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魔法使いと女好き
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私、アルティ。
魔法使いで、犬派と猫派なら、私は猫派。
犬は遊びやら散歩やらで構うのが大変っぽいイメージあるけど、猫って放っておいても大丈夫そうなイメージがあるから。
だから何となく猫の方が相性がいい気がする。
それはさておき、今日は珍しく外出してるわ。
リリアが、ハスタに叩かれる用の鞭を買いたいって言い出して、その買い物に付き合わされたわけよ。
鞭を買うための買い物に付き合わされるとは夢にも思ってなかったわ。
人生って何があるかわからないわよね。
ただ、鞭なんて代物はどこで買えばいいのか、私は全然知らない。
何屋に行けば鞭ってあるのよ?
まあでも言い出しっぺのリリアは把握してるだろうって思ってたんだけど、この女も知らないときた。
じゃあもう今日は買い物行くのやめようって提案したんだけど、リリアは諦めないで、とりあえず店から店へと探し回ろうって言い出して。
こうして現在、王都の色んな店を歩き渡ってる感じ。
店員さんに、人を叩く用の鞭ってありますか、なんて死んでも訊きたくないので、それはもうリリアに任せている。
右手にドSナールを持って、鞭ありませんかって聞き歩くリリアの姿はまさに変態よね。
ていうかリリア、もしも鞭を買えてしまったら、いつ好機が来るかわからないから、とか言ってドSナール同様に常に持ち歩いたりするのかな?
もしもリリアを紹介する必要があった時に、常にドSナールと鞭を持ってます、なんて言いたくないから、鞭は買えないでいてほしい。
恥という概念がないのか、リリアは色んな店で店員さんに鞭ありませんか? って訊いて回っている。
一応勇者パーティの一員なんで、あしらうこともできずに苦笑いで対応してる店員さんを見てると、不憫で仕方ない。
そんな感じでたくさんの店を回ったものの、結局鞭は見つからず、昼食時を少し過ぎたような時間になった。
「どうする? 遅くなったけど、どっか飲食店で食べようか?」
「いや、ごはん食べるんならハスタの手料理がいいから、一回帰ろうか」
一回帰ろうって、食べたらまた鞭を買いに出かけるつもりなのか、こいつ。
私も、どうせ何かを食べるならハスタの料理がいいから帰る点については賛成する。
だけど、本日中に二回も帰るつもりはないよ、私は。
帰るのはこの一回で十分だから、ハスタの料理を食べながら、二回目は買い物に付き合わない言い訳を考えておこう。
まあでも、一度帰るというところまでは考えが一致してるわけだし、そこまでは特に文句も言わないでおこう。
ただし、ハスタの料理を食べ終わったら、そこからは再度外出するかしないかの戦争だから覚悟しとけよ。
密かにそんなことを考えつつ、帰ろうとしたところで、
「やっぱり! 凄い美しい女性がいるなあって思ったのですが、アルティ様とリリア様でしたか」
ある男性から声をかけられた。
こういう時、ハスタは謙遜で美しいって部分を否定するんだろうけど、私は否定しないよ。
うちのパーティは、顔に関してはかなりレベルが高いと思うんで、五人での容姿ランキングとか作ったら私は下位の方に沈むんだろうけど。
それでも、客観的には結構な美少女である自覚はある。
謙遜が苦手なのでそれには触れないけど、触れざるを得ない部分もあるので、そこはきっちり言っておく。
「あんたは私達を知ってるかもしれないけど、私はあんたのことを知らないのよ。人の顔を褒める前に、まずは名乗ったら?」
「ああ、これは失礼しました。僕はムルーっていいます。お二人があまりに美しいので、話しかけずにはいられなかったんですよ」
ムルー……ああ、こいつがそうかあ。
このムルーという男は、王都の女の子の間で噂になってる男だ。
何で噂になっているのか、それは今私達がされてるように、とにかく女子をナンパするからね。
無類の女好きとして、相手が女であれば滅茶苦茶話しかけてくるから気をつけようね、みたいな感じで女子の間で有名になったの。
……ていうか、私達の名前を最初から知ってたってことは、私達が何者なのかを知ってたってことよね。
相手が勇者パーティの一員って知りながら、それでも普通にナンパするのか。
凄いガッツね、そこだけは見習ってもいいかもしれない。
「悪いけど、私達これから……」
帰るところ、と言っていいのかどうか迷ってしまった。
だってこいつガッツ凄そうだから、帰るところだって言ってしまったら、家までついてきそうで怖い。
家まで来ちゃったら、容姿も性格も完璧なハスタ、変則的二重人格かもしれないけど美人ではあるメイユ、いかれてるせいで忘れがちだけど綺麗な顔のダイヤもいる。
そんなところにこの女好きを連れていくような形になったら、ますます話がこじれるような気がする。
だから私は急遽、
「これから飲食店で食事をとるのよ。昼食には遅いし、どうせあんたはもう食べてるでしょ? だから諦めなさい」
このように台詞を変更した。
独断で変更したから、最初リリアは、えっ!? みたいな目で見てきたけど、
「奇遇ですね。実は俺も昼食がまだなんですよ。よかったらご一緒してもよろしいですか? 良い店を知ってますよ」
ムルーが食らいついてきたのを見て、何となく私の狙いを察してくれたみたい。
この女好きを私達勇者パーティには近付けたくないので、ここは相手に乗っかるとしよう。
「ふーん。じゃあ、その良い店に連れてってもらおうかしら」
こんな感じで、私は今、リリアとムルーの三人で食事をしている。
連れてこられたのは知らないお店だったんだけど、美味しいし安いし雰囲気良いし、中々良い店と言える。
まあ普段からハスタやライムの料理食べてるから舌は肥えちゃってるんだけど、そんな私でも合格点を出せる。
こういうお店にサラッと連れて来れるって、結構ポイント高いよなあ。
……いかんいかん、好感持ってどうするんだ。
とにかくこの男をさっさと退けて、私はリリアとの狂った買い物を終わらせて帰るんだ。
