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デイジーは用事を済ませて屋敷に戻ろうとしていた。町から屋敷まで戻る途中の橋の上で、見慣れた男がこちらを向いて立っている。
「レオ……?」
「そろそろ戻る頃かと思ってな」
少し照れ臭そうに笑うと、歩幅を合わせて隣を歩いた。
「さっき私の古くからの友人が訪ねてきた。アッシャー•トンプソンといって、とてもいい奴なんだよ」
レオは表情に出やすい。さぞ親しい友人だったのだろう。彼の横顔はいつもよりご機嫌でなんだかとても嬉しそうだ。デイジーもつられて顔が綻んでしまう。
「私もお会いしたかったわ」
「彼も君に会いたがっていたよ。それで近頃物騒な事件が多いと聞いて……」
「それで迎えにきてくださったの? ありがとう」
二人の手が僅かに触れ合う。硬くてごつごつとした手だった。その手に触れようと、手を伸ばした瞬間だった。
「危ない!」
レオがデイジーの体を強く引き寄せた。すぐに彼が身を呈して庇ったのだと分かった。二人の横には放たれた矢が深々と刺さっている。
「すまない、大丈夫か?」
「ええ……」
呆然としていると、レオはデイジーの体を引き寄せたまま、辺りを注意深く見回していていた。矢が放たれたらしき方角に人影のようなものは見当たらない。
「怪我はないな?」
「ええ、少し驚いただけ」
デイジーも辺りを見回した。薄暗い森の中、敵の姿は見当たらない。目を細めて、木と木の隙間を注意深く見ていると、僅かに差し込む光に何かが反射したのが見えた。
「レオ……!」
体が自然と動いていた。
放たれた矢はデイジーの頬を掠め、僅かに裂いていた。みるみると鮮血が溢れる。
頬が燃えるように熱い。
標的を攻撃できたことに満足したのか、ガサガサと音を立てながら、人影が撤退していくのが見えた。
「デイジー……!」
レオは持っていたハンカチをデイジーの頬に優しく押し当てた。その手は震えていた。
「私は平気です。レオ、お怪我は……」
ありませんか、と訊ねかけたがレオがあまりにも怖い顔をしていて口をつぐんだ。蒼ざめた表情のまま、とても怒ってるようだった。
「……何故こんな真似をした?」
どうやらデイジーの傷は浅いようだ、レオは安堵したが傷を負わせてしまった罪悪感と、自らの不甲斐なさに苛立っていた。向こう見ずなデイジーに対してもだ。
「何故? 当然のことをしたまでです」
デイジーは頬を押さえたまま、何でもないことのように言う。
「……敵を前にして飛び出すやつが何処にいる?」
「それは貴方が危ないと思ったから……」
「私は何本矢が刺さったとしても大丈夫だ、腕を剣で刺されて貫通したことだってある。だが、お前は違うだろう」
デイジーには傷一つつけない。そう思っていたから無闇に争わずにいた。自らの油断が招いたこととはいえ、彼女の無謀さを責めてしまう。
大人しく私の後ろにいればよかったのだ。と、いうよりレオの知っている"女性"というものは大抵そうするはずだ。
「お前の美しい顔に傷が残ったらどうする?」
「貴方はまだそんなことを……」
デイジーの声には怒りが滲んでいた。
「お礼を仰りたいのでしょう、助けてくれてありがとう、と」
「何を……」
カチンとくるような物言いに、レオも思わず語気が強くなってしまう。
「お言葉ですが、私は顔だけの女ではございませんので」
「ああ、その通りだな。まったく可愛げのない奴だ」
「……それならば、結婚相手はもっと慎重に選ぶべきだったのでは?」
ああ、しまった。冷静さを取り戻し、そう思った時にはもう遅かった。
「いま一度、お考え直しを」
デイジーは険のある目でレオを睨んだ。こんな時でも、デイジーはぞくっとするほど美しかった。
その強気な表情に思わず見惚れていると、デイジーはすたすたと先へ進んでしまった。
