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魔法使いと悩める料理長
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私、アルティ。
魔法使いで、好きな季節は読書の秋ね。
私達、勇者パーティは、今現在同じ豪邸に住んでいる。
とは言っても、その五人だけってわけじゃなく、身の回りのお世話をしてくれる使用人達も一緒に住んでる。
だけど、お世話大好き人助け大好きなハスタが、そんな使用人達の仕事を奪ってる状況となっている。
私なんかが使用人の立場になったら、自分の仕事をハスタ様がやってくださるラッキー、ぐらいに思うんだけど。
王様直々に私達を世話するように雇われたスペシャリストって感じなのよね、うちの使用人達は。
だからか、ハスタに仕事を取られている現状に危機感を持ってる人の方が多いみたい。
私からしたら難儀な人達としか思えないんだけど、達人が故のプライドがあるんでしょうね。
何で急にこんな話をしてるのかって言うと、私とリリアが、料理長を務めるライムに、試作品を食して評価してほしいって頼まれたの。
ライムって覚えてる?
前に名前だけは出したと思うんだけど。
改めて説明すると、ライムはうちで料理長をやってる男の人。
筋肉質な中年男性って感じで、私服でいたらそんなに料理人感は出ないと私は思う。
それはさておき、料理人として結構なキャリアがあるけど、そんな中でハスタに仕事を奪われてるんで、かなり焦ってるみたい。
なので今回、新作みたいなのをいくつか開発したらしくって、それらの料理がハスタのより美味しいかどうか、客観的に評価してほしいんだと。
「アルティ様。リリア様。今日はわざわざ試食会に来てくださってありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。でも、何で私とリリアなの? そんなに料理に詳しくないし、どっちが好きか、くらいしか言えないわよ」
「私の料理を事細かに分析してほしいのではなく、ハスタ様の料理と比べてどちらが好きか判断していただきたいので、それで構いませんよ」
「んー……まあじゃあ食べて判断はするけど、他の人でもよかったんじゃない?」
「ハスタ様やメイユ様は優しいので、遠慮して私の方が優れてるとおっしゃるかもしれません。ダイヤ様は……少々お茶目な方なので、その場の気分で評価がぶれるかもしれないと思いまして」
……使用人だとこういう時に言葉を選ばないといけないから大変だな。
いいんだよ、ダイヤは頭がいかれてるって本音で言ってくれても。
本人とかにも黙っててあげるから、赤裸々に言ってくれてもいいのよ。
……あー、でも、これをダイヤ本人に言っても、でしょーいかれてるっしょーウィー、みたいな感じでむしろ歓迎するかもね。
「その点、アルティ様は私のお願いを聞いてくださる優しさと、正直に評価を下す姿勢を併せ持っており、私の現在地を計っていただく審査員に一番適してると思ったのです」
ほっほー、褒めてくれるじゃないの。
いいねえ、悪くない気分よ。
もっと正直に褒め称えてくれたっていいのよ、ほらほら。
いい感じに言ってもらえたので、ちょっと調子に乗ったけど、そろそろ冷静さを取り戻そうか。
今の答えだと、私だけにしか触れてなくて、リリアを呼んだ理由がわからないままだ。
「リリアは何で呼んだの? 私だけでも問題ないと思ったけど」
「リリア様は、特にアルティ様と仲が良いので、僅かな時間でも離れ離れにするのはよくないかと思いまして」
いや、私は別に好んでリリアとつるんでるわけじゃなくてね。
付きまとわれていかれた話を聞かされるのにうんざりしてるんで、こういう時にくらい別行動を取りたかったわよ。
さっきは褒めてくれてありがとうって思ったけど、そういうところ詰めが甘いんだよ、もー。
「私も頑張って食べて、ライムの料理が美味しいかどうか判断するね!」
頼むから暴走だけはするなよ。
例えば、その手に持ってるドSナールは調味料とかじゃないから絶対に料理にかけるなよ。
フリじゃないからね。
「……では、さっそく食べていただきましょう。まずはこちらを」
そう言って、ライムは私達の席に料理の皿を運んできた。
……えーっと、これは何?
今まで見たこともない料理が目の前に出された。
「ライム、これは?」
「そうですね……名前を付けるのであれば、ソースドレスの女神の舞、そうつけましょうか。まず、流木を削り、女神像を作りました。しかし、これだけであればただの木で味気ないでしょう。そこで、ドロッとした複数のカラフルなソースを、まるでドレスのようにかけて、しっかりとした歯ごたえと濃いソースの味を楽しめる一品に仕上げました」
流木を削って女神像を作った……。
うん、それ、食べられないよね?
