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第五章 公爵夫妻、デートする
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※エミーリア視点
「ねえ、スヴェン、デニス。あれ、なんだと思う?」
「奥様・・・そのう・・・。」
「あれは、ですねえ・・・」
「はっきり言っていいのよ?」
「「・・・旦那様ではないかと。」」
「やっぱり、絶対、そうよね!」
護衛二人もそうだと言うのだから間違いない。
待ち合わせ場所の城下町の噴水前で、女の子達に囲まれて作り笑顔で相手をしているのは私の夫だ。
以前、侍女に変装した時に使ったかつらを被り、その茶色の長い真っ直ぐな髪をみつ編みにして垂らしている。
その先を束ねている飾り紐が灰色であることに、くすぐったい気持ちになる。
が、今はそういうことを言っている場合ではない。
なんで、待ち合わせ時間の一時間前に来た私よりも早く彼が来ていて、なおかつ、女性の壁を作っているのか、襟首を掴んで問い質したい。
「スヴェン、デニス。もうリーンも見えてるし、私は一人で行くから離れててね。」
低い声で、二人へ通行人に紛れての護衛に切り替えるよう頼み、私は気合を入れて夫が中心の人の塊へと突進して行った。
「ハルト!」
「ミリー!」
たまに正体を隠したい時に使う愛称でリーンを呼ぶ。
直ぐに輝かんばかりの笑顔と共に私の愛称が呼び返され、人垣を掻き分けつつ夫が飛び出してきた。
そのままの勢いでぎゅっと抱きしめられる。周囲から羨ましそうなため息や、非難がましげな視線が私に一斉に突き刺さってきた。
大丈夫、もうほんっとうに、こういうのには慣れているから!
私はリーンの腕から抜け出て、女の子達に向かってお辞儀をする。
「こんにちは。まだ、夫に御用のある方は私が代わりに承りますわ。」
そのまま、にっこり微笑んで威嚇した。
リーンてば、髪色を変えようが、ふわふわを真っ直ぐに変えようが、身分や名前を隠そうが、なんでそんなに女の子達を集めちゃうの?
おかげで私はいっつも悪者じゃない。
三々五々散って行く女の子達の間から、あー残念とか、本当に結婚してたんだーとか、無念そうな声が聞こえてくる。
彼女達がいなくなるのを待って、くるりと回ってリーンの方に向き直る。
「どうしてこんなに早く来て、たくさんの女の子達に囲まれてるの?!」
「君こそ、どうしてこんなに早く来たの?約束の時間はまだ一時間くらい先だよね。」
時計を見ながらリーンが笑顔で聞き返してきた。・・・目が、笑ってない。
ぐっと詰まって俯くと、頭にぽんと手が乗せられた。
「君が早く来そうだと思ったから、僕はそれより早く来て待っていようと思ったんだ。女の子達は誤算だったけど、もし君が男達に囲まれていたら、僕は正気を保てなかったよ。」
「デニス達もいるし、誰も私なんかに見向きもしやしないわよ。」
ぶすっとして言い返せば苦笑された。
「そんなことはないと思うけど。なんか、機嫌損ねちゃったみたいだね。ごめん。」
楽しみにしていた待ち合わせがこんな結果になって、私は内心落ち込んでいたけど彼に謝らせたかったわけじゃない。
彼に最初からやりたいことを説明しておくべきだった?いえ、それはやっぱり何か違う。
自分の思うようになるわけじゃないと分かっていたはずだし、またの機会を探せばいいだけよ、エミーリア。
心の中だけでうん、と大きく頷いて自分の厄介な気持ちにけりをつけた。
「私こそ、わがまま言ってごめんなさい。お仕事忙しいのに、都合つけて来てくれてありがとう。時間がもったいないわね、行きましょ?」
