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神の旋律
月夜の幻想曲(ファンタジア)/2
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楽器など弾けない。この手は悪魔に銃口を向け、トリガーを引くためにある。そうして、またイライラが襲ってくる。レンは几帳面に指先で一本一本綺麗に整えた髪を崩さないようにさっと立ち上がり、キッチンカウンターの中へと目指す。
食器棚から上辺が長い台形型のタンブラータイプのグラスをひとつ取り出した。冷凍庫を開け、街のバーでわざわざ作ってもらった丸氷をグラスの中へ沈める。
ガラスの惑星が結露で白く染まってゆく。飾りとしても楽しめる琥珀色をした瓶を棚から取り出し傾けると、流氷が一気に溶けるようにカチカチと音を立てた。
グラスを持って、ベッドサイドへ戻ってくると、雑誌に視線を落としたままのリョウカがまた話しかけてきた。
「モルト?」
ロックに琥珀色の液体で、この回答にたどり着く。単純過ぎて、レンは鼻で笑う。
「お前の頭は細胞分裂を一度もしていないんだな」
リョウカは顔をさっと上げて、悔しそうに唇を噛みしめた。
(かちんとくるわね)
ひねくれこの上ない言葉だったが、話しかけた意味がなくなる。彼女は平然とした振りで、別の質問を返してやった。
「それじゃあ、何よ?」
「バーボンだ」
「同じでしょ?」
「違う。バーボンはトウモロコシが原料――」
「お酒にも詳しいってことね」
こっちの罠に乗って、次々と答えてきた男に向かって、リョウカはチェックメイトを放った。レンは情報を引き出されていたと知って、天使のような綺麗な顔を怒りで歪める。
「っ……」
「音楽とお酒……?」
人差し指をトントンと唇に当てながら、どこかずれているクルミ色の瞳の中で、どんよりと曇る空の近くで、サボテンの緑がトゲトゲしく丸いボディーの羽伸ばししていた。
どれだけ時間が過ぎたのかはわからないが、お昼すぎだろう。ふたりとも朝食べただけで、お腹も空かないし、食事をとる気にもなれない。
リョウカはしばらく考えていたが、やがて大きなあくびをした。
「ふわぁ~! おかしいわね。まだ昼間なのに眠くなるなんて」
雑誌をラックに適当に戻して、端に折り目がつく。ポニーテールしたままの頭を器用にソファーの肘掛けに乗せて、ブランケットもかけず横になる。
「あたし、少し眠るわね」
「お前……」
レンが言っているそばから気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。彼はふたりきりの部屋を眺めて、ぶつぶつと文句を言う。
「どう言うつもりだ? 男がいる前で平気で寝るとは……」
またイライラがぶり返す。
「ふんっ! 怒ったら負けだ。気にしないだ」
ベッドサイドへ振り返ろうとした時、視界の端にリョウカの顔が映ると、レンの中である言葉がはっきりと輪郭を持った。
お前を、お前のその寝顔を俺は守りたかった――
朝会ったばかりの女だ。名前も知らなかった女だ。それなのにこんなこと思うとは、
「……何から守りたかった?」
いっそう激しくなった雨音に、レンの奥行きがあり少し低めの声はにじむように溶けていった。噛みしめるようにバーボンを飲み、ヴァイオリンの音色に耳を傾ける。
ふと気がつくと、床を歩いた気配もないのに、リョウカの姿はどこにもなかった。声は上げないが、レンは少しだけ目を見開き、慎重に探す。
普通に話していたが、油断した。あの女は悪魔だったのか。背中にじっとりと変な汗がこびりつくような嫌な予感が迫る。
拳銃、フロンティア シックス シューターに用心深く手を伸ばす。情熱的で悲哀に満ちたヴァイオリンの音色と雨音の隙間に入り込む、どんな響きも見逃さないよう神経を研ぎます。
背中からふと視線を感じた。針のような銀の髪の真後ろに、無機質な黄緑色の瞳がふたつ――こっちを見ていた。
食器棚から上辺が長い台形型のタンブラータイプのグラスをひとつ取り出した。冷凍庫を開け、街のバーでわざわざ作ってもらった丸氷をグラスの中へ沈める。
ガラスの惑星が結露で白く染まってゆく。飾りとしても楽しめる琥珀色をした瓶を棚から取り出し傾けると、流氷が一気に溶けるようにカチカチと音を立てた。
グラスを持って、ベッドサイドへ戻ってくると、雑誌に視線を落としたままのリョウカがまた話しかけてきた。
「モルト?」
ロックに琥珀色の液体で、この回答にたどり着く。単純過ぎて、レンは鼻で笑う。
「お前の頭は細胞分裂を一度もしていないんだな」
リョウカは顔をさっと上げて、悔しそうに唇を噛みしめた。
(かちんとくるわね)
ひねくれこの上ない言葉だったが、話しかけた意味がなくなる。彼女は平然とした振りで、別の質問を返してやった。
「それじゃあ、何よ?」
「バーボンだ」
「同じでしょ?」
「違う。バーボンはトウモロコシが原料――」
「お酒にも詳しいってことね」
こっちの罠に乗って、次々と答えてきた男に向かって、リョウカはチェックメイトを放った。レンは情報を引き出されていたと知って、天使のような綺麗な顔を怒りで歪める。
「っ……」
「音楽とお酒……?」
人差し指をトントンと唇に当てながら、どこかずれているクルミ色の瞳の中で、どんよりと曇る空の近くで、サボテンの緑がトゲトゲしく丸いボディーの羽伸ばししていた。
どれだけ時間が過ぎたのかはわからないが、お昼すぎだろう。ふたりとも朝食べただけで、お腹も空かないし、食事をとる気にもなれない。
リョウカはしばらく考えていたが、やがて大きなあくびをした。
「ふわぁ~! おかしいわね。まだ昼間なのに眠くなるなんて」
雑誌をラックに適当に戻して、端に折り目がつく。ポニーテールしたままの頭を器用にソファーの肘掛けに乗せて、ブランケットもかけず横になる。
「あたし、少し眠るわね」
「お前……」
レンが言っているそばから気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。彼はふたりきりの部屋を眺めて、ぶつぶつと文句を言う。
「どう言うつもりだ? 男がいる前で平気で寝るとは……」
またイライラがぶり返す。
「ふんっ! 怒ったら負けだ。気にしないだ」
ベッドサイドへ振り返ろうとした時、視界の端にリョウカの顔が映ると、レンの中である言葉がはっきりと輪郭を持った。
お前を、お前のその寝顔を俺は守りたかった――
朝会ったばかりの女だ。名前も知らなかった女だ。それなのにこんなこと思うとは、
「……何から守りたかった?」
いっそう激しくなった雨音に、レンの奥行きがあり少し低めの声はにじむように溶けていった。噛みしめるようにバーボンを飲み、ヴァイオリンの音色に耳を傾ける。
ふと気がつくと、床を歩いた気配もないのに、リョウカの姿はどこにもなかった。声は上げないが、レンは少しだけ目を見開き、慎重に探す。
普通に話していたが、油断した。あの女は悪魔だったのか。背中にじっとりと変な汗がこびりつくような嫌な予感が迫る。
拳銃、フロンティア シックス シューターに用心深く手を伸ばす。情熱的で悲哀に満ちたヴァイオリンの音色と雨音の隙間に入り込む、どんな響きも見逃さないよう神経を研ぎます。
背中からふと視線を感じた。針のような銀の髪の真後ろに、無機質な黄緑色の瞳がふたつ――こっちを見ていた。
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