ちょっと、ハスタに追い込まれすぎて頭おかしくなっちゃってるじゃない。
料理の道を歩んで長い達人が、まず食べられる物を出すっていう基礎中の基礎で躓いちゃってるじゃないの。
たぶん一人で凄い悩んでたんでしょうね、味もそうだけど見た目でも楽しい物を作ってみようか、みたいな感じで。
その結果、悩みすぎて、そもそも料理から逸脱してしまったんでしょうね。
ていうか、まず流木を削り女神像を作りましたって、最序盤でもうオチが付いちゃってんのよ。
出した料理の説明をする際に、いきなり食べ物じゃないって説明されたら、もうその時点でツッコミを入れたくなっちゃうわけよ。
最後にオチを付けて、その瞬間にツッコミさせてくれ。
いきなりぶっこんできたから、そこで凄い引っかかっちゃって、残りの解説あんまり真面目に聞けてないもの。
……そうは思ったんだけど、これをそのままライムに言ってもいいのかしら。
例えば、これをリリアが作って食べさせようとしてたとするじゃない。
そしたら私、たぶん怒涛の勢いでツッコミ倒してると思うわ。
何食わせようとしてるの、殺す気だったの、ていうか何で流木、この女神像で頭かち割ってやろうか、流木の代わりにお前を漂流させてやろうか、みたいな。
でもこれらは、ナチュラルにおかしいリリアだから気兼ねなく言えることであり、ライムは極度に追い込まれておかしくなってるだけで、悪意があるわけではない。
さらに言えば、私なんかは普段からハスタの料理の方が好きって公言してるから、私こそがライムをここまで追い込んだ元凶とも言えるのよね。
そんな事情がある中で、私がツッコミと称して責め過ぎたら、ライムがいよいよやばいんじゃないかなって思うわけよ。
だから私は、
「ライム……これ、食べられないよ」
これくらいしか言えなかった。
「え? 食べられない?」
「うん。だって木だもの、これ」
「あ……あっ! そ、そうですよね! すみません、どうして私はこんなものを……!」
「疲れてるのよ。だから今は正常な判断ができないの。ライムが正しい道を行くための一番の正解は休むことよ、きっと」
私はハスタの料理の方が好きなんだけど、それは別にライムの料理が嫌いってわけじゃない。
優劣をつける必要があるなら、じゃあハスタの方っていうだけで、どちらの料理も本当に美味しいの。
うちのパーティや使用人達でアンケートを取ったら、ハスタ派の方が多いかもしれないけど、ライム派だって絶対ゼロではない。
だから今まで通り頑張るだけで大丈夫だよって、本気でそう思うんだけど。
本人的にはそうもいかないんだろうなあ、難儀だわ。
「で、でもさ! この女神様にかかってるソース、これはすっごく美味しいよ! これを他の料理に活かしてみたら!?」
落ち込むライムを元気づけたかったのか、リリアが必死にこの料理、もとい料理的な物を褒めようとしている。
何だよ、結構いいとこあるじゃない。
この子は何だかんだ、ハスタさえ絡まなければ、普通にいい子なのかもしれない。
でも、ハスタが絡んでしまうと、一気に狂ってしまうのよねえ。
試してみようか?
「でも、もしもこれがハスタの料理だったら、女神像だって食べるでしょ?」
「そりゃまあね。ハスタが出してくれた料理だったら、流木でも泥水でも美味しくいただけるよ!」
ほらね。
あんなに健気に励まそうとしていた女の子の台詞とは思えないわよ。
落ち込む人を励まそうとしてていい子かなーって思ってたら、いきなりこのレベルの狂気に染まるんだもん。
ちょっとしたホラー展開よね。
「ハスタ様であれば、これをも美味しい料理にできるのですか……やはり私の努力不足なのですね」
そしてライムは変に気にしなくていいんだよ。
リリアはハスタが絡むことで味覚が、ていうか脳が麻痺するようにできてるのよ、たぶん。
だからリリアのこの意見に引っ張られては駄目よ、ますますライムがおかしくなっちゃう。
リリアの異常性を引き出した私も悪かったわよ。
謝るから、今のは忘れて正しく生きてちょうだい。
「切り替えて次の料理にいきましょう。用意したのはこれだけじゃないんでしょう?」
「あ、そうです。では、次の料理をお出しします」
そう言って、ライムはまた新たに料理の皿を運んできた。
ぱっと見た感じ、魚料理に見えるわね。
何の魚かわからないけど、しっかり煮付けてあり、イメージ的には濃い味に見えて美味しそうね。
ただ、普通の煮魚であれば、ライムが試作品として出してくるはずがない。
恐らく、達人ならではの工夫があると思うので、食べるのが楽しみね。
まあでも、素人的には見るだけじゃ判断できないので、まずはライムの説明を聞こうかしら。
「ライム、これは?」
「こちらは見ての通り煮魚ですね。ただ、あまり料理に使われない毒の魚を使用してみました。さらに、毒を持ってる生き物から、その毒を液体で抽出し、その毒からたれを作って、しっかりと煮込みました。ほくほくとした毒魚の身に、その毒たれを絡めて楽しんでもいいのですが、他の食感も楽しんでもらえるよう、毒キノコを刻んで上からかけております。しっかりした毒の味を、様々な食感で楽しんでいただきたい毒の一品です」
……えーっとね、ライム。
毒はね、食べられないのよ。
気付いてなかっただけで、私達はライムをここまで追い込んでしまっていたのか。
これもまた滅茶苦茶悩んでやっちゃったんだろうなあ。