彼はなんだか複雑な顔で見つめてきたが、私が笑顔で見つめ返すと嬉しそうに手を差し出してきた。
その大きな手に自分の手を重ねてきゅっと握る。
「この街はほとんど歩いたことがないから、楽しみにしていたの!」
もちろん、今日は待ち合わせだけが目的だったわけではない。
この城下街はエルベの街よりも大きいし、知らないお店で買い物をして、リーンと一緒に歩くことを本当に楽しみにしていたのだ。
口に出せば、気持ちも浮上してきて、私は心からの笑みを浮かべられた。
それが彼にも伝わったのだろう、いつもの明るい笑顔でどこへ行く?と尋ねてくれる。
「いつも私の行きたい所を優先してくれるから、たまには貴方の行きたい所に連れて行って欲しいな?・・・ダメかしら?」
「まさか!でも、楽しみにしていたのに僕の行きたい所でいいの?」
「いいの。せっかくだし、いつもと違うことしたいわ。」
「そう言われたら、断りにくいな。じゃ、本当に僕の行きたいとこに行くよ?逃げないでね?」
「私が逃げるとこって・・・?」
言ったことに後悔はないが、どこに連れて行かれるのか小さな不安を抱いたまま、私は彼に引っ張られていった。
■■
「ミリー、とってもよく似合うよ!君は本当に何を着ても美しいね。」
「・・・ありがとう、リ、じゃないハルト。ねえ、まだ着るの?」
目の前のご機嫌な夫とは反対に、私は時間を巻き戻して自分の発言を取り消したいと思っていた。
うきうきとした足取りの彼に連れてこられたのは既製服の店だった。色んな服が安く買えてすぐに着られると人気で、最近増えてきているらしい。
それからもう一時間近くとっかえひっかえ彼の選んだ服を着てポーズをとらされている。
なぜ、彼の本当に行きたい場所がここで、私が着せ替え人形よろしく何着もの服を着ているのか謎で仕方ない。
私が着た服を真剣に品定めし、買う買わないと振り分けている彼は確かにとても楽しそうだけど。
「自分の服は見ないの?」
続けて質問した私ヘ彼が目を瞬いた。自分を指差して僕?と尋ね返してくるので頷いた。
「僕はいいよ。だって可愛くなる君を見るために来たんだもの。」
彼は緩く首を振って断ったが、そこに今まで見守っていた店員達が食いついてきた。
「そんなもったいない!私達の目も楽しませてくださっ・・・ではなく、彼女さんだって彼氏さんが格好よくなったところみたいですよね!」
「ええ、もちろん!そりゃ、いつも格好いいけど、色んな服装を見てみたいわ!」
着せ替えにも飽きていたし、店員の勢いに便乗して交代をせまる。
リーンにも着せ替えの大変さを体験させてやるわ!と、ふんっと鼻息荒く主張したら、周りの雰囲気がにやにやしたものに変わった。
あれ?私は何か変なこと言った?
リーンも何故かすごく嬉しそうに私を見ている。
「君はいつも僕のことを格好いいと思ってくれてるんだ?」
なんですと?私、そんなこと言った・・・?しまった、うっかり本音を口に出してたわ!
私はこんな大勢の人がいる場所で、なんてことを言ってしまったの!店員達の顔も、彼の顔も、恥ずかし過ぎて見られない。
足先から頭のてっぺんまで熱くなって蒸気があがりそうだ。
皆の気を逸らすべく、一番近くにあった服をとって彼の前に突き出す。
「ハルト!これ着てみて!」
今度は店内が水を打ったように静まり返った。
「いいよ。君が勧めるなら、それを着るよ。」
「それはちょっと!」
「さすがにどうかと!」
口々に止める店員達。その余りの恐慌っぷりを不思議に思った私は、自分の手にある商品をしっかりと見た。
これは・・・すっぽり全身を覆う猫の着ぐるみスーツ!柄はよく見る茶トラ!
