にした。
(すまない……シルフィーラ……)
シルフィーラに対する罪の意識で胸がいっぱいになった。
それからは彼女とまともに話すことも出来なくなっていった。
そして気付けば子供は三人にまで増えていた。
もちろん全員オズワルドの子供ではない。プレイボーイだった兄オースウェルの子供だ。
あの一件で他にもオースウェルの子供が存在しているかもしれないと疑ったエリザベータが国中を探して見つけてきたのだ。
全員がベルクォーツ公爵家の象徴を持つ子供だったため、誰もがオズワルドの子供だと信じた。
(罪人の子を……養子にするだなんて……)
だけど子供たちに罪は無い。
オースウェルが犯した罪は彼らとは無関係だったから。
三人はオズワルドの子供では無かったが、彼らと一緒に過ごしていればいずれは情が湧くだろうと思っていた。
しかし、シルフィーラを目の敵にしていると聞いてからはとてもじゃないけれど彼らに愛情など抱けなくなっていた。
本当なら公爵夫人に無礼を働いたということで今すぐにでも勘当して公爵邸から追い出してやりたかったが、シルフィーラがそれを必死で隠そうとしていることを知ってからはそうする気にもなれなかった。
この時点でもうオズワルドとシルフィーラの間には深い溝が出来ていた。
簡単には修復出来ないほどの。
そして、ある事件をきっかけに二人の溝はさらに深まることとなる――
『お父様だって、シルフィーラお義母様に会いたくないからそんなことを言ったわけではないのでしょう?』
オズワルドは椅子に座りながら先ほどのリデルの言葉を思い出していた。
「……まさか、自分の娘にあんなことを言われるとはな」
そこでオズワルドはシルフィーラとの関係が壊れてしまったその日のことを思い出した。
今でも忘れることなど到底出来ない記憶だった。
時は十七年前に遡る。
ベルクォーツ公爵邸では結婚して三年目のラブラブな夫婦が暮らしていた。
「シルフィーラ、仕事に行ってくるよ」
「はい、旦那様。家のことはお任せください」
「ああ、頼んだぞ」
オズワルドはシルフィーラの額に軽くキスをして邸を出て行った。
そんな彼は公爵家の当主であり、かなり多忙な身だった。
毎日朝早くに家を出て、夜に帰ってくるという日々を繰り返していた。
しかし、彼にとっては仕事よりも愛する妻であるシルフィーラの方が大事だったため毎日夕食の時間には無理矢理帰宅していた。
だがしかし、この日ばかりはそうもいかなかった。
「遅くなったな……」
国王を含めた国の重鎮たちで行う会議が長引いてしまったのである。
もちろん途中退室などは認められないため、オズワルドは家に帰るのが遅くなってしまったのだ。
(あのジジイいっつも話長いんだよ……)
一日シルフィーラに会っていないというだけでもオズワルドの心はかなり荒れていた。
早く彼女に会って抱き締めたい。
そう思いながらオズワルドは急いで公爵邸へと帰宅した。
「シルフィーラ!」
公爵邸へ入ったオズワルドは、入ってすぐいつもと違う中の様子に違和感を覚えた。
エントランスで出迎えてくれるはずのシルフィーラの姿が無かったのだ。
それに何故だか屋敷の中が慌ただしい。
「おい、一体何があった?」
オズワルドは一人の執事を捕まえて尋ねた。
すると執事は、青褪めた顔で事情を説明した。
「そ、それが旦那様の愛人を名乗る方が子供を連れて公爵邸に現れたのです!」
「……………何?」
それを聞いたオズワルドは我が耳を疑った。
無理もない。彼には愛人など一人もいなかったから。
そもそもシルフィーラ以外の女性と親しくした覚えすらなかった。
「おい、その女はどこにいる?」
「きゃ、客間でお待ちいただいております……」
それからのオズワルドの行動は早かった。
客間へ行くなり女を問い詰めた。
最初はなかなか口を割らなかった女だったが、剣を喉元に突き付けると余程命が惜しかったのかペラペラと真実を喋り始めた。
「ハッ……」
「も、申し訳ありませんでした!!!」
嘘が全てバレてしまった女は慌てて頭を下げて命乞いをした。
しかし、この女の命など今のオズワルドにとってはどうだって良かった。
「おい、この女を見張ってろ」
「はい、旦那様」
傍に控えていた騎士に短く命令すると、彼は駆け足でシルフィーラの部屋へと向かった。
「シルフィーラ!俺だ!」
そして、扉の前で大声で叫んだ。
「頼む!話を聞いてくれ!」
扉を手で叩きながら必死で呼びかけるも彼女からの反応は無い。
(シルフィーラ……嘘だろう……?)
