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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Escape from evil/8

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 メシア保有者という使命の元で、常に悪と戦ってきた崇剛。何も言うこともせず、思い浮かべたくもなく。ただ遠くの景色を眺めた。

 山肌をなぞるように降りてきた春風で、不意に乱れてしまった紺の後れ毛を、神経質な手で耳へかけ、神父は改めて思い知らされた。悪に下った者の心が、どれだけすさみ切っているのかを。

「――崇剛、昼飯にしよう!」
「るりちゃん、せんせい!」

 黄昏気味に山道に立っていた神父と聖女に、はつらつとした声と、幼く澄んだそれが同時にかけられた。

 聖霊師と聖女が我に返ると、山頂の平地にあった木でできているテーブルの上に、
コックでもある涼介が作ってきた、ランチが広げられていた。

 崇剛はいつもの癖が出て、ズボンのポケットにある懐中時計を外から触れる。

 十二時三分十五秒――
 昼食の時刻より、三分十五秒過ぎている。

「そうしましょうか」

 冷静な頭脳を使ってデジタルに心霊現象を切り離し、崇剛のロングブーツは優雅に歩き出した。

 ふわふわと浮きながら、守護する人の隣をついてくる聖女は大いに期待をする。

「プリンはあるのかの?」

 ひまわり色のウェーブ髪の小さな頭を持つ瞬は、同じ色の髪をした人へ通訳をした。

「パパ、プリンある?」
「当然だろう、珍しく、瑠璃さま、昼間に起きてるからな。ブランデーで香りづけしたのを作ってきた」
「涼介、褒めて遣わす」

 百年の重みを感じさせる声が響くと、瑠璃はヒューっと空中を横滑りをして、乙葉親子がランチを楽しもうとしているテーブルへ近づき、さっそうと椅子へ腰掛けた。

 魔除けのローズマリーを潜ませている、瑠璃色の上着を左腕にかけたまま、崇剛は少し遅れて優雅にやってきて、スマートに椅子へ座った。

 細いロングブーツの足を組み、執事が食事の用意をするのを黙って待っていた。

 リュックから取り出される昼食は、冷静な水色の瞳から次々に、主人の脳裏へ記録されてゆく。

 サンドイッチ三種類。
 ブランデーで香りづけしたプリン。
 ブラッドオレンジジュース。
 缶ビール。
 カンパリ。
 炭酸水。

 これで終わりというように、涼介はリュックを小脇に置いた。主人の期待していたものは出てこず、執事へ文句が飛ぶ。

「なぜ、サングリアではなく、カンパリなのですか? そちらはリキュールであり、アルコール度数二十五度です」
「カンパリの苦味は疲れを取るらしんだ。お前のことを想って持ってきた。二十五度でもお前は飲まないだろう? 炭酸で割って、カンパリソーダにする」
「そうですか。確かに疲れましたよ」

 主人は返事をしながら、感覚で生きている執事のことを考える。途中から歩いて登ると知っていたみたいだと。それは直感や天啓を受けたからなのかと。

 山道で揺れに揺られてきた炭酸水。今開ければ、どうなるか容易に想像がつく。涼介は椅子の上に座ったままくるっと横へ向いて、人のいないところで缶のふたを開けた。

「っ!」

 春の穏やかでさわやかな風に、水しぶきがほとばしった。霧のような小さな滴が、熱を持った頬を少しだけ冷やす。

 ワイングラスはほおづき色に染まり、炭酸水が泡を立ち上らせた。執事から主人へ酒が差し出される。

「俺は好きだな、この味。崇剛はどうだ? 飲んでみろ」
「えぇ、いただきます」

 細く神経質な手はグラスへ伸びていき、未知の味を堪能しようとする。中指と薬指でグラスの足を挟み、崇剛の少し柔らかな唇へ近づいて、赤い液体がのどへ落ちていった。

 主人の仕草を見届けた涼介はさわやかに微笑む。

「おいしいだろう?」

 冷静な水色の瞳は一瞬閉じられ、再び開けられた。そうして、妙な間を置いたあと、美しい景色を思う存分堪能できる三沢岳山頂で、神経質な手の甲が唇へ当てられ、

「……おいしいです」

 戸惑い気味に珍しく感想を述べた、崇剛の中では耐えがたい味覚が主導権を握っていた。

(非常に苦い……。これ以上は飲めません)

 執事の主人への純粋な想いは、手痛い仇討ちになっていた。心の声がバッチリ聞こえている瑠璃は、あきれた顔をする。

「お主も素直でないの。戯言を申すでない」

 崇剛は口の中の苦味を抹消するために、瑠璃が真っ先に頬張ったプリンを食べ、速やかに口直しした。
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