ハスタに勝つには、今までにない斬新な料理が必要だ、とか思っちゃって。
そういえばあの毒持ってる魚は今まで誰も料理に使ってないな、みたいな感じで閃いたちゃったんでしょうね。
そりゃ使ってないわよ、使ったら食べた人が死んじゃうんだもの。
その瞬間に職業が料理人から殺人鬼に変わっちゃうから誰もやらなかったんであって、何故ライムほどの達人がそこで躓いてしまうのか。
……精神的に追い込まれて正常な思考ができてないからなんだよなあ。
あとね、台詞の中に毒という単語がテンポよく登場しすぎなのよ。
毒って単語が出た瞬間に、ここがツッコミのポイントだってわかるから、またこいつ序盤で落としてきたよ、と思いつつ準備するじゃない。
そしたら第二弾、第三弾と毒が登場し続けるから、これはこれでまたツッコミどころがわからなくなるの。
ツッコミと毒のタイミングが重なったら、それこそ最悪だから、終始おあずけ状態で前のめりになっちゃうわよ。
これがさ、例えばダイヤが作ったとかだったら、私も迷わず手が出てるでしょうね。
事前に宣告したら逃げられるから、不意打ち気味にグーパンやエルボーをお見舞いしてやる。
でも、ライムだったらやっぱりそういうわけにはいかない。
彼は最初から悪人だというわけじゃない、今は精神を悪魔に乗っ取られてるだけなんだから。
そして彼の心に悪魔を送り込んでしまったのは、普段からハスタハスタ言ってる私なのかもしれないのだから。
そう考えれば、優しく接するしかあるまい。
「ライム……これ、毒だから食べられない」
「え?」
「全部毒だから、これ食べちゃうと死んじゃうの。だから食べられないの」
「毒だから……あ、毒だから! そうですよね、毒ですから食べられるわけないですよね! あああ……本当にすみません!」
何か気の毒になってきた。
こっちこそごめんね、ライム。
あなたがまさかここまで追い込まれていたなんて夢にも思ってなかった。
さっきはソースだけでも褒めていたリリアも、これを前にしたら渋い表情でいるしかないみたいね。
「これ、やっぱりあんたでも厳しい?」
「うん……ごめんね、ライム。これは、たぶん私でも厳しいと思う……」
「でもハスタが作った料理だったら食べるんでしょう?」
「当たり前だよ。何でたかが毒でハスタの手料理を諦めないといけないの」
精神的におかしくなってるライムとは対照的に、リリアは普段通りね。
まあリリアが追い込まれる要素がないから普段通りなのは当然なんだけど。
ただ、その普段通りが既にやばいから、現状ここにいる二人がやばい状態で全然喜ばしくはない。
「ハスタ様であれば、毒をも美味しい料理にできるのですか……」
そしてライムがまたリリアに悪影響を受けている。
ごめんごめん、私がいちいちリリアに振るからライムも反応しちゃうんだよね。
普通の人なら、何言ってんだこいつ、で終わるんだけど、ライムは精神的に追い込まれてて、ある意味リリアの世界に足を踏み入れてる状態だ。
それを踏まえて、私も不用意な発言をしないようにして、ライムを元の世界に戻してあげないと。
「ライム、次の料理よ。切り替えていきましょう」
「すみません……次が最後になりますので、お付き合いください」
そう言って、ライムは最後の料理を取りに行った。
三品目でもう最後なのか、とも思ったけど、完全な新作っていうのはそう簡単に生まれるものではない。
そう考えると、三品も新作を作り出したライムはさすがと言うべきなのかもね。
……まあ、前の二品のように反則でいいのなら、もうちょっとできそうな気もするけど。
「お待たせしました」
あれこれ考えているうちに、最後の料理が運ばれてきた。
見た感じだとハンバーグかな。
まあでもそこはライムが新作と豪語する品なのだから、何か斬新な工夫があるんだと思う。
……今のところ、その工夫が悪い方向にばかりいってるけど。
とにかく、まずはライムに話を聞こうかしら。
「ライム、これは?」
「こちらはハンバーグですね。ひき肉に炒めた玉ねぎなどの材料を加え、よく混ぜます。ある程度混ざったら、楕円形にまとめます。それを火が通るようまで焼きます。中央部分に串などを刺して、肉汁が透明であれば大丈夫です。その状態になったら皿に移し、今度はソースを作ってそれに煮詰め、先ほどのハンバーグにかけて完成です。ブロッコリーとポテトも盛り合わせています」
「普通なのよ!」
とうとう私は我慢できないで、ツッコミを入れてしまった。
今言ったけど、普通なのよ。
いや、私そんなに料理詳しくないからわかんないけど、たぶん極めて普通にハンバーグ作ってるだけなのよ。
試作品とは言えないくらい、広く伝わってるポピュラーな料理なのよ、これは。
これを試作品だ、自分のオリジナルだって言い出した日には、色んな勢力を敵に回すことになるわよ。
そして今まで女神像だ、毒だとボケ倒しておいて、ここにきて普通に料理を出してくるかね。
言葉には出してなかったけど、ライムのことだから斬新な工夫があるんだろう、っていう私の予想をフリに使った形よね。
ボケてボケて、最後の件だけボケないという流れで思わずツッコミを入れちゃったから、ある意味ではしっかり押さえてきたとも言えるのよ。
だからまあいいんだけど、本来の趣旨的に、最初からこの方向性でいってほしかった。
あと、ここで普通の料理出せるってことは、これを作ってるその時だけは我に返ってるよね?