なんて言葉を掛けたら呼び止められるのか、レオには分からなかった
「レオ……?」
「そろそろ戻る頃かと思ってな」
少し照れ臭そうに笑うと、歩幅を合わせて隣を歩いた。
「さっき私の古くからの友人が訪ねてきた。アッシャー•トンプソンといって、とてもいい奴なんだよ」
レオは表情に出やすい。さぞ親しい友人だったのだろう。彼の横顔はいつもよりご機嫌でなんだかとても嬉しそうだ。デイジーもつられて顔が綻んでしまう。
「私もお会いしたかったわ」
「彼も君に会いたがっていたよ。それで近頃物騒な事件が多いと聞いて……」
「それで迎えにきてくださったの? ありがとう」
二人の手が僅かに触れ合う。硬くてごつごつとした手だった。その手に触れようと、手を伸ばした瞬間だった。
「危ない!」
レオがデイジーの体を強く引き寄せた。すぐに彼が身を呈して庇ったのだと分かった。二人の横には放たれた矢が深々と刺さっている。
「すまない、大丈夫か?」
「ええ……」
呆然としていると、レオはデイジーの体を引き寄せたまま、辺りを注意深く見回していていた。矢が放たれたらしき方角に人影のようなものは見当たらない。
「怪我はないな?」
「ええ、少し驚いただけ」
デイジーも辺りを見回した。薄暗い森の中、敵の姿は見当たらない。目を細めて、木と木の隙間を注意深く見ていると、僅かに差し込む光に何かが反射したのが見えた。
「レオ……!」
体が自然と動いていた。
放たれた矢はデイジーの頬を掠め、僅かに裂いていた。みるみると鮮血が溢れる。
頬が燃えるように熱い。
標的を攻撃できたことに満足したのか、ガサガサと音を立てながら、人影が撤退していくのが見えた。
「デイジー……!」
レオは持っていたハンカチをデイジーの頬に優しく押し当てた。その手は震えていた。
「私は平気です。レオ、お怪我は……」
ありませんか、と訊ねかけたがレオがあまりにも怖い顔をしていて口をつぐんだ。蒼ざめた表情のまま、とても怒ってるようだった。
「……何故こんな真似をした?」
どうやらデイジーの傷は浅いようだ、レオは安堵したが傷を負わせてしまった罪悪感と、自らの不甲斐なさに苛立っていた。向こう見ずなデイジーに対してもだ。
「何故? 当然のことをしたまでです」
デイジーは頬を押さえたまま、何でもないことのように言う。
「……敵を前にして飛び出すやつが何処にいる?」
「それは貴方が危ないと思ったから……」
「私は何本矢が刺さったとしても大丈夫だ、腕を剣で刺されて貫通したことだってある。だが、お前は違うだろう」
デイジーには傷一つつけない。そう思っていたから無闇に争わずにいた。自らの油断が招いたこととはいえ、彼女の無謀さを責めてしまう。
大人しく私の後ろにいればよかったのだ。と、いうよりレオの知っている"女性"というものは大抵そうするはずだ。
「お前の美しい顔に傷が残ったらどうする?」
「貴方はまだそんなことを……」
デイジーの声には怒りが滲んでいた。
「お礼を仰りたいのでしょう、助けてくれてありがとう、と」
「何を……」
カチンとくるような物言いに、レオも思わず語気が強くなってしまう。
「お言葉ですが、私は顔だけの女ではございませんので」
「ああ、その通りだな。まったく可愛げのない奴だ」
「……それならば、結婚相手はもっと慎重に選ぶべきだったのでは?」
ああ、しまった。冷静さを取り戻し、そう思った時にはもう遅かった。
「いま一度、お考え直しを」
デイジーは険のある目でレオを睨んだ。こんな時でも、デイジーはぞくっとするほど美しかった。
その強気な表情に思わず見惚れていると、デイジーはすたすたと先へ進んでしまった。
なんて言葉を掛けたら呼び止められるのか、レオには分からなかった
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