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魔法使いと薬草探し

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 私、アルティ。
 魔法使いで、人差し指と小指がくっつくんだけど。
 手の形をグーにして、そこから人差し指と小指を立てて、そのままそれらをくっつけるわけよ。
 上手く伝わってる?
 勇者パーティの中だと、これできるの私だけなんだけど、これってどうなんだろう?
 これって難しいのかな?

 まあそれはどうでもいいんで、置いときましょうか。

 既に人間界と魔界の争いはなくなり、比較的平和な日常が続いていると言える。
 まあ私個人の日常に限って言えば、毎日のように異常者共にぶっ壊されてるわけだけど。
 とにかく既に世界平和は成ったので、これから先に何か問題でも起きない限りは、勇者パーティは暇とも言えるわけ。

 そんな私達なんだけど、今日は珍しく勇者っぽい仕事がある。
 まあ、平和が脅かされたとか、そういう話じゃないから安心して。

 薬草ってのがあるのよ。
 健康に良い食品みたいなもので、あと病気になった時とか外傷を負った時にも効く。
 私達も冒険してた頃はよくお世話になってたわ。
 そんな人類の健やかな人生を支えるようなアイテムなので、人々の必需品として安価で売られている。

 安く売られてて庶民的なアイテムなのはいいんだけど、これ実は手に入れるのは難しいのよ。
 いや、なんて言えばいいんだろう?
 地面から生えてる薬草を引き抜いて持って帰ればいいだけなんで、これだけ聞けば簡単そうなんだけど。
 生えてる場所が人間界でも魔界でも厳しいところにあるわけよ。
 薬草そのものに生命力があるので、あえて厳しい環境に生えることで、草食の生物から身を守ってるって話らしい。
 そんなだから、薬草を採りに行くのは難しいってこと。

 そんな採取の難しい薬草だと、レアアイテムってことになっちゃって、安価で売るのは難しいことになるかもしれない。
 そうなったら、庶民的には安易に手の出せない商品となり、人々の健やかな生活にも影響が出てしまう。
 そこで出番なのが、高い能力を誇る勇者ってわけ。
 王様が薬草採取を勇者の仕事の一つとしたので、勇者パーティは定期的に薬草を取りに行かないといけないの。
 勇者という危険な仕事もこなせる存在があるから、薬草を大量に確保できるし、大量に確保できるから安価で庶民に売ることもできる。
 そう考えると、まあこれも大事な仕事だと割り切ることはできるだろう。



 という前振りを終わらせて、私が今どこにいるかというと。
 ほぼ垂直とも言える崖を登ってて、その途中で力尽きようとしている。
 断崖絶壁にリリアと取り残され、シャレにならないレベルで命の危機を迎えている。

 この崖を登り切った頂上に薬草スポットがあるらしいんだけど。
 フィジカル的な物が私やリリアにないのは、ここまで愚痴に付き合ってくれてたら、わかるよね?
 なので私とリリアは崖登りの途中で、同じようなところで止まってしまい、力尽きたら落ちるという大ピンチに陥ってしまったわけ。

 いや、私もね、事前にちゃんと言ったのよ?
 私は魔法使いであり、身体能力はむしろ低い方だから、今回は一緒には行けないって、極めて冷静な自己分析を以てハスタにそう言ったのよ。
 リリアも同じようなことを訴えたけど、ハスタは、

「大丈夫だよ。少し厳しいってくらいで、頑張ったらアルティもリリアも登り切れるよ。人数多い方が薬草もたくさん採れるし、一緒に頑張ろう」

 なんてことを言い出した。
 ハスタが言ったことなら何でも聞いちゃうリリアは、それで即座に意見を変えたし。
 リリアが意見を変えちゃった以上、私は拒否したままだと何か大人げない感じがあるので、こっちも渋々承諾したのよ。
 だけど失念してたの。
 ハスタは凄い身体能力を誇ってるから、こういう活動の目算に関しては非常識であることを。
 ユージュの時だって、あの握手で殺されかけてた時も、私達の悲鳴を大袈裟と捉えていたわけだし。
 今回だって、実際にやってみたらわかったけど、少し厳しいってレベルでは断じてない。
 私からすれば魔王討伐と同じくらい、いや下手したらこっちのが高難易度にすら思える。