じゃあその時に、前の二つはおかしいから出したらいけないって判断もできたはずよね?
何でライムは前の二つも出しちゃったの。
せっかく作ったから出さずに終わるのもなー、じゃないのよ。
「……普通、ですか? そう……ですよね。普通のハンバーグですよね。何考えてるんでしょうね、私は……」
まあ色々思っちゃったし、実際に口に出してツッコミ入れちゃったわけだけど、それでライムは落ち込んでしまった。
ツッコミは入れちゃったけど、本来の趣旨で考えれば、ようやく正しいことができたと言えるわけだし。
やっとスタートラインに立てた段階だから、ここから普通に料理の判断をしましょう。
「ライム、さっきは指摘っぽく強めに言ってしまったけど、普通に食べれる料理でいいのよ」
「ありがとうございます……前の二品はまさに論外でしたからね」
「気にしなくていいわ。じゃあこのハンバーグ、いただくわね」
ようやく、ようやく料理の審査ができる。
私はライムの造ったハンバーグを口に運び、よく噛み、よく味わう。
何回か言ってるように、私は料理に詳しいわけじゃなく、ハスタとライムのどちらが美味しいか、としかジャッジできない。
ハスタが作ったハンバーグの味を思い出しながら、ライムのハンバーグをしっかり味わい、そして私が下した決断は、
「……正直に言うわね。やっぱりハスタの方が美味しいと思う」
「そう……ですか」
一応、本当に一応リリアにも聞いてみる。
「リリアも同じ意見でいい?」
「うん。ハスタのハンバーグの方が美味しいと思うよ」
まあ、リリアは何が起ころうとハスタの味方だろうからな。
世界が危機的状況に陥ったとして、世界の平和とハスタとの結婚を天秤にかけたら、秒でハスタを選ぶような女だろうし。
だからまあ、リリアがハスタを勝者に選ぶのは誰でも想像できることでしょう。
ハスタが勝者となるこの展開は、想像に難くなかったと思う。
だけど、ライムには悪いけど、私はここから更に畳みかけるつもりでいる。
「ライム。ハスタに勝てないどころか、過去に食べたライムのハンバーグにも勝ててないと思うわよ」
「過去の自分に勝てていない? むしろ劣化してるということですか?」
「私は詳しくないから技術に関しては何も言えない。ただ、素人意見でいいなら、迷いがそのまま料理に出てるんだと思う」
「迷いが料理に……」
「基本を思い出して。料理は何のために作るの? 誰かに勝つため? 誰かを負かすため? 違うでしょう。料理は食べてくれる人のために作るのよ」
「食べてくれる人……」
「ハスタを勝者に選んでおいて悪いけど、そこは正直に評価したいしね。ただ、その基本を忘れずにいたら、きっとライムは大丈夫。食べてくれる人達を幸せにできるわ」
うーん、良いこと言ったなあ、私。
いつか自伝とか書く機会あったら、今の件は絶対に入れとこう。
好感度アップしそうな良い感じの台詞回しに酔いしれつつも、言ったことは本当の気持ちである。
この言葉がきちんと伝われば、そしてそれを信じて進むことができれば、料理長として望む結果を手に入れられるだろう。
私が、ライムの方が美味しいって言い出すのも時間の問題かもね。
……まあ、リリアがハスタの料理から離れることは一生ないんだろうけど。
「明日にでも、皆にハンバーグ作ってあげなさいよ。基本を思い出した今なら、過去最高のハンバーグができるかもよ」
「アルティ様、リリア様、今日は本当にありがとうございました。気持ちを新たに、また明日から頑張ります」
こうして、私の良い台詞のおかげで良い感じにまとまって、この日は終わった。
そして次の日。
食事の時間帯になったので、私は食堂に向かっていた。
ライムはちゃんと頑張れてるかな。
ハンバーグが続く感じになるけど、今日はライムに作ってもらおう。
そんなことを考えながら歩いてて、食堂に到着したんだけど。
何か食堂が騒がしい。
「どうしたの? 何か騒がしいけど」
使用人達の中の一人に話しかけてみた。
「あ、アルティ様……料理長がアルティ様とリリア様に相談して、お墨付きをもらった料理? を振る舞ってるんですけど……」
そのような言葉を返されて、それ以降言葉が続かなかったので、私はテーブルに置かれた料理を直に見ることにした。
そしたら、あの女神像が力強く存在していた。
「ライムー!」
叫ばずにはいられなかったよね。
結局、追い込まれすぎて悩みすぎて、私の昨日の言葉は何も届いてなかったわけよ。
しかも、何か大丈夫みたいなこと言われたなって、そこだけ覚えてて、大丈夫ならやっちゃおうって感じで問題作の方を出してしまっている。
これが私のお墨付きだなんて言いふらされたら、私の沽券に関わるし、一刻も早くライムを止めないと。
その後、私はライムを魔法で捕獲し、無理やり休暇を与えることにした。
何日か休んだライムは、ようやく普通に料理を振る舞ってくれるようになって、ひとまずは安心よね。
この件で私は、悩んで行き詰ってる時こそ、思い切って休んでみることの重要性を確認した気がする。
悩みすぎた末にどんな惨劇が待ってるか、もう見ての通りでしょ。
だから皆も、頑張りすぎてるその時は休むことも考えてみてね。
魔法使いで、好きな季節は読書の秋ね。
私達、勇者パーティは、今現在同じ豪邸に住んでいる。
とは言っても、その五人だけってわけじゃなく、身の回りのお世話をしてくれる使用人達も一緒に住んでる。
だけど、お世話大好き人助け大好きなハスタが、そんな使用人達の仕事を奪ってる状況となっている。
私なんかが使用人の立場になったら、自分の仕事をハスタ様がやってくださるラッキー、ぐらいに思うんだけど。
王様直々に私達を世話するように雇われたスペシャリストって感じなのよね、うちの使用人達は。
だからか、ハスタに仕事を取られている現状に危機感を持ってる人の方が多いみたい。
私からしたら難儀な人達としか思えないんだけど、達人が故のプライドがあるんでしょうね。
何で急にこんな話をしてるのかって言うと、私とリリアが、料理長を務めるライムに、試作品を食して評価してほしいって頼まれたの。
ライムって覚えてる?
