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キューピッドは男を拾う

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「──オスっぽいところがないのよね、真也は」

 一度は恋人になりそうだった人、もとい、僕の唯一と言ってもいい友人・佳乃よしのは、中砥真也という男の魅力についてそう語る。
 仕事帰りの僕と合流した後の、サシ飲みの席だ。

「真也は子供を家に預けて異性と二人で飲んでも、旦那に許される存在だしね」
「いやそれは、僕がどうこうってより、佳乃に羽を伸ばしてほしいってことだろう」

 佳乃には旦那さんと、今年三歳になる娘がいる。時々こうして一人の時間を作るのに家族が協力してくれているようだ。

「真也は男にしては細かいっていうか……あ! 甲斐甲斐しいのよ」
「甲斐甲斐しい」
「お母さんみたいなの。良妻賢母。でも感情が顔に出ないさまは、さしずめロボットよね」
「良妻賢母マシーン?」

 僕の造語に、佳乃はプッと吹き出して笑った。「まさにそんな感じ」と、笑ったせいで息も絶え絶えになりながら、うそぶく。

「女ってさ、セカンドバースはともあれ、異性には多少なりとも『雄』の部分を見るわけ」
「つまり、僕には雄としての魅力がないわけか」
「そこを冷静に肯定できるところが、まさにその証左しょうさって感じ」
「どういうこと?」
「女に『男として魅力がない』ってズバッと言われたら、普通男はプライドが傷つくものなのよ」
「傷つく? なぜ? 欠点を受け入れて咀嚼そしゃくしているだけなんだが……」
「そこで『ナニクソ』ってなれば、真也ももう少しモテるんじゃないかなあ。執着とまでは言わないけど、追いかけてくれる男性のほうが嬉しいよね、女としては」
「……なるほど」

 今の仕事に不満はまったくない。むしろ天職だと思っている。
 仕事の帰りに一緒に飲んでくれる、佳乃のような大学以来の友人もいる。

 とはいえもう二十六歳。このまま忙しさにかまけていたら、孤独死まっしぐらだとも思う。

 だけど、恋愛をすっ飛ばして誰かと深い関係に発展するほど、僕に魅力があるかと言ったら……。

 ──ない! ないないっ、ありえないですよ!

 僕はアルファのように能力が突出しているわけでもなければ、オメガのような儚い美貌もフェロモンもない。こうして酒の席でじんわりゆっくり佳乃の酒の肴になるしか、人間的魅力が無いのかもしれない。

 時々、このような数分間にむなしさを感じることがある。
 かすかに、だが。

「疲れているんだな。たぶん」
「え、なに? 仕事大変なの? 今日も集合、夜の九時だったし」
「そろそろ校了前で繁忙期になるんだ……きみにはお子さんもいることだし、今日はもうお開きにするか」
「ええーっ! 飲み足りないよ!」

 佳乃をなだめ、荷物をまとめて店を出ると、生暖かい風が吹き付けてきた。
 五月下旬にもなると、日を跨ぐ時間になっても暖かくて過ごしやすい。

 駅が別方角にある佳乃とは飲み屋前で別れ、粛々と帰路へ歩いた。

 実際のところ仕事は繁忙期なんかじゃなかったが、とっさに嘘をついてしまった。
 仕事が趣味と実益を兼ねていることもあり、家に帰ったところで他にやることが思い浮かばないのだ。

 たった一人の家で漫然と過ごすのは、なんとなくむなしい。
 そのせいで仕事は連日自主的な残業のようになって、一人になったとたんドッと疲れが肩にのしかかってくる。

 ああ……道端で突然オークショニアに声をかけられて、黒髪美少年オークションの競りに参加するモブAになりたい。それで、三億円で受けをかっさらっていくスーパー攻め様を間近で眺めたい。

「……疲れてるな」

 道には飲み屋から駅に向かおうとする人や、ビルから出てきた社員たちの姿がちらほらとある。その中に紛れて道を歩こうとしたが、目の前の光景にはたと立ち止まった。

「え……」

 足?

 よく目を凝らしてみると、誰かが裏路地で、足を投げ出して倒れていた。
 邪魔なそれに千鳥足の酔っ払いが引っ掛けてよろけたり、サラリーマンが舌打ち混じりに避けたりしている。

 マネキンのようにぴくりともしない脚へ近づいて、そろり様子を伺ってみる。
 思わず変な声が出そうになった。

 男だ。
 しかも、恐ろしく美形の。

 目先や鼻筋、首元の喉仏は輪郭がはっきりとしていてセクシーと言いたいところだが、夜の暗さも相まって、今はミステリアスと言ったほうがいいかもしれない。

 体格はどちらかといえばアルファ然としている。
 髪の毛は今でこそ乱れているがうねってコシが強そうで、なでつけると似合いそうだ。

 これはまさに……リアル〝ゴミ捨て場に倒れている男〟!

 BLあるあるの地を行く光景が見られるとは。
 ああ……佳乃と今日サシ飲みをして心底よかった。

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