 今は良い感じの出っ張りにどうにか手と足をかけて立ち往生、いや登り往生って言った方がいいのか?
 とにかく、どうにか止まることはできてるけど、もうこれ以上登る力はないし、ここで止まったままでいるのも力を浪費して大変である。
 これ、マジで私達死ぬんじゃないかな。

「ア、アルティ……私、もう手も足も感覚なくなってきたんだけど……」

 隣のリリアが私に泣き言を吐く。
 弱気になりたいのは私の方よ、感覚だって私もなくなってきてるわ。

「ううう、この仕事が終わったら、ハスタに告白しようと思ってたけど、もうそれも無理なのかな……」

 やめろ、そういうこと言うの。
 そういうセリフを言う奴は大抵死ぬのよ、読書好きな私はその辺わきまえてるんだから。
 ていうか、喋るのだって体力使うんだから、少しでも生き長らえたいなら黙ってなさい。
 この身に残っている力の全てを、手と足に集中しなさい。
 まあ、そうやって生き長らえても、具体的に解決法がないのであれば、約束された死を少しだけ先延ばしにしてるに過ぎないんだけど。

「先に行ってるダイヤとメイユとハスタは大丈夫かなあ。せめてハスタだけは無事でいてほしいんだけど」

 話しかけても返事がなかったからか、リリアは話題を仲間の安否へと変えた。
 そう、勇者パーティとしての仕事である以上、私とリリアの他にもこの崖登りに挑戦している。
 メイユはあらかじめ睡眠メイユにしておいたし、ハスタは素で高い身体能力を誇るので、たぶん大丈夫だと思う。
 私とリリアより先を行って、その姿はもうとっくに見えなくなっている。
 もしも睡眠メイユが崖登ってる途中の段階で誤って鼻ちょうちんを割ってしまって普通のメイユに戻ったら、それはやばいと思うけど。
 まあ睡眠メイユがそんな失敗をするとも思えないし、この二人はたぶん大丈夫でしょ。

 それより問題はダイヤよ。
 私達よりは体力あるから、ハスタ達についていくペースで登って行ったから姿はすぐに見えなくなっちゃったんだけど。
 かといって抜群に体力があるわけでもないので、私達よりちょっと先の方で、体力が尽きて登れなくなってるかもしれない。
 ダイヤだとそこから粘ることもしないで、落ちてもアッちゃんとリッちゃんが下にいるから受け止めてくれますよね、みたいなノリで落ちかねない。
 いや、ないとは思うんだけど、あいつの悪乗りを考えると、あるとも思えちゃうんだよね。
 もしもダイヤが落ちてくるようなことがあれば、当然私達は受け止められることもできず、仲良く三人で落ちていくだけだ。

 ……いや、これマジでやばいと思うんだけど。
 笑いごとじゃないからね、本当に。
 下手したら走馬燈と題して過去編がスタートする可能性もゼロじゃないからね。

「アルティ、魔法でどうにかならないの? 鳥みたいに空を飛べるようになる魔法とかないの?」

 リリアがそんなことを言い出したんだけど、あるならとっくに使ってる。
 魔法も使える、薬も作れる、そんな天才な私なんだから、あーそうだ空飛ぶ魔法を忘れてた、なんてことはあり得ないのよ。
 それがあるなら、人差し指と小指の件が終わった後に、崖登る必要があったんだけど空飛んで済ましたわ、で話が終わってるのよ。

 体力を保つために発言すら控えていた私だけど、今回のこれは明確に私に話しかけている。
 なので、黙ってるわけにはいかないのかもしれないけど、喋ることによって体力を消費したくもないから、

「ない」

 の一言だけをくれてやった。
 そしたら、

「じゃあ魔法を応用して助かろう。確かアルティ、風を起こす魔法は使えたよね? それで頂上まで飛ばすのはどう?」

 しつこく食い下がってきた。
 だけどまあ、魔法の応用でこのピンチを切り抜けるってのは良い考えかもしれない。
 少なくとも、この状況で粘ってるだけだと、間違いなく落ちる。
 それなら、直接的に空を飛ぶような魔法じゃなくとも、駄目元で色々と試してみてもいいかもしれない。

