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最終章 公爵夫妻の宝物

6−17 閑話4

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※カール視点
 
 
 「よお。」
 
 人で溢れかえった居酒屋で目当てのテーブルを見つけて片手を上げる。
 
 「これ、結婚祝。おめでとう、ヤン。」
 「え、カール?!久しぶりだね!これ、僕と彼女を模したぬいぐるみ?わざわざありがとう。」
 「おお、カールじゃんか!わざわざこれ届けに来たのかよ?」
 「よお、トビアス。まあ、城下の街にちょいと用があったんでね。」
 
 たまにこの町へ来たら酒を飲む仲になった二人へ挨拶しながら、空いた椅子に腰掛けてここの若主人のトビアスに酒を注文する。
 
 運んできた酒と食べ物と共にテーブルに腰を落ち着けてしまったトビアスが、ヤンの結婚祝に贈ったぬいぐるみを覗き込む。
 
 「こりゃまた高価そうなものだな。ぬいぐるみなんて庶民には不要なもんだと思うんだが。」
 「そんなことないよ、最近流行りなんだろ?それに特注だなんて妻が喜ぶよ、本当にありがとう、カール。」
 「いやまあ、オレはぬいぐるみ屋と懇意にしているからその関係でこれにしたんだ。」
 「え、ぬいぐるみ屋と?主が独身なら俺に紹介してくれ!」
 「紹介してもいいが、オレと同じくらいの歳で厳ついおっさんだぞ?いいのか、トビアス。」
 「ぬいぐるみ屋の主が?!・・・そうか、遠慮しとくぜ。」
 「今度アイツも誘って酒を一緒に呑むか。」
 「いいね。酒呑み友達としてなら紹介してくれ。」
 
 笑いながら三人で乾杯して酒を喉に流し込む。あー、美味いね!
 肉を揚げた物をつまみながら、トビアスがにやりと笑った。
 
 「そういえばよ、ハーフェルト公爵夫人、男子を産んだらしいじゃないか。百年ぶりってんでエルベは大騒ぎだったんだろ?」
 「ああ、まあオレは八十年ぶりって聞いたけどな。」
 「別に大差ないだろ。どっちが産まれるか賭けしてたのにお前、今回は乗らなかったよな。子供が出来るかの賭け金をほぼ全部持って行ったくせに、還元しろよなー。」
 「おう、じゃあ今日奢る。オレが賭けなかったのは、夫妻の子供の性別なんてどちらでも良かったからだよ。」
 「相変わらずご領主贔屓だな、お前。」
 「そりゃ、オレを拾ってこの国の人にしてくれたのが公爵夫妻だからな。恩人なんだよ。」
 
 ジトッと睨まれてオレはサラリと返した。
 二人が目を丸くして口を開けてこちらを見ている。
 
 「え、じゃあ、お前が噂の公爵夫人の拾い子?」
「いや、子って歳じゃねえし、それはまた別にいる。」
 「ハーフェルト公爵夫人は一体どれだけ拾ってんの?」
 「さあねえ。」
 「でも、あの方ならよく分かるよ。俺と会った時だってひよこを拾ってたものね。」
 「アイツね。『キャベツ』って名前を付けてもらって毎朝卵産んでるってさ。」
 「・・・なんで、『キャベツ』?」
 「そいつの好物だから、らしいぜ?」
 「へー・・・。」 
 
 納得しかねる表情のトビアスをおいて、ヤンがおずおずとこちらを見た。
 
 「あのさ、カールが公爵夫妻と仲がいいなら、あの評判の女性用の栄養補助剤の手に入れ方分かる?妻が欲しがってるんだけど、どこも売り切れてて。」
 
 奥様があまり売れ行きが良くないと嘆いていたあの栄養補助剤は、奥様の妊娠が知れ渡った途端、ものすごい勢いで売れ始め、男子が生まれたと公表されて店頭から消えた。
 
 「ああ、あれは今、指定の薬局での予約販売に切り替えてるらしいぞ。転売防止のために住所と名前を登録するらしいが。」
 「そうなんだ!助かった、帰って妻に伝えとくよ。」
 
