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route T
94. 二人の今後
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俺以上に、宏樹の動揺は大きかった。
いつまでもいつまでも、その目はもう何のテロップも表示しなくなったテレビの画面を見つめたままで、ずっと固まってしまっている。
もちろん俺自身も、
何で。贈収賄ってどういうこと、贈収賄って何だっけ?
と頭の中がぐるぐる混乱しているのは明らかだった。
「…………もしかして、俺が瀬尾をいらないって言ったから?」
「違うよ。真緒ちゃんじゃない、俺たちが瀬尾を見限ったからだよ」
一瞬俺の頭の中をよぎった疑念を口にすると、それがさも意外と言いたそうにきょとんと目を丸くした泰樹くんが否定した。
「真緒ちゃんにいらないって言わせるくらいの家なら、もういらないよねって結論づけただけだよ。それで俺たちが見限ったってこと。だから真緒ちゃんのせいじゃないよ」
「…………。」
それは詭弁じゃないのかと言いかけた俺を、目の前の泰樹くんの有無を言わさない笑顔が差し止める。
「俺としてはニュース番組で軽く報道される程度かと思ってたんだけどなぁ……まさかテレビのニュース速報が初出って、これも真都さんの仕業だろうなぁ。本当に、あの人の影響力がどこまであるのか、同じ最上位アルファとしては少しだけ不安になるよ」
不安だと言いながら、その笑顔は楽しそうだ。
俺が何も言えないでいると、ようやく思考を取り戻したらしい宏樹が口を開いた。
「懲役刑を食らったところで刑期は軽いし、罰金だって瀬尾なら楽に支払える額のはずだ。贈収賄くらいじゃ、瀬尾は潰せないだろ。……部長のことだから、贈収賄以外にも何か持ってるのか?」
「正解。贈収賄はわかりやすく警察にしょっぴいてもらうためのエサだよ。そのうち話してくれるとは思うけど……あの人のことだから、瀬尾を追い詰めるための手段はいくつも持ってるはず」
「…………部長だけは敵に回したくないな」
部長のことだから、とか、あの人のことだから、とか。
名前を呼んではいけないあの人みたいな扱いになっている兄の顔を思い浮かべながら、こんな空気の中で夕食を食べる気になれずに俺は箸を置いた。
あと二時間もすれば夜の報道番組が始まるから、そうすれば逮捕の詳しいことがわかるだろうか。それとも兄に電話した方がもっと詳しく教えてもらえるかもしれない。あとで電話をもらえるようにメッセージでも送っておかないと、だ。
俺は温くなった湯飲みのお茶を飲みながら、目の前で議論をする兄弟を眺めた。宏樹と泰樹くんの今の話題は兄のことから離れて、今後のことにシフトしているようだ。
宏樹は瀬尾の事業から離れているものの生活の基盤は一応まだ瀬尾だし、何より勤務先は日下だ。何となく。何となくだけど、瀬尾のおじさんが捕まったのなら、そのおじさんとべったりだったうちの両親も危ない気がする。日下が一体どんな事業をしているのか、表しか知らないけれど……裏もどうせあるんだろうし。
泰樹くんは泰樹くんで、成人しているとはいえまだ学生だ。瀬尾がなくなったらどうするんだろう……
「あの、二人は今後どうなるんだ?」
「え?」
「ん?」
二人の会話に割り込むように口を開いたら、二人ともすぐにおしゃべりをやめて俺の方へと向き直った。どうせ二人のことだから、大丈夫だ、としか返ってこない気がするものの、それと、聞く聞かないは別だろう。
俺がどんな心配をしているのかを言葉にして尋ねてみれば、二人は目を細めて、よく似た表情で俺に優しく微笑んだ。
「俺は別に今と変わらない。仕事は部長に……真都さんについていくよ。真都さんは嫌がるだろうけど、俺は、就職してからずっと真都さんの下で働いてるからな、今更別の奴が上司になっても困る」
「宏樹……お前、兄さんに嫌われてるのに大丈夫なのか」
「……なぁ真緒。いくら本当のことだからって嫌われてるとか、……そうはっきり言うなよ」
「あ、ごめん」
驚くことに、宏樹は兄についていくみたいだった。元々うちの両親からは、将来的に兄の補佐をするように頼まれていたからだろう。ごめんと言ったものの、しれっとしている俺を宏樹にはジト目でにらまれた。
「俺も別にお家断絶になっても全然問題ないなぁ。日本に戻ってから住んでるのはここだし、実を言うと、今だって瀬尾からは金銭的援助は受けてないからね?」
「そうなの?」「そうなのか?」
俺と宏樹の問いが重なる。
留学した時のルームメイトが起業していて、それを昔から手伝っている分の収入があるんだ、と軽い口調で泰樹くんが説明すると、そこでもまた俺と宏樹の言う「へえ」が重なる。
それを泰樹くんは「仲がいいね」と、決して厭味じゃない雰囲気で笑った。
――
真緒と宏樹は何だかんだ言って二十年来の幼なじみなんですよね(´・ω・`)
いつまでもいつまでも、その目はもう何のテロップも表示しなくなったテレビの画面を見つめたままで、ずっと固まってしまっている。
もちろん俺自身も、
何で。贈収賄ってどういうこと、贈収賄って何だっけ?
