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番外編

【スピンオフ連載記念】ようこそ!

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 ※ウータ視点
 
 「ここがハーフェルト公爵邸。新しい私の職場!・・・で、ここは裏門で合ってるよね?お屋敷が見えないんだけど。」
 
 ぶつぶつ呟きつつ周りを見渡せば、門の傍に立っている人と目があった。深緑の制服を着たその男の人は私をじっと見てから手招きした。
 
 ぱんぱんに膨れ上がった鞄を抱えるように持ち直してから近づいた私を上から下まで眺めた門衛のおじさんは、手元の紙束を確認して笑顔になった。
 
 「小麦色の髪、明るい茶色の瞳、中肉中背、今日からうちの侍女として働くウータさんですね?」
 「はい、そうです。今日からよろしくお願いいたします。」
 「私はここの警備担当の騎士、ギードです。仕事中にはあまり会うことはないと思いますけどよろしくお願いします。」
 
 騎士にしては穏やかな雰囲気でそう挨拶を返してくれたギードさんは、笑顔を崩さず門を開けながら続けた。
 
 「五十年ぶりの公爵家お子様の侍女、というからどんな人かと皆で噂していたのですが、厳しくなさそうでほっとしましたよ。まあ、奥様が決めた方ですから良い方だろうとは思っていましたがね。」
 
 そうかやっぱり色々言われていたんだな、とちょっぴり怖じ気づく。
 
 「ご期待に添えるといいのですが・・・」
 
 おずおずと門を通れば明るい笑い声とともに送り出された。
 
 「あなたなら、きっと大丈夫でしょう。先程大変やる気に満ちた顔をなさってましたから。そうそう、あなたが来られるのを奥様が朝からわくわくしながらお待ちでしたよ。」
 
 最後の台詞を聞いた私は、ありがとうございます、と返しつつ遥か遠くに見えるお屋敷まで全力で走り出した。
 
 ■■
 
 「ここ、本当に使用人専用の裏階段ですか?広くて歩きやすいし、なんだか新しいですね。」
 「ええ、以前ここを奥様が点検で歩かれた時にコケて手を擦りむかれてしまってねえ。それを聞いた旦那様が、直ぐ改修工事を手配なされたからこんなにピカピカで歩きやすいのよ。」
 「はー、それはそれは・・・」
 
 諸々の手続きを終えた私は、現在、手の空いていたメイドさんに屋敷内を案内ついでに自室を教えてもらったところだ。
 
 最上階にある部屋は、以前城で挨拶したミアさんと同じだった。侍女同士、同室が便利でしょ、と言われて確かにと納得したが実際顔見知りの人でよかったと思っている。
 
 案内してくれているのは私よりちょっと年上で姉御肌のドーリスさんだ。お仕着せの深緑のワンピースにパリッとした白いエプロンが光っている。
 
 「奥様といえば、ほらあそこ見て。」
 
 明かり取りの窓の前で立ち止まった彼女が下を指差した。それを目で辿っていくと、広大な畑と鶏小屋のようなものがあった。
 さすが公爵家ともなると、自給自足・・・するものなの?
 私の表情を見た彼女は軽く頷いて続けた。
 
 「あれは、畑と鶏小屋よ。このお屋敷に来られた頃の奥様は、それはもう痩せてて食も細くて。憂えた料理長が庭師と相談して庭で野菜を作りだしてね。その後、奥様が食べる野菜を育てることに庭師がハマっちゃって、どんどん畑が拡張されて。数年後には奥様が鶏を拾って来て、喜んだ料理長が旦那様に鶏小屋を強請ってさ。こんな、農場みたいになっちゃってるのよ、天下のハーフェルト公爵家の裏庭が!」
 
 「な、なるほど・・・壮大な眺めですね。」
 
 なんと返事していいものか迷った挙げ句、私は言葉選びを間違った・・・気がする。
 
 「そうね、壮大よね。」
 
 彼女はきょとんとした後、笑って同意してくれた。あ、いい人。
 
 「本当に、奥様が嫁いでこられてからこの屋敷は壮大に変わったわ。一番変わったのは旦那様。結婚前の旦那様なんて、それはそれは表情が凍ってて怖かったんだから!」
 
 彼女はそう言いながら階段を降り、一階の扉を開けかけた。その途端、賑やかな会話が耳に飛び込んでくる。
 
 「ウータが来たって本当?!」
 「エミィ、走っちゃダメだって!」
 「丁度いいわ、リーン、ウータと一緒にお茶していいでしょ?!」
 「分かったから、お願いだから止まってってば!」
 
 ハーフェルト公爵夫妻、今日から旦那様、奥様と呼ばせていただく方々の声だった。
 この屋敷内は異様に毛足の長い絨毯が廊下にまで敷かれているため、足音というものが存在していない。
 
