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第三章 夫の実家に初訪問
30、呼び出されて
しおりを挟む「シャルロッテ、遅かったな。まあ、連れてきたから許してやるよ」
「本当、いつもいつもノロマで鈍臭くて嫌になるね。お前、兄だろ? 妹のしつけくらいちゃんとやっとけよ」
「そうだな。後でしっかり言い聞かせとくわ」
その言葉で私の前にいるシャルロッテ様の肩が少し震えた。それを見て、私の胃が痛くなる。よりによって、私と同じで兄が妹を奴隷扱いだなんて。
過去の記憶で頭が一杯になり、叫んで逃げ出したくなった。指輪が質に取られていなければ、今すぐ身体の向きを変えてテオの所に走って行きたい。
怯える私を見て、バルコニーの男の人達が嫌な笑いを浮かべた。二人ともテオと同じくらいの年齢だ。
「これがあのテオドールの結婚相手って、本当かよ? しかもぞっこん惚れ込んでるとか、アイツ、女の趣味が随分とヤバくない? なに、そういう趣味なの?!」
「カワイソウだろ、本人の前で言ってやるなよー」
「だってよ、女なんて選び放題のあの男が最終的に選んだのが、コレ!」
私を見ながら二人でゲラゲラ笑っている。
久しぶりにこういう類の扱いを受けた。嫌な記憶が蘇ってきて私の身体が強張っていく。
私、ここでもダメなの・・・?
その時、夜の始まりの風がサアッと吹いて私のドレスを揺らした。お義母様がお揃いよ、と言って着せてくれたテオの瞳の色のドレス。
そうだ、これを着ている私はハーフェルト家の一員だから、胸を張っていなくては。それに、彼等は私を通して夫を嘲笑っているのだ。言われっぱなしはダメだ!
「ヤバいのは貴方達のほうですよ! テオドール様は貴方達の数億倍、素晴らしい人です! 不快なので私は帰らせていただきます」
私は顔を上げ、彼等を下から思いっきり睨みつけた。無礼には無礼を返す!
「シャルロッテ様、私はここまで来ましたから、指輪を今すぐ返してください!」
怒鳴った勢いを駆って、私の前にぼうっと立っている彼女へ手を突き出した。
彼女はハッとしたように手を開いて指輪と自分の兄、私の順に視線を彷徨わせた。
直ぐに彼女と同じ髪色の男が指輪に向かって動いた。取られたら不味いと慌てて私も指輪に飛びつこうとしたのだが、間に合わなかった。
男は指輪を高くつまみあげて目を細める。次いで私を見下ろすその目にぞわりとした。
「へえ、シャルロッテ、いいもん取ってきたじゃん。うわ、ハーフェルトの紋章入りかよ。なあ、次期公爵夫人。コレ、失くしたらヤバいよ、離婚されちゃうよ? 返して欲しいよねえ? というわけで、俺等のお願い聞いてくれる?」
私はぐっと唇を噛んだ。これは脅しだ、脅迫だ、乗っちゃいけない。だけど、あの指輪は何より大事な物で。
「・・・・・・お願いって何ですか?」
自分に絶望しながらその一言を絞り出せば、相手の勝ち誇った声が聞こえた。
「シャルロッテを第二夫人として受け入れるようにテオドールに言え」
「嫌です、出来ません!」
条件を聞いた途端、私は反射的に叫び返していた。
そんなこと絶対に嫌だ。テオが受け入れるか受け入れないかじゃなくて、私が嫌だ。
「はあ? 指輪、いらねえの? お前に拒否権なんてないんだよ。俺さ、お前見て直ぐに思ったんだよね、これならシャルロッテもテオドールの好みにハマってんじゃんって。小さいし童顔だし」
男はそう言ってまたゲラゲラ笑う。
「テオドール様は見た目で人を選びません!」
強く反論すれば、ピタッと笑うのを止めた男が指輪を摘んで高く持ち上げ、これみよがしに揺らしながら口の端を上げた。
「アレー、この指輪いらないの? そうそう、俺さ、帝国の学院に知り合いがいるんだよね。そいつから聞いたんだけど、お前、頭悪い上に貴族のマナーも身についてないんだってな。だったら選ばれた理由なんてその見た目しかないじゃん。あ、コレってバレたらまずいハーフェルト次期公爵夫人の秘密かな? 皆に言われたら困るよなー?」
やっぱり私のことはどこまでも公爵家の汚点になるの? いや、違う。テオの家族はそんなことで私を重荷だと言う人達じゃない。全部知ってもあんなに温かく受け入れてくれたもの。
「言いたければ言えばいいですよ。そんなことで困らないもの!」
私はそう言い切って指輪を持った男の腕に飛びついた。
なにがなんでも自分で取り返さないとテオのところに戻れない!
