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御礼 【番外編】 いつかの、未来4

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 遅くなりましたが、『第15回恋愛小説大賞』にてたくさんの投票をいただきありがとうございました。

御礼といってはささやかですが、番外編を書かせていただきました。
公爵一家のただの日常の一コマですが、楽しんでいただけたら幸いです。

■■■■

※長男テオドール視点
 
 「お父さま、ディーと結婚してくれる?」
 「えっ?!」
 
 執務中にいきなりやってきた末娘からの唐突なプロポーズに驚いたものの、父は直ぐに相好を崩した。
 こういうの、娘に言われたいってずっと言ってたからね。心の中では夢が叶って大騒ぎしているに違いない。
 
 濃い金の髪をふわっと下ろして、横に灰色のリボンをつけた妹のディートリントは、今日も大層愛らしい。
 腕にはお気に入りの虎のぬいぐるみを抱え、紫の瞳を目一杯キラキラさせて父を見つめている。
 
 父は完全に仕事の手を止め、可愛くてたまらないという顔で娘を見つめている。
 
 「おとーさま?お返事は?」
 
 なかなか返事をしない父に業を煮やした妹が腰に手を当てて反り返って父に問う。
 そんな勝ち気な様子も可愛くてつい僕の顔も緩んでしまう。
 
 「旦那様、テオドール様。お顔が大変崩れておりますよ。」
 
 背後からヘンリックが呆れた声で突っ込んできて僕は我に返った。
 
 「ディー、父上は仕事中だから・・・」
 「いや、大丈夫。こういうのは後回しにしちゃだめだよね。ディー、結婚したいくらい父を好きでいてくれてありがとう。だけど、父はもうお母様と結婚してるからディーとは出来ないんだ、ごめんね。」
 
 父はわざわざ席を立って妹の前にしゃがんで目線を合わせた。それから、彼女の両手をとって真剣に断った。
 その父の言葉にむっと唇を噛んだ妹は、しばらく考えて言い放った。
 
 「じゃあ、お父さま。お母さまがいいわよ、って言ってくれたらディーと結婚してくれる?」
 「お母様は絶対に、そんなことは言わないよ。」
 「お友達のお母さまは、いつもお父さまのことを飽きた、もっといい人と交換したい、ディーのお父さまがいいって言ってるって聞いたもの!だから、ディーのお母さまにも聞いてみないとわからないわ!」
 
 勢いよく言い捨てて走り去った妹の後ろ姿を見送って、僕と父はヘンリックの方を振り返る。

 「「ヘンリック!ディーにアレを吹き込んだ母娘を突き止めて!」」
 
 「かしこまりました。ですが、こちらの仕事を片付けていただかねば私は動けません。」
 
 しれっというヘンリックに、父は憮然としながら猛スピードで書類の山を片付けていく。
 
 僕は最近、父の仕事を学ぶためにここにいて手伝っているけれども、正直父の仕事量が多すぎてついていけない。
 『十一歳としては大変飲み込みが早いと思いますよ。』と、ヘンリックは慰めてくれたけど、僕は悔しくて勉強量を増やした。
 