前に名前だけは出したと思うんだけど。
改めて説明すると、ライムはうちで料理長をやってる男の人。
筋肉質な中年男性って感じで、私服でいたらそんなに料理人感は出ないと私は思う。
それはさておき、料理人として結構なキャリアがあるけど、そんな中でハスタに仕事を奪われてるんで、かなり焦ってるみたい。
なので今回、新作みたいなのをいくつか開発したらしくって、それらの料理がハスタのより美味しいかどうか、客観的に評価してほしいんだと。
「アルティ様。リリア様。今日はわざわざ試食会に来てくださってありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。でも、何で私とリリアなの? そんなに料理に詳しくないし、どっちが好きか、くらいしか言えないわよ」
「私の料理を事細かに分析してほしいのではなく、ハスタ様の料理と比べてどちらが好きか判断していただきたいので、それで構いませんよ」
「んー……まあじゃあ食べて判断はするけど、他の人でもよかったんじゃない?」
「ハスタ様やメイユ様は優しいので、遠慮して私の方が優れてるとおっしゃるかもしれません。ダイヤ様は……少々お茶目な方なので、その場の気分で評価がぶれるかもしれないと思いまして」
……使用人だとこういう時に言葉を選ばないといけないから大変だな。
いいんだよ、ダイヤは頭がいかれてるって本音で言ってくれても。
本人とかにも黙っててあげるから、赤裸々に言ってくれてもいいのよ。
……あー、でも、これをダイヤ本人に言っても、でしょーいかれてるっしょーウィー、みたいな感じでむしろ歓迎するかもね。
「その点、アルティ様は私のお願いを聞いてくださる優しさと、正直に評価を下す姿勢を併せ持っており、私の現在地を計っていただく審査員に一番適してると思ったのです」
ほっほー、褒めてくれるじゃないの。
いいねえ、悪くない気分よ。
もっと正直に褒め称えてくれたっていいのよ、ほらほら。
いい感じに言ってもらえたので、ちょっと調子に乗ったけど、そろそろ冷静さを取り戻そうか。
今の答えだと、私だけにしか触れてなくて、リリアを呼んだ理由がわからないままだ。
「リリアは何で呼んだの? 私だけでも問題ないと思ったけど」
「リリア様は、特にアルティ様と仲が良いので、僅かな時間でも離れ離れにするのはよくないかと思いまして」
いや、私は別に好んでリリアとつるんでるわけじゃなくてね。
付きまとわれていかれた話を聞かされるのにうんざりしてるんで、こういう時にくらい別行動を取りたかったわよ。
さっきは褒めてくれてありがとうって思ったけど、そういうところ詰めが甘いんだよ、もー。
「私も頑張って食べて、ライムの料理が美味しいかどうか判断するね!」
頼むから暴走だけはするなよ。
例えば、その手に持ってるドSナールは調味料とかじゃないから絶対に料理にかけるなよ。
フリじゃないからね。
「……では、さっそく食べていただきましょう。まずはこちらを」
そう言って、ライムは私達の席に料理の皿を運んできた。
……えーっと、これは何?
今まで見たこともない料理が目の前に出された。
「ライム、これは?」
「そうですね……名前を付けるのであれば、ソースドレスの女神の舞、そうつけましょうか。まず、流木を削り、女神像を作りました。しかし、これだけであればただの木で味気ないでしょう。そこで、ドロッとした複数のカラフルなソースを、まるでドレスのようにかけて、しっかりとした歯ごたえと濃いソースの味を楽しめる一品に仕上げました」
流木を削って女神像を作った……。
うん、それ、食べられないよね?