「アルティ様、リリア様、俺なんかと一緒に来てくれて、本当にありがとうございます」
「本当よ。私達、これでも勇者パーティの一員なんだからね? 本当にありがたく思いなさいよ」
あんまり偉ぶりたくはないんだけど、ここは立場を利用してちょっと上からの感じで接する。
こういう態度でいたら、その内ムルーも嫌気が差すんじゃないかなっていう、私なりの作戦である。
まあ、私は恋愛経験は皆無なんで、この作戦が有効打なのかどうか、全然わかんないんだけど。
……何だよ、仕方ないでしょ、こちとら魔法一筋で生きてきたんだから。
魔法でこの地位に上り詰めるまで、尊い犠牲が必要だったのよ。
その犠牲が恋愛だっただけで、そのおかげで私は勇者パーティの一員になってるんだから、これが正しかったのよ。
悔しくなんかないわよ。
何か脱線してきたんで戻すけど、とにかく横柄な態度を貫いてムルーを萎えさせようって作戦が、今のところ成功していない。
「俺みたいな一般人が、お二人とお話しできるなんて夢のようです。この瞬間に立ち会えたこと、神に心から感謝します」
大袈裟な言い回しで、私達と一緒に居られるのが嬉しいっていうようなことを言ってる。
んー、まあ、よくよく考えると当たり前とも言えてしまうのかな。
私達で言えば、立場が上である王様を相手にしてるようなものなのかもしれないんだから。
王様が、わしはお前らより偉いんだからな、みたいなことを言っても、そりゃあそうですよねって思うだけだわ。
私は自分を偉いとかって思わないけど、勇者パーティの一員と一般人と考えたら、少しぐらい偉ぶっても許されてしまう関係性かもしれない。
このまま、立場を利用しての横柄な態度作戦を続けても、このナンパは終わりそうにないので、どうにかしないとね。
ただ、こういう時には、リリアの変態的思考が役に立つかもしれない。
こいつの異常なハスタ愛は、一般常識を持つ人を引かせるには十分なんだから。
「そういえばお二人はどうして出かけていたんですか?」
「アルティが私の買い物に付き合ってくれてるんだよ」
「へえ、リリア様の買い物。一体何を買おうとしてたんですか?」
「ちょっとハスタに叩いてもらうための鞭をねー」
はい、ぶっこんだね。
どんなに友好的な人間関係を築いたって、人に叩いてもらうための鞭を買いに出かけてます、この一言で全て崩れるからね。
長年付き添った夫婦だろうと、死ぬ時を共にする義兄弟だろうと、この一言で何もかも壊れる破滅の呪文だからね。
それをナンパ目的で会っただけの仲でぶっこめば、もう終焉の時来るって感じよ。
……自分で言っててふと思ったけど、何で私まだリリアと仲良くやってるんだろう?
私って、自分が思ってる以上に慈悲深い性格してるのかな?
まあそれは置いといて、友好的感情に終わりを告げる呪文を唱えた以上、リリアは軽蔑の目を向けられるだろう。
そうすればムルーのターゲットは他の女子へと変わることになって、私は念願の帰宅を果たせるって寸法よ。
リリアの病的な変態思考は迷惑にしかならないって思ってたけど、こういう活用方法があるんだなーって感心してたんだけど。
「鞭ですかー。俺は鞭はちょっと厳しいかもしれませんけど、好きな人に意地悪されたいって気持ちだけはちょっとわかるかもしれませんね」
微塵も引く素振りを見せずに、普通に返事してきた。
マジか、この男。
そっちがナンパしてきたんだから、まあそっちは多少こちら側にある程度の好意を持って接してきたのかもしれない。
それでも私達、今日初めて会ったわけで、その初っ端から必殺技を放ったっていうのに、どうしてそう簡単に対応できる?
なけなしの好意も全て爆ぜ散る超必殺の一撃だったはずだろ。
何でまだ会話を続けようって気持ちが残ってるんだよ。
そこまで女と絡みたいのか?
「私はハスタになら何度でも鞭で打たれたい!」
「俺はリリア様のような愛らしい女性を鞭で打つのはできないですが、それほどの強い愛を向けてもらいたいですね」
「えー、でも私の愛はハスタ専門だよ。ムルーにこの愛は僅かでも分けることは無理だよ」
「つまり、俺のライバルはハスタ様になるのですか。これは厳しいですね。でも、最終的にはリリア様の愛もハスタ様の愛も手に入れたいです」
ちょっと待て、何で普通に盛り上がってきてるんだよ。
好きな人から鞭で打たれたいってトークテーマで、盛り上がる要素がどこにあるんだよ。
これでムルーのナンパから解放されるって思ってたのに、どこで私の計算が狂ったんだ。
私がおかしいのか、これは?
「……あ、もちろんアルティ様の愛も手に入れたいと思ってますよ」
違う違う、私の愛は手に入れたくないの? って感じで渋い表情してるんじゃねえのよ、こっちは。
私は今たぶん渋い表情で二人のことを見てるんだろうけど、哀れみの感情を以ての顔なのよ。
仲間になりたそうにそっちを見てるわけじゃあ断じてない。
だからこっちに構うな、走り抜けるなら二人で行け。
「それでリリア様、結局鞭は買えたんですか?」
「いやー、それがどこのお店にも置いてなくって。そもそも何屋に行けば鞭があるのかもわかんなくってね」
「鞭だったら、武器屋に行けばあるんじゃないですか?」
ムルーがそう言ったんだけど、私的にそれは盲点だった。
まず、リリアの使用目的がアブノーマルだったんで、何ていうか、そういうお店にあるもんだと思い込んでたんだよね。
そっか、鞭って普通に戦闘で使ったりもするんで、武器屋にはあるかもしれない。
私は魔法使いなんで、武器なんか買う機会がなかった。
魔法使いによっては、杖を買ったりするから武器屋に行く奴もいるみたいだけど、私は杖無しで魔法使えるし。
うちのパーティで武器屋に行くのはハスタくらいで、だから鞭は戦闘用具で普通に武器屋にあるかもしれないって発想がなかった。
「確かにそうだね、武器屋だったら鞭があるかも! ムルー、意見ありがとう!」
「いえいえ、それじゃあ食事を済ませたら武器屋に行ってみましょうか。鞭があるといいですね」
リリアはお目当ての鞭がある店に目星がついたってことで喜んでいる。
そしてそれの提案者であるムルーと一緒に買いに行ってみようかって展開になったみたいね。
……あれ? これムルーのナンパが順調に進んでない?
