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第十一王子と、その守護者
恋する王子と人形守護者
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オレは夢を見ているのだろうか。
『そうだっただろう? クロポルド』
『ベル様……あまり昔のことを引っ張り出さないで下さい。確かに俺は彼のように経験が浅いままダンジョンに挑んで、思わず膝をついたこともありますが』
長年連れ添った親しい仲、そんな様子を堂々と晒す第一王子と日の輪騎士団団長……背後から現れた二人に動揺しつつも、すぐにノルエフリンと共に膝をつく。
『構わないよ。ここではそうした礼儀はなしだ。ダンジョンを前にして一々そんなことをしていては命が危ういからな』
『クロポルド!!』
第一王子の言葉を遮るように、王子が団長殿の元へと駆け寄る。いつもは厳しい顔ばかりなのに王子は団長殿を見ればすぐこんな風に笑顔になってしまう。これで団長殿も嬉しそうに駆け寄ればオレたちも微笑んでいられた。
だけど、この団長殿はいつもいつも困ったように笑うばかり。
『クロポルド! 僕の守護に来てくれたのか?』
『いえ……申し訳ありません。自分はベルガアッシュ殿下の守護者なので、今日は……』
王室の恋愛事情の中でも、ハルジオン王子とクロポルド騎士団団長のものは有名でこうして公の場で騒ぐものだから自然とみんなが知ることとなる。多くの視線に晒されながら、団長殿の守護が欲しいと強請る主人の背中を見ながら……無表情で佇むオレは、多分みんなから見たら哀れなんだと思う。
『いつもこのような待遇を?』
『……え?』
ふと隣から声がして振り向けば、ノルエフリンが少しだけ眉間に皺を寄せていた。彼の太腿くらいまでしか身長がないオレはいつも首を極限まで上に上げている。
『ハルジオン殿下が日の輪騎士団団長を守護者として、そして伴侶としてお求めになっているのは有名です。しかし守護魔導師である貴方を前に、なんの言葉もなくこうして放って置かれるなど……』
『私は臨時の守護者です』
いつか、彼とはお別れをする約束をした。
『明日をも生きられない私の未来を照らし、希望をくれた殿下には感謝しています。あの方がもう要らないと告げるその日まで、私は団長殿の代わり。
不満はありません。私は私が感じた恩義を返せればそれで良い。むしろ私の独り善がりです』
自分に言い聞かせるようにそう言った。どんな顔をしていたのかはわからないが、見上げたノルエフリンはとても悲しそうな顔をしていた。
なんで、ノルエフリンがそんな顔をするんだ?
『なんです? 私が可哀想ですか?』
『……可哀想なのは、彼です。貴方は立派な忠義を心に持つ守護者だ。私の失言を、お許し下さい』
王子はずっとクロポルド団長から離れず、流石にオレも今日はでしゃばって団長殿を救える立場にはいないのでノルエフリンと共にずっと後ろに控えていた。子どものオレと巨体のノルエフリンというデコボコなバランスが変だったのか周りの視線が一層高まったような気がする。
そして問題はここからだ。今回ハルジオン王子がダンジョン演習に来たのは王族固有の魔力を持って周りに結界を張るためらしい。王族が何人もダンジョンに入り、演習のため魔法を使うため第三者であるハルジオン王子が魔力を消費して結界を作るのだ。結界を生み出すのはハルジオン王子ではなく、魔道具なのだが。
『僕も共に行きたいです』
こうなるのであった。
知ってた、団長殿が視界に入った時点でオレはこの流れを瞬時に予想したとも。
『僕が魔道具を持てば、何も問題ないですよね。ダンジョンには結界が張られ外からは決して攻撃されなくなる』
『しかしハルジオン……君の身の安全が保証されなくなる。私たちは学園の課題でもあるダンジョンへの挑戦を避けては通れないから、供は最小限しか連れて行けない。だから君は外で我々の守護者たちと騎士団といれば安全なんだ』
必死にハルジオン王子を説得するベルガアッシュ王子だが、ハルジオン王子は決して首を縦には振らない。確かにハルジオン王子がダンジョン内に入った方が結界もより強力になるだろう。
結界は、王族の入ったダンジョンを外からの攻撃によって破壊されないようにする安全装置。ダンジョンが外から何らかの攻撃を加えられれば、内部はかなり深刻なダメージを受けて最悪の場合はダンジョン内の魔物が外に溢れる可能性すらある。
『嫌です。僕も入ります』
結局ハルジオン王子は譲らず、ダンジョン内へと入ることになった。これ以上駄々をこねられて結界を張らなくなるのを恐れたのであろう。
『君たち二人にはハルジオンに同行し、その身を守ってもらう。
……すまない、本来なら君たちは外で待機してもらうはずだったんだが』
『いえ。ハルジオン殿下の守護こそが私の役目なので、それがどこであろうと同じことです。お気遣い頂き、感謝します。どうかベルガアッシュ殿下は学業に専念して下さい』
しかし参ったな、オレ……正装だぞ?