オズワルドはシルフィーラが自分よりもポッと出の女を信じたということにショックを受けたが、それでも彼は諦めなかった。
それから彼は一週間もの間、シルフィーラの部屋の扉を叩き続けた。
しかし、シルフィーラが扉を開けることは無かった。
(……俺に愛想尽かしたのか)
そのときのオズワルドは酷く焦燥していた。
そんな彼に、屋敷にいた執事が声を掛けた。
「あ、あの旦那様……」
「何だ」
目の下にクマが出来、酷い顔をしているオズワルドを見た執事がビクリとなった。
「お、大奥様がいらっしゃっています……」
「何?」
オズワルドの眉がピクリと上がった。
今は誰かに会うことが出来る状態では無かったが、その相手が母親であるのなら断れなかった。
オズワルドは仕方なくエリザベータの待つ部屋へと向かった。
「――オズワルド、ビビアン嬢が連れて来た子供をベルクォーツ公爵家の養子にしなさい」
「なッ……!?母上、正気ですか……!」
会って早々、エリザベータの放った言葉にオズワルドは衝撃を隠せなかった。
兄のオースウェルは今や大罪人だったからだ。
そしてこのことが王家に知られれば子供はもちろん、関わった人間たちでさえ無事ではいられないだろう。
「我が公爵家が王家の忠臣だったことで何とか極刑は免れましたが……本来ならば、一族郎党処刑されてもおかしくはなかったのですよ……!」
本気でそんなことを言っているのかと、険しい表情で問い詰めたオズワルドにエリザベータは淡々と答えた。
「だって、あの女は子供を産めないじゃない」
「母上、私の妻をあの女と呼ぶのはやめてください」
「どちらにせよ子供が産めないのは事実だわ」
「……そんなことはありません。今はまだですが、きっといつかはシルフィーラにも――」
「きっといつかでは遅いのよ!!!」
エリザベータはオズワルドを怒鳴り付けた。
「王侯貴族において跡継ぎの誕生がどれほど大事なことか分かる?現にヴォルシュタイン王国の王は正妃の他に五人もの側妃を迎えて七人の子供を儲けているわ」
「……」
「公爵家の当主である貴方が、それを知らないはずがないでしょう?」
オズワルドは何も言えなくなった。
エリザベータの言っていることが的を得ていたからだ。
貴族たちからすれば、間違っているのは彼女ではなく自分の方だろう。
しかし、オズワルドにも譲れないものはある。
「……ですが、私は――」
「愛する妻を裏切れない、とでも言うんでしょう?貴方の考えは分かりきっているわ」
エリザベータは彼のその先の言葉を予想しているかのようにそう言った。
「なら選びなさい。ビビアン嬢が連れて来た子供を養子として迎えるか、今すぐ愛人を囲って子供を作るか」
「……!」
オズワルドはハッと息を呑んだ。
「母上……もしこのことが誰かに知られたら……」
「知られることは無いわ」
「……何ですって?」
当たり前のように言ったエリザベータにオズワルドが怪訝な顔をした。
「――貴方が黙っていればいい話だもの」
「え……?」
「私が外部に漏らすわけがないし、ビビアン嬢も命が惜しいはずだから秘密は守るでしょうね」
「……つまり、私に黙っていろと?」
「その通りよ、そうすればビビアン嬢も子供も無事でいられるんだから」
「……」
オースウェルと関係を持った女のことなどオズワルドにとってはどうだって良かったが、何の罪も無い幼い子供が辛い思いをするというのは胸が痛んだ。
このとき既に、色々あって疲弊していたオズワルドの中にはある考えが浮かび始めていた。
(俺はシルフィーラを裏切りたくない……だけど、愛人を囲うよりかは……)
結局、折れたのはオズワルドの方だった。
「分かりました……あの子を……ベルクォーツ公爵家の養子にします……」
「そうね、正しい判断だわ」
それからオズワルドは言葉通りビビアンが連れて来た子供をベルクォーツ公爵家の養女にした。
(すまない……シルフィーラ……)
シルフィーラに対する罪の意識で胸がいっぱいになった。
それからは彼女とまともに話すことも出来なくなっていった。
そして気付けば子供は三人にまで増えていた。
もちろん全員オズワルドの子供ではない。プレイボーイだった兄オースウェルの子供だ。
あの一件で他にもオースウェルの子供が存在しているかもしれないと疑ったエリザベータが国中を探して見つけてきたのだ。
全員がベルクォーツ公爵家の象徴を持つ子供だったため、誰もがオズワルドの子供だと信じた。
(罪人の子を……養子にするだなんて……)
だけど子供たちに罪は無い。
オースウェルが犯した罪は彼らとは無関係だったから。
三人はオズワルドの子供では無かったが、彼らと一緒に過ごしていればいずれは情が湧くだろうと思っていた。
しかし、シルフィーラを目の敵にしていると聞いてからはとてもじゃないけれど彼らに愛情など抱けなくなっていた。
本当なら公爵夫人に無礼を働いたということで今すぐにでも勘当して公爵邸から追い出してやりたかったが、シルフィーラがそれを必死で隠そうとしていることを知ってからはそうする気にもなれなかった。
この時点でもうオズワルドとシルフィーラの間には深い溝が出来ていた。
簡単には修復出来ないほどの。
そして、ある事件をきっかけに二人の溝はさらに深まることとなる――
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