魔の紋章を持つ少女

垣崎 奏

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茶会&夜会編

10.ルークの母親

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 ルークの実家、ウィンダム魔術爵家への結婚報告の日は、ルークも張り詰めていたが、ミアの方がよっぽど緊張していた。

 淑女教育の中で用意してもらったデイドレスを魔術で着て、化粧と眼帯を確認し、ルークの先導で馬車に乗る。

 いつものワンピースを魔術で飾る必要がなく、着るときに使った魔術の気配を消してしまえば、ウィンダム家の魔術師に気付かれずに向かうことができる。エリザベスのプレゼントがあって助かったと思った。


 魔術師の屋敷に向かうために、王宮まで転移してから馬車に乗っても良かった。ウィンダム魔術爵に何か言われる種を作りたくなかったルークは、チャールズに借りた馬車を自宅に呼んだ。

 ルークが魔術を使えることは公になっていないし、家族も覚えていないはずなのだ。王宮へ一瞬で行けるなど、思いもよらないはず。自宅の屋敷から、おとなしく馬車に揺られることにした。


 五歳以来見ていなかったウィンダム家の屋敷は、ルークの記憶と特に変化はなかった。予定時刻よりも早く着いたが、丁度に着いたとしても出迎えはいなかっただろう。

 ルークはミアの手を引いて、庭を歩いて時間が経つのを待つことにした。長い間帰っていなかったとしても、ルークの姓はウィンダムで、実家に変わりはない。この屋敷への出入りが禁じられているわけでもない。

「ルーク、早かったのね」
「…母上」

 声がした方を振り返る。家族とは付き合ってこなかったから、正直顔や声を覚えているとは思っていなかったルークだが、母親であることは分かった。

「お父様も兄たちも、まだ来ないわ。あなたには、この機会に話しておいた方がいいと思ったことがあるの。少し、話せるかしら」
「…ミア、少し離れてもらっても?」
「はい」

 ミアをひとりにしたくはなかったが、母親との話を一緒に聞いてもらう勇気もなかった。一旦ルークが聞いてから、ミアに話すかどうか決めたかった。

 結界を張ってもよかったが、父親も兄たちもまだ見かけていない状況で魔術を使うとなると、大騒ぎになる可能性がある。ここはウィンダム魔術爵の屋敷の敷地内で、魔術師は父親と兄二人の計三人しかいないはず。

 魔力の気配に敏感な魔術師だとも思えないが、いきなり騒ぎを起こしたいわけではない。ミアを視界に入れながら、母親に話しかける。

「それで、話とは?」
「私が魔術師ではないのに、私の子どもたちは三人とも、魔術師なの。兄弟の中でも賢いあなたは、この家の歪みに薄々気付いているのでしょう?」

 いきなり、本題だ。

「…なぜそう思うんですか」
「あなたが出世しているから」

 ルークは反応に困った。表情や態度に出すほど、気を許していない場で自分の制御ができないわけではないし、今も外に動揺は漏れていないはずだ。

 母親は、ルークが魔術を使えるのを覚えているのだろうか。魔術師は基本的に魔術師の両親からしか生まれないが、例外があってもおかしくないのに、この言い方を母親はした。オッドアイなことは生家のため知っているが、その強力さまでは知り得ない。

「…小さい頃に魔術を使えたあなたなら、今ではもう知っているんじゃないかしら。魔術師は、魔術師同士でしか交われないことを。私は、魔術師の両親から生まれてしまった一般人。何も感じることはできないけれど、目に見える魔術は常に周りにある環境で育ったの」

 母親はルークが魔術を使えるのを覚えていて、そのことにルークは少し驚いた。可能性としては覚えていても不思議ではないものの、兄二人に魔術でいじめられるようになって、同じ魔術を使える自分が嫌いになって、かなり早い段階で人前で魔術を使わなくなったのに、覚えていたなんて。

 魔術師と魔術師からは、基本的に魔術師、つまり両目ともレッドの目を持つ子どもが生まれる。魔術師と一般人であれば、上手く交わることができれば確率は半々だが、上手く交われることがほぼないと言ってもいい。一般人と一般人であれば一般人が生まれる。

 たまに、それらの法則が覆されることもあると聞くが、母親が当てはまっているとは。

「あなたのお父様がカートレット侯爵令嬢の私に一目惚れして、わがままを言って褒賞で妻にしたのは本当の話よ。ただ、私は魔術師ではなかったから、交わることはなかった。私を亡き者としてしまうから」

 父親と母親は、そこに関して合意があった。父親も、そこまで馬鹿ではなかったのか。母親の旧姓など、気にしたことがなかったが、カートレットという名前は聞いたことがあった。詳しく覚えてはいないから、何度か同じ隊にいたとか、その程度だろう。

「あなたたち三兄弟、全員母親は別にいるわ。三人とも異母兄弟、それぞれ魔術師の母親がいるの。ルークに至っては私が育ての親と言うのもおこがましいくらいだけれど」

 ……魔術師の魔力の増強に交わりが必要だと知った時から感じていた疑問が、解消された。やはり、ルークの母親は目の前にいる女性とは違う、魔術師の女性だ。しかも、兄弟三人とも母親が異なるらしい。

 息をひとつ吐き出す。そんなことだろうとは思っていたが、今日聞くことになるとは。真実を知りたいと思ったことでもないし、ミアと一緒に聞かなくてよかった。ルークの中で整理がついてから、自分で話したい。話す必要もないかもしれないが。

「母親となった三人の女性には、忘却魔術がかけられていて、あなたたち兄弟の生みの親であることは分からないの。もし分かっていたら、こんなに有名になった息子を放ってはおかないでしょうね」

 ルークは、目立ちすぎている。ついこの間も半年の休暇明けで王家直属の騎士になったことは新聞に載った。確かに、生みの親が知ったら、何か連絡を取ろうとしてくるのは予想できる。もしされたら、迷惑でしかない。
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