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もう一つの器編
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しおりを挟むどれくらい時が経ったのだろう、正確ではないが恐らく数年。
ディーレインは見知らぬ土地を渡り歩いた。
目的はどこにたどり着いたのか、そもそも逃げ延びられたのかすらわからない妹のファナである。
その日その日をなんとか暮らすために傭兵稼業につき、雇われの魔法使いとして働いた。
幸いなことに傭兵の中には自分の素性を隠している物が多く、生き残りのシドルト族だと気づくものはいなかったのだ。
傭兵として雇われたしごとをこなしつつ、彼はファナの情報を集めた。
しかし、一向に妹の下には辿り着けなかったのである。
何年かして、ディーレインが様々な国を旅して一端の大人になった頃。
彼はこんな噂を知ることになる。
「戦争で捕虜になったシドルト族が奴隷市場で売られているらしい」
というものだった。
なんでも、ハルバシオンの戦争で捕虜となったシドルト族のうち多くは見せしめとして処刑されたのだが、特別魔力が高く優秀な血を持つものは戦争奴隷として高く取引されているらしい。
それを知ったディーレインは当然その仲間を探した。
奴隷となった仲間を解放し、再びシドルト族が一つになることを夢見たのである。
その中に妹のファナもいるかもしれないという一筋の希望も生まれた。
しかし、その夢は叶わなかった。
大小と様々な国があるが、どの国でも戦争奴隷の扱いはそう変わらない。
武器として扱われ、満足に食事も与えられず使えなくなったら捨てられる。
非人道的でとても愚かな行為である。
ディーレインは少ない情報を頼りにいくつかの国を渡り、何人かの同胞を一人ずつ探したが見つかる頃には彼らは息を引き取った後だった。
その頃からディーレインには世界が真っ白に見えるようになった。
空も森も建物も、全てに色がついていない。
街を歩けばモノクロの背景の中にモノクロの人が歩いている。
笑い声も泣き声も怒る声も全てが作り物のように感じた。
彼は世界に絶望したのである。
そんな時だった。
宿も取らず、とある街の路地裏で死んだように動かなくなったディーレインの下に一人の男が訪ねてきたのだ。
「もし。」
その声にディーレインはなんの反応も示さなかった。
まさか自分に話しかけているとは思わなかったのだ。
男は咳払いを一つしてからディーレインの肩をトントンと叩く。
「もし。生きていますか」
ディーレインはようやく顔を上げた。
と言っても死んだ瞳で男の顔に視線を移した程度だが。
「ディーレイン・シドルト様にお間違いないですね」
男は小綺麗な格好をしている。
どこかの金持ちに仕える執事のように見える。
肌はディーレインと同じように褐色で髪はビアルカ族と同じように赤い。
さらに、瞳も煌々と燃えるように赤かった。
男がなぜ自分の名前を知っているのか、ディーレインにはわからなかった。
どうでもいいとさえ思った。
どうせ自分はこの世でただ一人のシドルト族。
最愛の妹にも会えず、復讐も叶わぬまま死んでいくだけ。
考えることすら面倒くさかったのだ。
ディーレインはなんの返事もしなかったが、男はそのまま話を続けた。
「我が主人が貴方に大変興味をお持ちでして、よろしければ『是非城へご招待したい』と」
なんだ、ただの仕事の依頼かとディーレインはため息をついた。
傭兵として仕事をこなしていくうちにディーレインの名前は有名になり、直接依頼を持ちかけてくる者も多かった。
当然偽名を使っていたのだが、どこかの誰かが自分の正体に気づき興味本位で依頼をしようとしているのだと思った。
もしくは、依頼をするというのを口実に自分を捕まえ奴隷にでもするつもりか。
どちらでも良かった。
傭兵の仕事なら当然危険なはず、楽に死ねるだろう。
奴隷に身を落としてもそのいく先は死である。
ここでこのまま何もせずただ餓死するのを待つのでも良い。
全てを諦めて投げ出したディーレインにとって本当にどれでも良かったのである。
男はディーレインが何も言わないのを肯定と受け取ったらしい。
にっこりと微笑むと指をパチンと鳴らした。
男の足元から黒い触手のような、影のような何かが這い出てきて二人を包む。
「それでは城へとご案内しましょう。おっと……申し遅れました私、ア・マルティと申します」
影の中で男はそう名乗った。
その数分後、影は消え二人の姿は路地裏のどこにもなかった。
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