 ドーリスさんと二人で扉の隙間から首を伸ばして様子を伺えば、大きなお腹を抱えるようにして廊下をとことこ早足の速度で走る奥様とそれに並走する旦那様が見えた。
 
 「もう、エミィ!」
 「わっ?!」
 
 旦那様が奥様を追い抜いて立ち止まったかと思うとふわっと奥様を抱き上げた。奥様は目を丸くしつつ旦那様の首にしがみついている。
 
 「君が走ったら僕の心臓が止まってしまうよ。だから、君の望みの場所へ僕がこのまま運ぶね。いつまでもお転婆な可愛い奥さん、どこへ行きましょうか?」
 
 旦那様は愛しくて愛しくてたまらないという表情で奥様を見つめ、奥様はその言葉にぱっと顔を輝かせる。
 
 「ウータを探してお茶に誘いたいわ!」
 「了解。」
 
 城で見る夫妻よりうんと砕けて、さらに甘いお二人の様子にこちらまでむずむずしてくる。
 
 「城内より十割増しで甘い・・・」
 「ああ、そうなんだ。一応外では多少抑えてらっしゃるのね。それにしても、あの冷徹少年だった旦那様が、奥様が側にいるだけであんなに崩れるんだもの。いやぁ愛の力は偉大だわ。」
 
 ドーリスさんはそう言って一人頷いていたが、ハッとしたように少し開けていた使用人専用階段から一階の廊下へ出る扉を閉めた。
 
 「ドーリスさん?出ないのですか?奥様は私を探しているようでしたが・・・」
 
 不思議に思って尋ねれば、彼女は青ざめた顔で首を振った。
 
 「ダメよ!今出たら奥様に見つかっちゃうじゃない。そんなことになったら旦那様に恨まれるわよ!」
 「恨まれるのですか?!」
 「そうよ。旦那様は今、奥様を抱き上げたとこなのよ?!直ぐに私達が見つかったら奥様が降りちゃうじゃない。旦那様が残念がって私達を恨むわね。」
 
 そんな馬鹿な、と口を開けた私の肩を掴んだドーリスさんが真剣な顔で忠告してきた。
 
 「いい?このお屋敷で働きたかったら、旦那様が奥様を程良く愛でられるように動かないと駄目よ。」
 「といいますと?」
 「例えば今なら、鬼ごっこね!」
 「はあっ?!」
 「だから、私達は奥様に見つからないように三階から回って自然に出会うようにするの。旦那様が奥様とゆっくりしていられるようにね。さ、行くわよ!」
 
 来た道を戻って三階を簡単に案内され二階、一階と進んで行く。最後にたどり着いた一階奥のテラスでは公爵夫妻が幸せそうに日向ぼっこをしていた。
 
 気配を感じたか、旦那様がちらりと私達を見て、ふいっと身体の向きを変えた。すると、今度は旦那様の背中越しに奥様と目が合う。
 
 「あ、リーン!ウータがいたわ!ウータ、ハーフェルト公爵家へようこそ!ドーリスもウータを案内してくれていたのね。二人とも一緒にお茶しましょう。」
 
 嬉しそうに旦那様の首に抱きついてはしゃぐ奥様を名残惜しそうに降ろした旦那様は、奥様の髪を耳に掛けてあげつつ額にキスを落とす。
 
 「じゃあ、僕は戻るよ。エミィはウータ達とお茶を楽しんで。」
 「ありがとう、リーン。」
 
 ひらりと手を振って旦那様が去った場所には既にお茶の用意が調えられていた。湯気の立つお茶とキラキラ光るケーキに可愛らしい焼き菓子がたくさん。
 
 うわー、豪華!美味しそう!
 
 隣でドーリスさんも目を輝かせている。
 
 「嬉しい!奥様のお茶会へ招待されちゃった。たまに誘ってもらえるの、皆楽しみにしてるのよね。」
 
 皆が?!とドーリスさんを凝視すれば、彼女は私の顔を見てニヤッと笑い、得意気に胸を張った。
 
 「これっくらいで驚いてはいけないわよ?ウチでは旦那様が居ない時は奥様と夕食をご一緒するんだから。」
 「えっ、まさか?!」
 「そうなの。私は一人で食事することが苦手だから、リーンが居ないときは皆に混ぜてもらっているのよ。」
 
 今度は驚きすぎて声が出た。奥様の耳にも聞こえていたらしく、恥ずかしそうに小声で肯定された。
 
 奥ゆかしく恥じらう奥様も素敵・・・。
 
 その後、奥様に勧められて頂いたお茶とお菓子は大変美味しかった。
 
 ・・・思っていたより随分と変わったお屋敷だったけど、今日からここが私の職場です。
 
 
 
 
 ◆◆◆◆◆
 
 ここまでお読み下さりありがとうございます。
 
 現在、「私の婚約者が七つ年下の幼馴染に変わったら、親友が王子様と婚約しました。」というスピンオフを連載中です。
 アレクシアの娘イザベルやリーンの甥っ子クラウス王子が出ています。もちろんリーン達も。よろしければ読んでやってください。
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