私の計画では、飲食店で軽く撃退して、さっさとリリアと二人で家まで帰るはずだった。
ところがどうだ、ムルーを加えた三人で、武器屋で鞭を探しているではないか。
まるでムルーの手のひらの上であり、でもこれに危機感を覚えているのは私だけなんだろうなあ。
リリアは店員に鞭がないかを聞いているけど、今までの店とは違って、苦笑い状態での接客は受けていない。
用途を言ってないので、店員さんも普通に非力なリリアでも戦闘でダメージを与えられるように鞭を探してるんだろうと思ってることだろう。
実はハスタに叩いてもらうためなんですよってばらしてみて、店員さんの表情がどう変わるか、見てみたい気もする。
まあそれをばらした瞬間に、仲間である私すら白い目で見られそうなんで、黙っておくけどさ。
「すみません、当店では今、鞭を置いていないんですよ」
「そうですか……わかりました、ありがとうございました」
リリアが店員と話し終わったみたいだけど、傍から聞いてた分で判断するに、どうやら鞭は品切れか、そもそも扱ってないみたいね。
とりあえずハスタが変態的な催しに巻き込まれないで済むから、鞭が買えないでよかったと思う。
「リリア様、鞭はどうでした?」
「この店にはないみたいだね。買えると思ったのに、残念だよ」
「そうですか。でも、具体的に鞭のある店のジャンルが分かっただけでも大きな前進じゃないですか。まずはそれを喜びましょう」
「……そうだね、ムルーの言う通りかも。まずは一歩前進できたこと、それが大事だよね!」
いい感じに話がまとまってきてるけど、叩いてもらうための鞭が買えるかどうかの話だからね。
いい感じのとこだけ聞いて、何かちょっと感動した、みたいになっちゃ駄目だからね。
これで感動したら人として終わるからね。
……ていうかさ、なんかリリアとムルー、雰囲気よさげになってきてない?
いや、私はリリアがどれだけハスタへの愛に狂ってるか知ってるから、まあムルーじゃ太刀打ちできねえだろうなあ、とは思ってるよ?
まあそれでも、やっぱ男と女で愛を育むのが普通っちゃあ普通だし、少なくとも制度は完全に整ってる。
ナンパしてきただけでそんな毛嫌いしなくてもいいって思うかもしれないし、リリアさえいいんだったらムルーっていう普通を促してみてもいいんじゃない? って思っても不思議ではないかもしれない。
でもねえ、私としてはムルーだけはやめてほしいわけよ。
いや、確かに会ったのは今日が初めてだけど、事前に噂でナンパ男とは知ってたわけだし。
その噂の中に引っかかる情報があって、それが私がムルーを快く思わない理由でもあるのよ。
その噂の真偽を確かめて、もしもそれが本当なら、リリアにムルーを近づけるわけにはいかない。
変態でも、ハスタのことで暴走してしまうかもしれないけど、リリアは私達の仲間なんだから。
「リリア様、ここは王都です。武器屋だって他にもあります。これから一緒に武器屋を回って、鞭を探してみましょうか」
「その前にムルー、私はあんたに確認したいことがあるんだけど」
「おや、どうしましたか、アルティ様? アルティ様も何か買う物がありますか? もちろんご一緒させていただきますよ」
「違うわよ。私も噂で聞いた程度だから確認したいんだけどさ……あんたさ、彼女いるはずよね?」
「はい、いますよ」
やっぱり噂は本当だった。
王都の女性の間で噂になるくらいナンパしてるくせに、現在進行形で付き合ってる彼女がいるのだ。
平然と、ありとあらゆる女性に浮気しているような物よね。
言ってしまえば屑よ、屑。
付き合ってる彼女がかわいそうだし、本命がいるのに絡まれる私達だっていい迷惑よ。
ただ、リリアはこの噂を知らなかったみたいで、これを聞いて怒ってる。
「ええ、彼女さんがいるの!? じゃあ街中で女の人に声かけて一緒に行動してたらまずいでしょ!」
「大丈夫ですよ、リリア様。俺は全ての女性の愛を平等に受け止めないといけないのです。そしてそれをミイナも了承しています」
ミイナって、ムルーの彼女の名前かな。
「ミイナは一人じゃ何もできない。だから俺がいてやるんです。俺がいないと困るから、ミイナは俺を受け入れてくれる。だから大丈夫なんですよ」
「言うこと聞いてくれるからって、ムルーが何をしてもいいってわけじゃないでしょ! そのミイナって人、絶対傷ついてるよ!」
「だったらミイナは俺と別れればいいだけですよ。まあ俺は全ての女性の愛を手に入れるのが使命だと思ってるんで、また声はかけますけど、たぶんその時は一番の存在ではなくなってるでしょうね」
うーん、聞いてて気持ちのいい話ではないな。
要するに、惚れた弱みにつけこんで、ムルーの日常的浮気を受け入れさせてる感じか。
私はハスタほど聖人ではなく、面倒なこととかは避けたいなーって考えたりもするけれど。
一応これでもハスタ率いる勇者パーティの一員でもあり、こういう悪い奴を見かけたら懲らしめてやりたいと人並みには思うわ。
ナンパを回避して家に帰るという作戦はことごとく失敗してるけど、ここからは天才魔法使いの実力を発揮して懲らしめてやろうじゃない。
「ムルー、それはあくまでムルーとミイナの問題だから、私としてはあれこれ言うつもりはないわ。まあそこは自由かもね」
「アルティ様、わかってくれますか。俺もミイナもこれで幸せなんですから、大丈夫なんですよ」
私が肯定的なことを言うと、ムルーの表情は晴れやかに、対照的にリリアのそれからはショックが窺い知れるようになる。
大丈夫だって、リリア。
これはこいつを懲らしめるために必要な過程に過ぎないんだから。
「まあでも、リリアも言ってるように、本当は傷ついてるかもしれない。そういう本音がいつか関係を壊すかもしれないわよ」
「そうなっても、やっぱり別れたらいいだけですよ。いずれ俺は全ての女性を愛するわけだし、一番の彼女でいることにプレッシャーがあるなら、軽いポジションに移ればいいだけですよ」
「いいや、あんたとしてもミイナを一番に置いておきたいはずよ。色々と言ってるけど、結局あんたのやってることは浮気と言えるし。そんな浮気を見逃してくれる彼女ってのは、あんたからしても貴重なはずよ」
「……」
ずばり指摘してやると、あんなに軽やかにぺらぺら喋ってたムルーが黙り込んだ。
やっぱりムルーとしても、ミイナとは別れたくないっていうのが本音みたいね。
