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番外編

公爵夫妻、思いやる 前編

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「・・・というわけで、私がこの依頼を引き受けるわ!」
「何が『というわけで』なんですか!絶対、ダメですよ。俺が旦那様に消されるじゃないですか」
「大丈夫、リーンは優しいからそんなことしないわよ。ね?」
「旦那様が優しいのは奥様にだけでしょーが!って、いつの間にか旦那様がいる!?」
「やあ、カール。僕がエミーリアを一人で外出させるわけないでしょ。下でちょっと所用を済ませてからきたのだけど、彼女に何を頼んだの?」
「旦那様っ?!俺は何も頼んでませんってば!」
「ははっ、知ってる。・・・エミィ、何を見つけたの?僕にも見せて」
 
 妻の手元の紙を覗き込めば、それは王都の新聞社からの依頼書で、エルベの街の観光案内を書いて欲しいというものだった。
 
 エミーリアは街のことを知り尽くしているし、記事を書くなら屋敷で出来るからうってつけかもしれない。
 
「確かにこれはエミィ向きかもね。僕はいいと思うけど、カールが書かなくていいの?」
 
 僕の言葉でエミーリアがじっとカールを見る。彼は必死の形相で両手を顔の前で振り回し否定した。
 
「旦那様が良いと仰るなら是非、奥様が書いて下さい! 俺はそういうの苦手だし、他の依頼で手一杯なんで」
 
 エミーリアの気配がパッと明るくなった。
 
「ちょうどよかったわ。ウータにエルベを案内しようと思ってたの。どこから行きましょうか、ワクワクするわね!」
 
 側に控えていたウータの顔が嬉しさに輝き、僕と目があった瞬間青ざめた。
 
「お、奥様、私は結構ですので、お屋敷でゆっくりお書きになった方が・・・」
 
 カールといい、ウータといい、そんなに僕は怖い顔をしているのか?エミーリアにまで怖がられたら僕は生きていけないんだけど。
 
 ちらりと愛する妻の顔を窺えば、可愛らしく小首を傾げてにこっと笑い返してくれた。
 
 ・・・うん、大丈夫だ。怖がられてない。
 
「でも、新しいお店も増えているし、工事の進捗も見たいし、屋敷にいるのに飽きちゃったし。こういうのは実際行ってから書かないとね!」
 
 三番目が本音だな、とその場の全員が察する。僕は身重の妻になるべく負担が掛からないコースを瞬時に頭の中で複数組み立てた。
 
「エミィ、流石に今日一日で全部は回れないよね。君が特に行きたいところはどこ?」
「そうね、ぬいぐるみ店はさっき寄ったから・・・」
 
 
 最初は休憩がてら、すぐ近くのカフェで新作をチェック。この店は確かハイカロリーなクリームたっぷりパンケーキやアイスクリームを山のように積んだパフェがメインだった気がするのだけど、いつの間にか健康志向のスムージーとやらが人気メニューになっている。
 
 おかげで体重管理中のエミーリアが遠慮なく楽しめている。
 
「あー、美味しい。・・・でも、赤ちゃんが生まれたら、しばらく来られないのね。」
 
 窓ガラス越しに通り過ぎる人へにこやかに手を振り返しつつ、彼女がお腹に手を当てて呟いた。
 その表情はどこか複雑で、彼女は子供ができて自由が制限されることを悲しんでいるのではないかと不安になった。
 
 実際のところ、子供が出来ても僕の生活や体調になんら変わりはない。翻って、妻は生活も体調も激変しているわけで。
 本当に申し訳ない、代わってあげたいと思うのだが、その方法が見つからないまま今日まで来てしまった。
 
