〈影咒記(EIJUKI)〉江戸咒譚 第四篇 ― 黄泉灯籠迷図(よみとうろうめいず) ―

 〈影咒記〉第四篇『黄泉灯籠迷図』は、
 鏡師・蒼雲の初登場篇であり、のちの外伝『りんどうの空に』へと続く“祈りの系譜”の起点となる物語である。

 舞台は江戸後期。
 死者を弔う行灯師たちの間で囁かれる、灯籠に宿る“人魂”の噂。
 火を絶やさぬことが祈りであり、絶やすことが“供養”であるという逆説。
 その境で、蒼雲はひとつの選択を迫られる。

 ――生きるとは、誰かの祈りを灯すことか。
 それとも、自らの灯を消すことか。

 物語は静かに、夜の闇へと降りていく。
 行燈の光、雨に濡れる石段、そして鏡に映る薄い影。
 そこに映るのは、もうこの世の者ではない。

 けれど、蒼雲は知っている。
 「祈り」は死では終わらない。
 消えるたびに、また新たな光として生まれ直す。
 ――それが〈影咒記〉に連なる“咒”の本質である。

 本作では、江戸の葬送文化・灯籠師・寺社儀礼を背景に、
 “死を見つめる職人”の心を描く。
 鬼火や妖ではなく、あくまで人の記憶と祈りの象徴としての“光”を主題に据えた幻想譚である。

 蒼雲が初めて「祈りの意味」を理解するこの物語は、
 〈影咒記〉全篇に通底する“影=記録”“祈り=咒”の構造を明確に提示する。
 後の外伝『りんどうの空に』で描かれる彼の“静かな再生”は、
 この作品で生まれた祈りの火の記憶に根ざしている。

 ――咒は祈り、祈りは影。
 人が誰かを想い続ける限り、その光は消えない。

 本篇は〈影咒記〉シリーズの中でも、
 “最も静かで、最も深い闇”を描く作品である。
 そこに宿るのは恐怖ではなく、
 死者と生者を繋ぐ、わずかなぬくもり――
 灯籠の火のように、
 消えかけてなお、誰かを照らす光である。
本作は〈影咒記(EIJUKI)〉の江戸咒譚 第四篇 ― 黄泉灯籠迷図(よみとうろうめいず) ―です。

【更新案内】

※毎晩21時頃 更新予定。
闇の中に灯をともすように、静かに物語を紡ぎます。
――夜の読書時間に、あなたの心の灯を少しだけ照らせますように。
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