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第五章 公爵夫妻、デートする
【御礼 番外編】公爵夫人の思いつき 前編
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遅くなりましたが、『第15回恋愛小説大賞』にてたくさんの投票をいただきありがとうございました。
御礼といってはささやかですが、番外編を書かせていただきましたので楽しんでいただけたら幸いです。
二人がただいちゃついてるだけなのに、一話の予定が三話になってしまいました・・・。
■■■■
※侍女ミア視点
「私もリーンを溺愛してみようと思うの!」
ある晴れた日の午後。庭でのティータイム中に、また奥様が突飛なことを思いついたらしい。
一緒にお茶をしていた護衛のスヴェンさんはお菓子を喉に詰まらせ、デニスさんはお茶を吹き出して慌てて布巾を探している。
ロッテさんは動ずることなくお茶を飲んでいるように見えるが、口元が少し震えている。吹き出す寸前と見た。
皆がそれぞれ忙しそうなので、私が代表して奥様にツッコミをいれることにする。
「奥様、旦那様を溺愛なさるのはいいのですが、具体的にどのようにするのですか?」
「それよ、ミア!」
得たりとばかりに奥様が勢いづいた。両手で握りこぶしを作ってテーブルに身を乗り出してくる。あ、結構本気だわ。
「あのね、図書室の辞書で調べたらね、『溺愛とは盲目的に可愛がること』ってあったのよ。確かにリーンはその通り、盲目的だと思うの。私しか見えてないものね。」
いやいや、奥様も充分当てはまってますよ。旦那様以外の男性には一切興味ないじゃないですか、といいたかったが、本気で自分は違うと思っている彼女を見て止めた。
多分、他の三人も同じように思ったに違いない。何かを飲み込むような音が聞こえたから。
しかし、奥様ってば昼食後に図書室で真面目に本を捲って調べものをしていると思ったら、そんなことをしていたのか。
一体、いつから考えていたのだろう・・・。
我々の内心の声が聞こえていない奥様はさらに力説する。
「それでね、私がリーンを溺愛することで、彼が私に対して盲目的になってると自分で気がついて止めれば、『溺愛公爵』なんてあだ名はなくなるんじゃないかと思うわけなのよ!」
あ、奥様はそんなことを気にしてたのね。そしてこれはまたムダに空回るな、と全員が思った。
だって、旦那様は自分のことをよくご存知だもの。そして進んで意図的に奥様に盲目的な愛情を注いでいる。
だから、実は『溺愛公爵』のあだ名は旦那様公認といってもいいものだ。また旦那様も奥様と過ごすためにそれを便利に使っている面もあり。
さて、奥様にそれを告げたとして、止められるだろうか?・・・無理だろうなあ。
仕方ないので奥様が満足するか、身をもってそれを知るまでお付き合いすることに決めた。他の三人も同じ気持ちのようで、凪いだ表情をしている。
「わかりました、奥様。それで、何をなさるおつもりですか?」
「そうなのよね。溺愛って何をどうすればいいのかしら?」
奥様はそう言うとお茶を飲んでため息をついた。その様子は儚げで美しいのに、言っている内容があまりにも・・・。
「旦那様は奥様を溺愛なさっているのですから、同じことをすればよろしいのでは?」
絶句する私の横でロッテさんが穏やかにアドバイスした。でも、そのアドバイス・・・面白がってますよね?
「なるほど!そうね、それがいいわ!」
奥様はあっさりとロッテさんの言葉を受け入れた。
護衛の二人はどういう反応をしたらいいのかわからないようで、無表情になっている。
「リーンがしてくることといえば、抱きしめる、これは私からもしてるからダメね。彼を私が抱きあげるのも無理だし・・・」
奥様は頷きながら片手を広げて指を折りながら考えている。
片手では足りないくらいどんどん折られていく指の数に、奥様も随分と旦那様に愛情表現を返していることがうかがえるのだけど、それは奥様が思うところの溺愛じゃないのかしら?