 なんと声を掛けようかと迷っているうちに、飲み終えた彼女が僕の目を覗き込んで花が咲くように笑う。
 
「だけど、赤ちゃんにこの街を紹介するのも楽しみね!」
 
 その言葉になんだか嬉しくなった僕はテーブル越しに身を乗り出して彼女の頬にさっと口付けた。

 当然、真っ赤になった彼女に怒られたけれど、そんな彼女も可愛くてたまらない。残念ながら、追加のキスは全力で止められたので後程再挑戦しよう。
 
 
 次はさっきのカフェの向かいにある雑貨屋だ。
  
 彼女は安定期だから大丈夫よ、と言うが日々大きくなるお腹を抱えてしんどそうな様子を見ているだけの僕としては、なるべく歩かせたくない。
 
 彼女との子供は欲しかったけれど、実際そうなってみれば日々変わりゆく彼女が心配で心配でたまらない。なんで僕は子供を産むことができないのだろう。
 もうはち切れそうなお腹になった近頃では、僕の心が休まるのは彼女が寝ている時だけだ。


 店内では、エミーリアがご機嫌でウータやミアとベビー用品の品定めをしている。
 
 領主夫人の妊娠でエルベの街にベビーブームが巻き起こったらしく、関連の品を扱う店がぐっと増えた。
 
 すでに屋敷には母などから一部屋埋まりそうな勢いでベビー用品が贈られてきている。

 それでもつい見てしまうのよね、と楽しそうな妻を止めるつもりはない。
 彼女が欲しいなら全ての部屋を赤ちゃんの物で埋めてくれて構わないんだ。

 
 「リーン、誕生石というのがあるのですって。この子に作ってあるぬいぐるみに誕生石を付けるのもいいと思わない?」
 
 愛しそうにお腹を撫でながら提案してきた妻に僕は即座に同意した。
 
 「いいね。明日にでもいくつか見繕って持ってきてもらおう」
 「旦那様、奥様、気が早過ぎです。まだいつ生まれるか分からないのですから、誕生月が決まってないじゃないですか」
 「それに、お口に入れて飲み込んでしまうかもしれませんので、宝石は大きくなってからのほうがよろしいのでは」
 「そうね。ミアの言う通り、この子のお誕生月はまだ決まってなかったわね。ウータ、赤ちゃんって宝石も食べちゃうの?!それなら付けちゃダメね」
 
 ミアとウータの言葉に目を丸くして悄気げた妻を元気にしたくて僕は口を開いた。
 
「じゃあ、飲み込めない大きさにすればいいよ」
「「旦那様?!」」
「それだと宝石を背負うウサギになっちゃうわよ。カメのぬいぐるみにして甲羅を誕生石にすればよかったかしら。」
「「奥様、そこじゃないです!」」
 
 侍女二人に盛大に突っ込まれ、僕達はきょとんとした。
 
「あ、そうよね。リーン、そんな大きな宝石ってなかなか見つからないわよ」
 
 ぽんと手を打ったエミーリアに僕も軽く頷き返した。
 
「そうだね。じゃあ、今日から探しておくよ。予定日が来月半ばだから、サファイアかな。念の為、今月から三ヶ月分の誕生石も用意する?」
「ううん、やっぱり大きいと重いじゃない? 小さい石をつけた首輪にしたほうが軽くて可愛いと思うのだけど。首を縫い直して抜けないようにすれば安全じゃないかしら」
「君が良いならそうしよう。首輪の素材は何にする? プラチナか金がおすすめだけど」
「ウサギは白いからどっちも合いそうね」
 
 大事な妻の希望を最大限に叶えるべく、真剣に案を出す僕へ侍女達がとんでもないものを見るような目を向けているのは、何故?
 
 
「ミアさん、私はハーフェルト公爵家に来てから感覚がおかしくなりそうです」
「分かります、旦那様は奥様に関することだけ財布の紐が消えますからね」
「それにしても飲み込めないサイズの宝石を複数個って」
「本当に。今からあんな浮かれてたらお子様が生まれたらどうなっちゃうんでしょうね」
「そ、想像がつきません」
「ですから、私達は奥様を上手く誘導して、これ以上お子様のものを増やさないようにしないと。お生まれになったらまた多方面からお祝いが届くに違いないので」
「そうですね。もうお洋服だけでも一年分以上ありますものね」
「ええ。王妃様を筆頭に皆様のはしゃぎっぷりが激しすぎます」
「私、こんなに期待されているお子様のお世話をするのですね・・・」
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