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第3章 手にした真実
39話 元家令の証言⑶
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それは、探していた元家令であった。
カハル・マクマーンは被っていた帽子を脱ぐと、くしゃくしゃにして握り締める。息を整えるように何度も深呼吸をしたカハルが、落ち着いてきたところで口を開いた。
「お嬢様、何故、どうやってここへ」
「エドガー様に連れてきていただいたの」
「エファまで……」
「マクマーン様、ご無事でなによりでございます」
日焼けした肌に、白いものが混じり始めた髪。目尻に刻まれた深い皺は、ソランスターにいた頃にはなかったものだ。優雅に羽根筆を握っていた手は荒れ、家令だった頃の面影はほぼ残っていない。
「お嬢様、お綺麗になられました。そして随分と大人になられたものです」
「マクマーンさん、感動の再会もいいが、貴方には少し聞きたいことがある」
「フォーサイスさんと言いましたか。お嬢様とはどのようなお知り合いで……」
剣呑な目でエドガーを見ていたカハルに、レインリットは慌てて説明する。
「違うの、カハル! エドガー様はソルダニア帝国の伯爵様よ!」
レインリットの言葉に驚いたカハルは、レインリットとエドガーを交互に凝視して、へなへなと床にへたり込んだ。
「ま、まさかではございますが、お嬢様は、伯爵様とご結婚なされたのでございますか」
気が抜けてしまったのか、カハルが呆然としたように呟く。そしてその呟きを、カハルに遅れて家に入ってきたアンも聞いていた。二人してエドガーを見たマクマーン夫妻の顔は真っ青だ。
「それも違うわ、カハル。私とエファの二人だけでエーレグランツまで来たのよ。エドガー様は貴方を探す手伝いを申し出てくださったの」
「そうでございましたか」
「それで、その……エドガー様。私、うまく説明できそうにないので、どうしたら」
レインリットは、話したいことや聞きたいことがありすぎてまとまらないというようにエドガーを見た。これは馬車の中で決めたことで、エドガーがレインリットの代わりに質問するための小芝居だ。自分だけではうまく聞き出せないかもしれないと話したレインリットに、エドガーが提案してくれたのだ。
「レイン、私が代わりに聞いても構わないかい?」
「はい、よろしくお願い申し上げます。カハル、エドガー様は私の身に起きたことを全てご承知なの……大丈夫よ、ファーガルお兄様のご友人でいらっしゃるから」
「ファーガル様の?! お嬢様、私には、とても信じられません」
「ティルケット砦の戦いで共に戦われたそうよ」
カハルはエドガーに対して不信感を抱いているようだ。それも仕方がないことなので、レインリットは胸元からペンダントを取り出した。細い金色の鎖の先には、あの妖精のチャームがついている。カハルであれば、このチャームがなんなのかわかるはずだ。
「エドガー様が保管してくださっていたの。見覚えがあるでしょう?」
すると、みるみるうちにカハルの顔がくしゃりと歪み、ボーっと立って成り行きを見守っていたアンが、よろけるように歩み寄ってきて、夫の側で崩折れた。
「はい、私は間近で拝見させていただきましたので……それは、ファーガル坊っちゃまの、ミァンのチャームです」
「ええ、その通りよ。カハル」
レインリットは力強い目でカハルを見据える。自分たちは、このためにやって来たのだ。このままおめおめと引き退るわけにはいかない事情がある。
「ソランスターが大変なの。だから、お願い……知っていることを話してちょうだい」
レインリットの懇願に、ノロノロと顔を上げたカハルは目の縁が赤くなっていた。そして、真っ直ぐに向き合ったレインリットに、虚をつかれたような顔になる。
「お嬢様、ご立派になられました」
当然のようにレインリットを守るエドガーに向かい、深々と頭を下げた。
§
カハル・マクマーンという男は、堅実な家令だったようだ。エドガーは話を聞いていく内に、カハルに対して抱いていた疑惑を改める。今は、愚直なまでに一途である、という印象だ。
「レインの母君が亡くなられたことまでは、私の知っている事実と大差はない。問題はここからだ、マクマーン」
「はい、旦那様のことでございますね」
「そうだ。ソランスター伯爵は海軍将校を兼任していることで知られている。その手腕たるや、我らがソルダニア帝国の提督に匹敵するとのご噂だが……伯爵が職務を放棄して酒に溺れ、借金を抱えるくらい賭博にはまっていたというのは本当かね?」
あまりに酷い転落ぶりだが、レインリットはそう聞かされていたと言う。直接会うこともままならなかったというのだから、きちんとした理由があるはずだった。エドガーの質問に、カハルは驚きを隠せない表情になる。
「とんでもございません! たしかに、旦那様は奥方様が身罷られてからそれはそれは大層気落ちしておいででした。しかし、職務を放棄するなどとは。その当時はイリオハンにおいて大暴動が起こり、シャナス公国海軍にも出兵要請がかかりました。ですから、あまりお屋敷には戻られなかったのでございます」