「そんなあんたからしたら、我慢の連続でミイナを追い込んでいることが怖くもあるはず。ため込んだストレスが爆発したら、関係が壊れるかもしれないのだから」
「アルティ様は結局何が言いたいのですか?」
「その解決法があるんだけど、教えてあげようか?」
私のこの発言には、二人共びっくりしていた。
まあね、普通に考えたら、私がムルーに説教っぽいことをする場面でもあるしね。
「解決法って……そんなものがあるんですか?」
ムルーがそう訊ねると、私はリリアの持ってるドSナールを指して、
「これをミイナに飲ませなさい。劇的な変化があるはずよ」
特に効能を教えることなく、これを飲ませるよう指示した。
そしたらリリアが即座に、
「そんな! これは私とハスタがイチャイチャするのに必要な薬なのに! ムルーにあげたら困るよ!」
いい感じに効能をぼかして抗議してくれた。
そうだよな、お前にとってのハスタとのイチャイチャって、パンツ被せてもらったり、泥水飲ませてもらったり、足舐めさせてもらうことだもんな。
リリア的には嘘をついてないし、私も私で嘘はついてないよ。
本当のことも詳しく言ってないけどね。
このリリアの必死の訴えを聞いて、ムルーは、
「……なるほど、惚れ薬ですか。確かに今のミイナが更に俺に惚れれば、もっと盲目的になるかもしれないですね」
やっぱりこんな感じで勘違いしてくれた。
狂った薬も狂った娘も使いようよね。
「リリア、あんたこれはもう使わないって睡眠メイユと約束したじゃない」
「そうなんだけど、やっぱり未練は捨てきれないっていうか……」
「私もムルーにああは言ったけど、これならムルーがミイナ一筋になってくれるかもしれないじゃない」
「……確かに、あんなことやこんなことをやってもらえるんだったら、ムルーもミイナにだけ夢中になるかも」
「ここでムルーにこれをあげるのが正しいんだよ。リリアは未練を絶つために、ムルーはミイナと純粋なカップルになるために、これをあげるのがベストだよ」
「わかった……」
リリアを説き伏せてドSナールを受け取ると、私はそれをムルーに突き出した。
「ムルー。あんたにこれをあげる。でも条件があるわ」
「何でしょうか?」
「私達との買い物はもう終えて、今すぐこれをミイナに飲ませてあげなさい」
「わかりました。アルティ様とリリア様とのデートを終わらせるのは残念ですが、惚れ薬もまた魅力的ですからね。その条件を飲みましょう」
よし、これで私達はようやく帰れる。
交渉成立ってことで、ムルーは私が突き出していたドSナールを受け取った。
ようやく解放される時が来たわけよ。
「アルティ様、リリア様、今日はありがとうございました。よければまた一緒に買い物しましょう」
「ムルー、鞭のありそうな店を考えてくれてありがとう。ミイナの扱いのことは快く思ってないけど……薬が仲の改善に繋がったら私も嬉しいよ」
私は会うのが今日で最後なのを祈っておくわ。
こうしてムルーは、自分が持ってるドSナールを惚れ薬と勘違いしたまま、ミイナに飲ませに行った。
地味に長引いたムルーのナンパ騒動は、こうして終わったのだった。
「さあ、私達は帰ろうか」
「何を言ってるの、アルティ?」
「は?」
「一旦帰ろうって言ってたのは、ハスタのごはん食べに帰ろうって話だったでしょ。でも外食で済ませたし、鞭のある店にも目星ついたからね。これから買い物頑張ろう!」
「……自室で明日の予定を考える予定があるからそろそろ帰りたいんだけど、駄目?」
「駄目!」
ムルーの件は色々解決できたかもしれないけど、こっちはまだまだ解放されそうにないな。
「……あ、ムルー。おかえり。今日もやっぱり……?」
「ただいまー。当然ナンパはしてきたよ。全ての女性を愛し、そして愛されるのが俺の使命だからね」
「そ、そっか……そう、だよね……」
「何? そんなに嫌なの? だったらいっそ別れてみる?」
「そ、そんな! 嫌なわけない、だって私はムルーが好きだから!」
「ならいいんだよ。俺もミイナが一番だよ。だからミイナも俺を受け入れてね」
「う、うん……」
「あ、そうそう。今日ね、面白い物を手に入れたんだ。じゃーん」
「……飲み物? ムルー、これは何?」
「いいからいいから。飲んでみてよ。さあさあ」
「ちょ、ちょっと……せめて何なのか教えてくれてからでも……んんん!?」
「さあ、これでもっともっと俺に依存してね。もう何も気にならない……」
「おらああああ!」
「ぎゃああああ!?」
「私がいるのに毎日毎日ナンパしやがってぇ! 今日こそはぶっ殺してやるからな!」
「ミ、ミイナ……? ミイナ、ミイナさん、どうしました、ミイナさん!?」
「お前が他の女をナンパしてる時、私がどんな気持ちでいると思ってんだ、クソがあああ!」
「おぎゃああああ!」
「それでもお前が好きなんだよ! 私達、付き合ってんだろ!? じゃあ私だけ愛してくれよ、畜生がああ!」
「ミイナさん! すみませんでした! ミイナさんだけ愛します! ミイ、あの、ミイナ様だけ愛させていただきます! ですから……ひぎいいいい!」
「それにしても、とうとうドSナールを手放しちゃったなあ。ムルー、今頃いじめてもらえてるかなあ?」
鞭を探しに武器屋巡りをしてる最中、リリアがムルーのことを振り返った。
その場に立ち会っていない以上、私にはわからないことだけど。
まあ、たぶん狙い通りの展開にはなってるんじゃないのかな。
「たぶん、いじめられてるでしょうね。まあ、今まで有効活用の場面が思い浮かばなかったドSナールが役立ってることを祈るしかないわね」
そう、私にできることは全部やったので、あとは祈るしかない。
ムルーが懲りるような展開になって、ミイナのことを大切にしてくれるようになるのを祈っておくわ。
魔法使いで、犬派と猫派なら、私は猫派。
犬は遊びやら散歩やらで構うのが大変っぽいイメージあるけど、猫って放っておいても大丈夫そうなイメージがあるから。
だから何となく猫の方が相性がいい気がする。
それはさておき、今日は珍しく外出してるわ。
リリアが、ハスタに叩かれる用の鞭を買いたいって言い出して、その買い物に付き合わされたわけよ。
鞭を買うための買い物に付き合わされるとは夢にも思ってなかったわ。
人生って何があるかわからないわよね。
ただ、鞭なんて代物はどこで買えばいいのか、私は全然知らない。
何屋に行けば鞭ってあるのよ?