自分から誰かに敵意を持って向かって行くのは初めてだった。私は必死でしがみつき指輪を取ろうと手を伸ばす。
「うわっ、なんだコイツ! 貴族夫人が飛びかかってくるとかあり得ねえ。やっぱ育ちが悪いとヤバいな。まあ、騎士の俺には弱すぎて相手にならねえけど」
鼻で笑われて私はドンッと突き転ばされた。強かに背中を打って息が止まる。でも、指輪を取り返すまでは痛がっていられない!
その後何度も向かっていってはふっ飛ばされるを繰り返した。もう、髪は崩れドレスは汚れて傷だらけだ。後でお義母様に謝らないと、と考えてじわりと涙で視界がぼやけた。
これがお義母様やディーだったら、この男をアッサリと投げ飛ばして取り返せただろうに、私にはまだ出来ない。悔しくてたまらないけど、今の私が出来るやり方で取り返すしかない。
私は手袋をはめたままの手でグイッと涙を拭いて、今度こそと捨て身で男の膝に飛びついた。
「痛ってえ」
ついに男がしりもちをつき、指輪が床に転がった。私は急いで取ろうと手を伸ばす。あと少し、というところで大きな靴に踏まれた。
「俺の存在、忘れてただろ。見てる分には面白かったけど、アンタに逃げられるのは困るんだよな」
今まで傍観していたもう一人の男が私の手を踏みつけておいて、ゆっくりと指輪をつまみ上げた。ショックで私の全身から力が抜ける。
「このやろう、手加減してやったら調子に乗りやがって! テオドールのヤツも昔っからすまし込んでて気に食わなかったけど、お前も許せねえ。このまま落ちるかシャルロッテを正夫人にしてお前が妾になるか選べよ!」
呆然としていたら起き上がった男に腰のリボンを掴み上げられ、そのままバルコニーの手すりにお腹を押し付けられた。苦しくて手すりに掴まったものの逃げられず、私は真下へ視線を落とした。そこには、薄暗い水面が広がっていた。
このバルコニーの下は池だったんだ。このまま落ちたら泳げない私は溺れ死ぬのかなと、ぼんやりとした頭で考えたその時、押さえつけていた力が急に無くなった。
「僕の妻に何してる?」
聞き馴染んだ声が頭上から降ってきて私が手すりから屋内に引き寄せられると同時にバキッという音がして、私と反対方向に赤味がかった金の髪の男が吹っ飛んでいった。
そして、バッシャーンと大きな水音がした時にはテオの腕の中にいた。
「フィーア、来るのが遅れてごめん。君はなんて状態になってるの」
私の全身を包み込んでぎゅううっと抱きしめて泣きそうな声で謝るテオに、私は力いっぱいしがみついた。
「テオ、助けてくれてありがとう」
「あんなに喜んでいたドレスも髪もボロボロじゃないか。一体どうしてこんなことに・・・」
「テオドール、お前なんてことしやがるんだ! アイツは泳げないんだぞ?!」
私の有り様を見て辛そうに呻くテオを残った男が怒鳴りつけてきた。
そういえば私を押さえつけていた人、あの音からすると池に落ちたのでは。
私を守るように抱き上げたテオが、今気がついたというように残っている男の方を向いた。
「あの男は自分が泳げないのにシルフィアを池に落とそうとしてたのか。そんな奴、どうなってもいいね。それより、お前はこの状況の責任をどう取るつもり?」
テオは今までで一番冷たい声でそう言い放つと、目の前の男を睨み据えた。
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