それは、レインリットにとっても衝撃的な事実だったようだ。口を両手で押さえ、ゆるゆると首を横に振る。
カハル・マクマーンは被っていた帽子を脱ぐと、くしゃくしゃにして握り締める。息を整えるように何度も深呼吸をしたカハルが、落ち着いてきたところで口を開いた。
「お嬢様、何故、どうやってここへ」
「エドガー様に連れてきていただいたの」
「エファまで……」
「マクマーン様、ご無事でなによりでございます」
日焼けした肌に、白いものが混じり始めた髪。目尻に刻まれた深い皺は、ソランスターにいた頃にはなかったものだ。優雅に羽根筆を握っていた手は荒れ、家令だった頃の面影はほぼ残っていない。
「お嬢様、お綺麗になられました。そして随分と大人になられたものです」
「マクマーンさん、感動の再会もいいが、貴方には少し聞きたいことがある」
「フォーサイスさんと言いましたか。お嬢様とはどのようなお知り合いで……」
剣呑な目でエドガーを見ていたカハルに、レインリットは慌てて説明する。
「違うの、カハル! エドガー様はソルダニア帝国の伯爵様よ!」
レインリットの言葉に驚いたカハルは、レインリットとエドガーを交互に凝視して、へなへなと床にへたり込んだ。
「ま、まさかではございますが、お嬢様は、伯爵様とご結婚なされたのでございますか」
気が抜けてしまったのか、カハルが呆然としたように呟く。そしてその呟きを、カハルに遅れて家に入ってきたアンも聞いていた。二人してエドガーを見たマクマーン夫妻の顔は真っ青だ。
「それも違うわ、カハル。私とエファの二人だけでエーレグランツまで来たのよ。エドガー様は貴方を探す手伝いを申し出てくださったの」
「そうでございましたか」
「それで、その……エドガー様。私、うまく説明できそうにないので、どうしたら」
レインリットは、話したいことや聞きたいことがありすぎてまとまらないというようにエドガーを見た。これは馬車の中で決めたことで、エドガーがレインリットの代わりに質問するための小芝居だ。自分だけではうまく聞き出せないかもしれないと話したレインリットに、エドガーが提案してくれたのだ。
「レイン、私が代わりに聞いても構わないかい?」
「はい、よろしくお願い申し上げます。カハル、エドガー様は私の身に起きたことを全てご承知なの……大丈夫よ、ファーガルお兄様のご友人でいらっしゃるから」
「ファーガル様の?! お嬢様、私には、とても信じられません」
「ティルケット砦の戦いで共に戦われたそうよ」
カハルはエドガーに対して不信感を抱いているようだ。それも仕方がないことなので、レインリットは胸元からペンダントを取り出した。細い金色の鎖の先には、あの妖精のチャームがついている。カハルであれば、このチャームがなんなのかわかるはずだ。
「エドガー様が保管してくださっていたの。見覚えがあるでしょう?」
すると、みるみるうちにカハルの顔がくしゃりと歪み、ボーっと立って成り行きを見守っていたアンが、よろけるように歩み寄ってきて、夫の側で崩折れた。
「はい、私は間近で拝見させていただきましたので……それは、ファーガル坊っちゃまの、ミァンのチャームです」
「ええ、その通りよ。カハル」
レインリットは力強い目でカハルを見据える。自分たちは、このためにやって来たのだ。このままおめおめと引き退るわけにはいかない事情がある。
「ソランスターが大変なの。だから、お願い……知っていることを話してちょうだい」
レインリットの懇願に、ノロノロと顔を上げたカハルは目の縁が赤くなっていた。そして、真っ直ぐに向き合ったレインリットに、虚をつかれたような顔になる。
「お嬢様、ご立派になられました」
当然のようにレインリットを守るエドガーに向かい、深々と頭を下げた。
§
カハル・マクマーンという男は、堅実な家令だったようだ。エドガーは話を聞いていく内に、カハルに対して抱いていた疑惑を改める。今は、愚直なまでに一途である、という印象だ。
「レインの母君が亡くなられたことまでは、私の知っている事実と大差はない。問題はここからだ、マクマーン」
「はい、旦那様のことでございますね」
「そうだ。ソランスター伯爵は海軍将校を兼任していることで知られている。その手腕たるや、我らがソルダニア帝国の提督に匹敵するとのご噂だが……伯爵が職務を放棄して酒に溺れ、借金を抱えるくらい賭博にはまっていたというのは本当かね?」
あまりに酷い転落ぶりだが、レインリットはそう聞かされていたと言う。直接会うこともままならなかったというのだから、きちんとした理由があるはずだった。エドガーの質問に、カハルは驚きを隠せない表情になる。
「とんでもございません! たしかに、旦那様は奥方様が身罷られてからそれはそれは大層気落ちしておいででした。しかし、職務を放棄するなどとは。その当時はイリオハンにおいて大暴動が起こり、シャナス公国海軍にも出兵要請がかかりました。ですから、あまりお屋敷には戻られなかったのでございます」
それは、レインリットにとっても衝撃的な事実だったようだ。口を両手で押さえ、ゆるゆると首を横に振る。
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