店内の雰囲気を変えることには成功したけれど、流石に公爵に着せていいもんじゃないわ・・・。
「ごめんなさい、間違えたわ。別のに・・・」
「貸して。着替えてくる。可愛い妻の選んだものだから、きっと僕に似合うよ。」
私が元に戻すより早く、どこか黒い笑顔のリーンがそれを奪い、私の頬にキスをして試着室へと消えていった。
「え、恋人同士じゃなくて、ご夫婦だったのですか?!」
そして、私は驚く店員達の中に一人、取り残された。
「ねえ、スヴェン、デニス。あれ、なんだと思う?」
「奥様・・・そのう・・・。」
「あれは、ですねえ・・・」
「はっきり言っていいのよ?」
「「・・・旦那様ではないかと。」」
「やっぱり、絶対、そうよね!」
護衛二人もそうだと言うのだから間違いない。
待ち合わせ場所の城下町の噴水前で、女の子達に囲まれて作り笑顔で相手をしているのは私の夫だ。
以前、侍女に変装した時に使ったかつらを被り、その茶色の長い真っ直ぐな髪をみつ編みにして垂らしている。
その先を束ねている飾り紐が灰色であることに、くすぐったい気持ちになる。
が、今はそういうことを言っている場合ではない。
なんで、待ち合わせ時間の一時間前に来た私よりも早く彼が来ていて、なおかつ、女性の壁を作っているのか、襟首を掴んで問い質したい。
「スヴェン、デニス。もうリーンも見えてるし、私は一人で行くから離れててね。」
低い声で、二人へ通行人に紛れての護衛に切り替えるよう頼み、私は気合を入れて夫が中心の人の塊へと突進して行った。
「ハルト!」
「ミリー!」
たまに正体を隠したい時に使う愛称でリーンを呼ぶ。
直ぐに輝かんばかりの笑顔と共に私の愛称が呼び返され、人垣を掻き分けつつ夫が飛び出してきた。
そのままの勢いでぎゅっと抱きしめられる。周囲から羨ましそうなため息や、非難がましげな視線が私に一斉に突き刺さってきた。
大丈夫、もうほんっとうに、こういうのには慣れているから!
私はリーンの腕から抜け出て、女の子達に向かってお辞儀をする。
「こんにちは。まだ、夫に御用のある方は私が代わりに承りますわ。」
そのまま、にっこり微笑んで威嚇した。
リーンてば、髪色を変えようが、ふわふわを真っ直ぐに変えようが、身分や名前を隠そうが、なんでそんなに女の子達を集めちゃうの?
おかげで私はいっつも悪者じゃない。
三々五々散って行く女の子達の間から、あー残念とか、本当に結婚してたんだーとか、無念そうな声が聞こえてくる。
彼女達がいなくなるのを待って、くるりと回ってリーンの方に向き直る。
「どうしてこんなに早く来て、たくさんの女の子達に囲まれてるの?!」
「君こそ、どうしてこんなに早く来たの?約束の時間はまだ一時間くらい先だよね。」
時計を見ながらリーンが笑顔で聞き返してきた。・・・目が、笑ってない。
ぐっと詰まって俯くと、頭にぽんと手が乗せられた。
「君が早く来そうだと思ったから、僕はそれより早く来て待っていようと思ったんだ。女の子達は誤算だったけど、もし君が男達に囲まれていたら、僕は正気を保てなかったよ。」
「デニス達もいるし、誰も私なんかに見向きもしやしないわよ。」
ぶすっとして言い返せば苦笑された。
「そんなことはないと思うけど。なんか、機嫌損ねちゃったみたいだね。ごめん。」
楽しみにしていた待ち合わせがこんな結果になって、私は内心落ち込んでいたけど彼に謝らせたかったわけじゃない。
彼に最初からやりたいことを説明しておくべきだった?いえ、それはやっぱり何か違う。
自分の思うようになるわけじゃないと分かっていたはずだし、またの機会を探せばいいだけよ、エミーリア。
心の中だけでうん、と大きく頷いて自分の厄介な気持ちにけりをつけた。
「私こそ、わがまま言ってごめんなさい。お仕事忙しいのに、都合つけて来てくれてありがとう。時間がもったいないわね、行きましょ?」
彼はなんだか複雑な顔で見つめてきたが、私が笑顔で見つめ返すと嬉しそうに手を差し出してきた。
その大きな手に自分の手を重ねてきゅっと握る。
「この街はほとんど歩いたことがないから、楽しみにしていたの!」