『正装……汚したら減給とか言われんのかな』
それもこれも全部あのバカ王子のせいだ、最近はまともだったのにすぐこれだ。
ダンジョンの中は洞窟のようだった。階層によってかなり違ったフロアが広がっているようで、今回足を踏み入れたここ……魔導師学園御用達のリーベダンジョンは比較的初心者向けだが、踏破者はいない。リーベダンジョンは下層に行けば行くほど難易度が上がるらしいが、未だに最下層への道が見つかっていない未踏破のダンジョン。しかし上層は昔から学園の生徒たちが散策できるほど優しいレベル。
そう聞いた。うん、オレは確かにそう聞いたのだ。それなら安全だねーなんて思ってた。
なんじゃこりゃ??
『っ決して防御を崩すな! 崩せば陣形が崩れて魔獣の餌だぞ!!』
第一王子の守護者であるクロポルド団長を中心に、王子や王女、そして学生たちを守るように各守護者たちがダンジョン内の魔獣を畳み掛けている。
何故こんなことになったのか、なんてこっちが聞きたい。上層の安全地帯にいたのに何故かどこからともなく魔獣が溢れ出して退路は塞がれて、防戦一方。突然のことに学生たちはパニックを起こして上手く戦えず幸いにも王族の護衛に来ていた守護者たちによってなんとか持ち堪えている状態だ。
オレ? オレだって忙しいんだよ、何せウチの王子様だけは絶対に死守しなきゃならない。
『ク、クロポルド……』
『あ。殿下ー、そこから一歩も歩かないで下さい。そこにも張り巡らせてますので』
オレとノルエフリンの二人で王子を挟んで護っているのだが、こちらは比較的楽な仕事だ。オレの糸はこうした狭くて薄暗い場所と相性が良いから。
のうのうとやって来た巨大な蛇型の魔獣。なんといっても横も広い、長くて分厚いデカい。目の前から濁流でも襲って来たのかと驚くほどに。真紫の、しかも何故か小っちゃい足までウジャウジャ生えたグロテスクさ。ヒッと息を漏らす王子を背に庇い、目の前に色分けした糸を睨む。
『やば、どれだっけ……えっと前から来る敵は確か黄色の糸? うーん。トラップ張りすぎてもう覚えてないな』
ピン、と黄色の糸を弾く。
そうすればもうお終いだ。魔力によって透明になっていたオレの糸に一気に黄色が走って、愚直なまでにこちらに真っ直ぐ向かっていた大蛇魔獣に絡まり動きを止めた。
『静かに死んでくれ、汚したくないから』
今度は黄色の糸をグッと押せば、トドメ。ゆっくりと力が入る糸は切れることなく魔獣の体を絞めて、絞めて、やがて殺す。足掻くほどに血が滲み、体から凡ゆる体液やら血やらを流して巨体は地に臥した。
『糸魔法 七色の罠』
こんな感じで射程内に入った魔獣を全て罠に嵌めているが、あまり良い戦況ではない。一々魔獣の死骸は積まれるし次々と罠に飛び込んで来るしで終わりがない。
『タタラ様!! 魔力の方は大丈夫でしょうか!?』
『問題ないです。基本的に罠の魔力は微量で済みますから、ただこの状況が続くだけなら半日は保ちます。ケチれば一日くらいはいけますかね』
ま、もっともこーんな血生臭い場所に一日中いるなんて御免だ。考えただけでちょっと萎えた。
『一日……ですか、流石に言葉も出ません』
『この状況が、という話です。いつまでも黙って死にに来るバカな魔獣ばかりではないでしょう。対策を打たれる前にどうにかしたいですが、肝心の向こうは守るものが多すぎるようですね』
この世界に蔓延る魔物とは、大きく分けて二分される。魔獣と魔人。魔獣はこのように獣型の一切の躊躇なく人間を喰らうが、魔人は魔獣が進化されたものとされ強い戦闘力に知識まで有した存在。魔獣一匹であれば常人でもなんとか倒せるが、魔人は違う。一個体の魔人によって滅ぼされた国もあるなど圧倒的な差がある……しかし、故に個体数は少なく知識以外に意思をも持つため全員が全員魔王に与するとは限らない。