・・・何を思い出しているのか、だんだん顔が赤くなっていく奥様を見てこちらはニヤニヤしてしまう。
ついに折る指もなくなって、口の中だけでぶつぶつと呟いていた奥様がいきなり椅子から立って叫んだ。
「よし、壁どんだわ!」
「え?!」
「「ええっ?!」」
「あらまあ。」
予想外の結論に一瞬固まる我々。さすがに奥様もそれには気がついたようで、恐る恐る尋ね返してきた。
「やっぱり違う?そうよね、『壁どん』って口説く時の態勢だものね。でも、リーンも時々してくるし、他に私が今までやったことがなくて出来そうなのが思いつかなくて・・・。」
悄げる奥様をスヴェンさんが明るく慰める。
「いいんじゃないですか。こう、好きな人を囲い込んで間近で眺めるってのも溺愛っぽいですよ。」
「スヴェンが言うとなんか違うものに聞こえるのはなんでだろうな?」
「なんだそりゃ。ひでえなデニス。」
せっかくのスヴェンさんのフォローを台無しにするデニスさん。奥様は違うもの、がどんなものか想像できなかったようで首を傾げている。
「では、奥様。まずは旦那様に『壁どん』とやらをしてみましょうか。どんなお顔をなさるか楽しみですねえ。」
横で言い合う護衛二人を無視して、ロッテさんがニッコリと笑って強引にまとめた。絶対に最後の一言に全てが集約されている。
・・・どう考えても、私には猟犬の前にリボンを掛けたひよこを差し出すような行為にしか思えないけど。
■■
「それで、どこの壁がいいと思う?」
デニスさん達と別れて、屋敷内に戻った奥様が腕を組んで問いかけてきた。
言いながらぐるりと、夫婦で使っている居間の壁を眺め回している。
「本棚とか、物が置いてあるところは止めたほうがいいわよね。絵が掛かっているところも落ちてきたら危ないわよねえ。」
どこで『壁どん』するか、真剣に悩んでいるご様子だが、奥様の腕力くらいで壁の絵や物が落ちて来ることはありえない。
それにそれ以前の問題として、
「奥様、いい場所があったとして、どうやってそこへ旦那様を誘導するんですか?」
と、尤もな疑問をぶつければ、奥様が目を見開いて固まった。どうやらそのことは考えていなかったようだ。
奥様はしばらく頭を抱えていたが、おもむろに両手で握りこぶしを作って顔の前で構えた。
「出たとこ勝負にするわ!」
・・・奥様の仮想敵は、旦那様でよろしいですか?
御礼といってはささやかですが、番外編を書かせていただきましたので楽しんでいただけたら幸いです。
二人がただいちゃついてるだけなのに、一話の予定が三話になってしまいました・・・。
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※侍女ミア視点
「私もリーンを溺愛してみようと思うの!」
ある晴れた日の午後。庭でのティータイム中に、また奥様が突飛なことを思いついたらしい。
一緒にお茶をしていた護衛のスヴェンさんはお菓子を喉に詰まらせ、デニスさんはお茶を吹き出して慌てて布巾を探している。
ロッテさんは動ずることなくお茶を飲んでいるように見えるが、口元が少し震えている。吹き出す寸前と見た。
皆がそれぞれ忙しそうなので、私が代表して奥様にツッコミをいれることにする。
「奥様、旦那様を溺愛なさるのはいいのですが、具体的にどのようにするのですか?」
「それよ、ミア!」
得たりとばかりに奥様が勢いづいた。両手で握りこぶしを作ってテーブルに身を乗り出してくる。あ、結構本気だわ。
「あのね、図書室の辞書で調べたらね、『溺愛とは盲目的に可愛がること』ってあったのよ。確かにリーンはその通り、盲目的だと思うの。私しか見えてないものね。」
いやいや、奥様も充分当てはまってますよ。旦那様以外の男性には一切興味ないじゃないですか、といいたかったが、本気で自分は違うと思っている彼女を見て止めた。
多分、他の三人も同じように思ったに違いない。何かを飲み込むような音が聞こえたから。
しかし、奥様ってば昼食後に図書室で真面目に本を捲って調べものをしていると思ったら、そんなことをしていたのか。
一体、いつから考えていたのだろう・・・。
我々の内心の声が聞こえていない奥様はさらに力説する。
「それでね、私がリーンを溺愛することで、彼が私に対して盲目的になってると自分で気がついて止めれば、『溺愛公爵』なんてあだ名はなくなるんじゃないかと思うわけなのよ!」
あ、奥様はそんなことを気にしてたのね。そしてこれはまたムダに空回るな、と全員が思った。
だって、旦那様は自分のことをよくご存知だもの。そして進んで意図的に奥様に盲目的な愛情を注いでいる。
だから、実は『溺愛公爵』のあだ名は旦那様公認といってもいいものだ。また旦那様も奥様と過ごすためにそれを便利に使っている面もあり。
さて、奥様にそれを告げたとして、止められるだろうか?・・・無理だろうなあ。
仕方ないので奥様が満足するか、身をもってそれを知るまでお付き合いすることに決めた。他の三人も同じ気持ちのようで、凪いだ表情をしている。
「わかりました、奥様。それで、何をなさるおつもりですか?」
「そうなのよね。溺愛って何をどうすればいいのかしら?」
奥様はそう言うとお茶を飲んでため息をついた。その様子は儚げで美しいのに、言っている内容があまりにも・・・。
「旦那様は奥様を溺愛なさっているのですから、同じことをすればよろしいのでは?」
絶句する私の横でロッテさんが穏やかにアドバイスした。でも、そのアドバイス・・・面白がってますよね?