ちょっと、ハスタに追い込まれすぎて頭おかしくなっちゃってるじゃない。
料理の道を歩んで長い達人が、まず食べられる物を出すっていう基礎中の基礎で躓いちゃってるじゃないの。
たぶん一人で凄い悩んでたんでしょうね、味もそうだけど見た目でも楽しい物を作ってみようか、みたいな感じで。
その結果、悩みすぎて、そもそも料理から逸脱してしまったんでしょうね。
ていうか、まず流木を削り女神像を作りましたって、最序盤でもうオチが付いちゃってんのよ。
出した料理の説明をする際に、いきなり食べ物じゃないって説明されたら、もうその時点でツッコミを入れたくなっちゃうわけよ。
最後にオチを付けて、その瞬間にツッコミさせてくれ。
いきなりぶっこんできたから、そこで凄い引っかかっちゃって、残りの解説あんまり真面目に聞けてないもの。
……そうは思ったんだけど、これをそのままライムに言ってもいいのかしら。
例えば、これをリリアが作って食べさせようとしてたとするじゃない。
そしたら私、たぶん怒涛の勢いでツッコミ倒してると思うわ。
何食わせようとしてるの、殺す気だったの、ていうか何で流木、この女神像で頭かち割ってやろうか、流木の代わりにお前を漂流させてやろうか、みたいな。
でもこれらは、ナチュラルにおかしいリリアだから気兼ねなく言えることであり、ライムは極度に追い込まれておかしくなってるだけで、悪意があるわけではない。
さらに言えば、私なんかは普段からハスタの料理の方が好きって公言してるから、私こそがライムをここまで追い込んだ元凶とも言えるのよね。
そんな事情がある中で、私がツッコミと称して責め過ぎたら、ライムがいよいよやばいんじゃないかなって思うわけよ。
だから私は、
「ライム……これ、食べられないよ」
これくらいしか言えなかった。
「え? 食べられない?」
「うん。だって木だもの、これ」
「あ……あっ! そ、そうですよね! すみません、どうして私はこんなものを……!」
「疲れてるのよ。だから今は正常な判断ができないの。ライムが正しい道を行くための一番の正解は休むことよ、きっと」
私はハスタの料理の方が好きなんだけど、それは別にライムの料理が嫌いってわけじゃない。
優劣をつける必要があるなら、じゃあハスタの方っていうだけで、どちらの料理も本当に美味しいの。
うちのパーティや使用人達でアンケートを取ったら、ハスタ派の方が多いかもしれないけど、ライム派だって絶対ゼロではない。
だから今まで通り頑張るだけで大丈夫だよって、本気でそう思うんだけど。
本人的にはそうもいかないんだろうなあ、難儀だわ。
「で、でもさ! この女神様にかかってるソース、これはすっごく美味しいよ! これを他の料理に活かしてみたら!?」
落ち込むライムを元気づけたかったのか、リリアが必死にこの料理、もとい料理的な物を褒めようとしている。
何だよ、結構いいとこあるじゃない。
この子は何だかんだ、ハスタさえ絡まなければ、普通にいい子なのかもしれない。
でも、ハスタが絡んでしまうと、一気に狂ってしまうのよねえ。
試してみようか?
「でも、もしもこれがハスタの料理だったら、女神像だって食べるでしょ?」
「そりゃまあね。ハスタが出してくれた料理だったら、流木でも泥水でも美味しくいただけるよ!」
ほらね。
あんなに健気に励まそうとしていた女の子の台詞とは思えないわよ。
落ち込む人を励まそうとしてていい子かなーって思ってたら、いきなりこのレベルの狂気に染まるんだもん。
ちょっとしたホラー展開よね。
「ハスタ様であれば、これをも美味しい料理にできるのですか……やはり私の努力不足なのですね」
そしてライムは変に気にしなくていいんだよ。
リリアはハスタが絡むことで味覚が、ていうか脳が麻痺するようにできてるのよ、たぶん。
だからリリアのこの意見に引っ張られては駄目よ、ますますライムがおかしくなっちゃう。
リリアの異常性を引き出した私も悪かったわよ。
謝るから、今のは忘れて正しく生きてちょうだい。
「切り替えて次の料理にいきましょう。用意したのはこれだけじゃないんでしょう?」
「あ、そうです。では、次の料理をお出しします」
そう言って、ライムはまた新たに料理の皿を運んできた。
ぱっと見た感じ、魚料理に見えるわね。
何の魚かわからないけど、しっかり煮付けてあり、イメージ的には濃い味に見えて美味しそうね。
ただ、普通の煮魚であれば、ライムが試作品として出してくるはずがない。
恐らく、達人ならではの工夫があると思うので、食べるのが楽しみね。
まあでも、素人的には見るだけじゃ判断できないので、まずはライムの説明を聞こうかしら。
「ライム、これは?」
「こちらは見ての通り煮魚ですね。ただ、あまり料理に使われない毒の魚を使用してみました。さらに、毒を持ってる生き物から、その毒を液体で抽出し、その毒からたれを作って、しっかりと煮込みました。ほくほくとした毒魚の身に、その毒たれを絡めて楽しんでもいいのですが、他の食感も楽しんでもらえるよう、毒キノコを刻んで上からかけております。しっかりした毒の味を、様々な食感で楽しんでいただきたい毒の一品です」
……えーっとね、ライム。
毒はね、食べられないのよ。
気付いてなかっただけで、私達はライムをここまで追い込んでしまっていたのか。
これもまた滅茶苦茶悩んでやっちゃったんだろうなあ。
ハスタに勝つには、今までにない斬新な料理が必要だ、とか思っちゃって。