だからと言って魔獣も何も考えていないわけではなく、このように大量発生したものが現れた場合そこには必ず統率者のようなものが生まれることが多いようなのだが……閉鎖的なダンジョンで人間であるオレたちは、いくら統率者的な魔獣を倒しても次また違う群れに襲われる。そして奴等もただ歯向かっても死ぬと分かれば対策を講じ始めるのだ。
これだけの規模の人間と魔獣の戦いで、もしもオレたちが全滅して魔獣が生き残るなんてことにでもなったら……間違いなく魔人を生み出してしまう。
『一体何故っ……リーベダンジョンはもう二十年以上未踏破とは言え、このような魔獣の大量発生など聞いたことがありません! そもそも発生するのは下位級魔獣だけのはずが、先程タタラ様が葬った巨大魔獣……ドードンネイクは中位級魔獣の中でも凶悪な部類に属します、とても学園の生徒が相手に出来るとは思えません……確実に死人が出ます』
『理由も知りたいですが、離脱が先ですね。退路を塞ぐ魔獣を速やかに掃討しつつ道を切り開くのが良いのですが、我々三人であれば何とか行けますが今回は少し大所帯ですから難しいでしょう』
さーて、どうしよう。魔力は確実になくなり続け、今は大人しくしてくれている生徒たちもいつ精神的限界を迎えてしまうかわからない。
最悪、ウチの王子だけでも護れるのであればオレは一向に構わない。その方が楽だし。
『……殿下、あちらの皆様はお救いした方がよろしいでしょうか? 殿下お一人であれば確実にここから脱出できますが』
『クロポルドは必ず救い出せっ!! ……しかし死人を出したとなれば後が面倒だ。ぜ、全員の救出は不可能か?』
薄暗闇の中でもキラキラと輝く瞳が、縋るようにオレを捕らえる。これが絶世のイケメンならまだしも、ウチの王子は何故かこのクルクルヘアーを御所望する。なんでもクロポルド団長が古き伝統を重んじる方だから、この古臭い髪型にするらしい。
そうだ。
そうだ、クロポルド団長いるんだし、後はあの人に任せれば良いのか!!
『はっ!! 大変です、名案を思い付いてしまいました……』
『本当か?!』
『流石、タタラ様! この圧倒的不利な現状を打開出来るのですか!』
攻め寄る二人から慌てて一歩引いて、王子へと向き合う。婚約者やみんなを救えると聞いて心なしか表情が緩む彼に謝罪するため頭を下げた。
『殿下。一時御身から離れるご無礼を承諾いただければ、何とか全員が生き残れるかと。心配はご無用でしょう、団長殿がついていますし、何よりノルエフリンにも守護を厳命します。
ノルエフリン。私がいない間、例え死んでも殿下の守護を。それで貴方の命を救った件はチャラということにしましょう』
『お前が、私から……? っ、勿論帰って来るのだろうな!!』
声を荒げる王子に少し面食らった。どうなんだ、と迫る彼に慌てて首を縦に振れば少しだけ俯きながらもオレの左手を取ってギリギリ聞き取れるほどの小さな声で言うのだ。
『わかった……お前、また無茶なことをするつもりだな。これで三度目だぞ……芸がない奴め』
『申し訳ありません……未熟故に毎度、殿下に要らぬ心配を』
ここにいたのがオレじゃなくて、あの団長殿だったら。こんな心配そうな顔をさせなかったんだろう。
『許す。
……あまり怪我をするなよ、愚か者め』
あ。その約束は出来ませんわ。
『ノルエフリン、殿下を担げ』
『承知致しました! 失礼します』
殿下を担いだノルエフリンを見て、天蜘蛛を使い二人を学園の生徒たちの輪の中に放り投げる。
わぁ、後で王族侮辱罪とかで死刑確定したらどーしよー! ……マジで有り得るかもしれん。
『クロポルド団長殿! 並びに各守護者殿、この場は預からせていただくため、どうか我が主をお護り下さい!!
