婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

文字の大きさ
上 下
98 / 114
route T

92. 捩れた気持ち

しおりを挟む
 デパ地下で買い物した後は、そのままぶらりと歩いてマンションへ向かう。

 買ったものは全部泰樹くんが持ってくれて、俺は、自分のカバンくらいしか持たない。そのカバンだって「俺が持ちます」と言う泰樹くんと「自分で持てる」と言う俺で一悶着あった。


「俺は女の子じゃないんだから、そんなことしなくていいよ」
「別に俺は女の子の荷物を持ちたくはないです。俺は真緒ちゃんの荷物を持ちたいから言ってるだけで、女の子扱いしてるわけじゃないから」
「それならいいんだけど……」


 ……いや、全然よくない。
 と思いつつも、一向に引く気のなさそうな泰樹くんの様子に、俺は諦めて手にしていたカバンも渡した。手持ち無沙汰な俺とは対照的に、両手が埋まってしまっている泰樹くんは、クリスマスとお正月がいっぺんに来たような笑顔で、俺の隣を歩いている。

 歩道側を歩いていたはずの泰樹くんは、角を曲がった時に少し俺の後ろへずれたと思ったら、いつの間にか車道側にいた。そのさりげなさが嬉しい。


(宏樹も車道側を歩いてくれてたけど……さりげない泰樹くんとは違って「真緒はこっち」って無理やり場所をかわられてたんだよなぁ……)


 誰かと比べるのは失礼だよな、と頭を軽く振る。
 俺のことを好きだと言って俺に優しくしてくれる泰樹くんに、俺も優しくしたい。



 年が明けてからも、泰樹くんと宏樹は俺のマンションに残っている。

 泰樹くんは時々荷物を取りに瀬尾へ帰っているようだけど、宏樹はそれもない。どうしても取りに行きたいものがあれば、泰樹くんが代わりに取りにいくか、連絡すれば尚樹さんが持ってきてくれるようになった。

 一度、二人の使っている部屋を覗き見してみたら、宏樹一人で使っていた頃に比べて大分物が増えている印象だった。もちろん宏樹のものではなく、泰樹くんのもので。


「自分の荷物を瀬尾から全部引き上げる予定なんです。と言っても、留学先から持ち帰った本とか服くらいなんですけど……」
「え、……そんなことして大丈夫なの?」
「元から日本に戻ってきたら一人暮らしをしたいって思ってたんです。あんな家にいたって仕方ないし、……どのみち俺の荷物は小学校までのものしかないので、あそこに残ってるのはいらないものだけです」


 目を伏せがちに言った泰樹くんは、少しだけさみしそうな表情を浮かべた。そんな彼に、俺は静かに問いかけた。


「……荷物の引き上げは、おじさんたちは知ってるの?」
「知ってますよ。もちろん〝婚約者〟のヒロもいるって知ってます。特に何も言わないところを見ると、父のことだから、俺でもヒロでも、どちらが真緒ちゃんとくっついてもいいって思ってるんでしょう。というか俺たちのどちらともと思ってるはず」
「……三兄弟の子供を俺が産むって話だよね。俺は、嫌だよ」
「そんなの当たり前でしょう、俺だって嫌です」


 きっぱりと言い切る泰樹くんの声に、俺は息を呑む。刺すような寒さの中、俺と泰樹くんの吐く息が白く視界をにじませた。


(良かった。瀬尾に、泰樹くんがいてくれて良かった……)


 瀬尾の後継者である泰樹くんが、実家から荷物を引き上げる。

 その意味がわからないほど俺だって馬鹿じゃない。泰樹くんは本気で瀬尾を、自分の生まれ育った家を、俺のために捨てるつもりだ。宏樹だって、俺がいなければきっと、もっと早い時期に瀬尾から離れられた。なのに、俺のために瀬尾に囚われている。尚樹さんも俺や、実の弟二人の間に入って苦しむこともなかったはず。

 なのに一番の当事者である俺だけが、三兄弟に、兄に守られて安穏としているのは違う。違うと思う。仕事も、フェロモン分泌異常症についても、暮らしも、――何もかもを日下と瀬尾が絡んでおんぶに抱っこ状態の俺が、それを捨てて生きていけるかどうか。


「真緒ちゃん、どうしたの?」
「ん、何でもない」


 考え込んでる俺に気づいた泰樹くんが、デパ地下の袋と俺のカバンを無理くり片手で持って、空いた左手を俺の右手に繋いだ。手の大きさって体格差と比例するんだなと思いながら俺がその手を握り返すと、もっと強い力でさらに握り返された。

 できるなら、今のこの時間がずっと、続けばいいのにな。
 ただずっとこうやって泰樹くんと歩いていけたらいいのにな、とお互いの手の熱を分け合いながら、俺はただそう思って笑った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

終わっていた恋、始まっていた愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,746pt お気に入り:1,443

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,673pt お気に入り:1,219

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:23,856pt お気に入り:12,911

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:18,689pt お気に入り:7,957

巣ごもりオメガは後宮にひそむ

BL / 完結 24h.ポイント:7,245pt お気に入り:1,591

【完結】冷遇され臣下に下げ渡された元妃の物語

BL / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:1,439

メンヘラ君の飼い犬

BL / 連載中 24h.ポイント:788pt お気に入り:25

処理中です...