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最終章 公爵夫妻の宝物

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※エミーリア視点
 
 
 「リーン、見て見て!生まれて半年も経てばおすわりが出来るようになるのよ!すごいでしょ。」
 「本当だ。いい子だねー、おいでー。」
 「あっ、リーンてば直ぐに抱っこしちゃうんだから。私にも抱かせて!」
 「うん、もうちょっと待って。あー、赤ちゃんて君と同じくらい、柔らかくていい匂い。」
 「な、何を言っているの?!赤ちゃんの方がいいに決まってるんだから比べないで?!」
 「そんなことないよ?僕はどちらかというと君の方が・・・。」
 「はいはい、そこまで!続きは二人きりの時にしなさいね。エミーリア、ユリアンを見ていてくれてありがとう。」
 「アルベルタお義姉様、私は本当に見ていただけでした。」
 
 割って入ってきた声に振り向けば、真っ赤な髪の王太子妃殿下が笑いながら扉の前に立っていた。
 その傍らには同じく赤い髪の小さな男の子が居て、にこにことこちらを見ている。
 
 私は彼の前に行き、しゃがんで目線を合わせるとにっこり笑って尋ねた。
 
 「クラウス王子殿下、お母様とのお散歩はいかがでしたか?」
 「楽しかったよ!エミィ叔母様、ユリアンはいい子にしてた?」
 「ええ、とてもいい子にされてましたよ。」
 
 母親と繋いでいた手を離し、その小さな手を伸ばしてきた彼をきゅっと抱きしめる。
 彼からは温かくてお日様のほかほかとした匂いがした。
 
 「クラウス王子殿下からは、お外のいい匂いがしますね。」
 
 クラウス王子の髪に顔を近づけてそう伝えれば、彼はくすぐったそうに笑って今度は私の方に顔をくっつけてきた。
 
 「エミィ叔母様もいつもいい匂いがするよ!僕、叔母様に抱っこされるの大好き。」
 「それは光栄です。」
 
 ご要望にお応えして、クラウス王子を抱っこしようとした途端、彼が私の腕の中から消えた。
 
 急いで辺りを見回せば、いつの間にか私の後ろに来ていたリーンが彼を抱き上げていた。
 
 「君は僕の妻には重過ぎるでしょ。代わりに僕が抱っこしてあげますよ、クラウス王子。」
 「リーン叔父様、いたの?もう!貴方がいたらエミィ叔母様に抱っこして貰えないから、早く仕事に戻ったら?」
 「だから、クラウス王子は重くて僕の妻には抱き上げられませんと、いつも言ってますよね?何度言えばわかるのですか?」
 「ヤダ。一昨日は抱っこして貰えたもの。」
 
 ぷうっと頬を膨らませたクラウス王子の言葉に、リーンが私をムスッとした顔で見下ろしてきた。
 
 「エミィ?無茶なことはしちゃいけないでしょ?」
 「そんなことはしてないわ。私だって筋肉が付いて抱っこ出来るようになったんだから。」
 
 それを証明するべく、立ち上がって気合を入れて、袖を捲って見せたらリーンが慌てた。
 
 「エミィ、そんなことをしちゃダメ!」
 「わー、エミィ叔母様の腕はふわふわで気持ちいいね。母上はもっと硬いんだよ。」
 「えっ・・・。」
 「それに母上は、僕とユリアンを同時に抱っこ出来るんだから!」
 「ええっ?!」
 「・・・エミーリア、気にしなくていいわよ。私と貴方じゃ、鍛え方が違うから。」
 「そうだよ、君はそのままでいいんだよ!そのふわふわがたまらなくいいんだから!」
 