 喋るのだって貴重な体力を使うわけだけど、ここは仕掛けどころかもしれない。
 あえて魔法においては素人であるリリアと積極的に意見を交わし、この状況を打破する起死回生の作戦を練ろう。

「風魔法は、凄い勢いの風で押すというよりは、風の刃で敵を切り刻むというような物よ。ここで上昇気流的に使っても、私達が血まみれになるだけだわ」
「……それさ、威力を弱めて、ハスタの服だけ切り刻めない? 魔法だってことは伏せておいて、質の悪い強風と説明したら合法的にハスタの裸が見れるよ!」
「死んだらそれも夢物語だから、まずは真剣に生き残る方法を考えてちょうだい」
「そっか……あ、じゃあ氷魔法はどう? 私達のすぐ下に、崖にくっついてる分厚い氷を作るの。そこで休憩したら、また登る気力が復活するかも!」

 氷魔法で足場を作る、か。
 氷魔法は、吹雪を発生させて相手に放ち、相手を凍らせて攻撃するという物だ。
 要するに、細かな氷の塊を作り上げるには不向きというか、それをするなら相当な技術がいる。
 いや、その技術だけなら天才たる私は持っているけど、魔力消費が激しいから、技術以上に魔力が必要になるのよ。
 ただでさえ、崖登りの途中で力尽きそうなくらいやばいのに、そんなに魔力使ったら、いよいよ私がやばくない?

 まあでも、贅沢を言ってられない状況ではある。
 やるだけやってみるとしよう。

「わかったわ、リリア。あんたの提案に乗ってあげる。氷の足場を作ってあげるからちょっと待ってなさい」
「本当? アルティ、ありがとう!」

 覚悟を決めて、私は本来は大雑把に放つ氷魔法で、精密な操作によって氷の足場の作成を試みる。
 というわけで、まずは魔法を放たないと始まらない。

「コドモヨロコブ・オトナコワガル」

 氷魔法を放つ呪文を唱え、強烈な吹雪を発生させる。
 普段だとこれを敵に向けて大雑把に放てばいいんだけど、今回は足場を作ることが目的だ。
 そこから更に精密な操作を行い、吹雪を私達の下くらいに集めて維持する。
 すると、段々とそれが固形として固まっていき、大きな氷の塊となっていく。
 やがてそれは断崖絶壁と繋がった氷の足場と化した。
 作戦成功だ。

 とはいえ、氷は氷だ。
 分厚い氷にはしたけど、初めての試みでもあるので、人間が乗っかって耐えうるほどの物かはわからない。
 飛び乗った瞬間にパリンッてなるかもしれないし、一人が乗って大丈夫だったとしても、二人目でパリンッてこともあり得る。
 だけど、もともと力尽きそうだったのもあったし、そこから魔法の精密操作でいよいよ疲労困憊に陥っていた私は、自分の意思に関係なく氷へと倒れ込んだ。
 めっちゃ怖かったけど……氷の足場は耐えてくれた。
 続いて乗ってきたリリアにも耐えてくれて、氷魔法作戦は本当の意味で成功した。

「あー、横になって休憩できるー! 正直死ぬかと思ったけど、何とか助かったー! ありがとうアルティ!」
「ああうん、どうも……」

 ようやく体を休められるとあって、リリアは一気にテンションが上がった。
 私は、もう限界間近だったこともあり、弱弱しく呟くことしかできなかった。

 まあでもこれで少しは体の回復を図れる。
 これで数時間も手足を休めてやれば、また崖を登ることができるかも……あれ?

