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第三章

第7話

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 イザベラはダスティンが出迎えた騎士たちに連行されていった。

 戻って来たダスティンはミリーの猿ぐつわを外した。

「さて。あとはミリー、おまえの処遇だが」

 ミリーの目元には、涙の乾いた跡があった。
 何に涙したのか。
 悲しいのか。
 悔しいのか。
 惨めなのか。
 怒りなのか。

 それはスフィーナにはわからない。
 ただミリーはきっと口元を引き結び、ダスティンを睨み据えていた。

「婚約者候補の中には、親戚の者もいたのだがな。その眼鏡にかなえば本当におまえがこの家を継ぐ道もあったのだが、いずれも断られた。おまえの面倒を見なければならんのなら、邸も領地も爵位も、何もかもいらないとの答えだったよ」

 そこまでしてミリーと結婚しなければならないようなひっ迫した者は、現状いないということだ。
 せっかく手に入れたものも、このミリーがいてはいつ失うことになるかわからないのだから、リスクしかないことは目に見えている。

 ミリーがギリギリと歯ぎしりをする音が部屋に響いた。
 ダスティンの深いため息がそれを窓の外に流していく。

「ゲイツにも、ジードにも。おまえが少しでも愛情なり歩み寄りなり思い遣りなり、伴侶として必要なものを示せば周囲がおまえを見る目も違ったのだろうに。どこまでいっても己しか見えていないと知らしめるだけだったな」

「私が誰を愛したとしても、それが返ってくるわけではありませんわ。そんな無駄なことはしませんの。愛なんて、そんなの人を弱くするだけ。お父様だっていつまでも前妻に縛られて、おかわいそうなことですわ」

 嘲るミリーに、ダスティンは穏やかな笑みを返した。

「私はもう一生分の幸せを手にしたんだ。サナの命は失われても、サナを愛した心は一生残る。誰にも奪えない。こんなに幸せなことはない。おまえはまだ誰のことも愛してはいないからわからないのだろう。おまえも母親と同じ。自分しか愛せない悲しい人間だからな。きちんと育ててやれなくて悪かったと思っている」

「なによ、本当の父親でもないくせに! 義理の父親ですらなかったくせに……! 愛、愛、ってそればっかり、うんざりですわ! 貴族が愛だとか、ちゃんちゃらおかしいこと。結局はみんな家のために結婚するだけでしょう、そこに愛なんて関係ありませんわよ」

 まくし立てるミリーに、グレイグがぽつりと返した。

「おまえは貴族でもなんでもないがな」

 ミリーの顔は赤黒く染まり、ダスティンは疲れたように息を吐き出した。

「お前には選択肢が二つある。使用人として働くか、修道院に入るかだ。サナの遺志もある。望むならば国境沿いの領地にある館で使用人をするのならば受け入れよう。どこか働きたいところがあれば紹介状を書いてもいい。一度だけだがな」

 嫌になって辞めたとしても、その先のことは知らない。そう告げたのだ。
 ミリーの唇がわなわなと震えた。その顔色は青ざめていた。

「修道院ならば、ノルンが環境がいいと聞く。まあ場を荒らし回ることしかしないお前には環境なんぞ関係ないかもしれんがな。どちらを選んだとしても、問題を起こすようなら即刻出ていってもらう。これ以上周囲に迷惑をかけるわけにはいかんからな」

 ダスティンが言い終えるなり、ぽつりと、ミリーが口の中で呟いた。

「クソくらえですわ」

 注目が一身に集められる中、ミリーはきっとダスティンを睨みつけた。

「どちらもお断りよ。私は私一人で生きてやるわ。お母様も、スフィーナの母親だったあの女もできなかったことを私がやってやるわよ」

 そう言って顔を上げたミリーは、もう震えてはいなかった。
 その瞳には憎しみと苛立ちと、強い決意があった。

「この世界は女一人では生きにくいですって? どいつもこいつも、人、人、人。人に頼ることしかしない。誰かをあてにしたとて、がっかりするだけ。私の思うようになんて誰も動いてくれはしないんだから。だったら私は誰にも頼らずこの世界で生きていってやるわよ!」

 憤然と言い放って、ミリーは周囲を囲む人々を睨め回した。

「さあ、この縄を解きなさい。もうあんたたちなんていらないから。私にとってはどうでもいい、価値なんてありませんのよ。一秒だってこんなところにはいたくありませんわ。早くなさい!」

 スフィーナはグレイグと目を見合わせ、そしてどちらも力なく視線を落とした。
 どんなに立派な啖呵を切ったところで、勢いだけでそれが実現できるほど甘くはない。
 どんな未来が待っているかなど簡単に想像できてしまうが、スフィーナはそれをいい気味だとは思えない。
 それでもミリーが求めていない以上、手を差し伸べるのはお門違いだ。

 ダスティンは諦めにも似た深いため息を吐き出すと、ミリーの縄を解いた。
 ミリーはギロリとダスティンを一睨みすると、自由になった腕をぞんざいに振り、それからすたすたと歩いて部屋を出ていった。
 一度も振り返ることなく。
 いつものように、ツンと顎を上げて。
 使用人たちも誰もが距離を取っていた。
 話しかける者も、止める者も誰もいない。

「お父様……」

 それを黙って見送るダスティンに、思わずスフィーナが声をかけると、静かな頷きが返った。

「大丈夫だ。しばらくは監視をつける。手助けはしないが、逆上しないか見張るためと、それから見守るためにな」

 ダスティンもスフィーナも、ミリーが不幸になればいいと思っているわけではない。
 ただ遠いどこかで、ミリーなりの幸せを見つけてくれたらいいと思う。
 それが難しいだろうと思うから、顔が曇るのだ。

 今まですべて他人のせいにし、他人に頼り切り、一人で生きることをしてこなかったのはミリー自身だ。
 それがいきなり、一人で生きられるわけなどないのに。

 ミリーのプライドだったのだろうとわかってはいる。
 だが確かにこれがミリーがミリーの人生を生き始めた一歩ではあるのだ。
 周囲が止めることではない。

 スフィーナの肩をグレイグがそっと抱いた。
 邸には唐突な静けさが戻ってきていた。
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