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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
探偵は刑事を誘う/9
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相変わらずの不浄な空気に包まれた聖霊寮。窓の外は秋のさわやかな風が、哀愁を含みながら日差しの下で舞い踊っているのに、この部屋に入り込んだ途端、ゾンビのような死んだ目をした人々が吐くやる気ゼロの息で、汚染されて濁りに濁る空間。
その一角にある応接セットのローテーブル。カフェラテの小さな缶と、向かい側には微糖の紅茶が置かれていた。そうしてもうひとつ、初めてローテーブルに乗せられたジャスミン茶の缶があった。
太いシルバーリングのはめられたゴツい手には、細い万年筆がいかにも書きづらそうに調書の上に降りては、次の行へ移っている。人の名前をさっきから一時間以上も書き続けていた。
同じ作業の連続が苦痛をもたらして、耐えられなくなる。カウボーイハットを被った国立は、万年筆を埃だらけのローテーブルへ放り投げた。
「メニー過ぎて、今日一日じゃ終わらねえな。手が痛くなってきやがってんだよ」
転がった万年筆がカフェラテの缶にカツンとあたり、一旦休戦した。
ラジュから聞き及んだ、昨日の聖戦争に関わった人の名前を、ずっと言っていた遊線が螺旋を描く声は一度やんで、崇剛は紅茶を一口飲んだ。
「また、きますよ。五十万三千四百五十七人、全ての名前を記録しなくてはいけませんからね」
当初の目的はかなり少なかったが、ナールが魔法(?)を使って、陣地を入れ替えてしまったため、敵陣は全員浄化されたのだった。あの攻撃が自分たちへ向かってきていたら、消滅はまぬがれなかっただろう。
それにしても、さすがミラクル風雲児とみんなに言わせただけはあった。
恩田 元の事件と聖戦争は少なからずとも関係している。調書に書き記す必要があり、膨大な量の関係者たち。気が遠くなりそうな作業だった。
ざらつくローテーブルから、銀のシガーケースを手前へジャリジャリと寄せ、慣れた感じでロックを外し、縦に規則正しく並ぶ茶色のミニシガリロを、国立は一本取り出した。
「にしても、バカでけえ事件だったな」
「えぇ」
崇剛は神経質な指先で、後れ毛を耳にかけた。国立はジェットライターでミニシガリロをまんべんなく炎色に染め上げ、反対側を口の中へ放り込んだ。青白い煙が上がる。
「で、その地獄はどうニューになりやがったんだ?」
調書がテーブルの上でトントンとされながら、整ってゆくのを冷静な水色の瞳で見つめながら、崇剛は、
「一畳ほどの小さなボックス型の空間に、浄化もしくは成仏したと同時に自動的に送られ、罪を償うまで出てくることはできないそうです。声どころか、念さえももれ出ない構造になっているそうです」
意思の強い鋭いブルーグレーの眼光は上げられ、
「独房ってか?」
「そうかもしれませんね」
いくら千里眼の持ち主でも、地獄を勝手に見に行くことはできなかった。
「恩田の野郎みてぇに脱獄するやつは、もう出てこねえってことか」
「えぇ」と、崇剛はうなずいて、
「地獄の苦しみから抜け出すために、邪神界へ下る者はもういません。今までは改心させてからでないと、浄化することはできず、時間が非常にかかっていましたが、これからは事件解決が合理的に進みます」
その時、さっきまで姿を表さなかった、天使三人が現れた。崇剛の背後にはラジュ。ダルレシアンにはカミエ。国立にはシズキ。三人の視線はローテブルの上で交わるが、
「…………」
誰も何も言わなかった。
そばで、崇剛たちの話を聞いていたダルレシアンは天使たちが見えないながらも、異変を感じ取った。顔は動かさずに、聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられる。
魔導師の心の中で浮かび上がる。何かがあるかもしれない――
心を読み取れる天使の前で、神父である崇剛は跪くように敬意を払った。
