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第五章 公爵夫妻、デートする

【御礼 番外編】公爵夫人の思いつき 中編

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※リーンハルト視点
 
 
 今夜の妻はいつもと様子が違う。湯上がりの石鹸のいい香りをさせながら僕の後ろをついてくる。
 いつもなら僕が横に行くまでソファに座って縫い物をしたり、本を読んだりしているのに。
 
 これは一体どうしたことか?
 
 何か言いたいことがあるのかと尋ねてみてもないと言い、甘えたいのかと抱きしめてみれば違うと言って飛び退かれた。・・・少し、傷ついた。
 
 仕方なく用を済ませながら横目でよくよく彼女を観察してみると、何かを狙っているようでそわそわしている。
 
 あれかな?何か僕にいたずらを仕掛けたいのかな?
 エミーリアからしてくれるものなら何でも大歓迎だけど、僕をどうしたいんだろう?それがわからないとこちらも動きようがない。
 
 多分、ソファに座って待ってないということはそれ以外の場所で行いたいことなんだろう。
 
 うーん、困った。どうすれば妻のやりたいことを叶えられるのか。
 ちょっと止まって考えてみよう、と直ぐ側の壁にもたれた瞬間、後ろをついてきていた妻が珍しく素早く動いた。
 
 とん!
 
 正面に妻の真剣な顔、身体の両横に彼女の腕がある。僕は壁と彼女の間に閉じ込められた状態で、灰色のちょっと潤んだ瞳にじっと見つめられている。
 
 なんだろう、この幸せな状況は。僕は今日、余程の善行を積んだらしい。
 
 うっとりと彼女の顔を見つめ返していたら、だんだん目の前の顔が困惑してきた。
 
 「・・・この後どうすれば・・・?リーンはどうしてたっけ・・・?」
 
 小さな声で自分自身へ疑問を投げているエミーリアに自然と笑みが溢れる。
 
 彼女がこれから何をしてくれるのか楽しみで仕方がない。
 
 あれ、この体勢ってもしかして。僕の中で期待が膨らんでいく。
 
 正面の妻の方は顔が赤くなり、何を考えているのか涙目になってきた。
 そろそろ何かフォローしたほうがいいかな、と思った時、彼女がつま先立ちになって思い切ったように勢いをつけてキスしてきた。
 
 嬉しいけど、本当に今日はどうしちゃったの。僕の方もあまりの僥倖に全身が熱くなってきた。彼女の頭を捉えてキスを返そうとしたらさっと顔を離されて、一言。
 
 「リーン。私はいつも格好良くて優しい貴方が大好きよ。」
 
 僕の中の全てが、沸騰した。
 
 
 ■■
 
 起きたら太陽は高く昇っていて、室内が随分と明るくなっていた。
 隣の妻は昨夜無理をさせすぎたようで、まだぐっすりと眠っている。今日が休日で良かった。おかげで久しぶりにゆっくりと寝ている妻を眺めることができる。
 
 この彼女を見ることができるのは世界中で僕だけだと思えば、勝手に口元が緩んでくる。
 
 いつの間にか解けたふわふわの髪が枕に散らばって、以前よりふっくらして血色も良くなった頬にも掛かっている。
 そっと手を伸ばしてそれを耳に掛け、引き寄せられるように指で彼女の柔らかい唇に触れる。
 
 「んん・・・。」
 
 しまった、起こしてしまったらしい。
 彼女の寝顔を見ていたことがバレたら怒られそうで、とっさに寝たフリをすることに決めた。
 
 
 しばらくして、目を覚ました彼女が身動きする気配がして憮然とした声が聞こえてきた。
 
 「・・・おかしい。こんなはずじゃなかったのに。やっぱり『壁どん』で溺愛は間違ってたのかしら?」
 
 ??『壁どん』は昨夜僕にしてきたよね?それで溺愛って何?
 全く見えてこない彼女の行動の理由に、寝たフリを続けたまま頭を悩ませていると、彼女が動いた。
 
 「寝ているリーンは貴重だわ。」
 
 えっ?!何する気?!
 
 今更起きてましたと白状することも出来ず、僕はドキドキしながら寝たフリを続行した。
 
 「たまには、いいわよね?」
 
 呟きとともに指が頭に触れてきて、髪を梳かれた。気持ちいい・・・。
 
 それがしばらく続いて、次にまた空気が動いて彼女の髪が僕の顔をくすぐると同時に、柔らかい感触を額に感じた。
 
 これって・・・キスされたの?
 
 昨夜に続いて積極的すぎる妻に僕の心臓は爆発しそうになっている。
 
 これは夢なのか?そうじゃなければ、僕の妄想か?
 
 思わず確かめたくなって目を開けて、僕の顔の前に身を乗り出してきていたエミーリアを抱き寄せた。
 
 「君は本物のエミィ?それとも僕の作った幻?」
 「リーン?!やだ、いつから起きてたの?!」
 
 彼女は腕の中で飛び上がって真っ赤になってうろたえた。
 あ、現実だ・・・とてつもなく、かわいいな。
 
 「エミィ、昨夜から随分と積極的だけどどうしたの?もしかして、僕の愛情表現が物足りない?」
 
 僕の中では妻への愛情は増えるばかりで微塵も減っていない。が、もしも彼女がそう感じているというのなら早急に改善しなくては!と真剣に尋ねれば、彼女は全身でそれを否定してきた。
 
 「充分足りているから!・・・ただ、ちょっと・・・。」
 「ちょっと、何?!正直に言ってよ、即直すから!」
 
 言い淀む妻に焦る僕。
 
 ベッドの上に起き上がって懇願するように見つめていたら、ついに妻が折れた。
 
 「リーンは私を盲目的に愛しすぎていると思うの。だから『溺愛公爵』なんて呼ばれてしまって。私が貴方を溺愛し返せば、貴方もそれに気がついてやめるかなあって思ったのだけど。」
 
 君に溺愛されて止めるわけないじゃないか。逆にこれまで以上に君への愛情が募って、もうどうしようもなくなってきているところなんだけど。
 
 でも彼女が僕のあだ名で悩んでいるのなら、それはなんとかしないとね。
 
 「僕のは盲目的な愛じゃないよ?ちゃんと君の美しさも可愛さも分かって、誰よりも愛しい人として愛してるんだから。」
 「じゃあ溺愛じゃないってこと?」
 「さあ、それはどうかな?僕は君に溺れているんだから溺愛でいいんじゃない。君は僕に溺愛されるのは嫌?」
 「嫌、じゃないけど・・・」
 「けど?」
 「そのせいで貴方が『溺愛公爵』と呼ばれるのは嫌じゃないかと思って。」
 「そんなことはないよ。僕はそう呼ばれることに誇りを持ってる。」
 
 エミーリアが沈黙した。それから納得しかねる顔をして、僕の台詞を繰り返す。
 
 「『溺愛公爵』と呼ばれることが誇りなの?」
 「もちろん。だって世間一般、皆が僕の君への愛を認めているってことでしょ。」
 「な、なるほど。」
 
 やや怯んだように頷きながら、「そういう考え方もある・・・かな?」と自問自答している。
 
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