と頭の中がぐるぐる混乱しているのは明らかだった。
「…………もしかして、俺が瀬尾をいらないって言ったから?」
「違うよ。真緒ちゃんじゃない、俺たちが瀬尾を見限ったからだよ」
一瞬俺の頭の中をよぎった疑念を口にすると、それがさも意外と言いたそうにきょとんと目を丸くした泰樹くんが否定した。
「真緒ちゃんにいらないって言わせるくらいの家なら、もういらないよねって結論づけただけだよ。それで俺たちが見限ったってこと。だから真緒ちゃんのせいじゃないよ」
「…………。」
それは詭弁じゃないのかと言いかけた俺を、目の前の泰樹くんの有無を言わさない笑顔が差し止める。
「俺としてはニュース番組で軽く報道される程度かと思ってたんだけどなぁ……まさかテレビのニュース速報が初出って、これも真都さんの仕業だろうなぁ。本当に、あの人の影響力がどこまであるのか、同じ最上位アルファとしては少しだけ不安になるよ」
不安だと言いながら、その笑顔は楽しそうだ。
俺が何も言えないでいると、ようやく思考を取り戻したらしい宏樹が口を開いた。
「懲役刑を食らったところで刑期は軽いし、罰金だって瀬尾なら楽に支払える額のはずだ。贈収賄くらいじゃ、瀬尾は潰せないだろ。……部長のことだから、贈収賄以外にも何か持ってるのか?」
「正解。贈収賄はわかりやすく警察にしょっぴいてもらうためのエサだよ。そのうち話してくれるとは思うけど……あの人のことだから、瀬尾を追い詰めるための手段はいくつも持ってるはず」
「…………部長だけは敵に回したくないな」
部長のことだから、とか、あの人のことだから、とか。
名前を呼んではいけないあの人みたいな扱いになっている兄の顔を思い浮かべながら、こんな空気の中で夕食を食べる気になれずに俺は箸を置いた。
あと二時間もすれば夜の報道番組が始まるから、そうすれば逮捕の詳しいことがわかるだろうか。それとも兄に電話した方がもっと詳しく教えてもらえるかもしれない。あとで電話をもらえるようにメッセージでも送っておかないと、だ。
俺は温くなった湯飲みのお茶を飲みながら、目の前で議論をする兄弟を眺めた。宏樹と泰樹くんの今の話題は兄のことから離れて、今後のことにシフトしているようだ。
宏樹は瀬尾の事業から離れているものの生活の基盤は一応まだ瀬尾だし、何より勤務先は日下だ。何となく。何となくだけど、瀬尾のおじさんが捕まったのなら、そのおじさんとべったりだったうちの両親も危ない気がする。日下が一体どんな事業をしているのか、表しか知らないけれど……裏もどうせあるんだろうし。
泰樹くんは泰樹くんで、成人しているとはいえまだ学生だ。瀬尾がなくなったらどうするんだろう……
「あの、二人は今後どうなるんだ?」
「え?」
「ん?」
二人の会話に割り込むように口を開いたら、二人ともすぐにおしゃべりをやめて俺の方へと向き直った。どうせ二人のことだから、大丈夫だ、としか返ってこない気がするものの、それと、聞く聞かないは別だろう。
俺がどんな心配をしているのかを言葉にして尋ねてみれば、二人は目を細めて、よく似た表情で俺に優しく微笑んだ。
「俺は別に今と変わらない。仕事は部長に……真都さんについていくよ。真都さんは嫌がるだろうけど、俺は、就職してからずっと真都さんの下で働いてるからな、今更別の奴が上司になっても困る」
「宏樹……お前、兄さんに嫌われてるのに大丈夫なのか」
「……なぁ真緒。いくら本当のことだからって嫌われてるとか、……そうはっきり言うなよ」
「あ、ごめん」
驚くことに、宏樹は兄についていくみたいだった。元々うちの両親からは、将来的に兄の補佐をするように頼まれていたからだろう。ごめんと言ったものの、しれっとしている俺を宏樹にはジト目でにらまれた。
「俺も別にお家断絶になっても全然問題ないなぁ。日本に戻ってから住んでるのはここだし、実を言うと、今だって瀬尾からは金銭的援助は受けてないからね?」
「そうなの?」「そうなのか?」
俺と宏樹の問いが重なる。
留学した時のルームメイトが起業していて、それを昔から手伝っている分の収入があるんだ、と軽い口調で泰樹くんが説明すると、そこでもまた俺と宏樹の言う「へえ」が重なる。
それを泰樹くんは「仲がいいね」と、決して厭味じゃない雰囲気で笑った。
――
真緒と宏樹は何だかんだ言って二十年来の幼なじみなんですよね(´・ω・`)
応援ありがとうございます!
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