ここに来るまでの道のりに、来る途中で罠を仕掛けて来ました……目に魔力を込めまくれば見えるはずですので、糸を切って戦闘のお役に立てて下さい! 全ての魔獣を引き寄せることは出来ないと思うのでご容赦を』
手から出した糸を上半身に絡める。
『では、お互い健闘を』
そして、自らの糸によってその身を裂いた。服と皮膚を裂いて露になった血が洞窟に落ちる。周りの動揺と気が狂ったのかという声を聞きながら痛みに耐えつつ、髪を結っていた糸を解けば、あっという間に体に吸い込まれた。
心臓部に触れ、それを大きく鼓動させた。
魔核。
それは生きとし生けるものに必ずある魔力の核。中でも個人魔法を扱える者の魔核は別格とされ、傷付いた個人魔法使いは必ず魔核ごと人を喰らう魔獣に襲われる。それを喰らえば、魔獣は一気に魔人へと近付けるほど個人魔法使いの魔核は破格のものなのだ。
『鬼ごっこなら、負けませんよ』
一気に魔獣たちのターゲットとしてロックされたオレは速やかに糸を出してその上を通過する。華麗に退路となっていた場所に降り、再び糸を出してはその場を去ろうとした。呆然とこちらを見る彼らに無表情のまま視線を送り、速やかにそこを出た。
なるべく出口にいる魔獣を片っ端からこちらに引き寄せ、邪魔をさせないようにしないと。
『何の躊躇いもなく、己の身を裂いた……』
『不気味なほど無表情で……ま、まるであれは……人形のようだっ……』
.
『そうだっただろう? クロポルド』
『ベル様……あまり昔のことを引っ張り出さないで下さい。確かに俺は彼のように経験が浅いままダンジョンに挑んで、思わず膝をついたこともありますが』
長年連れ添った親しい仲、そんな様子を堂々と晒す第一王子と日の輪騎士団団長……背後から現れた二人に動揺しつつも、すぐにノルエフリンと共に膝をつく。
『構わないよ。ここではそうした礼儀はなしだ。ダンジョンを前にして一々そんなことをしていては命が危ういからな』
『クロポルド!!』
第一王子の言葉を遮るように、王子が団長殿の元へと駆け寄る。いつもは厳しい顔ばかりなのに王子は団長殿を見ればすぐこんな風に笑顔になってしまう。これで団長殿も嬉しそうに駆け寄ればオレたちも微笑んでいられた。
だけど、この団長殿はいつもいつも困ったように笑うばかり。
『クロポルド! 僕の守護に来てくれたのか?』
『いえ……申し訳ありません。自分はベルガアッシュ殿下の守護者なので、今日は……』
王室の恋愛事情の中でも、ハルジオン王子とクロポルド騎士団団長のものは有名でこうして公の場で騒ぐものだから自然とみんなが知ることとなる。多くの視線に晒されながら、団長殿の守護が欲しいと強請る主人の背中を見ながら……無表情で佇むオレは、多分みんなから見たら哀れなんだと思う。
『いつもこのような待遇を?』
『……え?』
ふと隣から声がして振り向けば、ノルエフリンが少しだけ眉間に皺を寄せていた。彼の太腿くらいまでしか身長がないオレはいつも首を極限まで上に上げている。
『ハルジオン殿下が日の輪騎士団団長を守護者として、そして伴侶としてお求めになっているのは有名です。しかし守護魔導師である貴方を前に、なんの言葉もなくこうして放って置かれるなど……』
『私は臨時の守護者です』
いつか、彼とはお別れをする約束をした。
『明日をも生きられない私の未来を照らし、希望をくれた殿下には感謝しています。あの方がもう要らないと告げるその日まで、私は団長殿の代わり。
不満はありません。私は私が感じた恩義を返せればそれで良い。むしろ私の独り善がりです』
自分に言い聞かせるようにそう言った。どんな顔をしていたのかはわからないが、見上げたノルエフリンはとても悲しそうな顔をしていた。
なんで、ノルエフリンがそんな顔をするんだ?
