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8、仕事の成果

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「……しっかし、お前は大した働き者だな」

 そんなケネスの一言に、セリアは思わずの含み笑いだった。

「ふふ。なんだか不思議ですね。閣下がそうおっしゃると、何故だか皮肉のように聞こえます」

「褒めているのだから素直に受けとっておけ。まさか、わずかに20日でこれとは」

 そうして、ケネスは視線をセリアが向き合っている机に注いできた。

 ここは王都における政務用の屋敷の1つだった。
 そこの一部屋をセリアは仕事用にと貰い受けたのだが、当初の小綺麗な様子はもはやどこにも無かった。

 床も机も関係なく、うず高く積もれた書類の山々。
 これがセリアが仕事に没頭してきた証であるのだが、一方でセリアが向かっている机の上ばかりは綺麗に書類が整頓されていた。

 周囲が仕事の証であれば、ここにあるのは仕事の成果だ。

 セリアの隣に立つケネスは、ひょいと整理された書類の一枚をつまんでくる。

「まーた几帳面に書かれているが……契約周りは恐ろしく整理されてきたようだな」

 セリアはもちろんと頷く。

「はい。調達すべき必要な品目と量を調べ上げた上で、必要な契約を新たに結んだ格好ですね」

「ふーむ。言うは易しの雰囲気しかないな。かなり苦労はしたろ?」

 理解ある一言にセリアは思わずの笑顔だった。

「それはもう。商人たちの悲喜こもごもがすごくて」

「ん? 悲喜こもごも?」

「当時の相場で契約してそのままって事案ばっかりでしたから」

「あぁ、なるほど。相場は変わるものであれば、そうか。悲喜こもごもにもなるか」

 その通りであれば、セリアは表情を苦笑に変えて頷く。

「えぇ、そこが問題でした。安く出回っている物を高値でおろせていたような商人は、契約の変更なんてと本当に不満が」

「そして、逆もか?」

「王家との契約だからと、泣く泣く高値の物を安く卸していた商人たちですね。当然、恨み節にはすごいものがありまして」

「だろうな。それをお前はどうしたんだ? 内務卿閣下のご命令だと押し通したか?」

 まさかだった。
 セリアは首を左右にしてみせる。

「頭を下げた上で、お金に物を言わせることにしました。慰謝料であり補償である感じです。幸い、現在の3割ほど予算に余裕が出そうですから」

 そう告げて、セリアはケネスの表情をうかがうことになる。

 わずかに不安がよぎったのだ。
 由緒正しい貴族には、商人を金儲けに腐心するいやしい輩と蔑む向きがある。
 空いた予算を商人になど費やすとは何事か。
 そんな言葉が頭に浮かびもした。
 しかし、

「遺恨は残さないに越したことは無いからな。良い考えだ。好きにやってくれ」

 セリアはホッと笑みを浮かべる。

「さすがは閣下。そうおっしゃって下さると思っていました」

「他に何をおっしゃればいいのか分からんがな」

「ははは。本当、閣下らしいですが……あの、これを」
 
 報告としての一環だった。
 セリアが一枚の羊皮紙を差し出せば、ケネスが首をかしげてくる。

「ん? あらたまって何だ? 人名ばかりが書かれているが」

「あの、まだ推測の範囲ですからそのように理解をお願いします。作業の過程においてですが、ちょっと怪しいと思える人たちが見つかったといいますか」

 これでピンと来たようだった。
 ケネスは「あぁ」と頷きを見せる。

「つまりあれか? 横領か?」

「どうにも支出分と、実際に調達出来た物品の金額が合わないことが多くありまして。その辺りを調べますと……はい」

「出るわ出るわということだな? まぁ、仕方ないか。ろくに管理もしなければこうもなろうが……ふむ」

 不意にだ。
 ケネスがあごをさすりながらに見つめてくる。
 セリアは身じろぎしながらに応じることになった。

「え、えーと……閣下?」

「いやまぁな。優秀だなと思っているのだ。それもこのシュリナにおいて2人といないほどに優秀であれば……少し困る」

 セリアは「へ?」と首をかしげる。

「こ、困る……ですか?」

「今それを口にすれば、お前の能力ばかりを評価しているようでなぁ。出来れば、裏表の無い思いとして受け取って欲しいものだが」

 そうしてケネスは腕組みで黙り込んだ。
 悩んでいるといった雰囲気だが、その悩みの内容は皆目検討がつかなかった。

 この風変わりな友人は一体何を悩んでいるのか?

 不思議の思いで見つめる時間が続く。
 そして、

「……閣下。よろしいでしょうか?」

 扉がコンコンと鳴れば、そんな侍従の声が部屋に伝わってきた。

「ん? なんだ? まぁ、入れ。今、忙しいところではあるのだがな」

 事実とは思えない言葉を彼が返せば、侍従が申し訳なさそうに頭を下げつつ入ってきた。

「それは失礼を。ですが、妙な客人が訪ねてこられまして……」

「妙な? 予定も無くということ以上の意味か?」

「はい。何故か妙に荒々しいと申しますか興奮している様子なのです」

 セリアは不安の視線をケネスに送ることになる。

「あの、何か問題を起こされました? 学院の時のように、またどなたかを怒らせましたか?」

「その可能性は否定せんが、それで俺に直接文句をとはな。骨があるヤツもいるものだ」

 彼は妙な感心を見せていたが、どうにもそういうわけでは無いようだった。
 侍従は首を左右にしてくる。

「いえ、閣下へのお客人ではありません。先方は、声を荒げてセリア様の名を口にしていまして」

 セリアは「へ?」と自身を指差すことになった。

「え? 私ですか?」

「はい。男女の2人組でして、男はシュルツ家の者と、女の方はヤルス家の者と名乗っていましたが」

 頭に浮かんだのは「何故?」の一言だった。

 言葉なく黙り込むことになれば、ケネスが眉をひそめて見つめてくる。

「どうする? よく分からんが、追い払っておくか?」

 正直なところ、あまり会いたくは無かった。
 ただ、何事か問題が起こったのであればと思ってしまうのだ。
 あるいは両親に何かあったのではないか?
 そんな考えが頭をよぎれば、非常に悩ましかった。

 しばし考えてだ。

 セリアはケネスに首を左右にして見せることになった。
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