 リーンの言うことは無視するとして、私は義姉の鍛え方が違うという言葉に落ち込んだ。
 
 ・・・私、まだまだ鍛え方が甘かったのね。それなのに腕を出して自慢するなんて、とっても恥ずかしいことをしてしまったわ。
 
 シュンと悄気げていたら、クラウス王子がリーンの腕の中から手を伸ばして頭を撫でてくれた。
 
 「僕はそのままのエミィ叔母様が大好きだよ?だから、元気出して。」
 「ありがとうございます・・・。でも、やっぱり私ももっと鍛えたいと思います!」
 
 握り拳を振り上げてそう宣言した私を、三人が諦めたような笑顔で眺めていた。
 
 ■■
 
 そのままリーンがクラウス王子を肩車して部屋を歩いている間に、私と義姉は先月から発売している女性向けの栄養補助剤について話していた。
 
 国主導の女性の為の案件ということで王太子妃である義姉がトップに立ち、案を出したということで私が補佐になったからだ。
 
 ちなみに赤ちゃんのユリアン王子は、侍女に連れられて隣の部屋で寝ている。
 
 「どう?発売一ヶ月での様子は。」
 「はい。想定の最下限の売れ行きです。やっぱり、高いのでしょうか?」
 「そうとも言えないわ。ほぼ原価なのよ?価格は据え置きで瓶をもっと可愛くするとか、まとめ買いで値引くとか、試供品を配るとか、色々試してみましょ。」
 「そうですね。空き瓶と引き換えに値引きというのもいいかもしれません。」
 「そうね。毎日飲んでいて思ったのだけど、疲労回復も大きく謳ってみるのはどうかしら?産後の疲れが一人目の時より、軽い気がするのよね。」
 「それは良いですね。私も寝起きがすっきりしている気がするんです。」
 
 発売前から、私と義姉は一般向けを飲んで自分達で試してみている。そろそろその効能も宣伝に使ってみてもいい頃だ。
 
 
 それからリーンも時々参加しながら案を詰めていき、ユリアン王子が目覚めて泣き出した頃、今日の打ち合せが終わった。
 
 「さて、ユリアンも起きたし、一緒にお茶にしましょうか。」
 
 机の上に散らばった書類を片付けながら、義姉が控えている侍女に声を掛けた。
 
 それと同時に、廊下との間の扉が派手に開かれたかと思うと、義兄の王太子殿下が息を切らせて飛び込んできた。
 
 「俺も混ぜてくれー!」
 「兄上、仕事は?」
 「父上ー!」
 
 目を丸くしたリーンが尋ね、積み木で遊んでいたクラウス王子が義兄の元へ走り寄って行く。
 息子を難なく受け止めて抱き上げた義兄は、リーンへにやりと笑ってぐっと親指を立てた。
 
 「終わった。俺だって全力でやれば、あれくらい直ぐに終わらせられるんだ。」
 「へえ・・・じゃ、明日から僕はもう少し処理速度を上げてもいいですね。」
 「えっ。それはちょっと!」
 「父上、がんばって!」
 
 小さく悲鳴を上げた義兄を、腕の中のクラウス王子がよしよしと撫でて励ましている。
 
 侍女が連れてきたユリアン王子を抱っこした義姉は、その恒例のやり取りを呆れたように眺めていた。
 
 
 「アルベルタ、エミーリアが来ているのでしょう?一緒にお茶をしましょ。」
 
 次にまた先触れもなく、扉を開けてやって来たのは義母である王妃殿下だった。
 
 わくわくとした顔で入って来た義母は、義姉の腕の中のユリアン王子に目を細め、次にクラウス王子を探し、義兄とリーンが一緒に居るのを見て片眉を上げた。
 
 「まあ。貴方達、ここで何をしているの?」
 「母上・・・ここは俺の妻の部屋ですよ。居て何が悪いのです。」
 「そうですよ。僕は仕事でここにいるんですからね。母上こそ、僕の妻で遊ばないで下さいと何度言えば分かるのですか?母上がエミィとお茶をするなら僕もご一緒しますよ。」
 
 義兄とリーンにばっさりと返された義母は、つまらなさそうに口を尖らせ、挨拶をしようと近付いた私を捕まえた。
 
 「もう、二人とも何なの?!私はエミーリアと話したくてきたのに、邪険にして。いいわよ、エミーリアを連れて行くから。じゃあ、クラウス、また夕食で会いましょうね。」
 「ちょっと何してるの?!母上には絶対に渡さないよ!」
 
 すかさずリーンが義母から私を取り返して、がっちり抱え込んだ。
 
 かなり、苦しいのだけど・・・?!
 
 
 「母子で何をやっているのだ。下のサンルームに茶の用意をさせたから、皆で飲もう。クラウスの好きなお菓子もあるぞ?」
 
 続いてまたもや先触れなく現れた義父である国王陛下は、睨み合う妻と息子を窘め、膝を折って駆け寄って来た孫のクラウス王子と目線を合わせ好々爺の顔になる。
 
 「お祖父様!本当?!皆でお茶しようよ!」
 
 大好きな祖父に飛びついたクラウス王子が、嬉しそうに私達をぐるりと見回してそう言えば、誰も反対など出来るわけがない。
 
 全ての争いは消え、皆、笑顔で頷いた。
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