もちろん、今日は待ち合わせだけが目的だったわけではない。
この城下街はエルベの街よりも大きいし、知らないお店で買い物をして、リーンと一緒に歩くことを本当に楽しみにしていたのだ。
口に出せば、気持ちも浮上してきて、私は心からの笑みを浮かべられた。
それが彼にも伝わったのだろう、いつもの明るい笑顔でどこへ行く?と尋ねてくれる。
「いつも私の行きたい所を優先してくれるから、たまには貴方の行きたい所に連れて行って欲しいな?・・・ダメかしら?」
「まさか!でも、楽しみにしていたのに僕の行きたい所でいいの?」
「いいの。せっかくだし、いつもと違うことしたいわ。」
「そう言われたら、断りにくいな。じゃ、本当に僕の行きたいとこに行くよ?逃げないでね?」
「私が逃げるとこって・・・?」
言ったことに後悔はないが、どこに連れて行かれるのか小さな不安を抱いたまま、私は彼に引っ張られていった。
■■
「ミリー、とってもよく似合うよ!君は本当に何を着ても美しいね。」
「・・・ありがとう、リ、じゃないハルト。ねえ、まだ着るの?」
目の前のご機嫌な夫とは反対に、私は時間を巻き戻して自分の発言を取り消したいと思っていた。
うきうきとした足取りの彼に連れてこられたのは既製服の店だった。色んな服が安く買えてすぐに着られると人気で、最近増えてきているらしい。
それからもう一時間近くとっかえひっかえ彼の選んだ服を着てポーズをとらされている。
なぜ、彼の本当に行きたい場所がここで、私が着せ替え人形よろしく何着もの服を着ているのか謎で仕方ない。
私が着た服を真剣に品定めし、買う買わないと振り分けている彼は確かにとても楽しそうだけど。
「自分の服は見ないの?」
続けて質問した私ヘ彼が目を瞬いた。自分を指差して僕?と尋ね返してくるので頷いた。
「僕はいいよ。だって可愛くなる君を見るために来たんだもの。」
彼は緩く首を振って断ったが、そこに今まで見守っていた店員達が食いついてきた。
「そんなもったいない!私達の目も楽しませてくださっ・・・ではなく、彼女さんだって彼氏さんが格好よくなったところみたいですよね!」
「ええ、もちろん!そりゃ、いつも格好いいけど、色んな服装を見てみたいわ!」
着せ替えにも飽きていたし、店員の勢いに便乗して交代をせまる。
リーンにも着せ替えの大変さを体験させてやるわ!と、ふんっと鼻息荒く主張したら、周りの雰囲気がにやにやしたものに変わった。
あれ?私は何か変なこと言った?
リーンも何故かすごく嬉しそうに私を見ている。
「君はいつも僕のことを格好いいと思ってくれてるんだ?」
なんですと?私、そんなこと言った・・・?しまった、うっかり本音を口に出してたわ!
私はこんな大勢の人がいる場所で、なんてことを言ってしまったの!店員達の顔も、彼の顔も、恥ずかし過ぎて見られない。
足先から頭のてっぺんまで熱くなって蒸気があがりそうだ。
皆の気を逸らすべく、一番近くにあった服をとって彼の前に突き出す。
「ハルト!これ着てみて!」
今度は店内が水を打ったように静まり返った。
「いいよ。君が勧めるなら、それを着るよ。」
「それはちょっと!」
「さすがにどうかと!」
口々に止める店員達。その余りの恐慌っぷりを不思議に思った私は、自分の手にある商品をしっかりと見た。
これは・・・すっぽり全身を覆う猫の着ぐるみスーツ!柄はよく見る茶トラ!
店内の雰囲気を変えることには成功したけれど、流石に公爵に着せていいもんじゃないわ・・・。
「ごめんなさい、間違えたわ。別のに・・・」
「貸して。着替えてくる。可愛い妻の選んだものだから、きっと僕に似合うよ。」
私が元に戻すより早く、どこか黒い笑顔のリーンがそれを奪い、私の頬にキスをして試着室へと消えていった。
「え、恋人同士じゃなくて、ご夫婦だったのですか?!」
そして、私は驚く店員達の中に一人、取り残された。
応援ありがとうございます!
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