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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
優雅な主人は罠がお好き/8
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恋人のいない綺麗な男が目の前にいる――。四十代半ばの女は大きく息を吸い込んで、手をかけようとした。
「それでは、今度一緒に新しくできた喫茶店にでも行きませんか?」
わかりやすい女を前にして、崇剛のもうひとつの職業が威力を発揮するのだった。
「お誘いいただいて光栄ですが、遠慮させていただきます。神父である私は神に身も心も捧げました。ですから、聖書を読むことは赦されても、人を愛することは赦されていません」
そう言いながら、彼の心の奥底で、痛みという針玉が駆け抜けてゆく、ひどい傷跡を残しながら。
(想うことも……赦されていません)
伊勢崎は残念がる自分の気持ちを隠すために、わざと明るく言った。
「……そうですか」
それでも足りなくて、話題転換をしようと、立ち止まっている廊下から見えるいくつものドアを見渡す。
「部屋がずいぶんあるんですね?」
「えぇ、カラーセラピーなどに使うものですから……」
崇剛のロングブーツのかかとは心地よいリズムを刻みながら、出口へと案内し始めた。
「家の中に庭園があるという噂を耳にしましたが……」
肩幅はそれなりにあるのに、わざともたつかせて縛っている紺の長い髪のせいで、女性とも男性とも取れない。
神秘的な策略家で、神父で、ヒーラーで、メシア保有者という複数の顔を持つ。そんな男の後ろ姿が魅惑的に、伊勢崎の瞳に映っていた。
崇剛はふと立ち止まって、後ろからついてくる患者へ振り返った。紺の後れ毛が衝動で、誘いという罠へ導くように怪しく揺れる。
屋内庭園の話に、彼は「えぇ」とうなずき、
「先代が庭師をしておりましたので、家の中にも緑を取り入れたいという意向で、そちらのような部屋はありますよ」
紺の髪が揺れ動く様に、伊勢崎はドキッとして、それを隠すために窓の向こうに広がる暖流という春の香り海で、様々な色調が咲き乱れる庭を眺めた。
シャンパングラスを満たしたような淡い紫のデルフィニムとワルツでも踊るような、陽気な笑顔を浮かべているチューリップたち。
黄色いベールをかぶった花嫁――菜の花に祝福するライスシャワーのような桜の花びらは淡雪のように舞い散っている。
ラハイアット家は昔からの大富豪。崇剛の家には涼介の他に使用人や召使が何人もいて、もちろん庭師もいた。
(お庭も綺麗だから、庭園もきっと美しいでしょうね)
伊勢崎は庭の美しさに感嘆を覚え、思わず吐息をもらして、興味津々な顔を崇剛へ向けた。
「拝見させていただいても、よろしいですか?」
スケージュール帳を持ち歩く必要もない、崇剛は記憶で確認して、
「えぇ、構いませんよ」
優雅に微笑み、診療所の出口を通り過ぎ、廊下をそのまままっすぐ進んだ。
斜めに差し込む日差しに、瑠璃色の貴族服が通り過ぎるたびに、柱と窓で陰と陽を織り成しながら青系の千変万化――濃淡を、人を惑わせるように不規則にリフレインする。
エレガントな歩みから生み出される、カツカツという音が不意に消えると、そこには大きな磨りガラスが、秘密という魅惑を持って立っていた。
崇剛の神経質な手で、明るみへと引っ張り出されるように押し開けられると、安眠へと導くような優しい香りが廊下へあふれ出てきた。
「ラベンダーですか?」
「えぇ」
崇剛はさらにガラスを押し開け、男性らしく片手で軽々と支えた。優雅なヒーラーの紳士的な態度に、伊勢崎は女としての喜びを感じる。
「あ、ありがとうございます」
「それでは、今度一緒に新しくできた喫茶店にでも行きませんか?」
わかりやすい女を前にして、崇剛のもうひとつの職業が威力を発揮するのだった。
「お誘いいただいて光栄ですが、遠慮させていただきます。神父である私は神に身も心も捧げました。ですから、聖書を読むことは赦されても、人を愛することは赦されていません」
そう言いながら、彼の心の奥底で、痛みという針玉が駆け抜けてゆく、ひどい傷跡を残しながら。
(想うことも……赦されていません)
伊勢崎は残念がる自分の気持ちを隠すために、わざと明るく言った。
「……そうですか」
それでも足りなくて、話題転換をしようと、立ち止まっている廊下から見えるいくつものドアを見渡す。
「部屋がずいぶんあるんですね?」
「えぇ、カラーセラピーなどに使うものですから……」
崇剛のロングブーツのかかとは心地よいリズムを刻みながら、出口へと案内し始めた。
「家の中に庭園があるという噂を耳にしましたが……」
肩幅はそれなりにあるのに、わざともたつかせて縛っている紺の長い髪のせいで、女性とも男性とも取れない。
神秘的な策略家で、神父で、ヒーラーで、メシア保有者という複数の顔を持つ。そんな男の後ろ姿が魅惑的に、伊勢崎の瞳に映っていた。
崇剛はふと立ち止まって、後ろからついてくる患者へ振り返った。紺の後れ毛が衝動で、誘いという罠へ導くように怪しく揺れる。
屋内庭園の話に、彼は「えぇ」とうなずき、
「先代が庭師をしておりましたので、家の中にも緑を取り入れたいという意向で、そちらのような部屋はありますよ」
紺の髪が揺れ動く様に、伊勢崎はドキッとして、それを隠すために窓の向こうに広がる暖流という春の香り海で、様々な色調が咲き乱れる庭を眺めた。
シャンパングラスを満たしたような淡い紫のデルフィニムとワルツでも踊るような、陽気な笑顔を浮かべているチューリップたち。
黄色いベールをかぶった花嫁――菜の花に祝福するライスシャワーのような桜の花びらは淡雪のように舞い散っている。
ラハイアット家は昔からの大富豪。崇剛の家には涼介の他に使用人や召使が何人もいて、もちろん庭師もいた。
(お庭も綺麗だから、庭園もきっと美しいでしょうね)
伊勢崎は庭の美しさに感嘆を覚え、思わず吐息をもらして、興味津々な顔を崇剛へ向けた。
「拝見させていただいても、よろしいですか?」
スケージュール帳を持ち歩く必要もない、崇剛は記憶で確認して、
「えぇ、構いませんよ」
優雅に微笑み、診療所の出口を通り過ぎ、廊下をそのまままっすぐ進んだ。
斜めに差し込む日差しに、瑠璃色の貴族服が通り過ぎるたびに、柱と窓で陰と陽を織り成しながら青系の千変万化――濃淡を、人を惑わせるように不規則にリフレインする。
エレガントな歩みから生み出される、カツカツという音が不意に消えると、そこには大きな磨りガラスが、秘密という魅惑を持って立っていた。
崇剛の神経質な手で、明るみへと引っ張り出されるように押し開けられると、安眠へと導くような優しい香りが廊下へあふれ出てきた。
「ラベンダーですか?」
「えぇ」
崇剛はさらにガラスを押し開け、男性らしく片手で軽々と支えた。優雅なヒーラーの紳士的な態度に、伊勢崎は女としての喜びを感じる。
「あ、ありがとうございます」
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