『なんです? 私が可哀想ですか?』
『……可哀想なのは、彼です。貴方は立派な忠義を心に持つ守護者だ。私の失言を、お許し下さい』
王子はずっとクロポルド団長から離れず、流石にオレも今日はでしゃばって団長殿を救える立場にはいないのでノルエフリンと共にずっと後ろに控えていた。子どものオレと巨体のノルエフリンというデコボコなバランスが変だったのか周りの視線が一層高まったような気がする。
そして問題はここからだ。今回ハルジオン王子がダンジョン演習に来たのは王族固有の魔力を持って周りに結界を張るためらしい。王族が何人もダンジョンに入り、演習のため魔法を使うため第三者であるハルジオン王子が魔力を消費して結界を作るのだ。結界を生み出すのはハルジオン王子ではなく、魔道具なのだが。
『僕も共に行きたいです』
こうなるのであった。
知ってた、団長殿が視界に入った時点でオレはこの流れを瞬時に予想したとも。
『僕が魔道具を持てば、何も問題ないですよね。ダンジョンには結界が張られ外からは決して攻撃されなくなる』
『しかしハルジオン……君の身の安全が保証されなくなる。私たちは学園の課題でもあるダンジョンへの挑戦を避けては通れないから、供は最小限しか連れて行けない。だから君は外で我々の守護者たちと騎士団といれば安全なんだ』
必死にハルジオン王子を説得するベルガアッシュ王子だが、ハルジオン王子は決して首を縦には振らない。確かにハルジオン王子がダンジョン内に入った方が結界もより強力になるだろう。
結界は、王族の入ったダンジョンを外からの攻撃によって破壊されないようにする安全装置。ダンジョンが外から何らかの攻撃を加えられれば、内部はかなり深刻なダメージを受けて最悪の場合はダンジョン内の魔物が外に溢れる可能性すらある。
『嫌です。僕も入ります』
結局ハルジオン王子は譲らず、ダンジョン内へと入ることになった。これ以上駄々をこねられて結界を張らなくなるのを恐れたのであろう。
『君たち二人にはハルジオンに同行し、その身を守ってもらう。
……すまない、本来なら君たちは外で待機してもらうはずだったんだが』
『いえ。ハルジオン殿下の守護こそが私の役目なので、それがどこであろうと同じことです。お気遣い頂き、感謝します。どうかベルガアッシュ殿下は学業に専念して下さい』
しかし参ったな、オレ……正装だぞ?
『正装……汚したら減給とか言われんのかな』
それもこれも全部あのバカ王子のせいだ、最近はまともだったのにすぐこれだ。
ダンジョンの中は洞窟のようだった。階層によってかなり違ったフロアが広がっているようで、今回足を踏み入れたここ……魔導師学園御用達のリーベダンジョンは比較的初心者向けだが、踏破者はいない。リーベダンジョンは下層に行けば行くほど難易度が上がるらしいが、未だに最下層への道が見つかっていない未踏破のダンジョン。しかし上層は昔から学園の生徒たちが散策できるほど優しいレベル。
そう聞いた。うん、オレは確かにそう聞いたのだ。それなら安全だねーなんて思ってた。
なんじゃこりゃ??