そういえばあの毒持ってる魚は今まで誰も料理に使ってないな、みたいな感じで閃いたちゃったんでしょうね。
そりゃ使ってないわよ、使ったら食べた人が死んじゃうんだもの。
その瞬間に職業が料理人から殺人鬼に変わっちゃうから誰もやらなかったんであって、何故ライムほどの達人がそこで躓いてしまうのか。
……精神的に追い込まれて正常な思考ができてないからなんだよなあ。
あとね、台詞の中に毒という単語がテンポよく登場しすぎなのよ。
毒って単語が出た瞬間に、ここがツッコミのポイントだってわかるから、またこいつ序盤で落としてきたよ、と思いつつ準備するじゃない。
そしたら第二弾、第三弾と毒が登場し続けるから、これはこれでまたツッコミどころがわからなくなるの。
ツッコミと毒のタイミングが重なったら、それこそ最悪だから、終始おあずけ状態で前のめりになっちゃうわよ。
これがさ、例えばダイヤが作ったとかだったら、私も迷わず手が出てるでしょうね。
事前に宣告したら逃げられるから、不意打ち気味にグーパンやエルボーをお見舞いしてやる。
でも、ライムだったらやっぱりそういうわけにはいかない。
彼は最初から悪人だというわけじゃない、今は精神を悪魔に乗っ取られてるだけなんだから。
そして彼の心に悪魔を送り込んでしまったのは、普段からハスタハスタ言ってる私なのかもしれないのだから。
そう考えれば、優しく接するしかあるまい。
「ライム……これ、毒だから食べられない」
「え?」
「全部毒だから、これ食べちゃうと死んじゃうの。だから食べられないの」
「毒だから……あ、毒だから! そうですよね、毒ですから食べられるわけないですよね! あああ……本当にすみません!」
何か気の毒になってきた。
こっちこそごめんね、ライム。
あなたがまさかここまで追い込まれていたなんて夢にも思ってなかった。
さっきはソースだけでも褒めていたリリアも、これを前にしたら渋い表情でいるしかないみたいね。
「これ、やっぱりあんたでも厳しい?」
「うん……ごめんね、ライム。これは、たぶん私でも厳しいと思う……」
「でもハスタが作った料理だったら食べるんでしょう?」
「当たり前だよ。何でたかが毒でハスタの手料理を諦めないといけないの」
精神的におかしくなってるライムとは対照的に、リリアは普段通りね。
まあリリアが追い込まれる要素がないから普段通りなのは当然なんだけど。
ただ、その普段通りが既にやばいから、現状ここにいる二人がやばい状態で全然喜ばしくはない。
「ハスタ様であれば、毒をも美味しい料理にできるのですか……」
そしてライムがまたリリアに悪影響を受けている。
ごめんごめん、私がいちいちリリアに振るからライムも反応しちゃうんだよね。
普通の人なら、何言ってんだこいつ、で終わるんだけど、ライムは精神的に追い込まれてて、ある意味リリアの世界に足を踏み入れてる状態だ。
それを踏まえて、私も不用意な発言をしないようにして、ライムを元の世界に戻してあげないと。
「ライム、次の料理よ。切り替えていきましょう」
「すみません……次が最後になりますので、お付き合いください」
そう言って、ライムは最後の料理を取りに行った。
三品目でもう最後なのか、とも思ったけど、完全な新作っていうのはそう簡単に生まれるものではない。
そう考えると、三品も新作を作り出したライムはさすがと言うべきなのかもね。
……まあ、前の二品のように反則でいいのなら、もうちょっとできそうな気もするけど。
「お待たせしました」
あれこれ考えているうちに、最後の料理が運ばれてきた。
見た感じだとハンバーグかな。
まあでもそこはライムが新作と豪語する品なのだから、何か斬新な工夫があるんだと思う。
……今のところ、その工夫が悪い方向にばかりいってるけど。
とにかく、まずはライムに話を聞こうかしら。
「ライム、これは?」
「こちらはハンバーグですね。ひき肉に炒めた玉ねぎなどの材料を加え、よく混ぜます。ある程度混ざったら、楕円形にまとめます。それを火が通るようまで焼きます。中央部分に串などを刺して、肉汁が透明であれば大丈夫です。その状態になったら皿に移し、今度はソースを作ってそれに煮詰め、先ほどのハンバーグにかけて完成です。ブロッコリーとポテトも盛り合わせています」
「普通なのよ!」
とうとう私は我慢できないで、ツッコミを入れてしまった。
今言ったけど、普通なのよ。
いや、私そんなに料理詳しくないからわかんないけど、たぶん極めて普通にハンバーグ作ってるだけなのよ。
試作品とは言えないくらい、広く伝わってるポピュラーな料理なのよ、これは。
これを試作品だ、自分のオリジナルだって言い出した日には、色んな勢力を敵に回すことになるわよ。
そして今まで女神像だ、毒だとボケ倒しておいて、ここにきて普通に料理を出してくるかね。
言葉には出してなかったけど、ライムのことだから斬新な工夫があるんだろう、っていう私の予想をフリに使った形よね。
ボケてボケて、最後の件だけボケないという流れで思わずツッコミを入れちゃったから、ある意味ではしっかり押さえてきたとも言えるのよ。
だからまあいいんだけど、本来の趣旨的に、最初からこの方向性でいってほしかった。
あと、ここで普通の料理出せるってことは、これを作ってるその時だけは我に返ってるよね?
じゃあその時に、前の二つはおかしいから出したらいけないって判断もできたはずよね?