まあでも言い出しっぺのリリアは把握してるだろうって思ってたんだけど、この女も知らないときた。
じゃあもう今日は買い物行くのやめようって提案したんだけど、リリアは諦めないで、とりあえず店から店へと探し回ろうって言い出して。
こうして現在、王都の色んな店を歩き渡ってる感じ。
店員さんに、人を叩く用の鞭ってありますか、なんて死んでも訊きたくないので、それはもうリリアに任せている。
右手にドSナールを持って、鞭ありませんかって聞き歩くリリアの姿はまさに変態よね。
ていうかリリア、もしも鞭を買えてしまったら、いつ好機が来るかわからないから、とか言ってドSナール同様に常に持ち歩いたりするのかな?
もしもリリアを紹介する必要があった時に、常にドSナールと鞭を持ってます、なんて言いたくないから、鞭は買えないでいてほしい。
恥という概念がないのか、リリアは色んな店で店員さんに鞭ありませんか? って訊いて回っている。
一応勇者パーティの一員なんで、あしらうこともできずに苦笑いで対応してる店員さんを見てると、不憫で仕方ない。
そんな感じでたくさんの店を回ったものの、結局鞭は見つからず、昼食時を少し過ぎたような時間になった。
「どうする? 遅くなったけど、どっか飲食店で食べようか?」
「いや、ごはん食べるんならハスタの手料理がいいから、一回帰ろうか」
一回帰ろうって、食べたらまた鞭を買いに出かけるつもりなのか、こいつ。
私も、どうせ何かを食べるならハスタの料理がいいから帰る点については賛成する。
だけど、本日中に二回も帰るつもりはないよ、私は。
帰るのはこの一回で十分だから、ハスタの料理を食べながら、二回目は買い物に付き合わない言い訳を考えておこう。
まあでも、一度帰るというところまでは考えが一致してるわけだし、そこまでは特に文句も言わないでおこう。
ただし、ハスタの料理を食べ終わったら、そこからは再度外出するかしないかの戦争だから覚悟しとけよ。
密かにそんなことを考えつつ、帰ろうとしたところで、
「やっぱり! 凄い美しい女性がいるなあって思ったのですが、アルティ様とリリア様でしたか」
ある男性から声をかけられた。
こういう時、ハスタは謙遜で美しいって部分を否定するんだろうけど、私は否定しないよ。
うちのパーティは、顔に関してはかなりレベルが高いと思うんで、五人での容姿ランキングとか作ったら私は下位の方に沈むんだろうけど。
それでも、客観的には結構な美少女である自覚はある。
謙遜が苦手なのでそれには触れないけど、触れざるを得ない部分もあるので、そこはきっちり言っておく。
「あんたは私達を知ってるかもしれないけど、私はあんたのことを知らないのよ。人の顔を褒める前に、まずは名乗ったら?」
「ああ、これは失礼しました。僕はムルーっていいます。お二人があまりに美しいので、話しかけずにはいられなかったんですよ」
ムルー……ああ、こいつがそうかあ。
このムルーという男は、王都の女の子の間で噂になってる男だ。
何で噂になっているのか、それは今私達がされてるように、とにかく女子をナンパするからね。
無類の女好きとして、相手が女であれば滅茶苦茶話しかけてくるから気をつけようね、みたいな感じで女子の間で有名になったの。
……ていうか、私達の名前を最初から知ってたってことは、私達が何者なのかを知ってたってことよね。
相手が勇者パーティの一員って知りながら、それでも普通にナンパするのか。
凄いガッツね、そこだけは見習ってもいいかもしれない。
「悪いけど、私達これから……」
帰るところ、と言っていいのかどうか迷ってしまった。
だってこいつガッツ凄そうだから、帰るところだって言ってしまったら、家までついてきそうで怖い。
家まで来ちゃったら、容姿も性格も完璧なハスタ、変則的二重人格かもしれないけど美人ではあるメイユ、いかれてるせいで忘れがちだけど綺麗な顔のダイヤもいる。
そんなところにこの女好きを連れていくような形になったら、ますます話がこじれるような気がする。
だから私は急遽、
「これから飲食店で食事をとるのよ。昼食には遅いし、どうせあんたはもう食べてるでしょ? だから諦めなさい」
このように台詞を変更した。
独断で変更したから、最初リリアは、えっ!? みたいな目で見てきたけど、
「奇遇ですね。実は俺も昼食がまだなんですよ。よかったらご一緒してもよろしいですか? 良い店を知ってますよ」
ムルーが食らいついてきたのを見て、何となく私の狙いを察してくれたみたい。
この女好きを私達勇者パーティには近付けたくないので、ここは相手に乗っかるとしよう。
「ふーん。じゃあ、その良い店に連れてってもらおうかしら」
こんな感じで、私は今、リリアとムルーの三人で食事をしている。
連れてこられたのは知らないお店だったんだけど、美味しいし安いし雰囲気良いし、中々良い店と言える。
まあ普段からハスタやライムの料理食べてるから舌は肥えちゃってるんだけど、そんな私でも合格点を出せる。
こういうお店にサラッと連れて来れるって、結構ポイント高いよなあ。
……いかんいかん、好感持ってどうするんだ。
とにかくこの男をさっさと退けて、私はリリアとの狂った買い物を終わらせて帰るんだ。
「アルティ様、リリア様、俺なんかと一緒に来てくれて、本当にありがとうございます」
「本当よ。私達、これでも勇者パーティの一員なんだからね? 本当にありがたく思いなさいよ」
あんまり偉ぶりたくはないんだけど、ここは立場を利用してちょっと上からの感じで接する。
こういう態度でいたら、その内ムルーも嫌気が差すんじゃないかなっていう、私なりの作戦である。
まあ、私は恋愛経験は皆無なんで、この作戦が有効打なのかどうか、全然わかんないんだけど。