 それを見た弟が『兄上が増やすんなら、俺はもっと増やさないと』といって勉強し過ぎた結果、知恵熱を出して寝込んでいた。
 
 
 「エミーリアに限って、僕に飽きたり、他の男がいいと言ったりはしないと、思うんだけど・・・。」
 
 父の動きがだんだん鈍っていって、ついにそんな弱音を吐いた。危険な兆候だ。ヘンリックもヤバいと感じたらしく、『奥様は絶対に大丈夫ですから!』と予防線を張った。

 「でも、気になるからエミーリアに直接聞いてくる!」
 
 ガバッと立ち上がって叫ぶなり、父は扉に向かって一直線に走っていった。
 
 「リーンハルト様!お仕事を終わらせて・・・!」
 「どうしても僕がやらないといけない分は終わった!」
 
 縋るヘンリックにそれだけ言い残して、父は猛ダッシュで部屋から出ていった。
 
 「今日も逃げられました・・・」
 「毎日父がごめんね。ヘンリック、残りは僕がやろうか?」
 
 落ち込むヘンリックがあまりに気の毒で、僕は恐る恐る提案してみた。顔を上げてしばし考え込んだ彼は、数枚の書類を抜き出し机に広げた。 
 
 「テオドール様、こちらのものであれば貴方様がされても大丈夫なものですので、やっていただいてよろしいですか?」
 「もちろん、やる!」
 
 僕は彼に認められたような気持ちになって、高揚する心を抑えながら父が座っていた場所に腰を下ろした。
 
 そこは思っていたより広くて椅子も大きくて気が引き締まった。
 父からはいつもこんなふうに見えてるのか・・・。 
 
 ほんの数枚、父にしてみれば一瞬で終わる内容だろうそれらを、僕は丁寧に全力でやった。
 
 「助かりました、ありがとうございます。」
 
 頭を使って疲れていたけれど、ヘンリックにそう言ってもらえて、僕はとても嬉しかった。
 
 そのまま椅子の背にもたれてぼうっとしていたら、ノックの音とともに扉が開いて弟のパトリックが飛び込んできた。
 
 「兄上、お茶しよう!イザベルが美味しいって言ってたお菓子を伯爵邸に送るついでに、うちの分も買ってきたんだ。」
 「パット、できれば先に僕の都合を聞いてほしんだけど?」
 「え、ダメなの?」
 「ちょうど終わったところだけどさ、忙しいかもしれないだろ?」
 「そんなの聞かなくても、兄上の顔を見ればわかるからいいでしょ?」
 「・・・わかるんだ。」
 「うん。」
 
 そのまま笑顔のヘンリックに見送られて、弟に引きずられるように一階のテラスに連れてこられた。
 
 「パット兄さま、テオ兄さま、お茶が冷めてしまいます。早く席についてください。」
 
 驚いたことに真っ白なテーブルクロスの向こうにちょこんと座った妹がいて、僕達を急かした。
 
 「あれ、ディー。母上との話は終わったの?」
 
 結果はわかりきっているのであえて聞かずに尋ねた僕に、妹は明るく頷いた。
 
 「ええ、お母さまからは『お父さまが大好きだからディーにはあげられないわ』って言われちゃった。残念だけど、なんか安心した。」
 「まあ、うちの両親はとっても仲がいいから、お友達の家のようにはならないと思うよ。」 
 「なんの話?」
 「父上と母上は一生、仲良しだろうって話。」
 「そうだよね。俺もイザベルとそういう夫婦になるんだ!」
 「まずは婚約者にならないとね。」
 「あと少しだと思うんだけどなー。」
 
 お茶を飲みながら呟く弟。僕が見る限りでは、彼の恋は前途多難なようだが。 
 
 「そういえば父上達はお茶しないの?」
 
 お菓子を頬張っている二人に尋ねれば、二人揃って首を振った。
 
 「父上と母上は二人でお茶するんだって。」
 「お父さまがお母さまを独り占めしたいってわがまま言ってたの。」
 「そっか。じゃあ、このまま僕達三人でお茶しよう。パット、お腹空かない?サンドイッチも持ってきてもらう?」
 
 またお菓子で口を一杯にして声が出せず、こくこくと頷く弟を見て、側に控える侍女にサンドイッチと追加のお茶を頼む。
 
 父上達は何のお菓子を食べてるのかな。でもきっと母上が食べたいものが並んでる。父上はいつでもどこでも何より母上優先だから。
 
 口の端にクリームをつけた妹の顔をハンカチで拭いてやりながら、僕の頭にはちょっと、いや、かなり仲が良すぎる両親のことが浮かんでいた。
 
 
 ■■
 ~おまけ~その頃の公爵夫妻。
 
 「エミィ、僕に飽きたりしてない?」
 「してないけど?」
 「じゃあ、夫を交換したいと思ったことはある?」
 「全くないわ。なんでそんなことを聞くの?」
 「いや、ディーがさ・・・」
 
 
 「あら。そんなことがあったのね。あの子ってば『お父さまと結婚したいからディーにちょうだい!』としか言わなかったから。・・・え?その母娘の心当たり?あり過ぎてわからないわ。だってリーンてば、まだモテるのだもの!」
 「エミィ、妬いてくれてるの?」
 「今更妬いてなんかないわ!」
 「目が怒ってるように見えるんだけど、僕の気のせいかな?」
 「・・・リーンがいつ他の女性にふらっと行くかと心配してるだけよ!」
 「何言ってるの?こんなに可愛い妻と子供達がいるのに、他に気がいくわけないでしょ。いつでも僕にとって大事で愛しい女性は君だけだよ。」
 「・・・!」
 「エミィが真っ赤だ。本当にこっち方面には耐性ができないね。そこも可愛いけど。ほら、口開けて。この季節になると君が楽しみにしてる果物だよ。」
 
■■■■

ここまでお読み下さりありがとうございました。
「いつかの、未来3」から約4年後になっています。弟くんの恋はまだ実ってないらしい・・・。
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