何でライムは前の二つも出しちゃったの。
せっかく作ったから出さずに終わるのもなー、じゃないのよ。
「……普通、ですか? そう……ですよね。普通のハンバーグですよね。何考えてるんでしょうね、私は……」
まあ色々思っちゃったし、実際に口に出してツッコミ入れちゃったわけだけど、それでライムは落ち込んでしまった。
ツッコミは入れちゃったけど、本来の趣旨で考えれば、ようやく正しいことができたと言えるわけだし。
やっとスタートラインに立てた段階だから、ここから普通に料理の判断をしましょう。
「ライム、さっきは指摘っぽく強めに言ってしまったけど、普通に食べれる料理でいいのよ」
「ありがとうございます……前の二品はまさに論外でしたからね」
「気にしなくていいわ。じゃあこのハンバーグ、いただくわね」
ようやく、ようやく料理の審査ができる。
私はライムの造ったハンバーグを口に運び、よく噛み、よく味わう。
何回か言ってるように、私は料理に詳しいわけじゃなく、ハスタとライムのどちらが美味しいか、としかジャッジできない。
ハスタが作ったハンバーグの味を思い出しながら、ライムのハンバーグをしっかり味わい、そして私が下した決断は、
「……正直に言うわね。やっぱりハスタの方が美味しいと思う」
「そう……ですか」
一応、本当に一応リリアにも聞いてみる。
「リリアも同じ意見でいい?」
「うん。ハスタのハンバーグの方が美味しいと思うよ」
まあ、リリアは何が起ころうとハスタの味方だろうからな。
世界が危機的状況に陥ったとして、世界の平和とハスタとの結婚を天秤にかけたら、秒でハスタを選ぶような女だろうし。
だからまあ、リリアがハスタを勝者に選ぶのは誰でも想像できることでしょう。
ハスタが勝者となるこの展開は、想像に難くなかったと思う。
だけど、ライムには悪いけど、私はここから更に畳みかけるつもりでいる。
「ライム。ハスタに勝てないどころか、過去に食べたライムのハンバーグにも勝ててないと思うわよ」
「過去の自分に勝てていない? むしろ劣化してるということですか?」
「私は詳しくないから技術に関しては何も言えない。ただ、素人意見でいいなら、迷いがそのまま料理に出てるんだと思う」
「迷いが料理に……」
「基本を思い出して。料理は何のために作るの? 誰かに勝つため? 誰かを負かすため? 違うでしょう。料理は食べてくれる人のために作るのよ」
「食べてくれる人……」
「ハスタを勝者に選んでおいて悪いけど、そこは正直に評価したいしね。ただ、その基本を忘れずにいたら、きっとライムは大丈夫。食べてくれる人達を幸せにできるわ」
うーん、良いこと言ったなあ、私。
いつか自伝とか書く機会あったら、今の件は絶対に入れとこう。
好感度アップしそうな良い感じの台詞回しに酔いしれつつも、言ったことは本当の気持ちである。
この言葉がきちんと伝われば、そしてそれを信じて進むことができれば、料理長として望む結果を手に入れられるだろう。
私が、ライムの方が美味しいって言い出すのも時間の問題かもね。
……まあ、リリアがハスタの料理から離れることは一生ないんだろうけど。
「明日にでも、皆にハンバーグ作ってあげなさいよ。基本を思い出した今なら、過去最高のハンバーグができるかもよ」
「アルティ様、リリア様、今日は本当にありがとうございました。気持ちを新たに、また明日から頑張ります」
こうして、私の良い台詞のおかげで良い感じにまとまって、この日は終わった。
そして次の日。
食事の時間帯になったので、私は食堂に向かっていた。
ライムはちゃんと頑張れてるかな。
ハンバーグが続く感じになるけど、今日はライムに作ってもらおう。
そんなことを考えながら歩いてて、食堂に到着したんだけど。
何か食堂が騒がしい。
「どうしたの? 何か騒がしいけど」
使用人達の中の一人に話しかけてみた。
「あ、アルティ様……料理長がアルティ様とリリア様に相談して、お墨付きをもらった料理? を振る舞ってるんですけど……」
そのような言葉を返されて、それ以降言葉が続かなかったので、私はテーブルに置かれた料理を直に見ることにした。
そしたら、あの女神像が力強く存在していた。
「ライムー!」
叫ばずにはいられなかったよね。
結局、追い込まれすぎて悩みすぎて、私の昨日の言葉は何も届いてなかったわけよ。
しかも、何か大丈夫みたいなこと言われたなって、そこだけ覚えてて、大丈夫ならやっちゃおうって感じで問題作の方を出してしまっている。
これが私のお墨付きだなんて言いふらされたら、私の沽券に関わるし、一刻も早くライムを止めないと。
その後、私はライムを魔法で捕獲し、無理やり休暇を与えることにした。
何日か休んだライムは、ようやく普通に料理を振る舞ってくれるようになって、ひとまずは安心よね。
この件で私は、悩んで行き詰ってる時こそ、思い切って休んでみることの重要性を確認した気がする。
悩みすぎた末にどんな惨劇が待ってるか、もう見ての通りでしょ。
だから皆も、頑張りすぎてるその時は休むことも考えてみてね。
応援ありがとうございます!
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