……何だよ、仕方ないでしょ、こちとら魔法一筋で生きてきたんだから。
魔法でこの地位に上り詰めるまで、尊い犠牲が必要だったのよ。
その犠牲が恋愛だっただけで、そのおかげで私は勇者パーティの一員になってるんだから、これが正しかったのよ。
悔しくなんかないわよ。
何か脱線してきたんで戻すけど、とにかく横柄な態度を貫いてムルーを萎えさせようって作戦が、今のところ成功していない。
「俺みたいな一般人が、お二人とお話しできるなんて夢のようです。この瞬間に立ち会えたこと、神に心から感謝します」
大袈裟な言い回しで、私達と一緒に居られるのが嬉しいっていうようなことを言ってる。
んー、まあ、よくよく考えると当たり前とも言えてしまうのかな。
私達で言えば、立場が上である王様を相手にしてるようなものなのかもしれないんだから。
王様が、わしはお前らより偉いんだからな、みたいなことを言っても、そりゃあそうですよねって思うだけだわ。
私は自分を偉いとかって思わないけど、勇者パーティの一員と一般人と考えたら、少しぐらい偉ぶっても許されてしまう関係性かもしれない。
このまま、立場を利用しての横柄な態度作戦を続けても、このナンパは終わりそうにないので、どうにかしないとね。
ただ、こういう時には、リリアの変態的思考が役に立つかもしれない。
こいつの異常なハスタ愛は、一般常識を持つ人を引かせるには十分なんだから。
「そういえばお二人はどうして出かけていたんですか?」
「アルティが私の買い物に付き合ってくれてるんだよ」
「へえ、リリア様の買い物。一体何を買おうとしてたんですか?」
「ちょっとハスタに叩いてもらうための鞭をねー」
はい、ぶっこんだね。
どんなに友好的な人間関係を築いたって、人に叩いてもらうための鞭を買いに出かけてます、この一言で全て崩れるからね。
長年付き添った夫婦だろうと、死ぬ時を共にする義兄弟だろうと、この一言で何もかも壊れる破滅の呪文だからね。
それをナンパ目的で会っただけの仲でぶっこめば、もう終焉の時来るって感じよ。
……自分で言っててふと思ったけど、何で私まだリリアと仲良くやってるんだろう?
私って、自分が思ってる以上に慈悲深い性格してるのかな?
まあそれは置いといて、友好的感情に終わりを告げる呪文を唱えた以上、リリアは軽蔑の目を向けられるだろう。
そうすればムルーのターゲットは他の女子へと変わることになって、私は念願の帰宅を果たせるって寸法よ。
リリアの病的な変態思考は迷惑にしかならないって思ってたけど、こういう活用方法があるんだなーって感心してたんだけど。
「鞭ですかー。俺は鞭はちょっと厳しいかもしれませんけど、好きな人に意地悪されたいって気持ちだけはちょっとわかるかもしれませんね」
微塵も引く素振りを見せずに、普通に返事してきた。
マジか、この男。
そっちがナンパしてきたんだから、まあそっちは多少こちら側にある程度の好意を持って接してきたのかもしれない。
それでも私達、今日初めて会ったわけで、その初っ端から必殺技を放ったっていうのに、どうしてそう簡単に対応できる?
なけなしの好意も全て爆ぜ散る超必殺の一撃だったはずだろ。
何でまだ会話を続けようって気持ちが残ってるんだよ。
そこまで女と絡みたいのか?
「私はハスタになら何度でも鞭で打たれたい!」
「俺はリリア様のような愛らしい女性を鞭で打つのはできないですが、それほどの強い愛を向けてもらいたいですね」
「えー、でも私の愛はハスタ専門だよ。ムルーにこの愛は僅かでも分けることは無理だよ」
「つまり、俺のライバルはハスタ様になるのですか。これは厳しいですね。でも、最終的にはリリア様の愛もハスタ様の愛も手に入れたいです」
ちょっと待て、何で普通に盛り上がってきてるんだよ。
好きな人から鞭で打たれたいってトークテーマで、盛り上がる要素がどこにあるんだよ。
これでムルーのナンパから解放されるって思ってたのに、どこで私の計算が狂ったんだ。
私がおかしいのか、これは?
「……あ、もちろんアルティ様の愛も手に入れたいと思ってますよ」
違う違う、私の愛は手に入れたくないの? って感じで渋い表情してるんじゃねえのよ、こっちは。
私は今たぶん渋い表情で二人のことを見てるんだろうけど、哀れみの感情を以ての顔なのよ。
仲間になりたそうにそっちを見てるわけじゃあ断じてない。
だからこっちに構うな、走り抜けるなら二人で行け。
「それでリリア様、結局鞭は買えたんですか?」
「いやー、それがどこのお店にも置いてなくって。そもそも何屋に行けば鞭があるのかもわかんなくってね」
「鞭だったら、武器屋に行けばあるんじゃないですか?」
ムルーがそう言ったんだけど、私的にそれは盲点だった。
まず、リリアの使用目的がアブノーマルだったんで、何ていうか、そういうお店にあるもんだと思い込んでたんだよね。
そっか、鞭って普通に戦闘で使ったりもするんで、武器屋にはあるかもしれない。
私は魔法使いなんで、武器なんか買う機会がなかった。
魔法使いによっては、杖を買ったりするから武器屋に行く奴もいるみたいだけど、私は杖無しで魔法使えるし。
うちのパーティで武器屋に行くのはハスタくらいで、だから鞭は戦闘用具で普通に武器屋にあるかもしれないって発想がなかった。
「確かにそうだね、武器屋だったら鞭があるかも! ムルー、意見ありがとう!」
「いえいえ、それじゃあ食事を済ませたら武器屋に行ってみましょうか。鞭があるといいですね」
リリアはお目当ての鞭がある店に目星がついたってことで喜んでいる。
そしてそれの提案者であるムルーと一緒に買いに行ってみようかって展開になったみたいね。
……あれ? これムルーのナンパが順調に進んでない?
