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初恋の呪い

ジェラルドはまた帰ってこなかったのか

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 レオンが目覚めると、こめかみが湿っていた。おそらく夢の中で泣いていたせいだろう。初恋の終わりを夢に見るなんて、まるで現実を反映したかのようだと、レオンは顔をゆがめる。
 横になったまま寝台を見渡すと、誰もそこにはいなく、シーツに鼻を近づけて確認するも、ジェラルドの匂いはしなかった。

(……三日目)

 それは、ジェラルドが家に帰らなくなってからの日数だ。

 それだけではない。山小屋でジェラルドの様子がおかしくなってから、一か月という長い期間、彼はレオンから距離を置いている。最初は近衛騎士の仕事が急に忙しくなったのかと思って気にせず、レオンは独自に〝白い部屋〟に関して調査を進めていたが、さすがにここまで放置されるのは気のせいではないと悟った。

 その原因が嫌われたということであれば、婚約を破棄するだけなのだが、どうやらそうではないようだ。ジェラルドは毎晩レオンが寝入った後にベッドに入り、レオンが目覚める前に出て行っている。夜も明けきらない早朝に、彼が名残惜しそうにレオンの首筋に顔を埋め、フェロモンを嗅いでいるのを、夢うつつの状態で認識していた。

(なんなんだ一体……)

 レオンは不機嫌に唇を尖らせた。
 ジェラルドの反応から様々思考を巡らせたが、結局問い質さねばすべては推測の域を出ない。そう考えた矢先に彼は帰ってこなくなったのだ。会えなければ話を聞く事も出来ないと、レオンは悶々としていた。

「おはようございます、レオン様」
「おはよう、ノア」

 従者のノアが入室し、窓を開けてくれた。ノアが事情をどう捉えているかは分からないが、特に変わらない態度で接してくれる。この屋敷の主人がおかしくなった原因がレオンにあるのではないか、と感じているだろうに。レオンはベッドから身体を起こして、大きく伸びをした。

「……ジェラルドはまた帰ってこなかったのか」
「ご実家の方に調べものに行くとのことでしたが」
「……」

 ノアは目を泳がせながら教えてくれたが、本当に実家なのだろうか。ジェラルドは〝幼少期にいい思い出がない〟と言っていたし、家族のことも口にしない。あまり上手くいっていないのでは……と予想していたが、レオンといるのに不都合が生じれば、逃げ込める程度の関係性を保てているのだろうか。

(いけない、余計な事ばかり考えてしまう)

 レオンは暗い方向に傾く考えを、打ち消すように首を振った。ノアはそんなレオンの気落ちを察したのか、励ますように明るい声で提案してくる。

「レオン様、朝食は温室でいかがですか?」
「温室?」
「レオン様をイメージして植えたバラが見頃ですので」
「それはいいな。ではそこで」

 レオンは気分転換になるだろうと了承し、庭に出る為の身支度を始めた。




 ジェラルドの私邸は王都の貴族街にあるものの、郊外であり一戸建てタイプで、整えられた庭は、彼の威厳あるイメージに合う白バラが目立つように配置されている。
 庭の外れに建てられた温室は白い支柱で支えられ、全体に透明度の高いガラスが張られている、八角屋根の可愛らしいものだ。術式による温度調整がなされていて一定の温度を保てる。つまり、大きな魔道具であるとジェラルドから説明を受けた。中央にはお茶と花を楽しむための白いテーブルセットが置かれており、癒やしの空間となっている。
 広くはないが、それがかえって落ち着かせてくれるので、レオンは時々ここでアフタヌーンティーを楽しんでいた。

「レオン様〝ティールーム〟です」
「ああ、特設だな」

 それだけでオメガである二人は通じ合える。〝ティールーム〟はオメガにとって秘密のサロンの代名詞だ。レオンは着席し、お茶を淹れるノアの優雅な手元をぼんやりと眺めた。

「結界を張っていますし、ここでしたら周囲に人は潜めないでしょう」
「これは?」

 レオンが自身の首についたネックガードに親指を立てて当てれば、ノアは言いたい事を察したのか小さく笑う。

「レオン様があえて外界に連絡を取らない限り干渉されません」
「分かった。抜け目ないな」
「クイン家の次代様から直接引き抜かれて軍に入隊しましたから」
「なるほど、頼もしい」

 ノアの所属は今でも軍にあるそうだ。華奢な身体で軍人といわれるとイメージが結びつかないが「使うのは暗器と魔術です」という辺りでおそらく間諜だろうと察した。彼の代のダンスパーティーでは〝ティールーム〟を基地とした大規模な攻防戦が起こり、その際に切り込み隊長として活躍したのをかわれて引き抜かれたのだとか。

「ノアはどのポジションに立っている? クイン家の当代か、次代か。ジェラルドか」
「取り立てていただいたので、次代様でしょうか……。次代様はジェラルド様を心配なさって私をこの家に入れました」
「監視ではなく?」
「それもあるのでしょうが、心配なさっているのは本当です」

  レオンはいまいち情報を飲み込めず、グッと眉根を寄せる。

「……ジェラルドは幼少期にいい思い出がないと言っていた。家族と上手くいっていないのでは、と邪推していたのだが」
「それもあるでしょう。皆さまジェラルド様を大切になさってますが、彼が家族の中に入ると家族関係が〝壊れて〟しまうのです」
「は……」

 言っている意味が理解できない。みなが大事にしているというなら、仲良くやっていけるのではないか。ノアもレオンの気持ちが分かるのか、困ったように笑った。

「私も昔の事は家令から聞いただけなのですが……」
「家令がノアに明かしていいと判断した情報ならば教えてくれ。それを踏まえたうえでジェラルドにここ一か月の件を問い質そうと思う」

 レオンが強く意思を伝えればノアは真剣な顔になって頷いた。そして自分の分のお茶も準備してから、バスケットに入ったバゲットサンドを皿に並べて、対面に座る。

「ジェラルド様のお母様がクイン家に入ったのが事の始まりです」
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