「なるほど!そうね、それがいいわ!」
奥様はあっさりとロッテさんの言葉を受け入れた。
護衛の二人はどういう反応をしたらいいのかわからないようで、無表情になっている。
「リーンがしてくることといえば、抱きしめる、これは私からもしてるからダメね。彼を私が抱きあげるのも無理だし・・・」
奥様は頷きながら片手を広げて指を折りながら考えている。
片手では足りないくらいどんどん折られていく指の数に、奥様も随分と旦那様に愛情表現を返していることがうかがえるのだけど、それは奥様が思うところの溺愛じゃないのかしら?
・・・何を思い出しているのか、だんだん顔が赤くなっていく奥様を見てこちらはニヤニヤしてしまう。
ついに折る指もなくなって、口の中だけでぶつぶつと呟いていた奥様がいきなり椅子から立って叫んだ。
「よし、壁どんだわ!」
「え?!」
「「ええっ?!」」
「あらまあ。」
予想外の結論に一瞬固まる我々。さすがに奥様もそれには気がついたようで、恐る恐る尋ね返してきた。
「やっぱり違う?そうよね、『壁どん』って口説く時の態勢だものね。でも、リーンも時々してくるし、他に私が今までやったことがなくて出来そうなのが思いつかなくて・・・。」
悄げる奥様をスヴェンさんが明るく慰める。
「いいんじゃないですか。こう、好きな人を囲い込んで間近で眺めるってのも溺愛っぽいですよ。」
「スヴェンが言うとなんか違うものに聞こえるのはなんでだろうな?」
「なんだそりゃ。ひでえなデニス。」
せっかくのスヴェンさんのフォローを台無しにするデニスさん。奥様は違うもの、がどんなものか想像できなかったようで首を傾げている。
「では、奥様。まずは旦那様に『壁どん』とやらをしてみましょうか。どんなお顔をなさるか楽しみですねえ。」
横で言い合う護衛二人を無視して、ロッテさんがニッコリと笑って強引にまとめた。絶対に最後の一言に全てが集約されている。
・・・どう考えても、私には猟犬の前にリボンを掛けたひよこを差し出すような行為にしか思えないけど。
■■
「それで、どこの壁がいいと思う?」
デニスさん達と別れて、屋敷内に戻った奥様が腕を組んで問いかけてきた。
言いながらぐるりと、夫婦で使っている居間の壁を眺め回している。
「本棚とか、物が置いてあるところは止めたほうがいいわよね。絵が掛かっているところも落ちてきたら危ないわよねえ。」
どこで『壁どん』するか、真剣に悩んでいるご様子だが、奥様の腕力くらいで壁の絵や物が落ちて来ることはありえない。
それにそれ以前の問題として、
「奥様、いい場所があったとして、どうやってそこへ旦那様を誘導するんですか?」
と、尤もな疑問をぶつければ、奥様が目を見開いて固まった。どうやらそのことは考えていなかったようだ。
奥様はしばらく頭を抱えていたが、おもむろに両手で握りこぶしを作って顔の前で構えた。
「出たとこ勝負にするわ!」
・・・奥様の仮想敵は、旦那様でよろしいですか?
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