私の計画では、飲食店で軽く撃退して、さっさとリリアと二人で家まで帰るはずだった。
ところがどうだ、ムルーを加えた三人で、武器屋で鞭を探しているではないか。
まるでムルーの手のひらの上であり、でもこれに危機感を覚えているのは私だけなんだろうなあ。
リリアは店員に鞭がないかを聞いているけど、今までの店とは違って、苦笑い状態での接客は受けていない。
用途を言ってないので、店員さんも普通に非力なリリアでも戦闘でダメージを与えられるように鞭を探してるんだろうと思ってることだろう。
実はハスタに叩いてもらうためなんですよってばらしてみて、店員さんの表情がどう変わるか、見てみたい気もする。
まあそれをばらした瞬間に、仲間である私すら白い目で見られそうなんで、黙っておくけどさ。
「すみません、当店では今、鞭を置いていないんですよ」
「そうですか……わかりました、ありがとうございました」
リリアが店員と話し終わったみたいだけど、傍から聞いてた分で判断するに、どうやら鞭は品切れか、そもそも扱ってないみたいね。
とりあえずハスタが変態的な催しに巻き込まれないで済むから、鞭が買えないでよかったと思う。
「リリア様、鞭はどうでした?」
「この店にはないみたいだね。買えると思ったのに、残念だよ」
「そうですか。でも、具体的に鞭のある店のジャンルが分かっただけでも大きな前進じゃないですか。まずはそれを喜びましょう」
「……そうだね、ムルーの言う通りかも。まずは一歩前進できたこと、それが大事だよね!」
いい感じに話がまとまってきてるけど、叩いてもらうための鞭が買えるかどうかの話だからね。
いい感じのとこだけ聞いて、何かちょっと感動した、みたいになっちゃ駄目だからね。
これで感動したら人として終わるからね。
……ていうかさ、なんかリリアとムルー、雰囲気よさげになってきてない?
いや、私はリリアがどれだけハスタへの愛に狂ってるか知ってるから、まあムルーじゃ太刀打ちできねえだろうなあ、とは思ってるよ?
まあそれでも、やっぱ男と女で愛を育むのが普通っちゃあ普通だし、少なくとも制度は完全に整ってる。
ナンパしてきただけでそんな毛嫌いしなくてもいいって思うかもしれないし、リリアさえいいんだったらムルーっていう普通を促してみてもいいんじゃない? って思っても不思議ではないかもしれない。
でもねえ、私としてはムルーだけはやめてほしいわけよ。
いや、確かに会ったのは今日が初めてだけど、事前に噂でナンパ男とは知ってたわけだし。
その噂の中に引っかかる情報があって、それが私がムルーを快く思わない理由でもあるのよ。
その噂の真偽を確かめて、もしもそれが本当なら、リリアにムルーを近づけるわけにはいかない。
変態でも、ハスタのことで暴走してしまうかもしれないけど、リリアは私達の仲間なんだから。
「リリア様、ここは王都です。武器屋だって他にもあります。これから一緒に武器屋を回って、鞭を探してみましょうか」
「その前にムルー、私はあんたに確認したいことがあるんだけど」
「おや、どうしましたか、アルティ様? アルティ様も何か買う物がありますか? もちろんご一緒させていただきますよ」
「違うわよ。私も噂で聞いた程度だから確認したいんだけどさ……あんたさ、彼女いるはずよね?」
「はい、いますよ」
やっぱり噂は本当だった。
王都の女性の間で噂になるくらいナンパしてるくせに、現在進行形で付き合ってる彼女がいるのだ。
平然と、ありとあらゆる女性に浮気しているような物よね。
言ってしまえば屑よ、屑。
付き合ってる彼女がかわいそうだし、本命がいるのに絡まれる私達だっていい迷惑よ。
ただ、リリアはこの噂を知らなかったみたいで、これを聞いて怒ってる。
「ええ、彼女さんがいるの!? じゃあ街中で女の人に声かけて一緒に行動してたらまずいでしょ!」
「大丈夫ですよ、リリア様。俺は全ての女性の愛を平等に受け止めないといけないのです。そしてそれをミイナも了承しています」
ミイナって、ムルーの彼女の名前かな。
「ミイナは一人じゃ何もできない。だから俺がいてやるんです。俺がいないと困るから、ミイナは俺を受け入れてくれる。だから大丈夫なんですよ」
「言うこと聞いてくれるからって、ムルーが何をしてもいいってわけじゃないでしょ! そのミイナって人、絶対傷ついてるよ!」
「だったらミイナは俺と別れればいいだけですよ。まあ俺は全ての女性の愛を手に入れるのが使命だと思ってるんで、また声はかけますけど、たぶんその時は一番の存在ではなくなってるでしょうね」
うーん、聞いてて気持ちのいい話ではないな。
要するに、惚れた弱みにつけこんで、ムルーの日常的浮気を受け入れさせてる感じか。
私はハスタほど聖人ではなく、面倒なこととかは避けたいなーって考えたりもするけれど。
一応これでもハスタ率いる勇者パーティの一員でもあり、こういう悪い奴を見かけたら懲らしめてやりたいと人並みには思うわ。
ナンパを回避して家に帰るという作戦はことごとく失敗してるけど、ここからは天才魔法使いの実力を発揮して懲らしめてやろうじゃない。
「ムルー、それはあくまでムルーとミイナの問題だから、私としてはあれこれ言うつもりはないわ。まあそこは自由かもね」
「アルティ様、わかってくれますか。俺もミイナもこれで幸せなんですから、大丈夫なんですよ」
私が肯定的なことを言うと、ムルーの表情は晴れやかに、対照的にリリアのそれからはショックが窺い知れるようになる。
大丈夫だって、リリア。
これはこいつを懲らしめるために必要な過程に過ぎないんだから。
「まあでも、リリアも言ってるように、本当は傷ついてるかもしれない。そういう本音がいつか関係を壊すかもしれないわよ」
「そうなっても、やっぱり別れたらいいだけですよ。いずれ俺は全ての女性を愛するわけだし、一番の彼女でいることにプレッシャーがあるなら、軽いポジションに移ればいいだけですよ」
「いいや、あんたとしてもミイナを一番に置いておきたいはずよ。色々と言ってるけど、結局あんたのやってることは浮気と言えるし。そんな浮気を見逃してくれる彼女ってのは、あんたからしても貴重なはずよ」
