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居場所
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「……あれ?」
見知らぬ天井だ。
強烈な違和感を覚えたマイアは、ゆっくりと起き上がる。
背中が痛くないし、寒くない。
「そっか、私……」
公爵家に嫁いだことを思い出す。
もう古びた小屋で寝泊まりはしなくてもいいのだと。
ふかふかのベッドで、一度も目覚めることなく熟睡していた。
こんなに寝覚めがいいのはいつ以来だろう。
実感をひしひしと感じていた。
寝ぼけまなこをこすっていると、部屋の扉がノックされる。
入ってきたのはセーレだった。
「はいどうぞ」
「失礼します。おはようございます、マイア様。お目覚めでしたか」
「今起きたところよ。本当に快適なベッドで、ぐっすり眠れたわ」
「それはよかったです」
寝不足のせいで怠かったマイアの身体から、疲れがいくらか取れたように思う。いつも寝起きにかけていたおまじないも、今はもう必要ない。
「今朝は旦那様が朝食を共にするよう仰られていました。
多忙な旦那様ですが、初日くらいは一緒に行動したいとのことです」
「……! す、すぐに準備しないと!」
「マイア様、落ち着いてください。まだ朝食まで一時間もありますから」
慌ただしいマイアを制止し、セーレは彼女の身支度に取りかかる。
髪梳きからドレスの用意まで、使用人のセーレが担当する。
マイアを鏡台の前に座らせると、彼女は困惑したように声を上げた。
「え、何を……?」
「ドレスはどんなものがお好みですか?」
「ドレスは……ええと。安いのでいいわ」
マイアの返答を聞いたセーレは思わず呆れてしまう。
本当にこの人は伯爵令嬢なのか……と。
「マイア様? 公爵夫人としての自覚をですね」
「ああっ、ごめんなさいごめんなさい! じゃあできるだけ高いドレスで!」
「いえ、値段の問題ではないのですが……こちらの赤いドレスはいかがでしょう?」
セーレが提示した真っ赤なドレス。
情熱的な色合いに、華美な装飾。スリットが大きめに入っている。
「あ、あの……ちょっと露出が多くないかしら?」
「ふふ、やはり予想通りの返答です。ではこちらの白いドレスはどうですか?」
今度は純白のレースつきドレス。
こちらは露出も控えめで、あまり目立ちそうにない。
「これがいいです!」
「承知しました。それでは髪を梳きますね」
セーレは鏡台の前に座るマイアの髪に触れる。
昨日の風呂のおかげで、ずいぶんと艶が出た。
櫛で髪をとかし、さらさらと下に流していく。
「なんだか、こうされるのって不思議だわ」
「何を仰いますか。あなたは公爵家の一員になったのですよ」
「そうですよね。まだ実感があまりないのです」
さらさらと髪をとかしながら、二人は他愛のない話をする。
好きな食べ物だとか、ジョシュアの趣味だとか。
セーレはマイアの実家事情には触れず、話を巧みに広げていく。
まだマイアが過剰に緊張していることを、会話の中で感じ取っていた。
「マイア様。この公爵家の皆は、旦那様も含めてあなたの味方です。
あまり自分を卑下なさいませんよう」
「ええ……わかっているのです。ただ、私はあまりよろしくない噂が流れているでしょう? 変な目で見られないか気になってしまって」
「マイア様が自然に振る舞っていれば、あなたが悪人でないことなどわかりますよ。堂々と、ありのままでお過ごしになればいいのです」
「そんなものかしら。とにかく私は、この公爵家から追い出されなければ何でもいいわ」
「ご安心ください。旦那様はあなたを婚約破棄なんてしませんし、しようとしたら私が叱ります」
「ふふっ……セーレは頼もしいのね」
花のようなマイアの笑顔に、セーレは思わず目がくらんだ。
こんな純粋な令嬢の悪評を流していたのは、いったい誰なのだろう。
話を進める中で、マイアは実家のことを思い出す。
今、家族はマイアが消えて喜んでいるのだろうか。
ぼんやりと思うところがあった。
記憶の隅で……何かを忘れているような。
(私、何かしなくてはならないことがあった気がする。でも何だったっけ……?)