『っ決して防御を崩すな! 崩せば陣形が崩れて魔獣の餌だぞ!!』
第一王子の守護者であるクロポルド団長を中心に、王子や王女、そして学生たちを守るように各守護者たちがダンジョン内の魔獣を畳み掛けている。
何故こんなことになったのか、なんてこっちが聞きたい。上層の安全地帯にいたのに何故かどこからともなく魔獣が溢れ出して退路は塞がれて、防戦一方。突然のことに学生たちはパニックを起こして上手く戦えず幸いにも王族の護衛に来ていた守護者たちによってなんとか持ち堪えている状態だ。
オレ? オレだって忙しいんだよ、何せウチの王子様だけは絶対に死守しなきゃならない。
『ク、クロポルド……』
『あ。殿下ー、そこから一歩も歩かないで下さい。そこにも張り巡らせてますので』
オレとノルエフリンの二人で王子を挟んで護っているのだが、こちらは比較的楽な仕事だ。オレの糸はこうした狭くて薄暗い場所と相性が良いから。
のうのうとやって来た巨大な蛇型の魔獣。なんといっても横も広い、長くて分厚いデカい。目の前から濁流でも襲って来たのかと驚くほどに。真紫の、しかも何故か小っちゃい足までウジャウジャ生えたグロテスクさ。ヒッと息を漏らす王子を背に庇い、目の前に色分けした糸を睨む。
『やば、どれだっけ……えっと前から来る敵は確か黄色の糸? うーん。トラップ張りすぎてもう覚えてないな』
ピン、と黄色の糸を弾く。
そうすればもうお終いだ。魔力によって透明になっていたオレの糸に一気に黄色が走って、愚直なまでにこちらに真っ直ぐ向かっていた大蛇魔獣に絡まり動きを止めた。
『静かに死んでくれ、汚したくないから』
今度は黄色の糸をグッと押せば、トドメ。ゆっくりと力が入る糸は切れることなく魔獣の体を絞めて、絞めて、やがて殺す。足掻くほどに血が滲み、体から凡ゆる体液やら血やらを流して巨体は地に臥した。
『糸魔法 七色の罠』
こんな感じで射程内に入った魔獣を全て罠に嵌めているが、あまり良い戦況ではない。一々魔獣の死骸は積まれるし次々と罠に飛び込んで来るしで終わりがない。
『タタラ様!! 魔力の方は大丈夫でしょうか!?』
『問題ないです。基本的に罠の魔力は微量で済みますから、ただこの状況が続くだけなら半日は保ちます。ケチれば一日くらいはいけますかね』
ま、もっともこーんな血生臭い場所に一日中いるなんて御免だ。考えただけでちょっと萎えた。
『一日……ですか、流石に言葉も出ません』
『この状況が、という話です。いつまでも黙って死にに来るバカな魔獣ばかりではないでしょう。対策を打たれる前にどうにかしたいですが、肝心の向こうは守るものが多すぎるようですね』
この世界に蔓延る魔物とは、大きく分けて二分される。魔獣と魔人。魔獣はこのように獣型の一切の躊躇なく人間を喰らうが、魔人は魔獣が進化されたものとされ強い戦闘力に知識まで有した存在。魔獣一匹であれば常人でもなんとか倒せるが、魔人は違う。一個体の魔人によって滅ぼされた国もあるなど圧倒的な差がある……しかし、故に個体数は少なく知識以外に意思をも持つため全員が全員魔王に与するとは限らない。
だからと言って魔獣も何も考えていないわけではなく、このように大量発生したものが現れた場合そこには必ず統率者のようなものが生まれることが多いようなのだが……閉鎖的なダンジョンで人間であるオレたちは、いくら統率者的な魔獣を倒しても次また違う群れに襲われる。そして奴等もただ歯向かっても死ぬと分かれば対策を講じ始めるのだ。
これだけの規模の人間と魔獣の戦いで、もしもオレたちが全滅して魔獣が生き残るなんてことにでもなったら……間違いなく魔人を生み出してしまう。
『一体何故っ……リーベダンジョンはもう二十年以上未踏破とは言え、このような魔獣の大量発生など聞いたことがありません! そもそも発生するのは下位級魔獣だけのはずが、先程タタラ様が葬った巨大魔獣……ドードンネイクは中位級魔獣の中でも凶悪な部類に属します、とても学園の生徒が相手に出来るとは思えません……確実に死人が出ます』
『理由も知りたいですが、離脱が先ですね。退路を塞ぐ魔獣を速やかに掃討しつつ道を切り開くのが良いのですが、我々三人であれば何とか行けますが今回は少し大所帯ですから難しいでしょう』
さーて、どうしよう。魔力は確実になくなり続け、今は大人しくしてくれている生徒たちもいつ精神的限界を迎えてしまうかわからない。
最悪、ウチの王子だけでも護れるのであればオレは一向に構わない。その方が楽だし。
『……殿下、あちらの皆様はお救いした方がよろしいでしょうか? 殿下お一人であれば確実にここから脱出できますが』
『クロポルドは必ず救い出せっ!! ……しかし死人を出したとなれば後が面倒だ。ぜ、全員の救出は不可能か?』
薄暗闇の中でもキラキラと輝く瞳が、縋るようにオレを捕らえる。これが絶世のイケメンならまだしも、ウチの王子は何故かこのクルクルヘアーを御所望する。なんでもクロポルド団長が古き伝統を重んじる方だから、この古臭い髪型にするらしい。
そうだ。
そうだ、クロポルド団長いるんだし、後はあの人に任せれば良いのか!!