「……」
ずばり指摘してやると、あんなに軽やかにぺらぺら喋ってたムルーが黙り込んだ。
やっぱりムルーとしても、ミイナとは別れたくないっていうのが本音みたいね。
「そんなあんたからしたら、我慢の連続でミイナを追い込んでいることが怖くもあるはず。ため込んだストレスが爆発したら、関係が壊れるかもしれないのだから」
「アルティ様は結局何が言いたいのですか?」
「その解決法があるんだけど、教えてあげようか?」
私のこの発言には、二人共びっくりしていた。
まあね、普通に考えたら、私がムルーに説教っぽいことをする場面でもあるしね。
「解決法って……そんなものがあるんですか?」
ムルーがそう訊ねると、私はリリアの持ってるドSナールを指して、
「これをミイナに飲ませなさい。劇的な変化があるはずよ」
特に効能を教えることなく、これを飲ませるよう指示した。
そしたらリリアが即座に、
「そんな! これは私とハスタがイチャイチャするのに必要な薬なのに! ムルーにあげたら困るよ!」
いい感じに効能をぼかして抗議してくれた。
そうだよな、お前にとってのハスタとのイチャイチャって、パンツ被せてもらったり、泥水飲ませてもらったり、足舐めさせてもらうことだもんな。
リリア的には嘘をついてないし、私も私で嘘はついてないよ。
本当のことも詳しく言ってないけどね。
このリリアの必死の訴えを聞いて、ムルーは、
「……なるほど、惚れ薬ですか。確かに今のミイナが更に俺に惚れれば、もっと盲目的になるかもしれないですね」
やっぱりこんな感じで勘違いしてくれた。
狂った薬も狂った娘も使いようよね。
「リリア、あんたこれはもう使わないって睡眠メイユと約束したじゃない」
「そうなんだけど、やっぱり未練は捨てきれないっていうか……」
「私もムルーにああは言ったけど、これならムルーがミイナ一筋になってくれるかもしれないじゃない」
「……確かに、あんなことやこんなことをやってもらえるんだったら、ムルーもミイナにだけ夢中になるかも」
「ここでムルーにこれをあげるのが正しいんだよ。リリアは未練を絶つために、ムルーはミイナと純粋なカップルになるために、これをあげるのがベストだよ」
「わかった……」
リリアを説き伏せてドSナールを受け取ると、私はそれをムルーに突き出した。
「ムルー。あんたにこれをあげる。でも条件があるわ」
「何でしょうか?」
「私達との買い物はもう終えて、今すぐこれをミイナに飲ませてあげなさい」
「わかりました。アルティ様とリリア様とのデートを終わらせるのは残念ですが、惚れ薬もまた魅力的ですからね。その条件を飲みましょう」
よし、これで私達はようやく帰れる。
交渉成立ってことで、ムルーは私が突き出していたドSナールを受け取った。
ようやく解放される時が来たわけよ。
「アルティ様、リリア様、今日はありがとうございました。よければまた一緒に買い物しましょう」
「ムルー、鞭のありそうな店を考えてくれてありがとう。ミイナの扱いのことは快く思ってないけど……薬が仲の改善に繋がったら私も嬉しいよ」
私は会うのが今日で最後なのを祈っておくわ。
こうしてムルーは、自分が持ってるドSナールを惚れ薬と勘違いしたまま、ミイナに飲ませに行った。
地味に長引いたムルーのナンパ騒動は、こうして終わったのだった。
「さあ、私達は帰ろうか」
「何を言ってるの、アルティ?」
「は?」
「一旦帰ろうって言ってたのは、ハスタのごはん食べに帰ろうって話だったでしょ。でも外食で済ませたし、鞭のある店にも目星ついたからね。これから買い物頑張ろう!」
「……自室で明日の予定を考える予定があるからそろそろ帰りたいんだけど、駄目?」
「駄目!」
ムルーの件は色々解決できたかもしれないけど、こっちはまだまだ解放されそうにないな。
「……あ、ムルー。おかえり。今日もやっぱり……?」
「ただいまー。当然ナンパはしてきたよ。全ての女性を愛し、そして愛されるのが俺の使命だからね」
「そ、そっか……そう、だよね……」
「何? そんなに嫌なの? だったらいっそ別れてみる?」
「そ、そんな! 嫌なわけない、だって私はムルーが好きだから!」
「ならいいんだよ。俺もミイナが一番だよ。だからミイナも俺を受け入れてね」
「う、うん……」
「あ、そうそう。今日ね、面白い物を手に入れたんだ。じゃーん」
「……飲み物? ムルー、これは何?」
「いいからいいから。飲んでみてよ。さあさあ」
「ちょ、ちょっと……せめて何なのか教えてくれてからでも……んんん!?」
「さあ、これでもっともっと俺に依存してね。もう何も気にならない……」
「おらああああ!」
「ぎゃああああ!?」
「私がいるのに毎日毎日ナンパしやがってぇ! 今日こそはぶっ殺してやるからな!」
「ミ、ミイナ……? ミイナ、ミイナさん、どうしました、ミイナさん!?」
「お前が他の女をナンパしてる時、私がどんな気持ちでいると思ってんだ、クソがあああ!」
「おぎゃああああ!」
「それでもお前が好きなんだよ! 私達、付き合ってんだろ!? じゃあ私だけ愛してくれよ、畜生がああ!」
「ミイナさん! すみませんでした! ミイナさんだけ愛します! ミイ、あの、ミイナ様だけ愛させていただきます! ですから……ひぎいいいい!」
「それにしても、とうとうドSナールを手放しちゃったなあ。ムルー、今頃いじめてもらえてるかなあ?」
鞭を探しに武器屋巡りをしてる最中、リリアがムルーのことを振り返った。
その場に立ち会っていない以上、私にはわからないことだけど。
まあ、たぶん狙い通りの展開にはなってるんじゃないのかな。
「たぶん、いじめられてるでしょうね。まあ、今まで有効活用の場面が思い浮かばなかったドSナールが役立ってることを祈るしかないわね」
そう、私にできることは全部やったので、あとは祈るしかない。
ムルーが懲りるような展開になって、ミイナのことを大切にしてくれるようになるのを祈っておくわ。
応援ありがとうございます!
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