「……冷たい。やばい、冷たい! 痛い!」

 私は仰向けになってたわけだけど、氷と接している後ろ部分が冷たいを通り越して痛くなってきた。
 落ちないようにする、体を休めたいってことだけを考えてたのですっかり失念してたけど。
 氷は、とてつもなく冷たい。
 ずっと接触してたら、接してる所が痛くなる。

 このまま仰向けでいたら私の体の後ろ側が死にかねない。
 冷たさだけどうにかしたいなら靴を履いてるのだから立てばそれで済むけど、ずーっと力を込めてた手足を急に休ませたからか、休ませた途端に感覚なくなっちゃって、立ち上がれないような状況である。
 じゃあどうするかって、うつ伏せに切り替えるしかない。
 リリアも同じように仰向けからうつ伏せへとチェンジしたけど、前面が同じように痛くなるのも時間の問題である。

「ど、どうしようアルティ!? 冷たすぎて体が痛いよ! かと言って立ち上がる力もないよ!」
「痛い痛い! そ、そんなのわかってるわよ! とにかく寝返りを打ち続けて耐えきるしかないでしょ!」

 普段そんなに騒がしい方でもない私ですら、この激痛には叫ばざるを得ない。
 断崖絶壁に取り残された状態で手足を休めるにはこれくらいのデメリットを受け入れないといけないのかもしれないけど、それでも痛けりゃ声も出るわよ。
 ただ、例えばユージュの握手の時がそうだけど、これよりも酷い激痛を今まで経験してるわけだし、それを考えると耐えきれないとは思わない。
 とにかく限界ぎりぎりまで体の前面と後面を交代させながら、手足が回復するまで粘るのよ。

 そう思ってたんだけど、この辺からある異常が起きてしまった。
 普通に横になってるだけなのに、端の方へと少しずつ滑るようになってきた。
 この端っていうのが繋がってる崖側だったら、滑っても崖が体を受け止めてくれるんだけど、滑っている方向が何もない空中の方なので、ちょっとやばい。
 落ちないために作った足場だと言うのに、このままだと氷の足場から滑り落ちてしまう。
 でも、大事な足場なので平行になるよう気を付けて作ったのに、何でこんな滑りだしたんだろうって考えて、一つの結論に至った。

 体温で氷がとけて、見た目ではわからない傾きができてしまったのだろう。

 ああ、やばいやばい、このままじゃ落ちちゃう。
 言うことを一つも聞かない手足を無理やりにでも動かして立ち上がろうか。
 いやでも、これだけダメージを負ってる手足が、無理やり程度で動いてくれるのだろうか。
 今無理やり動かしたら、もう二度と動かなくなったりしない?

 そんな感じで慌てていると、同じ危機的状況であるリリアが、

「アルティ、氷魔法で柵を作って! このままじゃ落ちちゃうから、柵を作って! はやく!」

 まーた無理難題を私に押し付けてきた。
 こっちは手足を無理やり動かすことで後々の人生に影響する後遺症が残らないか心配してるってのに、そこでまた氷魔法ですか。
 ここで氷魔法を放って、後遺症で魔法使えなくなったら、私ただのアルティになるんだぞ?
 まあ、ビジュアル的には結構いいし、魔法がなくとも知識はあるから、まだどうにか生きてはいけると思うけどさ。
 もしも魔法が使えなくなったら、長年魔法使いとして活動してきた私はショックだぞ?

 ああでも、また体が冷たすぎて痛くなってきた。
 寝返りを打って、その間にも体は徐々に滑っていっている。
 癪だけどリリア案以外に解決法も思い浮かばないんで、氷魔法で柵を作る作戦でいくしかない。
 氷魔法の呪文を唱えて発動し、今度は足場ではなく柵を作るように精密に操作していく。
 体力の尽きかけてるこの状態での氷魔法の精密操作は本当にきついけど、もうここは根性で乗り切るしかない。

 こうして根性を絞り尽した結果、厚く頑丈な氷の柵が完成した。
 ここまでくると、自分の才能と頑張り続けられる姿勢が、我ながら怖いわ。

 つるつると滑っていた私の体だけど、完成した柵が受け止めてくれたので、これでもう落ちることはないだろう。
 リリアも同じで、どうにか私達二人は死なないで済んだ。
 とりあえず落下死の危険性は私のファインプレイでやり過ごしたけど、氷と接してる体がどんどんと冷えていく問題は未解決のままである。
 ただ、もう無理だろうって思ってた追加の氷魔法も放てたんで、手足も多少無理すれば問題なく動くのかもね。
 幸いなことに柵もできたんで、柵に寄りかかりながらだったら、多少は手足の負担も軽減させながら立てるかもしれない。