マイアは完全に支度金のことを忘却していた。
この環境に移れたことが嬉しすぎて、頭から消えていたのだ。
まあいいや、と彼女は思い直しセーレとの会話に興じた。
見知らぬ天井だ。
強烈な違和感を覚えたマイアは、ゆっくりと起き上がる。
背中が痛くないし、寒くない。
「そっか、私……」
公爵家に嫁いだことを思い出す。
もう古びた小屋で寝泊まりはしなくてもいいのだと。
ふかふかのベッドで、一度も目覚めることなく熟睡していた。
こんなに寝覚めがいいのはいつ以来だろう。
実感をひしひしと感じていた。
寝ぼけまなこをこすっていると、部屋の扉がノックされる。
入ってきたのはセーレだった。
「はいどうぞ」
「失礼します。おはようございます、マイア様。お目覚めでしたか」
「今起きたところよ。本当に快適なベッドで、ぐっすり眠れたわ」
「それはよかったです」
寝不足のせいで怠かったマイアの身体から、疲れがいくらか取れたように思う。いつも寝起きにかけていたおまじないも、今はもう必要ない。
「今朝は旦那様が朝食を共にするよう仰られていました。
多忙な旦那様ですが、初日くらいは一緒に行動したいとのことです」
「……! す、すぐに準備しないと!」
「マイア様、落ち着いてください。まだ朝食まで一時間もありますから」
慌ただしいマイアを制止し、セーレは彼女の身支度に取りかかる。
髪梳きからドレスの用意まで、使用人のセーレが担当する。
マイアを鏡台の前に座らせると、彼女は困惑したように声を上げた。
「え、何を……?」
「ドレスはどんなものがお好みですか?」
「ドレスは……ええと。安いのでいいわ」
マイアの返答を聞いたセーレは思わず呆れてしまう。
本当にこの人は伯爵令嬢なのか……と。
「マイア様? 公爵夫人としての自覚をですね」
「ああっ、ごめんなさいごめんなさい! じゃあできるだけ高いドレスで!」
「いえ、値段の問題ではないのですが……こちらの赤いドレスはいかがでしょう?」
セーレが提示した真っ赤なドレス。
情熱的な色合いに、華美な装飾。スリットが大きめに入っている。
「あ、あの……ちょっと露出が多くないかしら?」
「ふふ、やはり予想通りの返答です。ではこちらの白いドレスはどうですか?」
今度は純白のレースつきドレス。
こちらは露出も控えめで、あまり目立ちそうにない。
「これがいいです!」
「承知しました。それでは髪を梳きますね」
セーレは鏡台の前に座るマイアの髪に触れる。
昨日の風呂のおかげで、ずいぶんと艶が出た。
櫛で髪をとかし、さらさらと下に流していく。
「なんだか、こうされるのって不思議だわ」
「何を仰いますか。あなたは公爵家の一員になったのですよ」
「そうですよね。まだ実感があまりないのです」
さらさらと髪をとかしながら、二人は他愛のない話をする。
好きな食べ物だとか、ジョシュアの趣味だとか。
セーレはマイアの実家事情には触れず、話を巧みに広げていく。
まだマイアが過剰に緊張していることを、会話の中で感じ取っていた。
「マイア様。この公爵家の皆は、旦那様も含めてあなたの味方です。
あまり自分を卑下なさいませんよう」
「ええ……わかっているのです。ただ、私はあまりよろしくない噂が流れているでしょう? 変な目で見られないか気になってしまって」
「マイア様が自然に振る舞っていれば、あなたが悪人でないことなどわかりますよ。堂々と、ありのままでお過ごしになればいいのです」
「そんなものかしら。とにかく私は、この公爵家から追い出されなければ何でもいいわ」
「ご安心ください。旦那様はあなたを婚約破棄なんてしませんし、しようとしたら私が叱ります」
「ふふっ……セーレは頼もしいのね」
花のようなマイアの笑顔に、セーレは思わず目がくらんだ。
こんな純粋な令嬢の悪評を流していたのは、いったい誰なのだろう。
話を進める中で、マイアは実家のことを思い出す。
今、家族はマイアが消えて喜んでいるのだろうか。
ぼんやりと思うところがあった。
記憶の隅で……何かを忘れているような。
(私、何かしなくてはならないことがあった気がする。でも何だったっけ……?)
マイアは完全に支度金のことを忘却していた。
この環境に移れたことが嬉しすぎて、頭から消えていたのだ。
まあいいや、と彼女は思い直しセーレとの会話に興じた。
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