『はっ!! 大変です、名案を思い付いてしまいました……』
『本当か?!』
『流石、タタラ様! この圧倒的不利な現状を打開出来るのですか!』
攻め寄る二人から慌てて一歩引いて、王子へと向き合う。婚約者やみんなを救えると聞いて心なしか表情が緩む彼に謝罪するため頭を下げた。
『殿下。一時御身から離れるご無礼を承諾いただければ、何とか全員が生き残れるかと。心配はご無用でしょう、団長殿がついていますし、何よりノルエフリンにも守護を厳命します。
ノルエフリン。私がいない間、例え死んでも殿下の守護を。それで貴方の命を救った件はチャラということにしましょう』
『お前が、私から……? っ、勿論帰って来るのだろうな!!』
声を荒げる王子に少し面食らった。どうなんだ、と迫る彼に慌てて首を縦に振れば少しだけ俯きながらもオレの左手を取ってギリギリ聞き取れるほどの小さな声で言うのだ。
『わかった……お前、また無茶なことをするつもりだな。これで三度目だぞ……芸がない奴め』
『申し訳ありません……未熟故に毎度、殿下に要らぬ心配を』
ここにいたのがオレじゃなくて、あの団長殿だったら。こんな心配そうな顔をさせなかったんだろう。
『許す。
……あまり怪我をするなよ、愚か者め』
あ。その約束は出来ませんわ。
『ノルエフリン、殿下を担げ』
『承知致しました! 失礼します』
殿下を担いだノルエフリンを見て、天蜘蛛を使い二人を学園の生徒たちの輪の中に放り投げる。
わぁ、後で王族侮辱罪とかで死刑確定したらどーしよー! ……マジで有り得るかもしれん。
『クロポルド団長殿! 並びに各守護者殿、この場は預からせていただくため、どうか我が主をお護り下さい!!
ここに来るまでの道のりに、来る途中で罠を仕掛けて来ました……目に魔力を込めまくれば見えるはずですので、糸を切って戦闘のお役に立てて下さい! 全ての魔獣を引き寄せることは出来ないと思うのでご容赦を』
手から出した糸を上半身に絡める。
『では、お互い健闘を』
そして、自らの糸によってその身を裂いた。服と皮膚を裂いて露になった血が洞窟に落ちる。周りの動揺と気が狂ったのかという声を聞きながら痛みに耐えつつ、髪を結っていた糸を解けば、あっという間に体に吸い込まれた。
心臓部に触れ、それを大きく鼓動させた。
魔核。
それは生きとし生けるものに必ずある魔力の核。中でも個人魔法を扱える者の魔核は別格とされ、傷付いた個人魔法使いは必ず魔核ごと人を喰らう魔獣に襲われる。それを喰らえば、魔獣は一気に魔人へと近付けるほど個人魔法使いの魔核は破格のものなのだ。
『鬼ごっこなら、負けませんよ』
一気に魔獣たちのターゲットとしてロックされたオレは速やかに糸を出してその上を通過する。華麗に退路となっていた場所に降り、再び糸を出してはその場を去ろうとした。呆然とこちらを見る彼らに無表情のまま視線を送り、速やかにそこを出た。
なるべく出口にいる魔獣を片っ端からこちらに引き寄せ、邪魔をさせないようにしないと。
『何の躊躇いもなく、己の身を裂いた……』
『不気味なほど無表情で……ま、まるであれは……人形のようだっ……』
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