「アルティ、また助けてくれてありがとう! アルティがいなかったら、私は今頃どうなっていたか……」
「それよりも、この柵でも掴んで立つわよ。このまま横たわってても冷たいというか痛くて、回復どころじゃないから」
「……そうだね。このままだと、体中の感覚がなくなって、本当にやばいことになるかも。手足はまだきついけど、頑張って立とうか」

 意思の共有ができたので、私達は氷の足場に立つことにした。
 柵を掴んで、ついでに互いに相手をも掴んで、どうにかこうにか立ち上がる。
 先の件で意外と自分に根性があると知っているので、その根性を頼りに体を起こし、ついに私は二つの足で立つことに成功した。
 先にも言ったように靴があるので、立ちさえすれば氷と直接触れることはない。
 それまでに長い間横たわってたせいで衣服は完全に湿っており、そのせいで寒いのは寒いんだけど、横たわっていた時よりはずっとましである。
 少なくとも、痛みの伴う寒さではない。
 結局足場は氷のままなので、歩く際には気をつけないと滑って転ぶだろうけど、突っ立ってるだけなら問題なく立ってられる感じだ。
 立ってたら休憩にならないんじゃないかとも思ってたけど、これが案外楽であり、下手したら横になってるより休めるかもしれない。

 断崖絶壁に取り残された時はどうなることかと思ったけど、どうにか生き残る状況は作れたと言っていいだろう。

「無事に立てたね、アルティ! でもどうする? ここで一生過ごすわけにもいかないもんね。私だってまたハスタと再会したいもん」

 ただ、リリアも今言ったように、あくまで落下死しない環境を作り上げただけであり、これで終わりとするわけにはいかない。
 最終的な目標としては、この断崖絶壁を登らなくてはならない。
 それはどうしたものかと考えてると、

「ねえアルティ。氷魔法でさ、階段作るのってどう? 階段ならどうにか上がっていける感じしない?」

 またまた私に頼り切りの提案をしてきた。
 いいよねリリアは。
 魔法使えないんだから、魔力も体力も尽きかけてる状況で、精密に魔法を操作する大変さを知らないんだから。
 上を見ても頂きが見えないくらいの断崖絶壁で、その頂に着くまでずーっと氷魔法使って階段作れと。
 それがどれほどの無理難題なのか想像すらつかないんだもんね。

 なあリリア、例えば今のユージュと素手でタイマンしろって言われて、生きて帰れると思うか?
 ハスタ中毒に陥ってると言ってもいい今のお前の今後の人生で二度とハスタと会えないってなって生きていけると思うか?
 それぐらいの無理難題を言ってるんだよ、あんたは。

「あのねリリア、魔法ってそう簡単な物じゃないのよ。あんた私にだけ死ねって言うの?」
「ああ、やっぱり大変なんだね。ごめんね、でも他に方法ってないと思うんだよ」

 そう、本当に残念なんだけど、確かに私も他の方法を思いついてはいないんだよね。
 こんな断崖絶壁にぽつんと作った氷の足場で一生を過ごすわけにはいかないと思ったのは他ならぬ私自身であり、他に方法がないならやるしかない。
 あまりに私の負担が大きいから、必死に他の方法を考えてはいるんだけど、私の頭脳を以てして思いつかないなら、たぶん他にはないんだと思う。

 仕方ない、腹をくくるしかないのか。
 ここまで来たら実験だ、私にどれほどの根性があるのかどうか試してやろうじゃない。

「……わかった。覚悟を決めるわ。氷魔法で階段を作るから、それを上がっていきましょう」

 私は炎魔法で氷の柵の一部分をとかすと、次は氷魔法で上方向へ続く段差のある氷を次々と作っていく。
 落下防止の意味を込めての手すり付きである。
 新しく作った氷の階段に関しては、体温でとけたりはしてない作り立ての状態なので、思ってるよりは滑らない。
 なので、階段としてはしっかり機能してくれており、問題なく上がることはできる。
 問題点を挙げるなら上がる人間の方にあって、足腰はガタガタだし、私はそこに加えて階段を上がりながら氷魔法を続けないといけない。

 はっきり言おうか?
 辛すぎて涙が止まらない。
 何で私こんな辛い思いしないといけないの?