(私があちらのことを、国立氏に言うことは間違ってはいないみたいです。ですが、その前にしなくてはいけないことがあります)
ピンと張り詰めた空気にあたりは包まれた――。
「先日……」
「あぁ?」
刑事の勘に優れている国立も異変を感じ取り、言葉を途中で止めた崇剛を凝視した。
その一角にある応接セットのローテーブル。カフェラテの小さな缶と、向かい側には微糖の紅茶が置かれていた。そうしてもうひとつ、初めてローテーブルに乗せられたジャスミン茶の缶があった。
太いシルバーリングのはめられたゴツい手には、細い万年筆がいかにも書きづらそうに調書の上に降りては、次の行へ移っている。人の名前をさっきから一時間以上も書き続けていた。
同じ作業の連続が苦痛をもたらして、耐えられなくなる。カウボーイハットを被った国立は、万年筆を埃だらけのローテーブルへ放り投げた。
「メニー過ぎて、今日一日じゃ終わらねえな。手が痛くなってきやがってんだよ」
転がった万年筆がカフェラテの缶にカツンとあたり、一旦休戦した。
ラジュから聞き及んだ、昨日の聖戦争に関わった人の名前を、ずっと言っていた遊線が螺旋を描く声は一度やんで、崇剛は紅茶を一口飲んだ。
「また、きますよ。五十万三千四百五十七人、全ての名前を記録しなくてはいけませんからね」
当初の目的はかなり少なかったが、ナールが魔法(?)を使って、陣地を入れ替えてしまったため、敵陣は全員浄化されたのだった。あの攻撃が自分たちへ向かってきていたら、消滅はまぬがれなかっただろう。
それにしても、さすがミラクル風雲児とみんなに言わせただけはあった。
恩田 元の事件と聖戦争は少なからずとも関係している。調書に書き記す必要があり、膨大な量の関係者たち。気が遠くなりそうな作業だった。
ざらつくローテーブルから、銀のシガーケースを手前へジャリジャリと寄せ、慣れた感じでロックを外し、縦に規則正しく並ぶ茶色のミニシガリロを、国立は一本取り出した。
「にしても、バカでけえ事件だったな」
「えぇ」
崇剛は神経質な指先で、後れ毛を耳にかけた。国立はジェットライターでミニシガリロをまんべんなく炎色に染め上げ、反対側を口の中へ放り込んだ。青白い煙が上がる。
「で、その地獄はどうニューになりやがったんだ?」
調書がテーブルの上でトントンとされながら、整ってゆくのを冷静な水色の瞳で見つめながら、崇剛は、
「一畳ほどの小さなボックス型の空間に、浄化もしくは成仏したと同時に自動的に送られ、罪を償うまで出てくることはできないそうです。声どころか、念さえももれ出ない構造になっているそうです」
意思の強い鋭いブルーグレーの眼光は上げられ、
「独房ってか?」
「そうかもしれませんね」
いくら千里眼の持ち主でも、地獄を勝手に見に行くことはできなかった。
「恩田の野郎みてぇに脱獄するやつは、もう出てこねえってことか」
「えぇ」と、崇剛はうなずいて、
「地獄の苦しみから抜け出すために、邪神界へ下る者はもういません。今までは改心させてからでないと、浄化することはできず、時間が非常にかかっていましたが、これからは事件解決が合理的に進みます」
その時、さっきまで姿を表さなかった、天使三人が現れた。崇剛の背後にはラジュ。ダルレシアンにはカミエ。国立にはシズキ。三人の視線はローテブルの上で交わるが、
「…………」
誰も何も言わなかった。
そばで、崇剛たちの話を聞いていたダルレシアンは天使たちが見えないながらも、異変を感じ取った。顔は動かさずに、聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられる。
魔導師の心の中で浮かび上がる。何かがあるかもしれない――
心を読み取れる天使の前で、神父である崇剛は跪くように敬意を払った。
(私があちらのことを、国立氏に言うことは間違ってはいないみたいです。ですが、その前にしなくてはいけないことがあります)
ピンと張り詰めた空気にあたりは包まれた――。
「先日……」
「あぁ?」
刑事の勘に優れている国立も異変を感じ取り、言葉を途中で止めた崇剛を凝視した。
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