 闇ルートで高額転売した奴らは、ことごとく旦那様の罠にかかって捕まったらしい。相変わらずあの人は恐ろしい。
 
 「じゃあ、お前、もしかして子供がどっちに似てるか知ってるのか?全くその情報は隠されていてな。噂はめちゃくちゃで、どれが本当の事かわからねえんだ。」
 
 知ってる、と言うべきか否か。実は、昨日用があって公爵邸を訪ねた際に、初めてお子様に会わせてもらったところなんだが。
 
 ずばり、髪色も顔立ちも奥様似の美男子で、ちょうど屋敷にいた旦那様が、嬉しそうに抱っこして見せてくれた。
 
 ■■
 
 「ほら、瞳の色は僕似だけど、他はエミーリアにそっくりでしょ。名前はテオドール。父と母が付けてくれたんだ。テオ、カールおじさんだよー。」
 「はじめまして、テオドール様。」
 
 オレの人生で公爵家の若様におじさんと呼ばれる日が来ようとは思わなかった。とりあえず、うやうやしくお辞儀を返しておく。
 
 何も分かってない乳児だが、なんだか威厳をもってオレを見ているような・・・。
 
 腕の中の息子に頬ずりをしながら旦那様が続ける。もう顔中に嬉しさが溢れている。
 
 「もう本当に可愛くってたまらないんだ。甥っ子達もそれなりに可愛いけれど、愛する人と自分の子供がこんなにも可愛いものだとは思わなかったよ。」
 
 こんなに手放しではしゃいでいる旦那様を見るのは初めてだ。可愛いと言う端から若様の顔にキスをしている。
 
 この人は子供も溺愛するんだろうな、と眺めてふと気がついた。
 
 「そういえば、お姿が見えませんが奥様は?」
 
 いつもなら一番に飛んできて、元気に依頼はないかと聞いてくるのに今日はまだ会っていない。
 客でも来てるのかと軽い気持ちで尋ねてみただけだったのだが、急に旦那様の顔が曇った。
 
 え、もしかして・・・。
 
 つられて俺の顔も曇り、それを見た旦那様が軽く首を振った。
 
 「いや、元気にしてるよ?ただ、まだ出産から一月だからね、身体が弱っててしょっちゅう熱を出すんだ。で、今は健康のためにお昼寝中。」
 
 ねー。と軽いノリで息子に同意を求める旦那様の顔は口調と違ってちょっとだけ強張っていた。
 
 それから若様を侍女に預けて別室に連れて行かせ、オレと二人になると大きくため息をついた。
 
 「やっぱり子供を産むって大変なんだね。エミーリアが大きくなるお腹を抱えて苦労していた時も、産むために苦しんでいる時も横で見ているしかなくって、僕が代わってあげられたらいいのにってずっと思ってた。でもさすがにそれは出来なくて、かなり無力感を味わったよ。」
 
 だから、僕はエミーリアをこれまでよりもっともっと大事にするんだ。もちろん子供もね!と話を締めくくった旦那様は以前よりずっと落ち着いてしっかりしていた。
 
 旦那様はオレより結構年下なのに、精神的には追い抜かされているなあ。
 家族を持つ責任ってものがそうさせるのかね。
 
 ■■
 
 しばし思い出に耽っていたオレは決めた。テオドール様がどちら似かは今は内緒にしよう。
 なんとなく、勿体なくて言いたくない気分なんだ。
 
 「トビアス、どっちに似てようが構わないだろ。公式にお披露目されるまで楽しみにしとけ。まあ、非常に見目のいい男になるのは間違いない。」
 「そりゃ、どっちに似たってそうなるわな。カール、ケチケチせずにこっそりでいいから教えろよぉ。」
 「お前、酔ってやがるな。店を手伝わなくていいのかよ。」
 「あー、トビアスはそこらに転がして寝かせておいたらいいよ。俺は妻が待っているからそろそろ帰るね。」
 「おい、この状況で置いてくのかよ!」
 「ごめんね、カール。俺も公爵閣下を見習って妻第一主義なんだ。これ、お祝いのぬいぐるみありがとう。また今度妻とお礼に行くよ。」
 「待て待て、ヤン。最後に付き合え。」
 
 トビアスがヤンの腕を掴んでを引き止め、瓶に残っていた酒をコップに均等につぎ分けて配る。
 片手で自分のコップを持ち上げ一言。
 
 「ハーフェルト公爵一家の未来に、乾杯!」
 
 賑わう酒場の隅っこでカチン、と三つのコップが小さく音を立てた。



■■■■

いずれ小話とか番外編を書くかもしれませんが、ここで一旦完結となります。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
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