 あまりに無理をし過ぎて、体の痛くない場所を探す方が難しいような状況になっている。
 でも、無駄死にしないためにも、もうこれを頑張りぬくしかない。
 気を失いそうなくらいきついのを、最早お得意となった根性でどうにか上がり続けて、階段も作り続ける。
 途中、ダイヤが断崖絶壁に一人取り残されてたので、ダイヤもこの階段に合流できるルートで階段を作った。
 思惑通りに進み、ダイヤが階段に加わると、

「いやあ、ハーさん達に途中まではついていったんですけど、あいつらマジでフィジカルモンスターっすよね。私もう動けなくなっちゃって、死ぬかと思いました。それにしてもアッちゃん、面白いこと考えましたね」

 みたいなことを言ってたけど、ガン無視して黙々と階段作りに没頭する。
 もう集中を他に移した瞬間に気絶しそうな気がするし、何なら死にそうな気がする。
 私が涙ながらに作業してるのをダイヤが茶化してたけど、それも無視してひたすらに頂上を目指す。

 ああ、何でこんな過酷すぎる登山なんかしなくちゃいけないんだっけ?
 何か世界平和を脅かす新たな脅威が出てきたんだったか?
 そうだよな、そうに違いない。
 じゃないと、断崖絶壁に取り残されて死にかけて、命がけで魔法を放って崖登りしている説明がつかないもの。
 私はアルティ、勇者ハスタのパーティで魔法使いを任されている。
 勇者パーティの一員として、世界の平和を守る義務がある。
 だからこそ命を懸けてでも、あの頂きに辿り着かないといけない。
 そこにいる新たな敵を倒して、今度こそ世界に平和をもたらすんだ。

「あ、アルティ! 頂上が見えてきたよ!」

 リリアが言ったように、ついに頂上が見えた。
 この地獄があともうちょっとで終わる。
 そう思うと、少しだけ心が弾むも、気を引き締め直さなければいけない。
 この後に、新たな強敵とのバトルが待っているのだ。
 心身ともにボロボロだけど、勇者パーティの一員として泣き言は言ってられない。
 さあ、魔法使いアルティが相手だ、かかってこい。

「あ、アルティ。それに皆も。もう遅いよー、私達、結構もう薬草採っちゃったよ」

 敵に備えて登り切ると、そこには呑気に薬草採取に勤しむハスタと睡眠メイユの姿があった。
 ……うん?
 あれ、敵はどこよ?
 強大なる敵を倒すために、私は命の危機を乗り越えたんだよね?

「あーハスタ! 会いたかった! 途中で死にそうになったから、もう二度と会えないかと思ったよー!」
「もうリリアったら、ただ薬草を採りに来ただけなのに、死にそうだなんて大袈裟だよー」

 リリアとハスタの会話を聞いて、私は呆然とした。
 あれだけの危険を、心身ともにボロボロにしてまで乗り越えたのは、薬草のためだった?
 記憶を辿ってみると……ああ、確かにそうだわ。
 私、薬草のためにこんなに辛い思いしたんだなあ。

 そう考えると、ちゃんと事前に無理だと告げたのに、平気平気と私達を連れて行ったハスタに対して、怒りとか色んな感情が湧き出てきた。

「さあ、全員揃ったから、皆で持てるだけ薬草を集めて……あ、アルティ?」
「ふざけないでよおおぉぉ! 私が、ここに来るまで、何回死にかけたと思ってんのよおおぉぉ!?」
「アルティ!? ちょ、ちょっと落ち着いて……な、泣いてるの? どうしたの?」
「ハスタ、私言ったよね!? 今回の任務はついていくの無理そうって! でもあんたは大丈夫って言ったから、私はこんな目に遭ったのよ!」
「で、でもちゃんとここまで辿り着けたでしょ?」
「奇跡の積み重ねによってな! 誰一人欠けることなくここに来れたの、本当に奇跡だぞ! 命がけで奇跡起こして、その結果が薬草採れるって何じゃあ!?」
「ご、ごめん! そんなにつらいと思ってなかったの! 次からはアルティ以外の四人で行くから! ごめんね!」

 号泣しながらハスタに訴えかけると、次からは参加しなくてもいいよっていう許可を得られた。
 自分で断言するけど、内心色々と愚痴っぽく思うことは多くても、今回みたいに大声でブチ切れるということを私はあまりしない。
 そんな私が涙ながらに大絶叫で切れ散らかしてるもんだから、ハスタもこれはやばいって思ったんでしょうね。
 あんまり褒められた態度じゃないかもしれないけど、たまには大声張り上げるのもいいのかもね。

「あ、あの、ハスタ。ハスタの言うことは極力何でも聞きたいんだけど、こればっかりは私も次からの不参加を許してほしいな」
「じゃあ私も不参加でお願いします。人が死にそうになってるのを見るだけなら面白いんすけど、さすがに自分も死にかけるのは勘弁っす」

 ちゃっかり次の参加人数に数えられてたリリアとダイヤも不参加を要請した。
 特にハスタのことなら何でも受け入れようっていうリリアまでもがこうなるんだから、ハスタはマジでこれの危険性をしっかりと把握してほしい。

「ええ、リリアとダイヤまで!? もちろん不参加でいいんだけど……これってそんなにきつい仕事かなあ?」
「寝てる時の私やハスタならできるかもしれないけど、それぞれ得意不得意があるからな。自分ができるからって強要するんじゃなく、ちゃんとメンバーの特徴を踏まえて仕事を割り当てるのもリーダーの役目だ」
「そっか、そうだよね。私、皆のことあんまり考えてなかったのかもしれない。不甲斐ないリーダーでごめん!」

 睡眠メイユの言葉に納得したハスタは、私達三人に頭を下げた。

「そ、そんな! ハスタは最高のリーダーだよ! 頭を上げてよ、何も不満に思ってないから!」

 ハスタのことを心から愛してるリリアは、謝られたことにテンパっている。
 ダイヤは何も発さず、珍しいリーダーの姿にニヤニヤしている。
 そして私はと言うと、

「……わかってくれたならいいのよ。今回はちょっと判断ミスしたと思ってるけど、基本的にはハスタがリーダーでよかったって思ってるから」
「普段から冷静なアルティがあんなに叫ぶくらい怒ったのに、許してくれるんだね? ありがとう、次からは間違えないように気を付けるから」

 どうにかこうにか泣き止んで、ハスタを許すことにした。
 最近ハスタのことをちょっとした天然だと思い始めているけど、それでも勇者らしい素晴らしい人だとは心から思ってるからね。
 ハスタの言う通り、結果だけ見れば誰も欠けることなく目的地に着いたわけだし、判断ミスを謝ってくれたんだから、この件を引きずる必要はない。

 気を取り直して、薬草を採って帰ろう。

 ……うん?
 帰る?
 帰るって、どうやって?

「……は、はは、ハスタ。これ、帰りはどうするの?」
「え、帰り? もちろん崖を下りていくけど?」

 よくよく考えたら、わかることだった。
 崖を登ってきたんだから、帰りは当然その崖を下りていく。
 地獄はまだ終わっておらず、むしろ折り返し地点に過ぎなかったのだ。

 それに気づいた瞬間、もう一度ハスタに切れようかとも思ったけど、さっきもう許した感じになったので、今更怒れない。
 とにかく、現状のヤバさに気付いた次回不参加組の三人が顔を見合わせていると、

「次からは参加しないでいいけど、今回はもうここまで来ちゃったから、帰るまでは頑張ってね。じゃあ私とメイユはもう薬草採ったから下りるね」

 ハスタはそう言い残して、睡眠メイユと共に行ってしまった。

 ……えーっと。
 手足ボロボロ、魔力尽きかけ、衣服は濡れて体も冷え込んでる、そして終わったと思ってからの地獄再開による精神的ショック。
 この悪条件の中で、崖下りをしていくわけか。

 これ、今度こそ私の命が終わるんじゃないかな?



 地獄の崖下り編についてだけど、またも奇跡が積み重なって、どうにか生還を果たすこととなった。
 その詳しい描写に関してだけど、正直崖登り編と似たような展開なんで省略させてもらうわね。

 まあ色々あって、こうして今も生きてるわけだけど。
 崖と薬草だけはしばらく見たくもない。

 こうして薬草採取の仕事は、私にトラウマを植え付けて終わったのだった。
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